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27:脚本は踊る

※雰囲気注意報。主人公×裏ヒロイン(身体女、精神男)の絡み。

悪夢の悪魔

   「馬鹿なことだと言われても、それをしてしまうのが人間の性か。

    そう尋ねれば奴は言った。それこそ男という生き物なのだと。」


 *


 それは昨日の夜まで遡る。家まで戻ると言った俺は、本当は……そのまま空へと向かうつもりだったのだ。だが、それも無駄に終わった。俺の背中に投げられる、憤慨したその声は……俺と契約している悪魔の声。


 「帰ってくるのが遅いと思ったら!何しようとしてたんですか!」


 信じられないと憤慨するエングリマ。


 「あんな状態のシエロさんを放置して空に戻るつもりだったんですか?」


 馬鹿じゃないのかと怒鳴られカロンもしゅんとなる。


 「いや、だって早く事件を解決……」

 「そう焦って貴方に何かあったら余計シエロさんが心配するでしょう!?それに……今一番、あの人は貴方に傍にいて欲しいはずです。貴方は彼の恋人なのに、そんなことも解らないんですか?」


 彼はあんなになってまで貴方を選んだのにと詰め寄られ、返す言葉が無くなった。

 夜間は閉まっているゲート。そこを何とか越えて先に空に戻る。シエロを空に連れて行くのは心配だから、ここで待ってて貰おう。そう思ったのだが様子を見に来た悪魔に叱られてしまった。

 言われてみればそうだ。夜はゲートが閉まっている。あんなシエロを泳がせられないから、帰りは階段を上らなければならない。


 「大体犯人が空に帰ったと言い切れるんですか?下町だって安全とは言えない。貴方の怒りは理不尽です。ちゃんと貴方に出来ることをやってそれで守れず怒るのではなく、守ることを放棄して、その結果に貴方はこれから怒る」


 このまま一人空に戻っていて、その間にシエロが死んだりしたら、本当に後悔するに決まっている。エングリマに諭されて、ようやくカロンの頭も冷えた。


 「ごめん……悪かった」

 「謝る相手が違います。さぁ、早く帰りましょう」

 「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。一旦家に寄りたい……」


 出掛ける口実ではあったが、シエロの見舞いになるような物を持っていこう。先に帰ろうとしたこと。それを話したらシエロが傷つく。

 俺がシエロを守ろうと思うことは、俺が男だから当然だけど……シエロだって男だ。同じ気持ちがあるんだよな。それを無視して踏みにじるのは、シャロンがシエロにしたことと同じだ。シエロが俺を置いて出掛けたこと。それに俺が腹を立てたのと同じだ。女扱いされたい訳じゃない。今のシエロに僅かに残った男性性。それをもへし折ることは、あいつの心を壊すこと。それは何よりやってはならないことだった。


(あいつ……今は唯でさえ不安定なんだから)


 しっかり傍で支えてやらなければいけなかったのに。言われるまでそのことを忘れていた自分がカロンは情けなく、自然と口から溜息が零れる。


 「…………」


 オボロスの家は割と広い。俺が拝借している家部分だけではなく、その建物には店部分もある。使われていない客室も幾つかある。アルバはその客室の方に引っ込んだのか、店の外には姿がなかった。

 彼の両親が災害で無くなるまでは宿として経営していた場所だ。あいつが料理が得意なのもその恩恵だろう。数日前にシレナが差入れで持ってきた菓子の味を思い出す。あのシレナがシャロンだったのか。あいつはどんな気持ちで恋人を演じる俺とシエロを見ていたのだろう。あの時何もしなかったのは、シエロの方が俺を何とも思っていなかったから?

 でも彼女と互いがそれと知って会ったのはあれが最初で最後。シエロの心変わりを彼女は何時、どうやって知ったのだろう。それが彼女の悪魔の力なのだろうか?考えても解らない。後で他の悪魔に聞いてみよう。今日はもう疲れた。何も考えたくない。そう思いながら、鍵を開け友人の家へと入る。


(今度会ったらオボロスにも礼言わないとな……)


 その前に彼の安否も心配だ。マイナスの所に行くなんて、いろんな意味で無事だと良いが。


 「シエロ、起きてるか?」


 ノックをして部屋に入る。するとゆっくり起き上がる影。どうやらシエロは起きていたらしい。宿にあった女物の寝間着姿。ゆっくり休めるようにと、アルバが着せてくれたんだろうか?


 「咽渇いてないか?果物持ってきたんだ。今切って……」


 小さく果物を切り分けては見たが、口内を怪我しているシエロに食べられるのだろうか?咀嚼するにも傷口が痛むかもしれない。


 「もう血は止まったよな」


 それを確認して、それなら仕方ないと、カロンは果物を自分の口へと含む。

 目の前で切り分けて、皿を寄越すと思ったら目の前で食べ始めた俺の姿に、シエロは目を見開いて、次にくすくす笑い出す。つまみ食い、横取り?俺はそこまで性格悪くないはずだ。何も解っていない様子のシエロの顎を掴んで唇を寄せる。食べやすいよう噛み砕いてやったから問題ないはずだ。それでもこの展開は想像していなかったのだろうな。シエロは驚いて真っ赤な顔だ。辺りは薄暗いのに照れ慌てふためいているのがよく分かる。


 「こら、逃げんな」

 「っ……」


 身振り手振りで何かを訴えようとしているが、照れ隠しだろう。


 「しばらく外食は無理だな。三食こうやって食べさせてやらないといけないんだから」


 シエロは恥ずかしいから考えたくない。怪我が完全に治るまで、早く自分で食べられるように丸呑みできる料理がいいなみたいな目を視線を斜めに逸らしつつ訴える。


 「腹減ってるだろ?いいからじっとしてろ」

 「…………」


 渋々と、シエロが頷く。寝たきりでは咽に詰まるかもしれない、食べやすい体勢になるように枕を重ねて上半身を起こさせた。


 「お前今日言ってたよな?俺とエングリマの仮契約見て」

 「…………」

 「お前が生きていてくれて良かった。お前が死んだらキスしたって、お前には解らないんだから。……だから、いっぱいしてやるよ」


 昼間に俺と悪魔に嫉妬していたシエロを思い出す。まだ喋れた。仕返しに俺に沢山キスしてやると言っていた。そんなシエロの声が好きだった。出会った日に、シャロンの死を告げられて……泣いていた俺を慰めてくれた優しい歌声。その歌が、あの声が、二度と聞けないと思うと……口移しで食事をさせてやっている最中、その声が懐かしくて、悲しくてどんどん涙が溢れた。


 「シエロ……好きだ。お前が好きだ」

 「…………」

 「悔しいよ……許せねぇよ。お前の声も!お前の歌も!俺は大好きだったんだ!」

 「………」


 そんなこと言われても、シエロが辛いだけ。解っている。でも止められない。そんな子供過ぎる自分が許せない。ほら、シエロが困ったような顔してる。こんな顔させたいわけじゃないのに。


 「お前に……名前呼ばれるの、好きだったんだ。……凄く」


 シエロは俺をカロン君と呼ぶ。周りの誰もがシャロンのことを追う中で、俺を別の人間としてちゃんと認めて呼んでくれる、そんなシエロが好きだった。


 「…………」


 シエロは優しく俺を胸へと抱き寄せて、泣き喚く赤子をあやすように優しく頭と背を撫でる。シエロは口だけ動かして歌を歌ってくれている。音は無い。だけどシエロは歌っている。歌の合間に繰り返される呼吸ばかりが目立って、とても悲しくなって、俺がますます泣くからシエロも困ったように笑い泣く。そして歌えない歌を歌う。そこにどんな歌詞と旋律が乗せられていたのかは解らない。シエロは何を伝えたいのだろう。拙い文字では言い表せない深い深い思いを、シエロは歌っているようなのだけれど、今の俺には解らなかった。唯その優しげな目はそんなに怒らないで、悲しまないでと俺に語りかけてくるようだ。こんな目に遭っていながらシャロンを憎んでいない。それが信じられなくて、どうしようもなく悔しくなる。


 「どうして許せるんだ!?どうして恨まないんだ!?お前まだ……シャロンが好きなのかよ!?」


 吐き出してしまった言葉にシエロは、大きく目を見開いて歌うこと止めた。閉ざされて噛み締められた唇。その青い双眸には初めて悔しそうな色が浮かんだ。俺にそんなことを言わせてしまったことが悔しい。ちゃんと伝えられない自分が憎い。そうやってまた自分を責める。嫌いになる。嫌うなら俺だろう?シャロンだろう!?

 シエロは……シャロンとのことでも自分を責めたのだろう。


 「……お前、今日……殺されるつもりで会いに行ったのか?それで俺がどんな気持ちになるかとか、考えなかったのか!?だ、大体っ……その怪我だってどうしたんだよ。不意打ちでキスでもされたのか?別れる前に、最後に一回抱いてくれって言われたのか!?それともエコーが俺にしたみたいに!無理矢理やられたのかよ!?」


 仮にそうなのだとしても、体格では勝っているはずだ。抵抗しなかったのは、どうして?


 「お前は……仕方がないって思ったのか?シャロンの気の済むように何でもさせよう。それで許して貰えるなら何でもしようって……」


 一緒に謝ろうと言ったのに。一人で謝りに行きやがった!

 守るなら、もっとばしっと!格好良く守ってくれ。俺が無事なのは当然!それでお前も無傷で帰ってきてくれなきゃ、全然格好良くない!どうせ抜けてるシエロにそんな格好良い真似出来るはずがないんだ。だから、だから……二人でって言ったのに。


 「……そう、思ったのか?」


 俺の問いかけに答えずシエロはテーブルの上の果物ナイフを指差した。そうして胸元をはだけて、心臓の位置を指し示す。


 「シエロ……?」

 「…………」


 シエロが笑う。約束を思い出せと言うように。殺されるために帰ってきたんだと言うみたいに。

 嫌がっても、泣いて許し乞いをしても、絶対に許さないで。ちゃんと殺してくれる?……そうシエロは俺に聞いた。俺は頷いた。こんなこと、俺以外とやったら殺してやるって。その行為は裏切り。それでもシエロの心は俺にある。それを確信している。それなのに、殺せって言うのか?


 「っ……!?」

 「昨日……俺を殺さなかった罰だ」


 覚悟を決めていたシエロの身体を撫で、そうじゃないよと訴える声が発されないのを良いことに深く深く口付ける。

 無理だ。殺せるはずがない。殺したいほど好きなんてもの、もう越えている。殺せないくらい好きなんだ。お前が仮に俺を裏切ったって、俺はお前を殺せない。


 「シエロ……俺は、嬉しいんだ」


 嬉しいのにどうして殺さないといけないんだ。それを必死にシエロに伝える。


 「お前はシャロンのために俺に会いに来て、俺の力を必要として……そのシャロンが生きてたのに、お前は俺を選んでくれた」

 「…………」

 「それくらいお前が俺を好きでいてくれるのに、どうして俺がお前を嫌いになれるんだよ馬鹿……」

 「…………っ」


 シエロが俺を見ている。ああ、この目は俺を呼んでいる目だ。口が動いた。“カロン君”って。


 「お前そんなに死にたいか?俺がこんなに好きだって言ってやってるのに、俺の傍から消えたいか?」

 「……」


 シエロは涙目で首を横に振る。それでも俺に嫌われたかと思っていたんだろう。いきなり怒鳴ったのが悪かった。今のシエロは精神的に不安なのに、あんなこと言われたら、そう思ってしまうよな。自分の思慮の浅さをカロンは恥じた。


 「嫌ってない。お前が、好きだよシエロ」

 「…………」


 真摯に思いを伝えようと真っ直ぐに彼女を見る。シエロはボロボロ涙を零して、それでも華やぐ笑みを浮かべるのだ。そして唇の動きだけで僕もだよと応えてくれる。そして、その後ねぇと続ける。


 「何?」


 その顔を覗き込めばシエロが笑う。“歌って”と。僕は歌えないけど、君の歌が好きだよ。歌えない僕を哀れむなら、声を聞かせてと。


 「嫌だ」

 「っ!?」


 意地の悪い笑みを浮かべてカロンが笑えば、シエロは「えええ!?」と驚いた顔。


 「その前にひとつ思い出せシエロ」

 「?」

 「お前はすっかり忘れているみたいだが、お前は昼間あの変態悪魔に何をされたんだ?」

 「っっっ!!!」


 昼間のカロンの言葉を思い出し急いで胸元を元に戻そうと身じろぎするシエロ。それを押さえて豊かな胸へと手を伸ばす。


 「流石に怪我人相手に最後までは出来ないからな。今日は途中までで我慢してやるから感謝するんだな」

 「…………っ」


 十分鬼だよと、シエロが涙目で項垂れる。


 「シエロ、お前は余計なことを考え過ぎだ。俺が揉みほぐして柔軟な思考が出来るようにしてやる」


 僕の脳味噌はそんなところに入っていないんだけどと抗議の視線が上ってくるが敢えて無視。


 「心臓……ここだな」


 胸の下……あの悪魔がしたように肌の上から心臓を舐め上げる。舌から唇から鼓動の音が温もりが伝わる。それが嬉しくて何度もそこを舐め上げる。その度にくすぐったいようなもどかしいような呼吸がシエロの口から漏れる。

 この肌の下にはどんな心があるのだろう。悪魔達が欲しがるような魂だ。きっと綺麗なんだろうな。なんだか悪魔に渡すのが勿体なくなって来た。しっかり奪い返しに行けるように、覚えていて貰えるように皮膚越しにその魂に口付ける。その鼓動の音に合わせて何度もキスする内に、その間隔が狭まって行く。シエロの顔を見れば、熱に浮かされたように真っ赤。焦らされている気分なのだろう。


 「悪い。あの悪魔に舐められたのはここだけじゃなかったよな」

 「…………」


 そう告げれば静かに彼女が頷く。昼間悪魔がなぞったように舐め上げれば、びくと身体を震わせて……期待と不安に揺れる目が俺を見る。


 「消毒が終わったら歌ってやるから、今はお前が歌ってくれよ」


 色付いた呼吸一つ一つが俺には歌だ。シエロの心が感じられる。そこに見えない気持ちが見える気がする。それでもまだまだ足りない。手に入れても手に入れてもまだ満足できない心がある。シエロは俺が何をしても許してくれるし俺を怨みはしないだろう。だけどそれはシャロンに対してでも同じで。唯一シエロがシャロンに許さなかったのが、俺を殺させること。

 シエロは俺のことが好きだ。それなら俺には許してくれるだろうか?


(俺がシャロンを殺しても、俺を許してくれるだろうか?嫌わないでくれるだろうか?)


 我に返りたくなかったのはそれ。怒りにかられたままならそんなことはあり得ないと思いこめた。それでも一度立ち止まれば不安になる。深く愛したシャロンより、俺を選んでくれたシエロ。もうこの先誰も選ばないなんて、保証はない。

 だから俺を嫌わないで。見捨てないで。忘れないでと俺はもっともっとシエロが欲しくなる。俺以外のこと、何も考えられないくらいずっとこうしていたいくらい。


 「シエロ……」

 「………?」

 「俺がシャロンを殺したら、もうこんな風に……俺を見てくれなくなるか?」


 瞬時にシエロの顔が青ざめていくのが見て取れる。目を伏せて考え込んで……躊躇いがちに目を開けて……ぎゅっと俺の首に手を回す。その胸に抱き留めてくれる。


 「……“カロン君は、カロン君だよ”?」

 「…………」


 そう言いたいのと尋ねれば、シエロがゆっくり頷いた。今回のことでシエロは、自分とシャロンとの間の蟠りは蹴りをつけたつもりなのだ。シャロンがどうかは知らないけれど。だからカロンとシャロンの間の蟠りに口を出す気はない。どちらも大切な人と大切だった人なことには変わりはないのだ。

 それでもシャロンが君を傷付けるなら守って逃げる。そんな前向きなんだか後ろ向きなんだか解らない決意をその目が告げている。

 心配しないで。君が好きだよ。口の動きでそう語り、目を伏せこつんと額をぶつけてくるシエロ。


(ああ、もうっ!くそぅっ!)


 シエロには敵わない。昨日よりもずっと。昨日は一昨日よりもずっと。日に日にこの人に惹かれていく。その終わりが見えないくらい心が引き摺られていく。どうすれば良いんだ。苦渋の表情になる俺を見て、シエロは俺の頬を掌で触れる。


 「……?な、何だ?」

 「…………」


 シエロは目を逸らしながら、ゆっくりと自分のスカートの裾を擦り上げる。折れた指では掴めない。だから手の甲を使って少しずつ……少しずつ。すらりと伸びた白い足がどんどん顕わになっていく。所々滲む包帯の赤が痛々しいけれど、俺にとっては十分魅力的だった。


 「し、シエロっ!?」


 狼狽える俺にシエロは優しく笑う。何をしても許してくれそうな、本当に優しい笑みだった。こっちに来ていいんだよともっと傍にもっと近くにと、深く深く俺を求める笑みだった。それは唯やるってだけじゃない。それ以上を俺に許している。


 「だ、だって嫌じゃないのか?お前は男で、俺はお前を女の代わりにしたい訳じゃなくて……」


 シエロは俺の手にある指輪に口付ける。なんだか求婚されたような気になって口がもごもご言ってはっきりと喋れなくなる。


 「俺はお前のままでも好きだよ」

 「…………」


 シエロは首を振る。そして笑うのだ。呪いがあって良かったと、その唇が動いている。

 シャロンは男としてのシエロを殺した。それでも女としてのシエロは生きている。そんなに不安なら完全に君の物にすればいい。もう怖い物なんて無いよ。吐き出して良いんだよ不安な気持ちは全部。そんな風に俺を誘惑しているのだ。


 「シエロ……」

 「……………………!」


 シエロが笑う。口の形が、とんでもないことを言い出した。ねぇ、結婚しようよカロン

 ……


 「け、けけけけけけ結婚んんんんん!?」

 「…?」


 嫌?と小首を傾げるシエロは今日も可愛い。嫌なはずがない。ぶんぶんと首を振って、嫌ではないと否定するが……


 「だって俺はどっちのお前も好きだ」


 男として生きてきたシエロにこれからずっと呪いを発動させて女として生きることを強いるなんて、そんなこと出来ない。シエロが俺の子供なら、産んでも良いよと言ってくれているのだとしても。


 「…………」


 迷う俺にシエロが笑う。そうやって僕のために悩んでくれる。そこがシャロンと違うところだよと、そんな風に見つめてくれる。そんな目で見るシエロを見て、ああと思った。

 シャロンが好きだったのは、男としてのシエロだったんだ。シエロの浮気が許せないなら、あの凶行に及んだ後、海水をぶっかけて呪いで女にさせて、あの偽シャロンの死体のように子宮まで引き摺りだしておくべきだろう。それでもシャロンは男のシエロを殺しただけで満足した。女のシエロの浮気はシャロンにとって裏切りにカウントされていなかった。そこに嫉妬がない。

 シャロンはシエロの心が魂が男性だと知った上で、呪いを発動させ辱めるのが好きだったと見て間違いない。だから呪いを発動させずに辱めたりもしたのだろう。シャロンは愛するシエロが羞恥に震える様が好きで、それでそういうことをしていた。あくまでそれはシエロの男としての心をプライドを辱め可愛がるための行為。戸惑うシエロの姿に俺の妹は興奮していたんだろう。

 シエロが俺を選んでくれたのは、その差……だったんだろうか?シャロンは女としてのシエロを可愛がりはしたが、愛しはしなかった。男としてのシエロの延長線上として可愛がった。俺はシエロが男でも女でも嫉妬した。シャロンのことしか頭にないこの人に苛立った。俺にとってはどっちのシエロもシエロだった。女のシエロを手に入れただけでは満足できなかった。どっちのシエロも欲しかった。そうして俺はシャロンの触れてはならない領域からまでシエロを奪ってしまったのだ。

 そんな俺の子供じみた惨めで情けない我が儘で自分勝手な、それでも強く激しい好意は……自分が何なのか解らず不安の中を生きていたシエロを少しでも救ってやれたのだろうか?


 「………シエロ、いいんだな?」

 「…………」


 こくんと頷く。でも目を逸らしているのが気に入らない。


 「シエロ、こっち見ろ」

 「っ……」

 「……本当に、俺なんかで良いのか?」

 「…………」


 不安の声を上げれば、そろそろとシエロの視線が此方を向いて……恥ずかしそうに微笑んだ。ああ、本当に今度こそ。俺はこの人の何から何まで手に入れられるんだ。もう誰の物にもならないとこの人は誓ってくれる。

 でも、ちょっと狡いな。そうも思った。こんなことしてしまったら、俺は俺の命を投げ出すような危険なことが出来ないじゃないか。シエロという家になんとしても、帰らなければと這ってでも帰って来るよ。

 ヴェールと言うには可愛げのない、白い布を彼女の頭に被せて、気分だけは結婚式だ。そんなごっこ遊びにもシエロは嬉しそうに目を伏せる。それに応えるべく、俺は彼女に口付けた。


 *


 「どうやら昨日はお楽しみでしたねぇ」


 朝から悪魔達がにやにや笑っている。エペンヴァはにたにたと良い物を見せて貰ったと言うような顔。エングリマは真っ赤な目から涙、鼻からは鼻水を啜って感激してくれている。


 「おめでとうございますシエロさん!カロンさん!僕が全力で受精確立引き上げておきますからね!エフィアル様にも頼んでおきましたからっ!」

 「何故この俺がこんな虫唾の走る仕事を」


 悪魔たるもの、人の不幸は兎も角、人の幸福を祝うような真似をするのは性に合わんとエフィアルティスはふて腐れていた。


 「っっっ!!」


 シエロは見てたんですかとを慌てふためきカロンの背後に隠れる。それでもシエロの方が背丈があるから隠れられない。あと主に胸。それでもそんな反応一つ一つまで惚れた弱みか、可愛くて仕方がない。


 「歩けるくらいには回復したんですね。それならば良かったですシエロ様」

 「………」


 アルバの言葉にシエロが感謝の視線を送る。昨日アルバがいなければ、シエロはこうして無事に生きていたかも怪しかったのだ。カロンが見つけたとしても運ぶまで時間が掛かっただろうし、ちゃんと治療が出来ず死なせてしまっていただろう。


 「アルバ、シエロに代わって俺からも礼を言わせてもらう。シエロを助けてくれて、ありがとう」


 当然のことをしたまで。そう返ってくるかと思えば……執事は微笑。


 「はい」


 その一言で引き下がる。そしてシエロの方を向き、服の入った包みを差し出す。


 「シエロ様、此方をお召し下さい。寝間着のままではお困りでしょう」

 「……」

 「指の調子は如何ですか?……まだ何かを握るというのは難しそうですね。ではカロン様、着替えを手伝って差し上げてください。私は朝食の盛りつけがありますので」

 「お、俺が!?」

 「ほほう、生着替えか。それはそれで趣がある。朝からストリップとはレベルの高いお嬢さんだ」

 「お前は出てけっ!」


 悪魔達を追い出して、カロンは包みを開ける。下町で買ってきたのだろうがなかなかシエロに似合いそうな服だ。下着まで入っているのはどうかと思うが。二人で目を逸らしながら何とか着替えを完了させる。


 「へぇ、ぴったりだな。似合ってる……って何であいつシエロの胸のサイズまで解ってるんだよ!」

 「………」


 アルバの有能さを危惧するカロンを見てシエロがくすくす笑う。なんだか気恥ずかしくなって、カロンも一緒に笑った。


 「残念そうな顔をしているね少年」


 朝食の席に着いたカロンにエペンヴァはにたにたと嫌らしい笑みを送る。

 アルバが気を利かせてシエロには消化の良い食べ物を用意していた。もう既にドロドロの流動食だ。こいつらの前であんなことをしないで済んだのはほっとしたが、確かにちょっと残念ではある。


 「そんなことよりこれからどうするんだ?」

 「まずは屋敷に戻らなければならないでしょうね。屋敷から死体が見つかれば一大事です」


 アルバのもっともな答えに、悪魔達は顔をしかめる。


 「ははは、面白いな人間は。いっそ逃げてみてはどうかね?お嬢さんをそこまでやった相手が今更容赦してくれるとは到底思えんよ。死体は見つかると考えてまず間違いない」


 脚本能力を使われたら厄介だとエペンヴァは言う。


 「でもこっちには悪魔が三人もいる。幾らこの場所が本の世界に取り込まれてるとはいえ、太刀打ちできないってわけじゃないんだろ?」

 「現実世界ならそうだが本の中に来てしまった以上、我々悪魔も傍観者から配役の一つにされてしまっている。書き手であるイストリアの魔力からは逃れられない」


 ここに来てしまった以上、悪魔達も簡単には本から出られない。書き手であるイストリアが脱出を許可するまで本の中に閉じ込められるのだとエフィアルが唸る。


 「あれは我らの好みそうな人間を配置することで、我らを己の支配下に置かんと画策したか」

 「だがまぁ、虎穴に入らずんば虎児を得ずという奴だね。多少の危険は我々悪魔の好む場所でもある。上質な魂も見つけられたことだしな」


 それでも悪魔達はまだまだ余裕顔。ランクとしては自分たちの方が上なのだから、今は劣勢でも余裕綽々でいなければならないのだろう。プライド的に。


 「可能性としては低いですが、アムニシアとイストリアに手を組まれたら厄介ですね。エフィアル様に頼んでその連携が取れないようにしていただくのは?」

 「アムニシアには会いたくない。第一あれは頑固だ。俺の命令でも聞かないことはある。例えば今回はそれだろう。あれも唯魂を集めたがるような悪魔ではない」

 「第三領主様は、殊に恋愛事に興味を持っていらっしゃる。それで第一領主様を攻略する糸口でも探っているのやもしれませんねぇ」

 「気味の悪いことを言うな!」


 席を立ち上がり睨み合うエフィアルとエペンヴァ。朝食の席で騒ぎ出した同僚2人に落ち着いてくださいと席を立つのはエングリマ。


 「こんな時まで仲間割れは止めて下さいよ。下手をすれば僕らも消滅しかねないんですよ?」


 解っているんですかと諭されて、2人の悪魔も渋々席へと戻る。


 「唯でさえティモとイストは仲が良いんです。おそらく契約者同士もそこは繋がりがある。今は2対3で此方が勝っていますが、イストが向こうに手を貸せば、はっきりいって此方が危うい」


 そこまで言ってエングリマは俺とシエロの方を見る。


 「仮に逃げたとしても、逃げられない。話の軸にシエロさんが据えられている以上……逃げられない。なら向かっていくのがまだ上策ではないでしょうか?」


 シエロはじっと俺を見つめる。どちらを選んでも、シエロは俺に着いてきてくれる。


 「俺はシエロをこれ以上危険な目に遭わせたくない。……だけど逃げる方が危険なら、俺はシエロと空に戻る。その上でシエロを守って、この話を終わらせる」


 *


 「……などと言いながら、その日の夜にこうして伴侶を置いて行く当たり、貴様も外道だな」


 エフィアルが俺の突飛な行動を馬鹿にするよう嘲笑う。だけど俺だって考え無しで行動している訳じゃない。


(アルバは信頼できる男だ)


 昨日のことで確信したカロンは、自分の不在を彼に任せることにしたのだ。

 もしシエロに危害が及ぶようならば、力不足の分……他の悪魔を召喚してでもシエロを守るだろう。

 悪魔は嘘を吐かないが、人間は嘘を吐く。悪魔は時に悪意を持って人を騙すが、人間は時に愛のために嘘を吐く。理解できないと言われても仕方のないことだ。

 だけど悪魔は損をしている。嘘を吐かないと言うことは、誰かを許すことも許されることも知らないと言うこと。嘘ごとその人を、抱きしめ愛する温もりも、悪魔は知らないのだから。


 「何とでも言え。俺はシエロをこれ以上危険な目に遭わせたくないだけだ」


 俺は誰にシエロを奪われても、また取り返す。


 「シャロンはさ、これから先ずっとシエロを辱めるつもりなんだ。復讐として、あいつを女として娶るつもりなんだろう。そうなれば邪魔なのは俺だ。別行動を取ればまず間違いなく俺の命を狙ってくる」


 シャロンを殺すためには、俺がシエロから離れる必要があった。いざという時、シエロが俺を庇って大怪我をしては困る。だからシエロは置いていく必要があった。シエロは身体こそ今は女だが、その心は今も男だ。俺を守ろうとして無茶をしでかすのは目に見えている。


 「まず各個撃破に出る。ドリスとイストリア、マイナスとティモリアを潰す。シャロンとアムニシアも仕掛けてくるようならそこで返り討ちにする。一対一ならエフィアル、お前がいれば行けるな?」

 「気は進まんが、イストリア以外は敵ではない。この本の中ならばアムニシアも弱体化している」

 「そのイストリアを無効化する方法なら後であんたに教えてやるよ。だからそっちも問題ない」


 ようはこの無駄イケメン魔王が口説き落とせばそれで良い。第七領主とやらは無効化できる。この無駄色男、声も良いんだ。策ならある。


 「俺に協力してくれたんだ。あんたにイストリアって女を絶対に攻略させてやる。あんたの未来は明るいぜ」


 だから本気で俺のために働き、本気で力を振るえと命じれば、愉快げに悪魔は口の端を釣り上げた。


 「……言ったな人の子。ならばお手並み拝見といこう」

 「ああ、そっちは期待しておいてくれ」


 今日の半日近く俺はこの悪魔とコミュニケーションを取ってきたんだ。今なら解る。

 俺は半日もの間、この悪魔から思い人への惚気話を聞いてきたんだ。こいつ話し相手が満足にいないのか、語ることに飢えていたらしい。そりゃあ半日でも物足りないと言うくらい話していた。必然的にそれを聞く羽目になった他の悪魔ももう一秒だって聞きたくないと耳を塞いだ。恋愛ごとが大好きなエングリマでさえ嘔吐しかけていた。シエロは高熱を出して寝込んだ。アルバとエペンヴァは耳栓をしていた。

 そんな俺とエフィアルが、シエロの薬と取りに行くと言い、ついでに散歩に行くと言い出せば、向こうも喜んで送り出してくれた。それだけこの第一領主の言葉に皆が呆れていたのだ。だが、この俺だけはしっかりそれを聞いていたんだ。多少惚れた弱みで美化されている部分もあったが、その女の性格、特徴は把握した。

 これでも客商売やってたんだ。いろんなタイプの人間見てきている。まずエフィアルという悪魔の人柄を把握。どういう女に惚れるタイプかを見抜く。そして次はその言葉の端々からイストリアという悪魔の本質を抜き出す。そしてその女の攻略法を導き出した。


 「まぁ……シャロンが俺を狙わずシエロに手出しをしてくる可能性もある。だがその場合……シャロンは無駄なことをするだけさ」


 シャロンはシエロを殺さない。そして俺はシエロを嫌わない。だからこその賭け。


 「あんたとイストリアが組めれば俺達に負けはない。残りの悪魔二人でその応戦、時間稼ぎをさせ、俺達が合流。そこで……俺はシャロンを殺す」

 「そう、上手く行くかしら?私はそんなに安い女じゃないわよ」


 ゲートを出たところで、現れた女が居る。長い薄紫の髪の女。露出の高いドレスを身に纏うその姿は、上品さと下品さが調和している。


 「イストリア……来ていたのか」


 エフィアルはとても嬉しそうだ。


 「さっきぶりねエフィアル。どう?私の物語の世界は。堪能してくれている?」

 「……、ま、まぁまぁと言ったところだ」


 駄目だこの魔王。本当に面倒臭い性格だ。


 「まぁ、見てろよ第七領主様。こっから俺が暫く面白いモノ見せてやるから」

 「あら?それは楽しみね。だけど私は魔王だから年下攻め程萎える物はないのよ」


 そんな理由でエフィアルも恋愛対象から外されているのか。自ら愛でるには年下も歓迎するが、このプライド高い女悪魔は自分が愛でられるのは誰が相手であっても御免被る、そういうわけか。ある意味、シャロンに似ているよ。


 「坊や共は大人しくこの第七領主イストリア様に蹂躙されなさい。脚本の上でたっぷり可愛がってあげるわよ。もっとも?悪魔と人間の価値観の違いじゃ坊やにとってはバッドエンドだけれどね」

 「可哀想だな、あんた」

 「……何ですって?」


 悪魔を哀れむようにカロンが言うと、女悪魔は水晶色の瞳をキッと釣り上げた。


 「そこの可愛い坊や。もう一度言ってご覧なさい?私は寛大だから言い直して別の言葉を言っても一度は許してあげるわよ?」

 「ああ、何度だって言ってやるよ。あんたほど可哀想な奴を、俺は初めて見たよ」


 声に言葉に、視線に魂。全てに俺は哀れみを宿して彼女を笑ってやった。屈辱に顔を歪ませる女。それでもそんな顔も綺麗だ。いや、そんな顔こそ美しく見えるような女だった。俺の傍のエフィアルも、愛しの女を罵った俺を咎めるべきか、そんな表情をさせてくれた俺に感謝すべきか悩んでいるような無表情。


 「あんたは本当の意味で、正しく誰かを想ったことも愛したこともない!だからそういう下らないことに囚われる!」


 どっちが上とか下なんて。右だ左だ下らない!俺は何度だって言ってやるね。そんなものは下らない!そんなことを考えている内は、本当の意味でその相手を愛してなんか居ないんだ。相手だってあんたを本当に愛してはいないんだ。


 「あんたはその人の心の奥底……その魂に惚れたことがあるか?その人が何であってもどうでも良くなるくらい、強く惹かれたことがあるか!?俺より何倍も生きてきた悪魔の癖に、あんたはそんなことも知らない!だから俺は哀れんでいる!あんたは可哀想さ!ここのエフィアルはあんたより年下だ!けどな!こいつはあんたに勝ってる!魂の格があんたはこいつに劣ってる!」

 「この私がエフィアルに劣るですって!?」


 女が怒るだけで空気が震える。この女ならば……その気になればこんな世界、すぐに壊せるのだと俺は知る。そうだ、中途半端に怒らせれば、ここでこの話は終わってしまう。だからもっと怒らせないと。


 「そうだ!だからあんたの物語はスッカスカさ!誰も感動させられないし、何の意味も力も価値もない!あんたの作る物語は、唯の性欲処理場!あんたの欲望の掃き溜めだ!」

 「言ってくれたわね女装歌姫!この物語の悪魔であるイストリア様の物語を馬鹿にするなんて!楽には死なせないわよ!」


 怒り狂ったイストリア。掛かったな。

 カロンは笑い、近くの植え込みへと声をかける。


 「さぁ、それはどうだろうな。ドリスが俺を殺せるはずがない。そうだよな?ドリス?」

 「か、カロン君……カロン君、なの?」


 そこに隠れていた歌姫ドリス。俺と面と向かって話せなかったんだろう。あんなことをしでかしたんだ。当然だ。


 「久しぶりだなドリス」

 「カロン君……私っ」

 「君の所為じゃない。俺は怨んでないよ。あれはエコーの所為だ。そうだろう?だってドリスが実際俺に何かを入れたわけでもないじゃないか」

 「う……うん」


 脅えた様子で突っ立っている彼女に優しく微笑んで、震える身体ごとそっと抱き締める。そしてその耳元で、男の声で囁いた。


 「あれから色々考えたんだ。シエロは俺の王子様じゃなかった。シャロンの代わりにしてただけだったんだ。だからあの時も……ちゃんと俺を助けてくれなかった」

 「カロン君……」


 ごめんなシエロ。俺は嘘を吐くよ、お前のためなら幾らでも。

 なぁ、物語の悪魔。お前に抗うための脚本ってのを俺が作ってやる。俺が危ない橋を渡れば渡るほど、お前はぞくぞくするだろう?なら、俺はこれから俺の命を脅かす。泥沼のカオスこそ、お前の求める物だろう。


 「ドリス、俺を本当に愛してくれていたのは君だったんだな。男としての俺を見ていてくれたのは君だけだった」

 「……嬉しい、カロン君」

 「一緒にこの国を変えよう。下町を守ろう。この国の仕組み、一度壊そう。そして俺と君で王と人魚になろう!俺の……俺だけの歌姫」

 「は、はい!何処までもお供します」


 そっと顔を近づけてカロンは笑みかける。それに顔を綻ばせたドリスはそっと目を閉じる。呻き声さえ殺すほど、深く深く……口付けた。


 「さ、こんな所誰かに見られたら不味い。また明日……そうだな、丁度中間地点。午前0時のオペラ座で会おう」

 「カロン君、それって……」

 「今後の打ち合わせ……それも兼ねたデートかな?……嫌?」

 「う、ううん!全然嫌じゃないよ!」

 「そっか。じゃ、風邪引かないように。そんな薄着だと駄目だろ?ほらこれ羽織っていけよ」

 「ありがとう、カロン君」


 痛む胸さえ俺にはもう無い。馬鹿な女め。俺の顔に浮かぶ微笑みの意味も気付かない、馬鹿な歌姫。大体それ俺の上着じゃないし。オボロスのなんだけど、何も知らないで嗚呼、嬉しそうに羽織って帰って行ったなあの女。

 それを唖然と見送るイストリア。俺の変化に驚いているようだった。俺への怒りも一瞬忘れるくらいに惚けている。


 「しばらくは、愉しめそうだろ?」

 「……そうね。彼女に真相話す気さえ起こらないわ」


 そっちの方が面白そうだからと、言葉を隠しながら物語の悪魔が苦笑。


 「でも、あの子が貴方の思い人を始末しようとすることは咎めないの?」

 「そんなこと言おう物なら感づかれるさ」


 始末しても構わない。むしろ始末してくれと俺は思っている。そう思わせることで、歌姫ドリスを籠絡させた。ああなれば、勝手にエコーと殿下、マイナス辺りは始末してくれることだろう。恐らく今日の内に一人は殺しに行くな、あれは。

 そしてだ。俺がドリスを利用することで、彼女の従者メリアは俺に敵愾心を持つようになる。こうなれば俺はメリアに命を狙われるようになる。そうなればドリスとメリアは仲違い。ドリスはメリアに自害を命じることになる。ここまではイストリアも予想できたことらしい。


 「……人間の癖に、随分と立派な観察眼ね」

 「恋を知ってる人間は、他人の恋にも聡いもんなんだよ」


 というのは半分嘘だ。正確には恋愛脳のエングリマの支援を甘く見るなよ。あいつは外で見て来てた分、登場人物の相関図をしっかり把握していた。変態のエペンヴァとイストリアスキーのエフィアルなんかはそれさえ正しく把握していない、する気がない役立たずだが。


 「そうだイストリア。あんたも明日の夜、誰もいなくなったオペラ座に来い。最高の魔法って奴を見せてやる」


 カロンが不敵に見上げれば、その挑戦を受けてやるとイストリアも踏ん反り返る。


 「この私を凌ぐ第七魔力、紡げる物なら紡いでみなさい。一配役に出来る物ならば」

数ヶ月前に書いていた部分。読み直したら砂吐いた。

でも書き直そうにもこいつらこういう奴だから直しようがない。


海神の歌姫はバカップル引き裂く話である以上、まぁいちゃつくわな。

しかしシエロ、当初の設定の見る影もない程女々しくなって。


あれ?最初は変態貴族だったのに。恋人のロリの死後はその瓜二つの兄ちゃんにセクハラするげす野郎だったのに。

流石にそれは自重させたら、受け身になりすぎました。その結果ヒロインに去勢されたり酷い目に遭った。


ゲスと言えばカロンもげすげすげすになって来た。

女を人とも思わぬ外道っぷり。これが主人公で良いものか。

シエロに嫌われない保証貰ったからって……

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