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32:貴婦人の謎

 悪夢の悪魔

  「無理だ。無理な物は無理だ。無理だったら無理だ。

   本気でやり合えばどうなる?負け戦は趣味じゃない。」


 *


「無理だ」


 それはカロンが第四領主を連れて書庫へと出掛けた時のこと。過去の溜飲を下げ、アルバが頭を下げて第一領主に頼み込んだ結果数分掛けてようやく引き出した言葉がそれだ。


「あの男は我の呼びかけになど応じたことがない。寝起きの機嫌の悪さも酷い。あれだけで地獄が半壊しかねん」


 この最強(笑)魔王様は、本当に名目だけの男のようだ。面倒くさがりの第二領主とブラコンの第三領主あっての第一領主エフィアルティス。悪魔共はまったく連携の取れない存在だ。使役するのもこうして骨が折れる。


「よってそんな仕事は御免被る」

「くそっ……」


 せめて双子の悪魔がどちらも味方だったならまだ勝算はあった。


「お困りのようだね」

「何か策でも?」


 不敵に笑う第六領主。


「ああ。まぁここだけの話、ここに同僚諸君が封じられたところで私はそんなに痛くはない。外の世界に分身をいくつも残してきたし、多少の弱体化はやむを得ないとしてそうなればそれで私にとっては美味しい展開。領地開拓に赴けるし万々歳なのだが……唯折角仮契約したあの魂が手に入らないのは惜しい」

「シエロ様の魂がそんなに欲しいか」

「ああ、それは勿論。一切の不純物の混ざっていないあの魂は上質の魔力を生み出す。是非とも譲り受けたい物だ。さて、ここらで私も働かなければなんだりかんだり理由を付けて契約クーリングオフされかねないのでね、とびっきりの策をお見せしよう。まぁ愉しみにしてくれたまえ」


 ……と、確か昨晩あの悪魔は言っていたはずだ。

 思いの外ぐっすり眠れた。カロンの歌はシャロンの歌とは違うが、心地良い歌だ。それが疲れを癒してくれたのだろう。


(感謝しなければ)


 そっと布団を直し寝台を下り、アルバは悪魔の姿を探す。しかしどうにも誰も見当たらない。第一領主はここにはいるが意識がない。他の二人の領主は姿すらない。


(いざとなれば第一領主が何とかするだろう)


 本体はここにあるのだから守り自体は機能しているはず。アルバは使い魔達に残りの悪魔の行方を尋ね屋敷を歩く。歩く内に昨日用意され、結局使わなかったもう一つの客室へと辿り着く。


「領主様方、朝っぱらから何事だ?」

「むー!むーっ!」

「はっはっは!ご機嫌麗しゅう我がマスター」


 アルバは一度開いた扉を見なかったことにして閉めてみた。……が、向こうからはまだむーむーという悲鳴の声がする。見なかったことで無かったことには出来ないようだ。諦めてアルバは再び戸を開ける。

 見れば先程までと同じ光景。少年悪魔は全裸に剥かれ、手枷足枷口枷と、各種拘束具に拘束されて寝台の上に転がされている。まな板の上の鯉よろしく彼はびっちびっちと暴れて居るが全く逃げられる様子もない。それを近くのカウチソファーに寝そべって眺める男は白いバスローブ姿。多分あれの下全裸だ。どうでもいい直感にアルバは再び扉を閉めたくなったが、自分がその亜空間に踏み込んでから閉めるに止める。


「それでだねマスター。要するにエング君を泣かせれば良いのだよ。それも本気で泣かせる必要がある」

「むーっ!むーっ!」


 少年悪魔は本気で脅えて涙目だ。恐らくあの幼い悪魔は本の中での生活に釣られ、うつらうつらとしてきたところをこうして捕らえられてしまったらしい。


「それでこれから私が彼に目一杯セクハラをする!その度合いが酷ければ酷いほど第二領主は覚醒に近付く!唯これ実際呼び出すの成功した場合私の命が危ないんで、エング君ちゃんとフォローよろしく」

「むぐぅうううう!むがあああああ!」


 二重の意味でたちあがり、寝台へと近付く青年悪魔にとうとう少年悪魔は泣き叫ぶ。本気で貞操の危機。性犯罪者に襲われる幼気な少年の図にしか見えない。


「それで確実に呼び出せるのか?」

「まぁ、六割七割は行くのでは?駄目だとしても魔力吸収して私が第四領主まで上り詰めるだけなので私はこまりませんよはっはっは!」

「むぎぃいいいいいいい!」

「ははは、待たせたねエング君。ほらこれも仕事だよ仕事!仕事ならノーカウントなんだろう?ははは!初めてなんだってねぇ!だいじょうぶだよーおじさん上手いから全然痛くないから先っちょだけ入ればあとは全部入るから!」


 三本目の足で足の裏やら脇腹擽ったり頬を打ったりとセクハラを遊んでいた第六領主もそろそろ真面目にやるかと、本腰を入れて仕事に向かう。まずはキスからと口枷を外せばぐしゃぐしゃに泣き濡れた顔の少年悪魔が大絶叫。


「助けてカタストロフ様ぁああああああああああああああああああああっ!」


 その声に釣られるようなビリビリという凄まじい殺気。


「やったか!?」

「いえ、まだわかりませんぞ」


 様子を見る間にも、殺気は弱まらない。だが近付いては来ない。代わりに近付いてきたのは第四領主の声に気付いた第一領主とカロンだけ。悪魔の声が聞こえない他の人間達はここに来ることもない。


「おい、今のって……」

「まさかあれを起こしたのか?」

「って何やってんだよ!」


 部屋に飛び込んできたカロンはその場の光景に絶句している。当然の反応だ。


「助けてぇえええ!カロンさんんん!」

「朝から汚いもん見せるなよ変態。大丈夫かエングリマ?」


 少年悪魔の枷を外して、青年悪魔に手枷を嵌める。その上で青年悪魔の手と頭にタオルをカロンは投げつけている。


「ははは、手厳しいな少年。どっちにも汚い物が付いてるのにその反応の差はなんだね?」

「千切れもげろ、腐りもげろ、黴びてもげろ」

「えげつない呪詛は止めてくれたまえ。男の嫉妬は見苦しいぞ少年」


 少年悪魔を庇いつつ。変態悪魔を追い払うカロンの目が、僅かに悪魔の股間に向けられる。ぱっと見た感じでは片方には勝ち片方には負けたのか、自分に勝った方への扱いは酷い。


「この殺気。間違いなく起きたとは思うのだが……来ないね」

「起きてしまった以上、困った。夢の世界でない以上我は迎えにも行けんぞ」

「ここ閉じ込められてちゃ地獄まで戻れないしねぇ」

「カタストロフ様……多分起きたけどベッドから起き上がるの面倒臭くてゴロゴロしてるっ!起きたら着替えるの面倒臭いからって、僕の危険無視するなんてっ!」

「仕方ないエング君。やっぱりちょっと、先っちょだけでも入れてみよう。そうすればこれは一大事だって来てくれるさ」

「嫌ぁああああああ!っていうかエペンヴァさん!向こうに何人も分身置いてるなら呼んできて下さいよ!もう夢の領域から出て来たんです!普通の現の第二領地に行けば会えますよ!」

「ははは、そんなことして見なさい。始末対象がのこのこやって来てくれたと彼は寝そべりながら私の分身を虐殺するだろうよ。言い訳要員の君が傍にいなければ問答無用で殺されかねない。よって私は分身を向かわせるのは御免だぞ」

「な、なんて悪魔だ……」


 アルバはエフィアルの時とはまた違った頭痛を覚える。第一も第二も扱いづらい点では大差がなかった。


「仕方ない。起きたのは確かなのだろう。後は自力で動いてくれるのを待つしかない。エングリマ、何かあったらすぐに悲鳴を上げるのを怠るな」


 スイッチの片割れである少年悪魔が逐一助けを求めれば、その内少しずつ第二領主は働く気力を養うだろう。それが第一領主の判断だった。


「まぁ、これが今我々に出来る最善ということか」

「あんたいい加減服着ろよ」


 いつもの露出の高い服ではなく、もこもこと厚めの服を着込んだ少年悪魔を背に庇い、カロンが全裸の悪魔を睨んでいる。アルバもこれ以上朝から不快な物を見たくはなかった。


「第六領主様、いい加減お召し物を召して下さい」

「そうしたいのはやまやまなのだが、一回出すまでこの調子なのでね。エング君か少年歌姫、さくっと脱いで向こうを向いていてくれないか?何、一瞬で終わらせるよ」

「阿呆かっ!勝手に始末して来いっ!」

「……熱があるからいけないんだ」

「エングリマ?」

「凍っちゃえ!」

「ぐはっ!」


 第四領主の声に集まる元素が第六領主の股間を凍らせる。


「え、エング君、こんなことしなくてもおじさんのはがっちがちに固いから!」

「凍傷でもげたりしてな」

「え、縁起でもない!え、エング君!私が悪かった!ちょっと調子乗りました!ほら、もう収まった!ありがとう!もう氷はいいからっ!」


 普段怒らない奴が怒ると始末に負えない。そんな図を眺めるアルバにカロンが聞いてくる。


「だけど推理小説の枠だってのによく凍らせられたな」

「10月といえど朝は冷え込みますからね。それか現実世界に影響しない悪魔同士の戦いにはああ言った魔法も使えるのではないですか?それも現実とは限りませんが」


 マイナスとの戦いで得た情報を整理し、アルバは答える。


「いえ、カロン様。外を見て下さい」

「あ……」


 庭先の噴水、池が凍っている。それだけではない。街下の方はうっすら白い。中層街辺りまでは雪が積もっているようだ。


「雪だ。少し積もってる?」

「なるほど……これは良い。カロン様、本日のご予定は?」

「ちょっと気になることがある。エコーに会いたい」

「ではアルセイド家へ?」

「ああ。エコーもそろそろ落ち着いた頃だろう。エコーが過去についてどのくらい知っているのか聞きたいんだ」


 数日前のいざこざも、もう吹っ切れたよう淡々と語られる言葉。それでもなるべくなら会いたくない相手だろう。


「では、お供します」


 アルバは頷き従った。そこでカロンが振り返る。


「そうだ。誰か一人シエロの傍に行ってくれないか?場所は使い魔が知ってるんだろうけど、使い魔通してシエロとやりとりするには誰か悪魔が一人傍にいてくれないと危ない」

「では、元々彼と契約したのは私だからね、私が行かせて貰うとしよう」


 それならその前にアルバと契約しているはずの第六領主は第四領主と第二領主の怒りを恐れてかそそくさと出掛けようとする。


「待てエペンヴァ。お前一番弱いんだろ?シエロの護衛になるのかよ?」

「何を少年。エング君が行ったとしても第七領主、第三領主が現れればどっちにしろ勝てないぞ」

「……エフィアル、頼めるか?」

「……確かに推理で我が力を貸せるものはないな。ならば頭はあるが運のないあの人間に憑くのが最善やもしれぬ」


 確かにこの脳筋魔王は推理小説などでは無能も良いところ。この本の中では確立が秀でているくらい。ならば護衛が一番適した仕事だろう。しかし割りとすんなり契約者から離れることを受け入れる第一領主。それにカロンは礼をしつつ、そこは気になる様子だ。


「でもなんでやる気出してくれたんだ?」

「気になることがある」

「気になること?」

「あのアクアリウスと言う男。仮にも他の歌姫に惚れていた。それが歌姫が死んだからといって宿敵の、しかも元々は男であるあの男に惚れるだろうか?」

「イストリアが何か関わってるって?」

「それを見るためにも奴の傍に行くのは悪くはない話」


 どこまでも目的は第七領主と言わんばかりの第一領主。茶の時間を邪魔したと言うだけで瀕死の目に遭った過去があるだけにアルバとしては微妙な心境。


「万が一、イストリアが関与して居らぬとして、それはそれで興味深い。あの男がこの本の軸に据えられているとは言え、どうも歪んだ好意ばかりを引き寄せる。そこまであれが良い男ならば、女の口説き文句でも尋ねようと思ったまで」


 などという不純な理由を残し、第一領主は姿を消した。


「カロン様、よろしいので?」

「あれでエフィアルは信用できる。エペンヴァなんかよりはずっと」

「今朝から命懸けで身体張った私に対して失礼だねぇまったく」


 比較に出された第六領主は肩をすくめて苦笑。相変わらず第四領主からは一定の距離を保っている様子。ランクが劣っているように魔力量自体は負けているのだ。非戦論者の魔王でも、正面からやり合えば分がないのは承知したらしく、いつになくこれでもしおらしく見えて、アルバがそっと吹き出せばカロンもそれに釣られたようだ。


 *


 物語の悪魔

  「しばし目を離していたが、無事に生還していたか。

   この男の悪運、なかなかの物だ。

   まだまだ謎の気配のする男。しばし様子を見て見るか。」


 *


 朝食の後赴いたアルセイド家で、カロン達を出迎えたのは憔悴しきった様子のナルキス。見れば彼の自慢の顔にも幾らか暴行の跡が見える。これにはカロンも驚いた。


「何があったんだ?」

「…………お前とシエロには申し訳ないことをした」


 暫しの沈黙の後、ナルキスはようやくそれだけを絞り出す。通された居間は静まりかえり、いつもの黒子も影を潜める。これは何事だろう。その場にいる彼以外の誰もが思った。


「俺達エコーに聞きたいことがあったんだけど」

「今は熱を出して寝込んでいる。申し訳ないが暫く寝かせてやってくれ。俺で話せる事なら代わりに話そう」

「風邪?本当に何があったんだよ?」


 体調管理健康管理も仕事の内だと言っていた、あの歌姫がそんなミスをするとは思えない。カロンがしつこく尋ねれば、ナルキスも顔を上げる。そうしてカロンは先程の謝罪の意味を知るのだ。


「一昨日、俺は殿下に城に招かれてな。殿下の傍らには歌姫ドリス。呪いを持つ俺をいたぶり、どうすれば女になるか、男に戻るかを吐かせようとした。おそらくはそれでシエロに不利な何かを成そうとしたためか」

「殿下達は呪いのこと知らなかったのか」

「ああ。つい先日まで俺やシエロが呪いで姿を変えることも知らなかった。何処でそれを知ったのかあの歌姫から吹聴されて真に受けた。俺とシエロをずっと女にしておけば消去法で王は自分だと思ったのだろう」

「なるほど……」


 ナルキスの怪我を見るに、口を割るまで時間が掛かったのだろう。そこでエコーの事が関わってくる。


「それじゃああんた、エコーを人質に取られたのか?」

「まったく面目ない。妹と親友を秤に掛けられ、俺はシエロを選べなかった。親友失格だとあいつに罵られても仕方ない」

「……いや」


 カロンは静かに首を振る。


「あんたは兄としては立派だよ。多分俺には今、同じ事は出来ない」

「だからこそ、シエロは俺の物にもならないがな」


 吹っ切れたように、それでも沈んでナルキスは言う。

 そんな様子にカロンは思う。この男、シエロに気があったのかと。シエラではなく、シエロと知って、それでも気があったのか。エコーに乗せられただけでもなかったのかと驚いた。


「……ナルキス。あんたは自分が生まれる前のことを覚えているか?」

「生まれる前?」

「俺はよくは覚えていない。だけど俺とシャロンはどうやらウンディーネの魂を分けて生まれたものなんだってさ。エコーの言葉をそのまま信じるなら、エコーは俺とシャロンの前世の恋人だった男だ」


 そう言えばそんな世迷い事を妹は口にしていたかも知れないと、ナルキスは顎に手を置く。


「にわかには信じられないが。あれはてっきり俺の妹の妄想なのだと思っていた」


 しかしそれでは女として生まれたエコーにシャロンとカロンと同じ呪いが存在するのは気掛かりだ。カロンが知りたいのはナルキスの呪いがシエロと同一の系統の物なのか、エコーのそれと似た側面もあるのかどうか。それによって解釈も変わってくる。


「あんたは人魚の子孫。だから当然海難の呪いはある。それに血が濃い。だから女になる呪いもある」

「ああ、それは確かだ」

「エコーの前世は魂から海神に呪われた。だからその転生体である彼女は女の身でありながら、性別が変わる。だけどおかしいのはそこだ」


 カロンはナルキスが呪いについてどの程度知っているのかわからない。だからなるべく丁寧に話を進めることにした。


「ウンディーネがかけられた呪いは愛した人と同じ物になってしまう呪い。けれど愛し合うことで呪いは半分解け、性別を自在に移動させられるようになる。そしてこの呪いは結婚すれば解ける呪いだ」

「それがシャロンとお前に掛けられた呪いということか」

「ああ。だけどウンディーネの伴侶、王子に掛けられた呪いは文献を幾ら漁ってもはっきりしない所が多い。お前達人魚の子孫が王子の呪いを引き継いでいる、尚かつ本来王子が生贄に捧げられることになっていたのなら、海難の呪いがそれなんだとも思える。だけどエコーの事例がある。エコーは人魚の子孫。子孫としての呪いと、魂としての呪いを併せ持っているのなら、その呪いは何だろう?」

「性別を変化させる……?それはお前達と似ているな」

「ああ。だけどおかしい。だってエコーが好きだったのはシャロンだ。シャロンとエコーは結ばれていない。仮に彼女がシャロンを愛した時点で呪いが発動するのだとして、それならエコーはしばらくずっと男であったはず。だけどエコーはあの時、俺の前で女から男になった」


 既にあの時、エコーは自在に性別を操ることが出来ていた。呪いが半分解けていたと考えるなら、エコーは愛した人と結ばれていたと言うことになる。


「俺が立てた仮説は二つ」

「聞かせて貰おうか」

「俺とシャロンは同じで同じじゃない。あんたら兄妹はその逆で、同じじゃないけど同じだったと仮定する」


 自分たちの事例が彼ら兄妹にもがっちり符合すると決めつけるのは早計だ。


「一つはエコーは呪いを誰かと半分に分け合って生まれた。或いは呪いの重複で起こった唯の不具合かもしれない。他に比べる相手が居ないからなんとも言えないけれどもし仮に、呪いの半分が置き去りになったのなら、それを受け継いでいるのはナルキス……あんたなんじゃないかと思った」


 シャロンとカロンの呪いはそれぞれ別個人として成り立っている。しかしそれはナルキス達に当てはまらないのかも知れない。


「もしもあんたとエコーの呪いに繋がりがあるのなら……あんたはながらく自分大好き人間だった。それってつまり愛した人と結ばれている状態に等しい。あんたがそうあることでエコーの呪いも半分解けた。一つはそういう解釈」


「あんたが自己愛者になったのはいつ頃だ?」

「シエロが俺と遊ばなくなった頃、子供の時分だな」

「その頃エコーはまだシャロンに出会っていない。もしこの仮説が罷り通るなら、エコーはシャロンに出会った時点で呪いが半分解けていた。あんたとエコーの繋がりを証明さえ出来るならこれは暴論じゃなくなる」

「面白い話だが、すまない。前世のことなど俺にはまったく思い出せん」

「それは俺もだ。気にしないでくれ」


 申し訳なさそうな様子のナルキスを程度に労り、カロンは次の説を持ち出した。


「それで、今度は二つ目だ。歌姫シレナが、エコーの愛した人であった場合」

「カロン様?」


 二つ目の説には、これまで黙っていたアルバも驚きを隠せない様子。カロンはその反応も当然だと頷いた。


「間違えだったとは言え、エコーはシレナを抱いている。この説だとその時点までエコーはシャロンに恋しての一年から半年未満男であった可能性がある。ナルキス、その間風呂を覗いたことなんかあるわけないよな」

「ああ、無いな」

「それじゃあエコーがシャロンに恋してから男だったか女のままだったかは本人しか知らないことになる」

「しかしカロン様……この場合の愛するというのは、ただ身体を重ねるだけではないことは、貴方も重々承知でしょう」


 アルバの指摘にカロンは頷く。確かにその通り。

 シャロンを恋い慕っていた時のシエロを抱いても、カロンに呪いは発動しなかった。そもそも最初から二人とも男だったのだから、惚れた相手と同じ物になると言う呪いは発動する前からそうなっていた。だからこれは確かめようがない。

 しかしシエロと思いが通じ合ったところでカロンの呪いは半分解けた。性別を移動させることが出来るようになった。

 エコーがシレナを襲った後に性別を自在に操れるようになったのなら、エコーはシャロンと思いが通じ合ったと誤解して、暴走。愛の力で記憶を取り戻させようとカロンを襲ったと解釈できる。


「エコーはシレナが嫌い。それでもシレナはエコーに憧れている。現世の関係だけを見るなら、思いが通じ合うのは難しいように思える」


 重々しいカロンの言葉にその場はしんと静まるが、それでもカロンは言葉を紡ぐ。


「だけど一つ思い出して欲しい。エコーの前世にはもう一人愛した女がいた。彼女は生まれは貧しい、だが美しい貴婦人。……俺が見た前世の記憶では、金髪の女だった」


 昨晩の本の記憶。それを見たときから一つの仮説が思い浮かんだ。それが確かならシャロンの動機すら断言できるような、恐ろしい仮説だ。


「俺が思うに、歌姫シレナはエコーの愛した貴婦人だ。彼女がシレナを毛嫌いしたのは、前世と同じ過ちを犯すまいと思ってのこと」


 夢で見た貴婦人の面差しは、どことなくシレナに似ていたと、カロンは思う。実際の彼女を見たことはない。それでも事件を追う内、辿った足取りから見る彼女にそれは似ていたんだ。

 唯の気の強い女だと思った。強く振る舞い、本当は脆い。そんな彼女を知った時、彼女を支えたいとエコーの前世は思ったのだろう。けれどその浮ついた心がウンディーネを失う原因になった。だからこそエコーは戒める。愛すべきはシャロンだけだと。それでも……


「エコーが彼女を抱くことで、もしシレナが昔の記憶、或いは感情だけでも取り戻したとするならば……勘違いとは言え二人は思いが通じ合ったと言えないこともない。それがエコーの呪いを半分解いた。この説なら王子にかけられた呪いは俺達ウンディーネの魂と同じ呪いと見ても良い」


 こればっかりは本人から話を聞かない限りなんとも言えないことだけど。そう結論づけてカロンは二つの仮説の話を終わらせる。言葉を失っていたアルバ、考え込む様子のナルキス。姿は見せないが陰で口笛を吹いている青年悪魔と絶賛している少年悪魔。

 ついでと言わんばかりにカロンは、一つの推測をもたらした。


「俺はどうしてシャロンがシレナを身代わりにしたのかをずっと考えてきた。最初は唯背格好、外見が似ているからだけだと思った。だけど仮にも友達をそんな風に犠牲にするか?何か怨みでも無い限り、そんなことはしないと思う」


 そう。命を狙われているのを知ったなら、権力者であるシエロや殿下を頼る、そんな方法はあったはず。それでもシャロンはそうしなかった。


「シャロンには目的があった。自分が狙われていることを知り、シャロンは考えた。これを利用してシエロに心配させよう。シエロの愛を確かめたい。どのくらいシエロに愛されているのかを知りたい。そう思ったシャロンは、これを自分の力だけで解決することを決めたんだ」


 自分を愛しているのなら、シエロはその死体がシャロンじゃないことに気付くか。仮に気付かなくとも怒り狂う程に自分を恋慕って嘆いてくれるか。

 シャロンはシエロが裏切らないことを確認するために、シエロを試した。シエロの心変わりがなかったならば、その姿を現し再び彼に寄り添ったことだろう。


「第一にシエロの愛を確かめたい。そのためにだけどどうしてシレナを犠牲にしただろう?」


 アムニシアの力で精神的にシレナを追い詰めて、自分を頼るようにし向けてまで、どうしてそれはシレナでなければならなかっただろう?


「俺が次に考えたのは、シャロンがエコーよりもシレナを歌姫として評価していた点だ。シャロンがライバルと認めていたのはシレナだ。自分より格下であるシレナを彼女は脅威に感じていた」


 それは何故か?シレナの歌を知らないカロンからすれば、皆目見当も付かない。それでもシャロンがそこまで目の仇にする女だ。何か理由があるはずだ。


「シレナが惚れているのはシエロじゃない。オボロスだ。憧れているのはエコーだけど、現世のシャロンはエコーへの執着はない。シエロ以下と切り捨てている。兎に角シャロンの恋のライバルにシレナは成り得ない」


 それなら歌のライバルとしてシャロンはシレナを恐れていた?現時点でもっとも人魚に近いと言われたシャロンが、たかだか中層街クラスの歌姫の何を恐れる?


「そう考えた時、さっきの仮説を思いついたんだ。シャロンがシレナを恐れるのは、過去に彼女に何かを奪われたという意識があるからなんじゃないかって」


 常に奪う側だったシャロンが初めて恐れた他人がシレナ。


「現に、これまで自分の取り巻きみたいに思っていたはずのオボロスとシレナにはちょっとした縁がある。シャロンはオボロスに特別な感情を抱いていたわけではなかったけれど、自分の所有物に粉をかけられた気分になっただろうと推測できる」


 別に愛している訳じゃない。それでも何か気に入らない。一度でもそう思えばその時からシャロンにとってシレナは気に入らない女なのだ。


「シレナはもうその貴婦人じゃない。生まれ変わった別人だ。シャロンがエコーを愛さなかったように、二人が同じ男を再び愛することは無いのかも知れない。それでもシャロンはシレナを恐れた。可能性の芽は摘んでおきたかったんだ、きっと」


 妹は、自分が思っているよりも冷酷な女だったとカロンは思う。シエロに対する仕打ちから見るに、シャロンならばやりかねない。


「シャロンは自分の危機を回避しながら、唯一恐れるライバルを亡き者にし、シエロの愛を永遠に勝ち取ろうと画策した。その結果が、この殺人事件の真相だと俺は考える」

「か、カロン様……証拠こそ不十分ですが、なかなかに筋道の立った話ですね」


 前世の因果を組み込んだ多重憎悪の絡んだ生贄殺人。突飛な話だとは思う。だからこそエコーの話を求めに来たのだとカロンは再認識。


「ナルキス、明日もエコーの容態を見に来て良いか?どうしてもエコー本人から直接話が聞きたい」

「……ああ、それが無理ならば明日までにあれの看病をしながら俺がそれを聞いておこう」

「助かる」

「それであれがしたことへの謝罪になるとは思っていないが」

「それはあんたの所為じゃねぇだろ。俺個人としては、あんたが一回シエロにキスしたって方の理由でぶん殴りたい」

「殴って行くか?」

「怪我人殴る趣味はねぇから安心しろよ。元気になったら一発殴らせて貰うから精々怪我治せ」


 軽口を叩き、カロンは腰を上げる。他にも調べておきたいことはあるのだ。これ以上ここで得られるものはない。礼もそこそこにアルセイド邸を後にした。


 *


 罰の悪魔

  「まぁ、見てろよ俺の歌姫。

   俺にはとっておきの策がある。だからそう、笑え歌姫。

   俺好みの女らしく、お高くそこに佇めよ。」


 *


「あっはっはっは!いやぁおかしいおかしい!前世殺人ですか!あっはっは!」


 アルセイド邸を後にするや否や、姿を現し笑い転げる第六領主をカロンは睨む。


「何がそんなにおかしいんだよ」

「いやはやまったく、第七領主様の考えることは何が何やら」

「でもエペンヴァさん、これって普通の現代物の推理小説枠では出来ないことですよ?」

「いやいやエング君。そんな前世のいざこざを持ち出して推理って、推理小説大御所からぶん殴られるじゃ済まないよ」

「イストはファンタジー世界を縛って縛って縛り上げて敢えてミステリやるのに意味があるんじゃないって言ってませんでした?」

「まぁ、現代近現代は科学や化学の力で裏付けしトリック証明する物ならば、ファンタジー世界の推理とは魔法や因果で裏付けされても仕方のないことなのか、いやはやまったく片腹痛い」


 時代が時代なら妄想癖、精神異常者共の祭りの狂気劇だと笑われるぞと青年悪魔。ファンタジーを体現している連中が何を自己否定しているのかとカロンはすっかり呆れてしまう。


「おい、馬鹿言うなよ。呪いや過去の因果ってのはあるかもしれないけど、現実問題シレナを殺したのは人間業の、人間の狂気だ」


 ドリスが死んだ今となっては、シレナの腹を割き、子宮を燃やした理由は全て推測にしかならない。ドリスの手記でも見つけるか、何者かの証言を得られなければ、推理小説としてこれは解決しない。物語の枠から抜け出すには事件の解決を迫られる。


「あのメリアという女性が喋れないというのが痛いですね。証言を引き出すのは難しい。更にカロンさんの命を狙っていることから、対話は容易ではありません」


 少年悪魔の言葉はもっとも。カロンが頭を悩ませている事柄だ。


「全てを知っているシャロンから、全部吐かせるしかないだろうな」


 これは顔面そぎ落としの件についてもだ。シレナの顔面を切断したのがシャロンなら、その証拠である凶器か顔を見つけなければ推理小説として解決しない。動機が明らかになったところでそれは唯のファンタジーでしかない。


「しかし驚きました。見違えるようですねカロン様。最初の頃など推理などは全部シエロ様に任せきりだった貴方がよくもまぁ……」


 アルバに成長を喜ばれるも、カロンは少々気まずい思い。


「いや、早く解決しないとシエロが危ないし。シエロに会えないし。シエロと色々出来ないし」


 こうして数日離れているだけで禁断症状が酷い。脳味噌は常にシエロシエロシエロシエロと呟いて、それが脳を高速回転させている。せわしなく動くその脳が、違和感を違和感として拾いやすくしてくれているのだ。


「はっはっは。煩悩に忠実だねぇ少年」


 推理の原動力がシエロ一色だと青年悪魔に笑われる。言い返そうにもその通りでカロンには言い返せない。


「よう、元気そうじゃねぇかエングリマ」

「てぃ、ティモっ!」


 他の者に出会わないよう確立を弄っていたにも関わらず、空を羽ばたく少女悪魔にカロン達は遭遇。舞い降りた悪魔にカロンとアルバは身構える。身構えつつさては何処の領主が手を抜いたなと青年悪魔を睨み付けるも、今回ばかりは誤解らしい。


「レディティモはどうやら確率を引き上げられて居るね。さては第三領主様の仕業か」


 青年悪魔の指摘に、少女悪魔は含み嗤った。


「今朝早くカタストロフの奴を起こしやがったな。おかげで俺はお役目御免。アムニシアとは手が切れそうだ」

「何を企んで居る?」

「そんな怖い顔すんなよ」


 アルバに睨み付けられ、少女悪魔は非ヒヒと嗤う。話には聞いていたが、カロンがこの悪魔を見るのは初めてだ。露出の多い衣装に隠された蠱惑的な肉体。言葉遣いは悪いが愛らしい少女の姿にその身体。なかなかに悪魔的なこの少女が、少年悪魔の片割れらしい。エングリマとは逆の背に翼がある。


「俺の歌姫の狙いはあくまであの人魚王子。よって城に近づけない今は俺達はやることがない。いや、やることはある。こっちの手駒勝手に逃がしやがって、歌姫ドリスが俺の歌姫を裏切った。その責任をあの従者に取ってもらおうと思ってた所なんだよな」


 分かり易く言い直してやると少女悪魔は胸を張り……


「俺はこの推理小説枠では、拷問洗脳特化型。あの従者の口割らせてやろうかって言ってんだ」


 直接この悪魔の力を目にしていないカロンは何とも言えないが、周りのげという反応から見るに、その力は確かなものであるようだ。


「唯あいつにはアムニシアとイストリアが目を光らせている。そろそろアムニシアの支援が切れそうな俺の確率変動じゃどうにも見つけられそうにねぇ。お前らを張ってれば向こうからやって来てくれると思ってな」

「それは危険に対する確率変動を一時的に中止しろってこと?そんな危ないこと出来ません!ね?カロンさん」


 この少女悪魔を信用して良いのか解らない。しかし利害が一致しているのなら、無下にも出来ない。あの女従者の始末と、口割りは此方としても頭痛の種だった。


「推理小説って言っても別に真実を明るみに出さなくてもいいんだろ?読み手ってのがそれを理解できるなら。ぶっちゃけた話、適当な探偵が適当な推理で適当に事件解決してやっても面白味に欠ける。一度解ったトリックは、二度も読む気を起こらせねぇ。トリアは悪魔。物語にもそういう不確かさを持たせたがる。明確にこれが答えですなんて回答、あいつは望んじゃいねぇんだ」


 第七領主と仲の良いらしい第五領主は、悪友のことを赤裸々にこう語る。


「最悪、俺があの女洗脳して適当にそれっぽい遺書書かせて自殺でもさせてみろよ。それかアムニシアが夢遊病を引き起こさせても良い。それだけで表向き、事件は解決しちまう。それが、その程度がこの世界の枠だ!探偵は本の中に居なくて良い!本の外に居ればいい!安全なところから無関係の顔して我が者顔で世界を踏みにじればいい!それが悪魔の脚本だ!」


 お前達は踊らされてるんだよと少女悪魔。所詮は配役。それ以上の意味はない。それが探偵ごっこだなんて腹筋死ぬわとけらけら笑う。


「ミスリードの要因ってのも多少組み込んでやらねぇと、つまらないだろ?あんまりつまらないことしてるとトリアが本腰入れて執筆始めるぜ?そうなりゃお前らも俺達も人形さ。本の中に閉じ込められた、あいつの玩具だ」

「……解った」

「カロン様!?」

「アルバ、実際今は他に手がない。一時的ならこの悪魔と手を組むのもやむを得ない。それに今回それでシエロに何かある訳じゃない。あの女は残しておくと後々面倒なことになる。そうなってシエロに何かあってからじゃ大変だ」

「へぇ、エングリマ。お前の契約者頭意外と柔軟じゃねぇか。しっかしつまんねーな。物語冒頭のこのガキなら、俺様の身体見れば絶対に魅了されていいなりなると思ったのに」


 胸の谷間を見せつけつつ、女悪魔は舌打ちをする。かと思えばカロンの肩に腕を回し、耳打ち。


「そんなぞっこんとはねぇ、そんなあの人魚王子は凄ぇのか?実際の所どうだったんだよエロ展開の感想は?協力のお駄賃に聞かせろよ。俺の歌姫もその辺気になってると思うんだよ。そんなに良いんなら俺にも一晩くらい貸してみろよ採点してやっから」

「はぁ!?シエロに手を出したら許さないからな!」


 こっちには第一領主憑いてるんだぞと脅すも少女悪魔はへこたれない。


「つかお前ら一回くらいは人魚化プレイとか女同士でもエロ展開やれよ。つまんねぇ」

「やろうにも今シエロと離れ離れでそれどころじゃないんだけど」

「やったところでティモ、小説的にそれフェードアウトだよ」

「行間に埋もれてしまうからねぇ。我々はばっちり見ているわけだが」

「っち、こんなことならトリアも中途半端に15禁なんかしねーでがっつり18禁にしちまえば良かったんだよ。それでエロエロエロ地獄」

「それだと推理小説っていう枠から脱線し過ぎると自重したのではないのかね?」

「馬鹿言え。世の中に幾らでももっとエログロエログロなミステリーなんか幾らでも転がってるだろ」


 普通に会話に溶け込んでいる少女悪魔にカロンが疑問を感じられなくなった頃、アルバが一つ咳払い。


「それでは領主様方、カロン様の指示通り、一度確立を解除していただけますか?場所はそうですね……目立たない裏通りにでも誘い込みますか?」

「ああ、そうするか」


 カロンは肌寒くなってきた空を見上げ、そこに灰色の暗雲を見た。

久々に推理パート。

傍にシエロがいない方が脳みそまわるカロン君……


何があったのやらすっかり肉食系主人公ですね。

初期からは思い出せない位だわ。

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