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21:骨は歌う

エロ回。エロ回。エロ回。

無論フェードアウト。

物語の悪魔

   『唯の一度しか使えない武器ならば。どうしてここで使えるだろうか。

    悲しいことに、少年は貧しい下町生まれの下町育ち。

    自分のために切り札を使う発想がありませんでした。

    

    悲しいことに、少年は呪われてこそいましたが、その心は一人の男でした。

    赤い宝石の切り札は、愛する人のためにこそ。

    その人を守るために使おうと、頑なまでに心に定めていたのです。


    案外最後まで出番無いんじゃないの?第一領主様?あははははっ!今度からあんたのことも第二領主みたいにニート魔王って呼んで良い?

    第三領主のいない今、思う存分あんたを罵る事が出来て楽しいわ!』


 *


 先に防音室へと踏み込んだナルキスの背中にシエロは思いきりぶつかる。急に立ち止まるなんて酷いじゃないか。そう思ったが友人の顔は驚愕の色に染められている。

 何事かとシエロも室内に目をやって……


 「……か、カロン君?」

 「し……え、ろ……」


 虚ろな目でこちらを見る。あの子が泣いている。

 全身の血の気を逆流させるには十分だ。檻の中へと剣を突き入れその男を殺すつもりでシエロは叫ぶ。


 「そ、その子を放せ!」

 「嫌です」

 「死にたいか?」

 「僕の命を狙うのは結構ですが、人質はこのシャロンの方だと思いませんか?」


 カロンを泣かせているのは長い黒髪の少年。深い青色の目は何処かで見覚えがある。


(しかし彼女は女のはずだ)


 彼女が男ならば、まず自己愛者のナルキスが興味を持つべき相手はエコー。自分と同じ外見色で同じ呪いを持った身近な相手。そのナルキスが興味を示さなかった以上歌姫エコーは女であるはず。

 現にとシエロは横目で友人を見る。ナルキスは目を見開いていた。妹が歌の練習にと使っている広い防音室。そこがエコーの自室。底にいたのは見知らぬ少年。何かの手品でも見せられているかのように驚きを隠せないでいる。そんな情けない兄に向かってその少年は嘲笑いの笑みを浮かべる。


 「実の妹の顔もお忘れですかお兄様?」

 「妹というかお前は仮にそうだとしても弟だろう、その姿は」

 「性転換の呪いの人魚の子孫。何時からこの呪いが男だけの物だと思ってたんです?」


 その言葉は自分が歌姫エコーだと宣言する物ではあった。けれどシエロにとってそれが何者でも構わない。無理矢理カロンに裏切りを犯させているその男が許せなかった。


(こいつが……シャロンも!)


 シャロンを暴行したのも、今正にカロンを同じ目に遭わせているのも歌姫エコー。それを知れば全身の血が沸騰したように熱くなる。


 「そんなことはどうでもいい!彼を離せ!」


 その首刎ねるぞ。そう脅すがエコーは微笑みを崩さない。


 「誰に向かって命令してるのかな、フルトブラント。あの日の僕が居なければ、お前なんか産まれもしなかったんだ。少しはご先祖様に感謝しろ」

 「何を言っているんだ……」

 「この子はウンディーネの生まれ変わり。その魂は呪われている。それなら彼女を裏切った男の魂もまた、呪われているとは思わない?つまり僕こそがこの子の、ウンディーネの恋人」


 考えたこともなかった。けれど辻褄は合う。


(歌姫エコーがシャロンの……カロン君の、ウンディーネの恋人)


 人魚の生まれ変わりがいるのなら、王子の生まれ変わりがいてもおかしくはない。僕はその子孫と言うだけで、彼女の彼の……運命の人じゃない。


 「お前に僕が否定できるか?お前がそうしたように僕もそうしているだけだ。恋人が恋人に触れたいと思うのは当然のことじゃないか」

 「嫌だっ……」

 「カロン……君?」


 すっかり自信を失った僕の耳に、小さく聞こえるあの子の悲鳴。


 「俺が好きなのはシエロだ!お前じゃない!」

 「この期に及んでまだそんなことを言っているのかシャロン?」

 「俺が抱きたいのも、抱かれたいのもお前じゃない!シエロだけだ!」

 「大丈夫だよシャロン。怖いのは初めのうちだけ。また僕と一緒に幸せな家庭を築こう。子供は何人欲しい?大丈夫。僕は娘としての君だけじゃない、母に女になった君も今度こそ愛しきってみせる。こんなに君が好きなんだ。出来ないはずがない」

 「お前っ、気持ち悪いっ……俺はシャロンじゃない!俺はウンディーネじゃないっ!」

 「大丈夫、すぐに君は僕をまた好きになる」


(カロン君……)


 何を躊躇う。ここまで言ってくれたんだ。僕が殺すべきは彼じゃない。彼を泣かせたこの男。選定侯家の人間を殺した罪が重たく僕にのし掛かろうと、何を迷うことがある?

 剣にシエロは力を込める。カロンを泣かせたエコーを殺すため……振り上げた剣。それを誰かが掴んで止める。


 「ナルキス……!」


 邪魔するな。そう睨む。しかし彼は静かに首を振り、ここは俺に任せろと檻の中へと入っていく。

 そして思い切り自分の妹を殴りつけた。歌姫にとって何より大事な顔を。思い切り。


 「お前が本当に俺達の先祖なのか、唯危ない妄想に取り憑かれた馬鹿なのかはどうでもいい。唯今のお前はあまりに醜い!俺に似たその顔ですら、吐き気を催すっ!いい加減にしろエコー。お前も俺の妹ならば、そんな醜い真似はするな」


 そうしてエコーをカロンから引き剥がし、引き摺っていく。


 「ナルキスっ!」

 「シエロ。こんな屑でも俺の妹だ。せめて法で裁かせてくれ」

 「でも!」

 「暴行罪強姦罪があまりに軽い、貴族に甘い法が気に入らんと言うのなら、お前が王になれシエロ。それで法を変え、これを死刑にでも何にでもしろ。それなら俺もそれに従おう」

 「っ……」

 「だが、お前が今目の前でエコーを殺すというのなら、俺はお前を殺人罪で起訴する。俺はお前の友人である前にこいつの兄だ」


 ナルキスに、剣を使うというのなら此方も相手になると睨まれる。尚も怒りを静められないシエロの袖を力なく引く者がいる。振り返ればカロンが居る。


 「シエロ……もういい」

 「でもっ……」

 「シエロ、まだ俺のこと嫌いじゃない?」

 「嫌うものか!君は僕を裏切ってなんか居ない!」

 「そっか……ならもういい」

 「カロン君……?」


 後ろからぎゅっと抱き付いてくる頼りない少女の腕。震えている。泣いている。だけど安堵したように彼は微笑んでいた。


 「早く、帰ろう……シエロ。俺、今日の仕事……頑張ったよ」


 この震えが全て歓喜に変わるように、キスを求められた。屋敷に帰ってから。そう言われたけれど、その場でシエロは口付けた。

 それを目にしたエコーが罵声を浴びせてくるが、気にせずシエロはそれを続ける。かまうものか。これで彼が楽になるなら。みるみるカロンの表情は死人のような青い顔から血の気を取り戻していく。


 「……もう夜遅い。客室を使えシエロ」

 「え?」

 「この馬鹿が何を企んでいたか俺が明日までに吐かせる。二度手間にならぬよう、それまでこの屋敷に留まれ」


 気を利かせてくれたのか、ナルキスが立派な部屋へと通してくれた。

 風呂に入れて身体を洗って、男に戻ったカロンは少し落ち着いたように見えた。けれどシエロはそうはいかない。真水に触れても男には戻らない。更にここから一手間、きちんと身体を拭いて乾かさなければ戻れない。


(お風呂場でカロン君が男で僕が女って……なんか既視感だなぁ)


 それがこの子に嫌なことを思い出させなければいいけどと、思いながら背中を流す。


 「それじゃあゆっくり暖まってね」


 そそくさと退室しようとすれば湯船の中に引き摺り込まれる。まだ一人になるのが怖いのだろうか?そう思ったけれどちょっと違うようだ。


 「シエロ、何でお前女になってるんだ?」

 「え?それは元々……」

 「服変わってる。ボタン飛んでる。一回男に戻ったんだろ?マイナスに、ナルキスに何されたんだ?」


 別に何も。そう言おうとしたけれどそれは嘘だ。けれどマイナスの所での一件はどう説明したらいいものか。ナルキスの方はまだ言いようがあるけれど。


 「あいつ……ナルキスの奴嗾けてお前を襲わせて、お前とくっつけるつもりだったんだ。お前に、あいつの子供産ませるって……俺に自分の、産ませるって……」

 「カロン君……」


 ああ、この子は不安なんだな。自分がされたことから一時目を逸らしたくて、それで僕がされたことに目を向けて、怒ることで自分の心の均衡を保とうとしている。


 「カロン君……」


 大丈夫だよと僕から口付ける。


 「基本僕らは男だろう?呪いの発動を解けば大丈夫。僕や君がどうにかなることはない。10月間男に戻らず塩風呂に浸かりでもしないとまず無理だ。それに……僕はマイナスには裸にひん剥かれたけど、アルバと他の協力者のお陰で無事に撃退出来た。ナルキスにはキスされたけど、退けた」

 「や、やっぱり何かされてた!」

 「うん。だからカロン君のキスで上書きして貰ったんだよ」


 怒り出した彼に優しく微笑むが、まだふて腐れている。自分のことは棚に上げている嫉妬が何とも可愛らしい。恥ずかしいけれど、この可愛らしい恋人のためだ。一肌脱ごう。


 「カロン君、見て」

 「え……!?」

 「君の目で上書きして?」


 服に手を掛けはだけると、彼の顔が真っ赤に染まる。それでもその視線は僕の身体をじっと見つめる。主に胸。そんなに好きか。そこがそんなに好きか。どうしてくれようこの子は本当に。恥ずかしくてこっちまで顔が熱くなるけど我慢我慢。


 「僕は君に嫉妬してもえらえて嬉しい。それに僕だってちょっとは妬いてるんだよ?僕じゃ勝てないんじゃないかって」

 「そんなの、絶対無い!俺が好きなのは……」

 「うん。だからそう言って貰えて本当に嬉しかったんだ」

 「シエロ……」


 此方の顔を覗き込む程傍にカロンがいる。呼吸が髪に触れそうだ。


 「なぁ……キスして良い?」

 「うん」

 「触っても?」

 「構わないよ」

 「……抱いてもいいか?」

 「いいよ」


 いちいち確認して恐る恐る近づく彼が、最後にもう一度躊躇う。


 「嫌じゃないのか?」

 「嫌って?」

 「お前は男なのに。呪いで女になって、俺にこんな風に触られたりして」


 自分が味わった嫌な気持ち。それを僕に与えているんじゃないか。そう思ってこの子は不安で堪らないのだ。だけどそんな彼の弱さを慈しみたいと僕は思う。そういうところもまとめて全部好きなんだ。


 「嫌じゃないよ。カロン君だもん」


 尚も不安そうなその子にどう言えばちゃんと伝わるのだろう。嫌じゃない、だとまだ不安なんだろうな。ちゃんと言い直さなければ。


 「カロン君にぎゅっとされるの好きだよ。するのも。……大好きだから」

 「シエロ……」

 「僕の呪いを見ても、君は怖がらないでくれた。気味悪がらないでくれた。どっちの僕も好きだって言ってくれた。僕はそんな君が好きなんだ」


 もう一度僕からキスをすれば、それが合図と彼が思いきり抱き締めてくれた。


 *


物語の悪魔

   『第六領主も五月蠅いし、私が脚本書き換えたってわけじゃないのよ。

    唯こいつら、雑食みたいだから仕方ないわ。

    しっかし、数日前まで恋人だった女の兄ちゃんに手を出すなんて犯罪臭どころの話じゃないわ。

    

    いやでも流石にこれは悪魔的にも完全に裏切りにカウントね。

    だってこっちの色男、とうとう言い逃れは出来ないわ。


    ああ、怖い怖い。一番厄介なあの女を敵に回すことになろうとは、知りもしないんでしょうね。』


 *



 「す……凄かった」


 風呂上がり、カロンはのぼせる以上に別のことで脳が沸騰しかけていた。

 何かもう今日一日あったこと全て忘れられそうなくらい俺はさっき天国を見たのだ。仕方ない。


 「いや、ほら……僕の方が背あるし、必然的に君より重いでしょ?」


 体重を気にしているシエロが可愛い。そりゃあ手も足の長さも違うし女になるとあんな大きな胸が付くんだ仕方ない。

 でも水中ならそれも緩和されるからと、上に乗ってくれたわけだ。視界は常に浮かんで揺れる二つの肉塊。それを手に取るも良し眺めるも良し。

 シエロが俺を立ててくれたおかげで、エコーとの一件でヒビが入ったアイデンティティも大分癒された。シエロにああやって触れることで、俺はシャロンじゃない。俺は男だ。俺はカロンだとはっきりと思えるようになる。


 「そうだ、シエロ……」


 自分が得た情報を伝えようと口を開いたカロン。それにシエロも頷いた。


 「シャロンを犯したのも彼女だろうね。唯、彼女はシャロンの死を知らなかった。つまりシャロンはマイナスに虐待を受け、逃げ込んだエコーに襲われた後に……逃げ出した先で何者かに殺された」


 シエロもシエロで自分が得た情報を教えてくれる。


 「カロン君、指輪は持っているよね?」

 「ああ」


 そうかと頷きシエロは、洋服のポケットから全く同じ物を取り出し見せる。


 「……これ、マイナスの所で拾った。おそらく彼女がシャロンを拷問した時に指輪を奪っていたんだろう」

 「それで16時の手紙を書いたのがドリス……」

 「ああ。大分見えてきたことも多いね。ドリスの方にはアルバを向かわせている。何としてでも吐かせよう」

 「っ!そうだシエロっ!大変だ!シレナが危ない!ドリスとエコーは彼女を俺に見せかけ殺して、歌姫シャロンが死んだとして俺をここに監禁するつもりだったんだ!」

 「……ネレイードさんを?」

 「ああ。それで行方不明になった歌姫シレナを、……シャロンの死体を歌姫シレナとして発見させる。それでお前を捕らえさせるつもりなんだ。あわよくば偽者のシャロンの罪もお前に被せる気でいる!」


 口にすればするほどカロンは不安になる。何か恐ろしいことが起きそうで。

 それなのにシエロは暢気な物だ。


 「カロン君。ここで僕らが狼狽えて、何か行動を起こすのを歌姫ドリスは待っているんじゃない?」

 「でも!ドリスは悪魔を飼ってるんだろ!?」

 「そのことなんだけど、悪魔って言うのはそこまで人間に協力的ではないし、行動に制限があるんだよ。中には良い子もいるけど基本、自分にとっての面白さと利益しか考えていない」

 「……え?」

 「マイナスと、アルバの召喚した悪魔に会った。彼らは大体そんな感じだ。歌姫ドリスの契約した悪魔はイレギュラー的存在ではあるけれど、その悪魔がここを推理小説と名付けた以上、推理が破綻するような現象は起こせないというルールがあるそうだ」

 「つまり……」

 「海神ならばいざ知らず、この一連の事件に関する事柄に魔法は関与しない。全て人為的な物だ」

 「でもお前、海月とか呼んでるし」

 「海神の魔法は確かにある。僕が海月を呼び出せたり、多少おかしな歌を歌えるのもその所為だ。だけど直接何かを成し遂げることが出来るようなものを僕らは持っていない」

 「要するに……ドリスはまだ何の証拠も掴んでいない?」

 「うん。あの暗号は悪魔からの入れ知恵かもしれないけれど、後のあれはブラフだね。そしてそこに自分に都合の良い展開になるように確立を操った。僕に死体を再び運ばせる。その危険を冒させようと不安を煽ったんだ」


 だからここは敢えて動かない。慌てずに落ち着いて物を考えるべきだとシエロは言った。


 「僕らは彼女が強行突破を犯さない内にまず、歌姫シレナに話をし彼女の保護、そして協力を頼もう。彼女の傍には君の友達もいるんだよね?何も解らないまま暴走されて事件を引っかき回されても問題だ。ここは素直に離して協力して貰う方が良い」

 「それじゃあ……」

 「うん。明日の朝、彼女の所を伺おう。明日の此方の仕事は夕方からだし、体調不良でキャンセルしても良い」

 「……解った」


 残る犯人はシャロンを殺した相手と、シャロンの顔を切断した相手。マイナスやエコーがまだ諦めていない可能性はあるから油断は出来ないが、当面の敵はそれだ。


 「シエロが殺したかったのって……どの犯人だったんだ?」

 「心情的には全員殺してやりたいよ。彼女がされたことも君がされたことも僕は許せない」


 エコーもドリスもマイナスも。まだ名の知れない犯人も。全てが全てが憎らしい。シエロの目は憎悪に揺れる。一度目を閉じ再び現れた青い眼は、怒りが消えて……何かをじっと見つめる悲しみと決意があった。


 「だけど今は……けじめかな」

 「けじめ?」

 「僕は真実が知りたい。それを見つけることが、シャロンに出来る最後の餞。それを終わらせて僕はやっと……踏ん切りが付きそうな気がするんだ。殺す殺さないは、シャロンを殺した犯人に会ってから考える」


 ふっと小さな笑みを浮かべて寝台に寝転ぶシエロ。まだその目は惑いに揺れている。不謹慎だけど、こうして思い悩むシエロの表情はゾクゾクする。まだ乾ききらない湿り気を帯びた長い髪が綺麗だ。


 「なぁ、シエロ……」

 「何?」

 「一緒に寝ても良い?」

 「いいよ」


 シエロは起き上がり、塩水を飲もうとする。今日あったことを考えるなら女の自分と一緒の方がぐっすり眠れると思ったのだろう。


 「カロン君?」


 その手を押し留める俺にシエロは疑問符を浮かべ、俺を見る。


 「シエロ、そのままでいい」


 先日の一件を思い出してか顔を真っ赤に染めるシエロは可愛いけれど、今日はそうじゃないんだシエロ。


 「俺、ああいうことするのもされるのも……お前だけだと思ってたんだ」

 「カロン君……」

 「俺がするのも、凄い好きなんだけど……今日はお前にやられたいんだ。まだ俺じゃ……、お前の働かないか?」


 寝転ぶ人にのし掛かり、息が触れるほど顔を近づけ覗き込む。


 「……ドリスの奴、俺が女だって解った途端俺に騙されたとか、裏切られたとか言うんだ」

 「……うん」

 「お前はそうじゃないよな?」

 「うん、どっちのカロン君も大好きだよ」


 間近で覗き込んだ顔の頬はすっかり熱を帯びている。うっとりした目で俺を見る。今は俺もシエロも男なのに。


 「じゃあ、抱いて。もうあんな事がないように……俺をちゃんとお前の物にして」


 女の俺のはじめてはこいつじゃなくなってしまったけれど。それならせめて、男の俺のはじめてはこいつがいい。愛する人に触れられるのって、どんな感じなんだろう。見知らぬ期待と不安に胸が高鳴る。それは少なくともエコーとの時のような薄気味悪さはきっとない。


 「シエロ……」


 返事の代わりにシエロからキスしてくれる。今日はたくさん彼の方からそうして貰ってる気がする。数日前じゃ考えられないこと。凄く幸せ。


 * 


物語の悪魔

   『彼女は我らが地獄の第三領主。眠りの森の魔女。ブラコンヤンデレ・アムニシア。

    いやー、エフィアルあんたも随分凄いのに懐かれたもんね。

    

    それはさておき、彼女が司るは嘘と真、夢と現。このイストリア様とタイマン張れるワイルドカード。

    あの子が引っかき回してくれた本は私も好きなんだけどね、これ推理小説だから。あんまり大暴れもしないと思うんだけど、自重って言葉あの子知ってたかしら?

    なんで目をそらすのよエフィアル。』


 *


 夢から目覚め、それでも尚……少女は闇を見据えていた。


 「そっか、とうとう裏切ったのねシエロ」


 そして自嘲気味に笑うのだ。痛々しいその姿に悪魔はかける言葉もない。彼女もまた辛い恋をしている。そう、その悪魔自身のように。

 

 「お目覚めですか?我が主」

 「ねぇ、アムニシア。貴女の力は最高よ。流石は“記憶喪失”って名前だけはあるわ」


 長い金髪の美しい少女は、夢から目覚め悲しく笑う。

 深く愛し愛された男に、たかだか五日で裏切られたのだ。その頬を流れる涙を止める術は……そう多く残されてはいない。

 少なくとも私にはこの少女の涙を止める術がない。悪魔は彼女を哀れんだ。


 「ねぇ、貴女にも好きな人はいるの?」

 「はい。私の場合は私のお兄様です」

 「そう……私には考えられない恋ね」

 「ですが、貴女の胸の痛みは私もよく知っています。兄様は他の女にたぶらかされて私を冷たくあしらうのです」

 「まぁ……酷い」

 「いえ、酷いのは兄様ではなくその女です」

 「……そう、そうね。そうなのかもしれない」


 だからこそアムニシアには理解できない。あの中層街での劇のこと。


 「男ではなく、女を殺せば良かったのに……私はそう思います」

 「そうね、そう言う気持ちも解るわ」


 悲しき娘は涙を流したまま嘆息をする。


 「だけどその人がそこに生きている限り、これから幾らでも裏切りは訪れる。そういうものなのかもしれないと、私は理解したわ」

 

 愛するからこそ決して許さず、殺すべきなのだと彼女は強い口調でアムニシアに説いた。


 「目の前で死んでやるのはそこそこ効果的だと解ったけれど、それで次の恋の邪魔をされるんじゃ堪ったものじゃないわ。あくまでそれはそれ、これはこれ。魂のリサイクルはあっても私は彼女じゃないんだから。それに彼の場合死んでやったのに、あの様よ。同じ顔なら誰でも良いと思うような尻軽だとは思わなかった」

 「貴女を忘れられずそうなってしまったのではないですか?」

 「そうなのかしら?私がいないと生きていけないっていうことを、もっとたっぷり解らせてやるべきだった。その爪の甘さが原因なら、……そうね、一度チャンスをあげてもいいかもしれない」

 「それがいいですわ。生きて幸せになれる方が余程いいことです」


 頷くアムニシアに、少女は目を瞬かせ……ふっと微笑を見せる。


 「貴女、悪魔なのに親切で優しくて……面白い人ね」

 「私は兄弟間の愛憎や、辛い恋をする乙女の略奪愛と復讐……それから優しい人には手を貸す事にしていますの」


 貴女にはその全てが当てはまりますと伝えれば、少女はくすくすと泣きながら笑い出す。


 「そうね、貴女がそこまで言うのなら……私ももう一度だけ信じて、試してみるわ。私はちゃんと謎を残した。私への手がかりを置いて来た。それでも私の名前が解らないというのなら、彼の愛はその程度のものだったのよ。愛していたのは私の方ばかりだったんだわ」


 私はここにいるよ。少女の穢れなく澄んだ悪意の魂は、涙の海に泣き濡れる。


 「シエロの、嘘吐き」


 その言葉を最後に、少女は泣くことを止めた。何時までも泣いていることは出来る。それでもそのまま泣き寝入りをするほどこの娘は弱くはない。


 「始めるわよ、アムニシア。復讐を始めましょう、歌姫シャロンを殺した者に報いを」

 「……はい、歌姫シャロン。夢を現に現を夢に、この第三領主が変えてご覧いれましょう!」


 哀れ、可哀想な歌姫よ。貴女の願いを現実に。彼の今の幸せを、虚構の砂に変えましょう。


 *


物語の悪魔

   『…………………まぁ、なんだか面白そうなことになってきたしそれでいいや。

    推理小説から破綻はしていないものね。

    

    さ、さぁて!空気を読まない第三領主の暴走はさておき、他の所も覗いてみましょう!何か動きがある様子です!』


 *


 夜風に吹かれるシレナお嬢さんは寂しげだ。そんな主の横顔に、オボロスの心が揺れる。

 どうにか元気づけれやれないものか。考える。

 とりあえず何時までもそんな薄着で夜風に吹かれていれば風邪をひく。


 「お嬢さん?こんな時間にどうしたんですか?」


 シレナの肩に自分の掛けて、オボロスは尋ねる。


 「明日も朝からお仕事でしたよね?今日はお早めにお休みになっては?」

 「ねぇ、あんた私のこと好きだったんでしょ?」

 「お、お嬢さん?」


 違います、とは言えなかった。


(それでも俺が好きなのは……)


 シャロン。あの笑顔にもう一度会いたい。それを夢見て今日まで俺は……

 しかし思いの外お嬢さんの仕事は忙しい。そして俺も任された炊事洗濯に忙しく、シャロンに会いに行く暇もない。怪我をしたと言うが大丈夫なんだろうか。お嬢さんは心配ないと言っていたけれど心配だ。

 カロンも探さなければならないのに、手がかりらしい手がかりも未だに見つからない。

 次にシャロンとシレナの仕事が重なるのは今月末……中層街のオペラ座だ。


 「本当、どいつもこいつも馬鹿ばかり。結局誰も私が解らないのよ」

 「シレナお嬢さん……?」


 何かにシレナは怒っている。しかしオボロスはそれが解らない。それが余計にシレナの怒りを買っている。街で他の歌姫のファンに馬鹿にでもされたのだろうか?


 「オボロス、あんたもうお役目御免。さっさと下町に戻りなさい!邪魔だから」

 「それは困ります!俺はカロンのためにも、どうしてもシャロンを見つけるまで、この街から帰れません!」


 八つ当たりで解雇されては堪らない。必死にオボロスは食い下がる。


 「すいませんお嬢さん!だけど俺まだここから追い出さないでください!もっと上手く料理もします!立派に洗濯も掃除もします!俺は手ぶらで下に帰れない!」

 「だからあんたは馬鹿だって言ってるのよ」

 「お嬢さ……」

 「もうあんたの顔も見たくないわ!出て行って!」


 追い出された屋敷。しばらく呆然とその場に立ち尽くす。我に返ったのは上の階から水をぶっかけられた後。


(寒っ……)


 秋の夜は肌寒い。けれど行く宛もない。こんな時間じゃゲートだって閉まっている。


(どうしよう)


 すきま風の吹く心に思い浮かんだ温かい優しい笑顔。


 「そうだ……シャロン」


 シャロンの家に行ってみよう。昔なじみのよしみで一晩の宿を貸してくれるかもしれない。


 「ナイアードっていう家だったよな……」


 人もまばらな夜道を歩き、場所を尋ね歩いた先、中層街の一角に辿り着く。その屋敷の門を叩き一夜の宿を願い出る。勿論最初は断られた。それでもシャロンの名を出すと、待っていろと門番は言う。代わりに現れたのは黒髪の美女。


 「あんたがシャロンの知り合い?」

 「夜分遅くにすみません。私はオボロスと申します。仕事でここへ来たのですが宿が取れず……幼なじみのシャロンさんが此方にいらっしゃると聞きまして、一晩宿をお借りできませんか?」

 「びしょ濡れじゃないか。どうしたんだ?」


 何かツボに嵌ったのかその女性はくすくす笑う。それでも愛想の良い笑みで、此方は不快に思わない。


 「俺は下町の人間なんですが、訳あってここ数日ネレイードのお嬢さんにお仕えしてまして。お嬢さんが突然機嫌を損ねられまして、解雇されてしまったんです」

 「ああ、シレナか。この所精神的におかしかったみたいだからな、仕方ないさ。シャロンの昔なじみなら仕方ない。ゆっくりして行きな。おい!てめぇら部屋に案内しろ」

 「あ、ありがとうございます!」

 「生憎シャロンは今うちにはいねーが気にするな。寛いで行ってくれ」

 「ありがとうございます、何だか申し訳ねぇ……」


 オボロスが深々と頭を下げれば、その美女はいいってことよと頷いた。


 「……って、あれ?シャロンは此方に養子になったんじゃないんですか?」

 「あんた知らないのか?」


 目を瞬かせる黒髪美女は、さも平然ととんでもないことを言う。


 「シャロンはシエロって選定侯の恋人歌姫だ。出世街道だな。今はそっちに住まいを移しているよ」

 「シャロンに……恋人……?」


 目の前が一瞬真っ暗になった。あの妹のように可愛がって来たシャロンが。大好きだったシャロンに。男が、恋人が居る。信じられなかった。信じたくなかった。


(俺は一体……今まで何のために)


 夢を見ていたんだ。いつかあの子に告白する。

 ちゃんと幸せに出来る、立派な男になってから。空に迎えに行くつもりだった。お金を貯めて貴族になって、空に屋敷を買うんだ。それで下町からカロンも連れて来て、三人で……昔みたいに笑って暮らせたら、どんなに幸せだろう。

 その場に力なく座り込んだオボロスを見て、黒髪の女はにやにや笑う。初めて人の悪い笑みを彼女は浮かべた。


 「ははぁん。さてはその様子じゃお前、シャロンに惚れてたな」

 「お、俺はそんな……………まぁ、……はい」

 「ははは!そりゃああのシレネが機嫌損ねても無理はねぇな。自分の傍に他の女に夢中な野郎が居たらそりゃああのへそ曲がりな嬢ちゃんはむかっ腹も立つさ」

 「え……?」

 「オボロスって名前は私も聞いたことがある。シャロンがたまに下町の話をする時に出て来たな。お前のことネタキャラとして気に入ってたみたいだな」

 「ね、ネタキャラ……」


 面白いと笑って貰えていたのは嬉しい。それでも完全に恋愛対象外にカウントされていたのは悲しいことだった。


 「そんな話を聞く度に、シレネ嬢ちゃん怒り狂ってな。ありゃお前に惚れてたんじゃねぇ?」

 「シレナお嬢さんが?」


 そんなこと考えたこともなかった。いつもお嬢さんは俺に怒ってばかりだった。


 「いや、それはないですよ」


 これまでのやり取りを思い出してみても自分は嫌われているようにしか思えなかった。


 「ま、そんならそれでいいや。お前オボロスっていったな。ちょっと私に協力する気はないかい?私ゃ、そのシエロって男が欲しいんだ」

 「え?」

 「その二人引き裂きゃ、私はシエロが手に入り、シャロンはお前の物になる」

 「いや、でも俺なんか」

 「遠慮すんな。お前は磨けば光る玉だ。私が男を磨いてやるよ!そうすりゃシャロンもいちころよ。まずは風呂に入って着替えからだ全身びしょ濡れお坊ちゃん!」

 「え、え?えええええ!?」


 オボロスは女にずるずると引き摺られ、大きな浴室に放り込まれる。何だってこんな事に。そう思うが、宿を貸して貰えたのは本当に良かった。


 「シャロンのお義姉さんだっけ?なんだ、親切な人じゃないか」


 シャロンはいい家に貰われたんだろうな。そこからシャロンを奪って恋人に仕立て上げた貴族。どうせろくでもない男だ。きっと金と権力で物を言わせたような最低野郎に違いない。

 あの女性はその男が欲しいと言っていたけれど、それはきっと大事な妹シャロンを取り戻すための口実なのだ。相手が身分が高い以上、唯妹を取り返すことは出来ない。身代わりになって自分がその役になるつもりなんだ。なんていじらしい女性なんだ。


 「シャロンは本当に、良い家の養子になったんだな」


 *


 「ひっひひひひ!……だってよ、マイナス!」

 「あっははははは!最高ですモリア様!」


 ティモリアの聞き耳。その内容を教えられたマイナスは、寝台の上で涙が出るほど腹を抱えて笑っていた。


 「いや、なんか使える駒ゲットする確立上げてみたら来た来た来た来た来やがった!あいつ絶対童貞だろ?女知らない馬鹿男め、まんまと騙されやがって」

 「シャロンと知り合いって事はあのカロンっていうガキとも知り合いってことか。確かに使えますねモリア様!」

 「ああ、いい風が吹いてきたぜ」


 くっくっくっと小気味よく悪魔は嗤う。


 「俺を呼び出す宝石を渡したのは歌姫ドリスって奴だな」

 「はい。どうでした?」

 「いやー……俺の好みじゃねぇな。呼び出されてもまず行かねぇ」


 あの場を脱しドリスの代理人、リラの居る場所へと赴いて暫く、ドリスもそこを訪れた。失恋したと大泣きしていて話所ではなかった。


 「悪女ビッチは俺も嫌いじゃないんだが、性格が俺と合わねぇ。男だ女だ小せぇ小せぇ。あいつ絶対ケツの穴も小さいぜ。入れる時にピーピー泣き喚くタイプだ。締まりが良いかどうかは別だがな」


 何やら後半は脱線気味だが、ティモリアがドリスにあまり好感を抱かなかったのはマイナスも理解した。


 「それにあいつ、最終的にお前のシエロ死なせる気でいるぜ。そういう目をしていた。俺の契約者を出汁に使って苔にするとは良い度胸だぜ」


 確かに一理ある。あれほどカロンを求めたドリスが、その恋人であるシエロを快く思うだろうか?引き裂いただけで気が済むか?もっと酷い展開を望むのではないか?マイナスも不安になる。


 「そんな顔すんな俺の歌姫。確かに今のジャンルでは俺の本領発揮は出来ないが、イストリアさえなんとかすりゃあ、今日やって見せたことが幻覚洗脳を越えて揺るぎない現実になる。お前だって一回くらいあの色男を犯して孕ませてみたいだろ?はははっ!とんだカオスだぜ!」


 シエロの心は男だから、それは凄い屈辱だろう。止めて嫌だと泣き叫ぶだろう。その時どんな顔で泣いてくれるのか、想像するだけで身体が熱くなる。


 「基本的に俺はトリアは好きだが、俺の契約者と敵対した以上俺も容赦はしねぇ。お前が俺の歌姫だ。お前の幸福はとんでもねぇカオスだ!そいつは俺にとって愉快な暇つぶしだ。だからとことん幸せになれマイナス!」

 「モリア様……ありがとうございます!」

いろんな陣営混ざっててわかり辛い回。

でも区切ると短すぎるからこれでいいかと妥協。

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