表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/60

25:歌えない歌歌い

前半グロ回。後半推理組み立て回。

海神の歌姫

  『お兄ちゃんは知らないけれど、私は見たんだよ。

   お母さんは空に行ったんじゃないんだよ。


   この国から出て行った。若い男の手を引いて。

   母でも女でもなく、年甲斐もなく、娘みたいにお母さんは笑っていた。

   私はそういうのって裏切りだと思う。だと思うの。

   私はあんな女にはなりたくないと心から思うんだ。』


 *


 「カロンさん、眠らなくて良いんですか?」

 「エングリマ……」


 眠るシエロのそばに付いて離れない、そんなカロンを心配に思ったのだろうか?エングリマがこちらを見ている。変な悪魔だとカロンは苦笑。俺が過労死でもすれば、お前の領民になるのにと。


 「いや、今はシエロの傍にいたいんだ」


 十分すぎるほど寝た。だからまだ大丈夫。そう伝えるも悪魔はまだ心配そうな表情だ。推理小説という枠組みの中にいる以上、答えを知っていても教えられない。誓約に矛盾した行動はペナルティとして魔力を削る、第七領主に奪われる。最悪自らが消滅しかねないのだと彼は言い、領地を預かる者として領民の安全のためにも見知らぬ世界のために死ぬわけにはいかないのだと申し訳なさそうに彼は言った。


 「イストが物語の中心にいる貴方やシエロさんと契約しなかったのは、そのためだったのか。僕らが興味を持ちそうな人物、それを餌に僕らを本の中に招くことが目的で」


 契約期間が終わるまで悪魔はその世界に縛られる。そこに目を付けた企みなのだと少年悪魔は目を伏せる。


 「最初はどうして推理小説なのかと思った。彼女がそんなジャンルに手を出すなんて珍しい。仮に連続殺人物や無差別虐殺でも数十人、頑張っても三桁が限度です。それなら国同士を巻き込む戦争イベントでも起こりそうな、話を執筆するはず。人の不幸、阿鼻叫喚の渦こそ彼女の魔力の源なのですから」


 しかし、少ない最低限の登場人物。それぞれの悪魔が好感を持ちそうな物を配置。それに引き寄せられ介入すればこの様。必要以上に肩入れしたならば、それこそ彼女の思うところだと、エングリマが悔しげに唇を噛み締めている。


 「ごめんなさい。僕がもっとヒントを言えていたら」

 「いや……あれだけでも十分助かった」


 カロンは悪魔に首を振る。目覚めた時はもう暗く、焦りに焦った。エングリマに時を凍らせて貰って、謎解きの時間を短縮した。そしてエングリマは俺が答えを導き出せる確立を出来うるところまで上げてくれた。シエロの言っていた7と1。その試行錯誤でやっと見えて来た。

 ゲートを下る時間も惜しいと海ではなく下町に面した方面に飛び下りる。そこで俺が死なない確立を上げて貰って、運良く風に乗り木に落ちて、枝を掴んだ肩が脱臼する程度で済んだ。この悪魔の協力がなければ、今も自分はあの暗い部屋でうんうん唸っていたかもしれないと、カロンは礼の言葉を口にする。

 それでも無駄に強がる度に、虚勢というカードが一枚一枚減っていく。仮面が化けの皮が剥がれる。頬を流れる涙によって最後の仮面が剥がれた。


 「シエロの、嘘吐きっ……」


 愛しい人に縋り付き、縋り泣き罵る。俺は子供だ。こんな理不尽な現実に、平然となどしていられない。

 また後でねって笑ったじゃないか。ああ、やっぱりあの時。今朝に昼に無理矢理でももっとキスをしておけば良かった。ううん、して貰いたかった。もっとシエロの声を聞きたかった。シエロの歌が好きだった。


 「シエロの、馬鹿ぁっ……!どうして俺も一緒に連れて行ってくれなかったんだよ!?俺はそんなに頼りないか!?俺に守られるのは嫌なのか!?子供扱いか!?俺が年下だからっ!」

 「カロンさん、それは違います」


 少年悪魔が労るように、優しく言葉を紡ぐ。


 「“君はカロン君に付いていて欲しい。この使い魔は借りていくね。いざという時に必要だから。代わりにこっちに新しい使い魔を送ってもらうように頼んでおくね。”」

 「な……」


 なんだよそれ。言いかけ気付く。それはシエロの口調だ。


 「“ここは結界内だから安全だ。僕が外から鍵を掛けていくから人も悪魔も入れない。後は君が確立を弄ってくれればカロン君の身の安全は保証される。そうだね?”」

 「エングリマっ!?」

 「……これがシエロさんが、僕に残した言葉です。これは推理には関係のない台詞です。それに辛うじてこの言葉は向こう側のアルバさんにも届いていた。だから伝えることは矛盾しない。だから言います」


 アルバが言わないから、代わりに言うだけとエングリマが小さく笑う。


 「彼は貴方のことを本当に大切に思っているからこそ置いていったんです。貴方は疲れている。昨日のこともある。また守りきれなかったらと不安になったんです。犯人がシエロさんだけではなく貴方にも敵意と殺意を持っていることを知って」

 「それで……こんなに自分がボロボロになったら意味が無いじゃないかっ……」

 「カロンさん、考えてください。シエロさんが何故向かったのか。シエロさんが何故一方的にこんなにされてしまったのか。よく、考えてみてください」


 悪魔はそう言い残し、すぅと姿を消した。二人きりにさせてやろうと気を使ってくれたのだろう。


(考えろ……だって?)


 カロンは考える。なぜエングリマがそんなことを言うのか。まず、思い出したのはシエロの剣。それは鞘に入ったままだったらしい。引き抜いてみる。綺麗な物だ。血など付いていない。


(シエロは反撃していない。そして、犯人の凶器は別にある)


 シエロの剣を奪いシエロを傷付けたわけではないらしい。傷口を見たアルバが言うに、その刀身はさほど長くない。短剣、包丁程度の刃渡り。女子供の手でも使える凶器だと聞いた。

 もし向かった先に居たのがシャロンを殺した犯人ならば、シエロは怒り狂って、そいつを殺したはずだ。剣が綺麗なままのはずがない。シエロが一方的に負けるようなシエロ以上の剣術の使い手?リーチの短い短剣でシエロと渡り合う程の達人?


(そんなはずはない)


 シエロの指を折り、舌を切った。それは犯人がシエロの知る人物である可能性が高い。

 これまで関わった人間でシエロより強そうなのはドリスの従者メリアくらい。彼女が持っていた剣は、長剣だったと思う。大体ドリスの怒りは今は思い人の恋人というシエロではなく、自分を騙した元思い人……つまりは俺、カロン自身に向かっている。

 大体今回と前回の暗号は、何というか、毛色が違う。同じ人間が書いたとは思えないのだ。

 文字だってそれまでの日記同様、歌姫シレナを真似たよく似た筆跡で……


 「……っ!そうだ!!」


 そもそも俺はどうしてあの日記を、書いたのがシレナだと無条件に信じたんだ?


(それは、もっと前からの日記があったから)


 けれどあの屋敷に残る他の彼女の文字と、筆跡を比べたりはしたか?


(していない)


 ならば最悪、あの一冊。本物の日記を犯人が書き写した可能性がある。歌姫シレナが消えた後の、19日の日記。あれだけ犯人が書いたものだと思い込んだ。だけど違う。


 俺が最後にシレナに会ったのは……17日の午前中。それ以降、本当にそれがシレナだったと俺には言えない。オボロスを追い出したのは……本当に歌姫シレナだったのか?

 彼女の失踪日に狂いが生じる。


(いや、そもそも……)


 俺が会ったあの子は、本当に……歌姫シレナだったのか?彼女をよく知る相手は少ない。

 その性格から親しい歌姫がいない。使用人がいない。オボロスはつい最近彼女に再会したばかり。

 エコーは彼女が眼中にない。ドリスもさほど見ていない。彼女を認めていたのはシャロンだけ。そのシャロンがもういない。歌姫シレナの身元を保証できる人間が居ない。これはもう一度、あの屋敷を探ってみる必要がある。

 シエロは心配だが、犯人が次の手を打つ前に、此方も動かなければ。早く真相に辿り着かなければと気が急いた。誰より幸運変動に大きな力を持つエフィアル。それをシエロの傍に配置すれば、守りは完璧だ。俺はエングリマを連れて、空に一旦戻ろう。

 カロンはそう決めて、寝台の横から立ち上がろうとした。


 「……ん?」


 しかし誰かに引っ張られる。両手の指が折られ、手で掴めないシエロが……カロンの服を噛んで、行かないでと語りかける。


 「起こしたか?悪い……」

 「…………」


 気にしないでとシエロは軽く首を振る。脅威の回復力で、傷の痛みもマシになってきたのだろう。シエロは微笑を浮かべる。


 「っ……馬鹿野郎っ!」


 そんな痛々しい姿で、無理して笑うな。それ以上見ていられなくて、そんな言葉も言えなくて、キスをしようとした。刹那、思いっきり拒まれた。


 「シエロ……?」

 「………っ」


 違うの。今のはそういう意味じゃなくて。何かに脅えるような素振りのシエロ。

 今の拒絶は条件反射みたいな物だろう。

 キョロキョロと周りを見渡したシエロは、折れ曲がった指でテーブルを示す。そこには紙と鉛筆があった。どうするんだと思ったけれど、言われるがままそれをシエロの傍へと持ってくる。するとシエロは鉛筆を歯で噛み咥え、紙に文字を記していく。俺達も犯人も、シエロを舐めていたとしか思えない。


【血 止まってるか 心配】


 シエロが記したのはそんな言葉。最初は意味が分からなかった。なんだ血くらい。舐め取ってやる。そんな認識の俺に気付いたのか、シエロは文字を続ける。


【カロン君まで 年取らなくなったら嫌】


 そこでようやく思い出す。シエロは先祖返り。人魚の血が強く出ている。その血肉を食らえば、アルバのように年を取らなくなる。俺に背を追い越されるのを楽しみにしていると言っていたシエロだ。俺が子供のまま、留まることを恐れたのだろう。


 「……じゃ、口開けてみろ。大丈夫かどうか確かめるから」

 「…………」


 シエロは嫌がり鉛筆を吐き出すや、貝のように口を閉ざす。


 「そんなに上が嫌なら下にキスしてやろうか?」

 「……っ!!」


 目を見開き脅えた様子、おろおろと戸惑って、……小さく嘆息。その後に、シエロがゆっくりと口を開いた。

 この様子を見るに、嫌がったのは血だけのことでもないのではないか?カロンはそんな風に思う。あれはもっと反射的な、恐怖。その傷口を見て、カロンはそれを理解した。

 刃物で切られたのではない。何者かに、噛み千切られたのだ。それはつまり、キスでもされなければこうはならない。

 その事実に、カロンは呆然とする。そして、反撃をしなかったシエロの思惑、更には今朝の、昼間の夢を思い出す。


 「…………シャロン、なのか?」


 シエロを見つめれば、シエロは曖昧な顔で泣き笑い。もう笑うしかないと言う表情。

 シャロンのための復讐を続ける内に、そのシャロンに殺されかけた。もう訳が分からない。

 シャロンが生きていたなら、シエロは喜ぶべきだ。それでも喜べないのは俺という存在のため。

 カロンという人間をきっちり拒んだ上でシャロンと再会すれば、ハッピーエンドだっただろう。しかしシャロンと再会する前に、シャロンは死んだ物と決めつけて……新たにカロンと関係を結んだ。死後責められるはずの裏切りが今責められている。


 「シエロ……」


 犯人が、シャロンならば……理屈は通る。

 これは……俺とキスした、その口が許せないと噛み千切られた。二度とシエロから俺にキスできないようにするため。そこまで考えて嫌な予感がした。シエロの服に手を伸ばせば、シエロが嫌がり逃げ出す素振り。机の上の塩水へ必死に折れた手を伸ばす。その行動がもう俺に、半ば答えをくれていた。

 アルバでさえ俺に話さなかった、それを俺に知られて、シエロはボロボロと涙を流す。ああそうか。治療の際、アルバは悪魔に命じて俺を部屋に入れてくれなかった。それは俺が知ってしまうことからシエロを守るためだった。口の中を見せることより知られたくなかったのはそのこと。


(シャロンっ……なんてことをっ!)


 自分以外の相手を抱いた、その物さえ許せない。シャロンにこの凶行を犯させたのは、全部俺の所為だ。シエロからキスして欲しいとか、……抱いてくれって頼んだのも俺だ。


 「っ……ごめんっ……ごめん、シエロっ……」


 それ以外の言葉が無くてシエロの胸で思い切り泣いた。そうされるのが嫌で隠していたようなシエロは、困ったような顔で涙を流している。


 「っ、くそっ!……くそっ!ちっくしょうっ!!」


 俺がいつもシエロにとっての加害者であれば、シャロンの怒りの矛先は俺に向いたはずだ。だけど俺はシエロの心を求めた。女のシエロだけじゃなくて、男のシエロの心も欲しい。言い訳に逃げられたくない。何一つ逃がしたくなかった。

 一定量の涙に触れて、シエロの呪いが発動する。それにほっと安堵するような、シエロの表情が嫌だった。俺はどっちのシエロも好きだ。それでもシエロは今、男としての自分を否定している。シャロンに傷付けられ、男だってアイデンティティが殺された。それならもう女の姿の方が気が楽だ。それはまるでそんな表情。

 やがて諦めたようにシエロが笑う。いつか交わした言葉を、その目に宿すように。

 もう復讐なんてどうでもいい。選定侯も玉座も人魚も捨てて、何処か遠くに行こうとその目が言っている。喋れなくても料理頑張る。掃除も洗濯も頑張るよ。これで僕は君のお嫁さんになれるかな。壊れた瞳でシエロが笑い泣く。


(違う、違うっ!違うんだ!そうじゃないんだシエロ!)


 そりゃあ言ったよ。責任取って嫁にしてやる。もしくは嫁になってやる。だけど俺は男としてのお前を否定したことは無いんだ。どっちのお前もお前じゃないか。俺はどっちのお前も好きなんだ。呪われていようと、呪われていまいと、シエロはシエロじゃないか。俺はそんな風にお前にお前を否定させたいわけじゃない。俺はお前が好きなんだ。だから俺の大好きなお前がお前を否定しないでくれ。お前が今否定しているそれは、俺が大好きな人なんだよ。


 「好きだ……シエロ!お前が好きだ!お前が好きなんだ!……だから、そんな顔……するな。お願い……だから」


 身を襲う深い絶望から逃れるように、深く口付けても、それは俺の独りよがり。シエロは何も返せない。

 シャロンが許せなかった。シエロがこんな仕打ちを受けたのは、それは……シエロがシャロンではなく、俺を選んでくれたからなんだろう?

 謝るときは一緒にと、約束したじゃないか。何格好付けて一人で行ったんだシエロ。何自分一人が悪いみたいな格好してるんだよ。お前は俺からちゃんと逃げたじゃないか。俺なんかを好きになるくらいなら、シャロンのために死ぬって海に身を投げた。

 だけどこの人を死なせたくないと、諦めたくないと俺は足掻いた。それじゃあそれは俺の罪だ!なぁ、そうだろうシャロンっ!?


 「っ……ううっ!うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!うぅうう……っ、………シ…、エロ?」


 ボタボタと落ちる俺の涙を受けながら、シエロが、シエロからキスをくれる。触れるだけの優しいキスだ。悲しいキスだ。だけどそれは確かに、俺への好意を伝えてくれる。

 君が好きだよと、シエロが笑う。しっかりと俺を見てくれる。もう何処か遠くを見ていない。俺だけを見てくれている。


 「……また、紙か?」


 顔の動きと向きで、シエロは俺に紙と鉛筆を渡すように願い出る。シエロはそれで再び器用に文字を書き、俺への好意を囁いた。


【一緒に海に飛び込んでくれたでしょ?】

 「……ああ」

【あの時から】

 「え?」

【あの時から僕はもう 君が好きになっていた……シャロンよりも】

 「そ、そうなのか?その割りには試験の後、思い切り逃げてたような」

【もう君の方が好きだって解っていたから だから余計に怖かったんだ】

 「シエロ……」

【大好きだよ カロン君】


 今のシエロは自分自身が揺らいでいる。それでもぶれない想いがある。それがあるから大丈夫。それを確かめるように、何度も最後の紙と同じ文字を繰り返し書いていく。多分、それが俺に自分に伝わるまで。


 「もういい……いいんだ、シエロ」


 カロンはさっと紙を取り上げ、鉛筆を吐き出させる。


 「なぁ、シエロ。お前は何処の国に行きたい?そうだな。何処か遠くがいいな。嫌なこと全部忘れられるような、何もかもが違う場所……っ!なぁ、シエロ。気にするなよ。どうせ人間1世紀もあれば死ぬんだ。ほんの瞬きの間だろ。死んだらあの悪魔達がまたちゃんと身体復元してくれるって言ってたし、それまでお預けってだけだ」


 本当はこの事件さえ終わらせれば、推理小説としての枠組みからは逃れられる。悪魔もファンタジーも何でもありだ。シャロン殺人事件。その事件のピリオドさえ得られれば、世界は何でもありになる。シエロが無くした物を復元することだって悪魔には可能だろう。

 そう、この事件さえ終われば俺達は幸せになれる。ハッピーエンドを作り出せる。


(この事件さえ、終わらせれば……)


 だけどそれの意味するところが、シエロにとって望む物ではないだろう。だから俺はそう言うのだ。


 「領地が違うからって文句言うなよ。大丈夫、すぐにお前を迎えに行くから、それまで待ってろ」

 「……っ、……!」


 シエロが泣きながら、こくこくと頷いた。カロンはその震える背中を思い切り抱き締めた。

 だって言えるはずがない。

 俺がこれからピリオドを打ちに行く。まやかしのシャロン殺人事件を、現実の物にしてやるんだ。シエロの中の復讐が意味を無くしたのだとしても、俺の復讐は終わらない。シエロを傷付けた相手を殺す、この手で。


 *


海神の歌姫

  『お父さんは何も知らずに、舟を漕いであの女を捜した。

   何処かで溺れていないか。事件に巻き込まれていないか。

   空に攫われた。言い得て妙。あの男の人は空から降りてきた。

   だけど二人は海の向こうに消えていってしまったのよ。

 

   でもね、私はお父さん大好きよ。

   裏切られて何年もずっと裏切らなかった。そうして死んでしまった。

   私の好きな人はあんな風に死んでくれるかしら?

   もし私が先に死んだとしても、生涯私だけ……愛し続けてくれるのかしら?』


 *


 屋敷で氷漬け。あの死体。きっとあれが本物の歌姫シレナなんだろう。

 あざといシャロンは、自分に向く幾つもの狂気を悟り、可哀想な彼女を身代わりにした。劇の練習の間の日記がないのは、犯人がそれを破ったと思わせるため。

 だけど抜かったなシャロン。何十何百頁も日記を写したお前は、最後の最後で筆跡を変えることを忘れたんだ。19日の暗号が、犯人からのものならばそれは別の筆跡で書くべきだった!

 つまりお前は本物の日記を模写した。それを書く内にシレナの筆跡を完全にマスターした。

 恋人であるシエロに自分の字を見られたのなら、謎も何もあったものじゃない。すぐにばれてしまう。シレナになりきろうとするあまりお前は、犯人であろうとすることを忘れたんだ。

 空白の約一ヶ月。その間本物のシレナがどんな日記を記したのか、俺には解らないけれど、エコーに虐げられて、歌姫シレナはライバルであるはずのシャロンに泣きつくほどに心が折れていたのだろう。

 それでシャロンは演技の勉強になるしいいよとでも言ったんだろうな。それで本番まで入れ代わろうと囁いたんだ。

 けれど恋人であるシエロを誤魔化すのは、難しいはず。事件当日である14日。……いや、歌姫達のスケジュールからして14は無理。ならばその前の13日あたり。話を付けたのがその日で、仕事の途中で入れ代わったのだろう。下層街への仕事にはシエロは着いて行けないのだから。


(何て話だ……)


 今でも信じられない。信じたくない。それでも信じるほかにない。シャロンを殺した犯人はシャロン。これは歌姫シレナを使った偽装殺人。姿を現し始めた事件の真相に、カロンは深く息を吐く。

 カロンはシエロが再び寝たのを見て、家の外へと出た。言うまでもなくまた勝手に拝借したオボロスの家だが気にしない。外にいるアルバに聞きたいことがあった。

 証拠がなければ唯の妄想。シャロンのしでかしたことを推理して物語を枠から外さなければならない。


 「アルバ、14日……シエロが買い物に出掛けたのは何時だ?」


 夕食のためのお買い物。それが14時や15時に出掛けたとは考えにくい。久々に恋人とゆっくり出来るのだ。手に塩掛けて料理をしようと思うはず。


 「それからこのスケジュールを見るに、下層街でのチャリティーライブは11時からだよな。その日シャロンは何処の屋敷から、何時に出たか解るか?」

 「シャロン様は前日13日夜に、仕事入りのため下層街の屋敷に移動しました。私が送り届けましたので間違いありません。朝食はその屋敷に作り置いて来ました」

 「要するにシャロンが14日、何時何処でどうしていたか、誰も知らない。午前中、少なくとも11時まで長い空白がある。その位あれば何でも出来るよな」


 13日かと思ったが、シレナが泣きついてきたのは14日のこの空白時間の可能性もある。


 「シャロンは午前中からの仕事ではよくその層の街に前日入りしているのか?」

 「はい。着替えもありますし、着替えてから上層街から移動するのは大変でしょう?」

 「着替えってこの間の俺みたいに、宿を借りてやる物じゃないのか?」

 「そういう場合が殆どですが、大勢の人間と一緒の場所で着替えをするのを嫌がる歌姫も多いんです。よく物が盗まれることもありますから」

 「……へぇ」

 「それにその日は仮装劇の衣装も持って出掛けたのです。更に衣装が増えるくらいなら、最初の物は着ていった方が楽ですよ」

 「ああ、確かに。でも誰かに荷物を運ばせたりってしないのか?」

 「歌姫シレナの衣装の件はご存知ですよね?歌姫は蹴落とし蹴落とされの世界。衣装は命と同じくらい重いのです。目を離した隙に切り裂かれては堪りません。歌姫達は自分の纏う衣装は自分で持ち運ぶものです」

 「なるほど」


 仮装劇の衣装、それから包帯男の衣装もあったなら、それ以上嵩張るのはよろしくない。更にライブの衣装と私服の通常ドレスなんて無理。頷ける話ではある。


 「それでシエロの買い物時間は?」

 「確か朝の10時半頃だったと思います」


 10時半、か。他の歌姫達は仕事の準備をしている頃だ。もう仕事場に入っていても良い頃だ。そこに妙な着替えなど持ち込めば怪しまれるはず。

 ここ数日の移動で解ったことだが、下層街から上層街までは30分、その逆は20分。中層街の中心、オペラ座近くからは上に行くのが15分、下に行くのが10分と見て良い。唯、人混みの多い時間帯ならばそれにそれぞれ5分ほどプラスされる。下層街は昼間、中層街は夜、夕方はどちらもそれなりに人混みが生じる。それを考えるなら下町で仕事を控えている歌姫達が包帯紳士に扮することは難しい。

 以前メリアから渡されたドリスのイベント表。事件直前直後の事だけを気にしていたが、見直してみれば午前中は仕事が入っていない。中層街での初めての仕事に打ち込むため、稽古がある日はライブなどの活動を行っていないように見えた。なら包帯男はドリスか。


 「中層街の仮装劇なんだけど、何時から何時まででどんな感じの物だったのか情報は入っているか?」

 「朝の10時頃から祭りが始まり賑やかで、賑わっておりました。そこから夜の10時まで祭りは続いていたとのことです」


 アルバは言う。その日は中層街も昼間から人混みで賑わっていた。ならばあの時間に更に10分プラスされてもおかしくない。11時からの仕事なら、絶対に間に合わない。

 聞けばシャロン様の仮装劇はその一環。夕方夜にかけては仮装した人々が踊り合う、出会いの場。一夜の恋に酔いしれる。

 中層街は下層街より治安が良く客層もマナーを弁えているため、その日ばかりは仮面を付けていれば、それが恋人と寄り添う歌姫でもファンは見ない振りという暗黙のルールがあるとか。逆に独り身の歌姫にはアプローチを仕掛けるチャンス。強い後ろ盾のない歌姫は、一夜でそれを終わらせないよう、きっちり酔わせて後ろ盾を得るチャンスでもある。


 「シャロンはそこで13時から仕事だったな。何時までだったんだ?」

 「着替えなどがありますから多少の前後はあるでしょうが、仕事自体は15時までだったはずです」

 「15時……」


 オペラ座で練習が無しになったマイナスと出会すにはぴったりの時間。


 「あの日上層街が普段に増して静まっていたのは、中層街に人が流れていたからでしょう」

 「そこで悪魔の力を出せば、もっと思い通りに事が進められるってことだよな」

 「……でしょうね」


 ドリスがカロンへの恋心からどんなことを思い描いたかは知らないが、シャロンに殺意を抱き、その殺害に関わったのは確か。でなければあそこまでシャロンの死を強く確信しているはずがない。

 そして彼女は第七領主イストリアと契約し、脚本能力を手に入れた。それを察知したシャロンは第三領主アムニシアと契約し、自らの身を守ることにした。そのどちらもおそらくこの一ヶ月での出来事だ。シレナの日記は恐らく日々ノイローゼになっていったはず。夢は現ではない。故に証拠を残さない、悪魔の領域。


 「アムニシアはどういう悪魔なんだ?」

 「それならば彼女の兄である第一領主様に尋ねると良いでしょう」

 「エフィアル……おいアルバ、呼んでも出て来ないぞ」

 「諦めなさい第一公。第三公が来ていることも知らずに此方に現れたんですか貴方は」


 姿隠したところで逃げられるわけでは無いでしょうと執事が言えば、八つ当たりの怒りを纏った青年悪魔が現れる。


 「ッ……!何故あれがいたことを先に言わない!向こうのは空蝉かっ!」


 目を合わさないようにしていたから気付かなかった。最強と謳われているはずの魔王が酷い慌てぶりだ。


 「兄妹なのに仲が悪いのか」


 悪魔が問いかけに視線を逸らす。少なくとも此方は嫌っているようだ。

 しかし、カロンは自分も人のことを言えないような気がする。自分がシスコンだと信じていた時期もあったがそれは今となっては気の所為だった。


 「……あれは夢を操る。あれは永遠の夢など紡げないが、俺と違うところは裏返しの魔女だと言うことだ」

 「裏返しの魔女?」

 「現実に関わる力としては、あれが最も弱い。逆に夢の中ならばあれは時に俺さえ凌ぐ。ここが現より乖離し始め、夢と反転するというのなら……あれは次第に力を増していくぞ」


 そうなれば第七領主の定めた推理小説という枠さえ軽々と飛び越えるようになる。そうなればもう推理所の話ではないと、悪魔は言う。


 「でも、夢って何だ?人の夢に入ってきて嫌な夢見せるとか?」

 「無論それも可能だ。それでノイローゼを引き起こすも、夢遊病を引き起こすも、自殺をさせることも出来る」


 夢に魘されての精神異常。推理小説という誓約はあるが、歌姫シレナにはそれにぴったりな下地もある。問題なく引き起こされること。


(それじゃあ何か?)


 シャロンはシレナが入れ代われりを申し出るようし向けたと言うこと?

 それはそれでドリスは脚本能力でシエロが16時付近に上層街に行くように動かした。

 それはシエロに死体を確保させるため?そうなればシエロが俺を下町から呼ぶと思ったのだろうか?わからない。上に戻ったらシレナ同様、一度ドリス周辺の情報を洗い直さなければ。


 「でも、ドリスがどの程度脚本能力使えるのか解らないけど、推理小説って枠がある以上出来ることは小さいのかもな」

 「あまり大きな力を貸せば推理小説として破綻するからな。契約者を軽んじるとは流石は悪名高い第七領主」


 同僚がケチだと言うだけのことに何故かこの悪魔、満足そうに頷いている。疑問に思っているとアルバが「彼は第七領主にぞっこんなんですよ」と耳打ち。陰口は怒るけどこういう事は怒らないのか。こいつもなかなか変な悪魔だ。


 「カロン様、どちらへ?」

 「ちょっと俺の家に行ってくる。確かそろそろ良い感じに熟す果物置いてたし、悪くなる前に取ってくる」


 シエロにでも後から食べさせてやりたい。俺の後ろを憑いて来て、ひょいと追い越してから姿を消す。命令が無い以上、契約者である俺から離れない。幸い今は向こうに悪魔が二匹いる。問題ないと見ての行動だろう。この悪魔は同僚二人を決して馬鹿にしているわけでもないらしいな。

 カロンは暗い夜の下町を歩く。それでも家々から漏れる灯りは温かい。少し離れた街の中央、一際光って見えるのはネレイードの屋敷だろう。それを見ると悲しい気持ちになった。

 シャロンは何故、シレナを殺した……殺させたのだろう?そう変わらない身長や髪の色……単に身近で身代わりになれそうな相手だったから?

 歌姫シレナは何のために生きていたんだろう。家のために働いて、絶望して。僅かな希望、その恋した相手はシャロンの虜。悔しかっただろうな。

 そもそもシャロンは何故ウンディーネの役を彼女に譲ったのだろう?哀れんで?格の違いを教えるため?単にエコーがうざかった?

 シレナはそれをどう思っただろう。悔しい、屈辱?それを見返しチャンスにしよう?……引き受けた以上、何か前向きに考える気持ちがあったはず。けれどそれさえへし折られ、シャロンに泣きつく羽目になる。


 そしてから、事件当日……「今日は仕事が早く終わるから、帰ってシエロといちゃつくの」というシャロンの言葉。それがエコーからかシレナに扮するシャロン自身からかマイナスに伝わった。恐らく後者だろう。それを焚き付けて、マイナスにシレナを攫わせた。マイナスに拷問されたのは、その日はシャロンではなくシレナ。フルトブラントには頼れない。自分の正体がばれては困る。シャロンには近づけない。自分たちは仲が悪いのだ。今近寄れば周りに入れ代わりがバレてしまう。

 彼女が向かったのはアルセイド。憧れのエコーを頼った。今の自分はシャロン、いつもとは違う優しくして貰えるかも。そんな期待もあったのだろう。しかしエコーは自分を頼り泣くシャロンに欲が擡げた。それがシレナだと気付かずに彼女を抱いたのだろう。

 突然のことに訳が分からなかったに違いない。憧れの歌姫がいきなり男になるなんて。だけど正体がバレたなら、殺されるかもしれない。感情の起伏の荒いエコーのことだ。シャロンと思って抱いた物が、見下しているシレナだと知ったらどうなるか。それにシレナは恐怖した。シャロンであることが、シャロンを演じ続けることが彼女にとって命を繋ぐ糸だったのだ。


(いや、ちょっと待て)


 15時。16時過ぎには死体はあった。一時間で拷問から脱して、更には襲われた所からも逃げ出して殺されるって無理じゃないのか?

 歌姫達の空白の一時間。


 よく考えろ。死体はシャロンの最新の衣装を着ていた。15時に終わる中層街のイベントの仮装とは違う。行き来のための普段着ドレスがその衣装、下層街のライブでその服を着たんだろう。シレナ扮するシャロンは着替えなければならなかった。仮にそれが5分掛かったとしよう。そこからあの混み具合。上層街まで15分の距離。そこに混雑からのプラス5分。計25分掛かったとする。

 アルセイドの家に行くまでその位掛かっているのだ。


(つまり、エコーの話したことは嘘だ。いや、エコーに話したことが嘘なんだ)


 そうだ。あり得ない。シャロンの身体はシエロとは違う。人間の身体だ。これまで受けた拷問の傷は少なからず残っているはず。裸を見られたならば、マイナスだけにはそれがシャロンではないとバレる。マイナスがそれに気付けなかった以上、その日シレナはマイナスの虐待を受けていない。

 シレナはオペラが終わる16日まで、シャロンとの入れ替わりをシエロに気付かれてはならなかった。自分の家にも近づけない。だから親友のエコーに宿を頼れとシャロンから助言があったのだ。そのもっともらしい理由のためにマイナスからの虐待を訴えた。

 エコーはシャロンのことになると冷静な判断能力を失う。何時何処でどうやって虐待されたかなんてどうでもいい。愛しいシャロンが一つ屋根の下、大歓迎のはず。唯、エコーの暴走に……


(……いや、違う)


 きっとシレナはオペラ座から出てくるエコーを見つけた。それで帰りがてらに「泊まらせて」と頼んだ。訳が訳だ。周りに聞かれては困る。人通りの少ない路地を通って上層街を行く。これもシャロンの指示だろう。そんなところでそんな台詞を受けたエコーが暴走すると知ってのシャロンの策だ。追われ逃げ込んだ路地裏が、あの犯行現場。あそこでシレネは犯されたのだ。

 我に返ったエコーは一線を越えてしまったことに、恐れ戦き気を失ったシレナを残して逃げ帰る。

 それなら、シレナのドレスを引き裂いたのはドリスだろう。その日の練習が無くなるようにするため。後は悪魔との確立で状況を上手く転ばせていく。エコーとシレナの後を付け、エコーが消えたところで作業開始。悲鳴を上げられては困る契約者二人。気絶しているシレナが目覚めないように確率を低下させる。

 結論から言ってシャロンから子宮を取り出したのはドリス。同じく男を知る歌姫、なのに扱いは天と地の差。劣等感、そして女の象徴としてそれを見た。自分と彼女の女がどう違うのか曝いてみたかった。そしてその女を奪ってやりたかった。引き摺りだして、火にくべて……本当は目の前でそれを見せてやるつもりが、その前にシレナが事切れた。

 それに興が殺がれたのだろう。せめて他に屈辱を与える方法はないか。考え指輪を奪った。

 そしてその指輪はマイナスとドリスが共闘関係になるための友情アイテム。そんな下りでマイナスの手に渡ったと見ていい。シャロンの上手いところは本物が手放すはずがない指輪をシレナに貸し与えたことだ。だから誰もそれがシャロンであると疑わなかった。何の魔法の力もないはずの指輪が、それがシャロンであると知らしめた。しかし、まだシャロンの暗躍は終わらない。

 顔面をそぎ落とした、させたのは……間違いなくシャロンであるはずだ。シャロンの瞳は青。シレナの瞳は緑。演じている最中は色硝子でも目に入れればいい。だけど死体はそうはいかない。だから眼球顔面をそぎ落とした。そしてシレナに結びつけるための、シレナの思い人の名を刻んだ時計をわざと落とすのだ。後は悲鳴を上げるだけ。


(だけど……化粧と演技で入れ代わった位で、どうして誰も解らないんだ?)


 騙された人々は、彼女たちをちゃんと見ていなかったのか?シャロンに惚れているエコーですら世界を色眼鏡で見ていた?前世の空想、理想で彼女を飾り上げ、シャロン自身を見ていなかった?

 シャロンが唯一顔を見られればバレると恐れたのがシエロ。そしてその死体に俺はシャロンらしさを感じられず泣けなかった。その直感は正しかったのだ。

 シャロンはそれに気付けるのは身内か恋人だと定義した。本当の身内が空にいない二人を、見分けることが出来る人間は居なかった。誰もが歌姫という偶像を見ていた。

 シャロンは自分の命が狙われていることを知った。それをかいくぐるため、シレナを利用した。それは単に自分が死にたくなかったから……そんな単純な理由ではないとカロンは思う。


(シャロンは、……シエロに見つけて欲しかったんだ)


 そしてそんな感動の再会を望んだ。

 けれどシエロは今日まで、その死体がシャロンではないと見抜けなかった。そしてその再会の時には、もうシャロンを愛していなかった。

 シャロンがシエロに何をしたでもない。それでもシエロはシャロンを捨てたのだ。捨ててしまったのだ。


(…………でも)


 シエロは……俺に出会う前にあれがシレナだと気付き、シャロンと再会して……それでも以前と同じようにシャロンを愛せたのだろうか?お帰りと微笑めるのか?


(無理だ)


 シエロなら泣く。頼って貰えなかった自分に。ちゃんと守ってあげられなかった自分に。

 それでシャロンを嫌いはしないだろうけれど、シエロが自分を嫌いになってしまう。それでもシエロを手放さないというのなら、シャロンがシエロを苦しめることになる。


 「人の子よ。貴様がその女と違うと言えるのか?」

 「エフィアル……」


 人の心を読んだのか、現れる黒髪の青年悪魔。風にマントと髪を靡かせて夜をその背に纏う。


 「ここで復讐を止めるようなら見込み違いも良いところだ。貴様の憎悪はまだしっかり根付いている。殺る気なのであろう?」

 「ああ。どんな理由があったって、俺はシャロンが許せない。生かしちゃおけない」

 「何がそこまで貴様を怒らせる?」

 「シャロンはその状況を利用して、シエロを試した。自分への愛の深さを試した。俺はそれがまず許せない」

 「仕方あるまい。疑うというのが女という生き物の本質だ」


 それならば俺は男に生まれたことを感謝しよう。身体がどうだではない。この心が男であることを俺は誇りに思おう。


 「俺はシエロを試さない。俺はシエロを疑わない。俺はシエロを信じてる」


 何が裏切りだ?それはその信頼。そこに一変の不安を抱くことがそれが裏切りだ。

 誰があの人を糾弾しても、俺はあの人を庇う。あの人の味方で居る。俺の見つめる世界の中で、あいつだけが犯人には成り得ない。


 「確かに貴様はあの男が犯人だとははなから検討材料から外していたな。だがそれは推理として間違っている。これはイストリアが定める推理小説という世界。身内も恋人も須く疑うべきだ。貴様が探偵役なのだぞ?」

 「エフィアル、俺は怒り狂って居るんだ。狂人にまともな思考が出来るはずがないだろ?もし仮にシエロが犯人だったとしよう。それでも俺は見当違いの推理をする。その見当違いの推理を真実だと俺は信じる」


 その人を愛するならば罪を曝いて罪を償わせて服役させる?馬鹿言うな。これは復讐から始まったんだぞ?俺とシエロは復讐という殺人を肯定している。

 そもそも国がよくあることだと事件を流す。空の上は性差に職業差別、どうでも良い法や掟を重んじる癖に、歌姫という存在は幾らでも代わりが居る消耗品にしか思っていない。

 命の不平等。それがこの世界の実体だ。そんな国で今更善悪の是非を問う気も起きない。

 唯、俺のシエロを傷付けた。それは万死に値する。もう人魚も国も下町も、関係ない。俺にはシエロしか見えない。狂っちまった。俺はもう、狂ってしまったんだから!


 「非情な推理が真実を曝くのだとしても、俺はシエロを疑わない。だから俺の現実では、何があってもあいつが加害者になることはない」

 「狂っているな」

 「ああ、狂っているよ。けど悪魔。それが誰かを愛するって事なんだ」


 そんな狂気を知ってるか?カロンは悪魔に問いかける。すると、自分より遙かに永く生きているはずの存在が、否定めいた沈黙を唯守る。

 人は永遠を生きられないから、その刹那に真理を手にする。それは刹那を生きる人間だからこそ至れる狂気。永い時を生きる悪魔には正しく理解できない答えで概念。


 「なぁ、悪魔。お前は狂っているか?狂い足りているか?まだ想いが届かないっていうのなら、お前は狂い足りないんだよ」


 推理のスパイスに狂気を織り交ぜろ。人間なんてみんな何かしら何処かしら狂っているんだよ。狂え狂え狂え!お綺麗な真実なんてここにはない。ここにあるのは、蛆集る腐り落ちた真実。

 奴は狂人だ。ならば狂え。でなければ何も見えるはずがない。

 人は醜く浅ましい。可愛くて?無邪気で?優しい妹?はははははっ!馬鹿げた幻想だ!奴は女だ。娘も女だ。女は敵だろう。常に男を騙そうとしている魔性、化け物だ。その化けの皮を引っぺがせ。シャロン、お前はとんだ女狐だ。


 「高見の見物ご苦労様。すぐに引き摺り下ろしてやるよ」


 さぁ、シャロン。精々逃げろ。俺が犯人だ。

 夢を現に変えてやる。シャロン殺人事件、その嘘を真にしてやろう!

主人公とは闇落ちする者って概念であっているはず。

野郎ヒロインは大抵不幸に遭うべき物。

そしてヒロインはラスボス。


……うん、私の小説のいつもの構図になって来た。なんでいっつもこうなるんだ。女性になんか恨みでもあるのか?いや無いはずなんだけど(笑)

狂って来た主人公。

俺シスコンだからとか言っていたがそんなことは無かったぜ。

主人公すら作中の良心ではないっていうのが酷いわな。


あとシエロ、ごめん。前回死ねていた方が幸せだった。

でもまぁ、裏切りを知った、シャロンちゃんならそれくらいするでしょうねと。


主人公が狂っていくのでこれからまともな推理してくれるか怪しいもんだ。そんなわけでとりあえず主人公の思いこみと偏見とシエロへの甘さを加算した結果の推理はあんなもん。

まだドリスとかシャロンが何やったかってのは正確には謎のままです。


しかし探偵役が「殺人事件がなかっただと!?んなら俺が事件起こしてやんよひひゃひゃひゃひゃ!」とか言い出すとかろくでもない推理小説があったもんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ