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20:口虚の歌姫

※全体的に注意回。

もう何を注意すればいいのか解らないカオス注意報。強いて言うなら……


・女体化した少年主人公が男体化した歌姫に襲われたり。

・女体化した野郎ヒロインが男に迫られたり。大体今回はそんなカオス。

物語の悪魔

  『恋とは一種の魔法であり、一種の呪いに過ぎません。

   些細な理由で煩って、些細な理由で覚めていく。


   仮にそれを反永続的に続かせた物を愛と呼ぶならば、それはかなりとち狂った感情であることでしょう。

   それならば彼女の狂気も、また仕方のないことなのでしょう。


   だって死んでも直らないんだもの。どうしようもないわ!』


 *

 

 「ドリュアスさん……私、今日ほど貴女が輝いて見えた日はないわ」

 「光栄です、アルセイドさん。唯、一つお願いしたいんです。今度は逃がさないようにしてくださいね?」

 「ええ、約束するわ」

 「可哀想にシャロン。事故のショックで自分を双子のお兄さんと思い込むだなんて」

 「ええ、彼女に本当の記憶を取り戻させるには……シャロンさんを誰より大事に思っていたアルセイドさんでなければ不可能だと思うんです。あの、フルトブラント様にも出来なかったことなんです」

 「ふふふ……そうね。私にしか」


 歌姫二人の不穏な会話。もうこれ以上黙って聞いていられない。カロンは大声でそれに割り込んだ。


 「何言ってるんだ!?俺はシャロンじゃない!」

 「そうはいうけれどシャロンさん、貴女の身体、どこからどう見ても女の子じゃない」


 裏通りに連れて行かれて妙だと思った。腕を振り払おうとした時、後ろから殴りかかられた。消えゆく意識の中、振り返ればそこにはドリスの従者メリアの姿。

 目覚めればもうここにいた。気を失っている時に服を脱がせられたのだろう。それでドリスはカロンが男ではないことに失望したのだ。


 「カロンって人間がシャロンの双子の姉だったとは思わないのか!?」

 「仮にそうだとしても貴方が私を騙して裏切ったことには変わりないんです」

 「そんな勝手な……」


 仮にも俺を好きと言ったその口が、こんな事を言う。この女の言う好きは、その程度だったのか。自分の理想に傷が付いたくらいで裏切りだとこの女は言う。勝手な勘違い、思いこみでこの女は。


 「……お前はシエロの足元にも及ばない」

 「なんですって!?」

 「シエロは仮に俺が男でも女でも俺を好きでいてくれる!そんなことで騙したとか裏切ったなんて俺を責めない」


 シエロは俺を否定しない。どんな姿の俺だってあいつは受け入れ愛してくれる。


 「エウリードさん、私のシャロンに手を挙げるのは止めていただけないかしら?」


 カロンの言葉に逆上したドリス。その手をエコーが掴んで止める。


 「俺はあんたの物じゃない!」

 「大丈夫よシャロン。何日かかっても何年かかっても私を思い出させてあげる。それが無理ならまたこの失った一年を、一年掛けて取り戻しましょう?大丈夫。歌姫シャロンは今日死ぬわ」

 「なんだって……!?」


 エコーの微笑みに、カロンは戦慄を覚える。そして彼女の口から漏れたのは、カロンを更に驚愕させるには十分過ぎた。


 「金髪の歌姫が他にも居なかったかしら?幸い身長も同じくらい。この際だしあの腹立たしい生意気なネレイードさんを始末するのよ。シャロンの死体に見せかけて、上手いこと死んで貰うの。そうすれば貴女がここにいることに誰も気が付かない。あの男は見当違いの復讐を始めるだけよ」

 「それが良いですねアルセイドさん。唯シャロンさんとシレナさんは目の色が違う。そこをバレないように死体はなんとかしないといけませんね」

 「そうね。それならこないだ死んだのが誰かは解らないけれど、ネレイードさんの周りの人々には、この前死んだのがシレナさんだと教えましょう」


 ちょっとまて。何見当違いのことを言っているんだ?あれはシャロンだ。シャロンの死体だ。俺がシャロンだというのなら、他の誰が死んだって言うんだ。そこを何とも思わないどころか、新たな殺人の話をしている歌姫達の神経が解らない。


 「それならその死を隠蔽した人が犯人。シャロンさんをこうして傍に置いていたフルトブラント様が怪しいですね」

 「ええ。その容疑を殿下へお伝えし、彼の屋敷を曝かせましょう!」

 「や、止めろ!止めてくれっ!シエロには手を出すな!」


 こんな訳のわからない話にシエロを巻き込まないでくれ。あいつは本当に何もしていないんだ。本当にシャロンを深く愛していたんだ。そんな男をようやく俺は手に入れたんだ。あいつの心を手に入れたのは昨日だぞ?たった一日!その幸せをもう、この悪魔の様な女達は壊しに来たのか!?


 「……シャロン、そんなにあの男が大事?」

 「大切だ。俺の命よりもあいつは重い」

 「シャロン、記憶を無くして貴女があの男と過ごしたのはほんの数日じゃない。そんな大切なわけがないわ。貴女は何か勘違いしているのよ」

 「いつだとか!どのくらいだとか!時間とかそんなのどうでもいいんだ!……っ、俺はあいつが、シエロが好きだ!」

 「そう、そんなに大事なの。それじゃあ私にも考えがあるわ」


 エコーはイスに座って何やら記入し始める。それを便せんに入れる前に、彼女はそれを檻の中の俺へと見せつける。


 「これ、お兄様にあげようと思うの。シャロンを失ったフルトブラント様が他の女を作るとは思えない。うちのお兄様も女には全然だわ。でもエウリードさんが言うにはお兄様、女になったフルトブラント様がお気に入りなそうね。兄様のことなんかどうでもいいから全然気がつかなかったけど、それならちょうどいいわ」

 「な、何をする気だ」


 その手紙には、シエロこそ歌姫シエラであると記してあり、その上でシエロからナルキスに想いを告げるというおぞましい文章が綴られている。


 「簡単よ。貴女の大好きなフルトブラント様に、お兄様の子供を産んで貰うのよ」

 「!?」


 エコーの歪んだ笑み。それはぞっとするほど美しい。だけどシエロを前にしたように胸は高鳴らない。顔から血の気が引いていくのをカロンは感じていた。


 「お兄様は馬鹿だから、こんなものを受け取ればその筆跡が誰かなんて思わなくなる。疑うはず無いわ、あのお美しいシエロ様が自分を好きだなんて言ってくれるのは、自己愛者にとって何よりの美辞麗句ですもの」

 「あ、あの男はそこまで馬鹿じゃないはずだ!だってシエロの友達なんだろ!?あり得ないだろ!?いくら女にもなるからって、友達に手を出せるか!?」

 「出すわよ。兄様馬鹿だから。なんならシャロン、貴女の目の前で愛した男が他の男に取られる所を見せてあげる。どんなに嫌がっても子供が出来れば母親になるわ。きっとあの人はお兄様を愛してしまう」

 「嫌だ……止めて、止めてくれ!」


 嫌だ嫌だ嫌だ。シエロが他の男に抱かれるなんて。

 それだけでも嫌なのに、子供まで作らされて家庭まで築かせられるなんて、絶対に嫌だ。何が何でもそれだけは阻止しなければ。


(そんな無理矢理っ……)


 そんな理由でシエロが汚されて、それで俺に殺してって言ってくるなんて、あってはならない。そんな理由で俺はシエロを殺したくない。本当に俺を嫌いになったとか、本当に誰かを好きになったとかなら迷うことなく殺せるけれど、好きになるしかないと諦めたように微笑まれたら、俺はシエロを殺せない。だってそんなのシエロは何も悪く無いじゃないか。裏切るならもっとちゃんとした裏切りじゃないと俺は嫌だ。


 「良かったわね、これで貴女が人魚になれるわ。やったわねエウリードさん。いいえ、ドリスさん。今日から貴女は私の一番のお友達よ。末永く仲良くしてね、この一連の手伝いを殿下にお願いできるかしら?」

 「ええ、任せておいてエコーさん」

 「エーコでいいわ。親友ですもの、ねぇドリス?」

 「そうね。ありがとう、エーコ。でもシャロンさんはいいの?」

 「あら?構わないわ。だって今日からシャロンは私の親友じゃない。恋人になるんですもの」

 「ふ、ふざけるなっ!誰がお前なんかのっ……お前なんかのっ!!」

 「それならシャロン、舌でも噛む?無理よね。そうなったらフルトブラント様を誰が助けるのかしら?」


 逃げ道も塞がれた。カロンはただただエコーを憎悪の瞳で睨むしかない。


 「ねぇ、ドリス。帰り際これを兄様に渡しておいてくださる?私ここから離れられそうにないわ」

 「ええ、わかりました。ごゆっくり、お幸せにエーコ、それからシャロンさん」

 「止めろドリスっ!俺がわからないのかよ!?俺がカロンだ!俺がカロンなんだ!!」

 「ねぇシャロンさん。私思うの。貴女がそこまで言うのなら、もしかしたらこの一年私が一緒にいたシャロンさんこそカロン君だったんじゃないかって。それで最初に殺されたのが彼なのよ。それを確かめるためにも、死体を見つけないと駄目だわ」

 「俺が、シエロがお前らに何をしたって言うんだよ!?わけわかんねぇ!!人の幸せ引き裂いて、楽しいのか!?」

 「ええ、楽しいわ。私を騙して傷付けて、裏切った貴女。貴女が落ちぶれていく様を見ると心が清々しくなるの!」


 ドリスは壊れたような笑みを浮かべてカロンを嘲笑う。


 「もういいわ。何のために頑張ってきたのか、私もう解らない。下町なんかもうどうでもいい。私はもう騙されない。恋なんかしない。無難に殿下と添い遂げて、人魚になって残りの人生優雅に暮らすのよ」


 エコーからの手紙を受け取った悪意ある伝達者。彼女はふふふと無邪気な妖精のように微笑んで、部屋から出て行った。


 「さぁ、やっと二人きりになったわねシャロン」

 「止めろっ!こっちに来るな!!」

 「私、知ってるのよ。貴女も呪われてるって」

 「……え?」

 「だって貴女がウンディーネ。海神の娘。かつて“僕”が愛した乙女だ」


 突然エコーの口調が変わり出す。そこに意味があるのか解らない。それでもカロンはぞっとした。


 「ねぇ、可愛い僕のウンディーネ。君は僕が君を忘れてしまったなどと思っているの?君は僕を忘れてしまったようだけど、僕は君を忘れない。忘れられるはずが無いじゃないか」

 「な……何言ってるんだ?」


 エコーの言っている意味が分からない。唯、どうしようもなくこの女が怖くて仕方がない。

 鎖と檻の許す限り、一番ギリギリ遠くまで離れるも……エコーは檻を開けて躙り寄る。


 「僕を忘れてしまったのかいウンディーネ。僕こそが君の恋人だ。あのシエロの先祖、フルトブラントは僕の名だ。僕が君の恋人の生まれ変わりなんだ」

 「……頭おかしいんじゃないのか?」

 「君はこの間もそう言ったね。僕が本当のことを告げると怖がって逃げ出した。酷いよね」

 「何、言って……」


 今は物凄いピンチ。それでもエコーは何かを言おうとしている。そこに何か手がかりがある。シャロンの事件の手がかりが。それを察してカロンは口を閉ざす。


 「マイナスにまたいたぶられたと傷だらけの君は僕に泣きついてきた。そのまま家に帰ってはシエロが心配する、どうしようってここに来た」


 マイナスは、まだシャロンにちょっかいを出していたのか。そしてシャロンはそれをシエロに知られたくなかった。その気持ちは解る。シエロは自分が守りきれずに傷ついたシャロンを見たならば、深く悲しみ傷つくだろう。そんな時、俺ならシエロになんと言ってやれるだろう。そうならないためには、自分の身は自分で守らなければならない。ならば尚さらここから一人で逃げ出すくらいしなければ。


 「だから僕は言った。そんなに泣くくらいなら帰らなければいい。心配性の男など捨ててしまえ。歌姫なんか止めてしまえ。僕が一生面倒を見てあげると。前の僕には出来なかった償いをさせて欲しいと僕は君に伝えたんだ」


 エコーが懐から取り出すは、水の入った瓶。その蓋を外し、彼女はそれを咽へと流し込む。


 「だけどシャロン、君は僕を拒んだ。僕の裏切りがまだ許せないのかい?今の僕には君しか見えていないのに」

 「っ!?」


 突然エコーの声が低くなる。まるで男になってしまったかのように。

 それに気が付いて、カロンは今更のように身の危険を察知した。相手は女の子。どこか舐めていたのは確かだ。女に何が出来ると、馬鹿にしていた。だけど今の自分は女。彼女は男。

 シエロは言った。シャロンを暴行した犯人。もし歌姫エコーが男だったら、自分は真っ先に彼女を疑っただろうと。


 「い、嫌だ!来るなっ!シエロっ!助けてっ!!」

 「ふふっ、やっぱり君がシャロンだ。あの日と同じ反応」


 愛おしげに男の声が言う。彼女だったものはカロンを思い切り抱き締めて、頬摺り。助けを呼ぼうとした声を塞ぐように口付ける。


 「もう、逃がさないよシャロン。愛しい僕の、ウンディーネ」


 あの人以外とのはじめてのキス。目から涙が溢れた。


(シエロ……)


 殺して。殺してくれ。俺を殺して。これ以上何かされる前に、ここに来て俺を殺してくれ!裏切りたくない。こんなの嫌だ。

 俺の魂が前なんだったかなんて関係ない。俺は俺だ。俺が好きなのはシエロなんだ。

 前世の恋人がまた結ばれるのがロマンだって?ふざけるな。そんなもの運命でも何でもない!呪い以上の醜悪で最低な束縛だ!

 俺はウンディーネじゃない。カロンという名の一人の人間だ。俺は古の過去じゃない。今ここに生きていて、今心から愛している人がいるのに。


(シエロ、シエロっ……シエロ……)


 お前が好きだ。お前が好きだ。お前じゃないと嫌なんだ。


 「離せっ!」


 相手が元は女とか構う物か。思い切り足を振り上げ蹴り飛ばす。


 「ひっ!」

 「やんちゃ過ぎるよシャロン。スカートの中が丸見えだ」


 蹴りを食らったその身体は吹っ飛ばされずにそこにある。それどころか振り上げた足を掴んで足を開かせる。背筋を頬を冷たい汗が流れた。


 「大丈夫だよ、シャロン。何も怖くない。すぐに思い出す。思い出すまで何度だって君に口付けをしてあげる。君を抱いてあげる。そうすれば、すぐに昔のことを思い出す。また僕を好きになる」

 「ふ、ふざけるな!シャロンが好きだって言うなら俺とシャロンを間違えるな!惚れた相手くらいちゃんと見抜けっ!俺を好きだって言うんならっ……俺の嫌がる事をするなっ!」


 自分で言っていて耳が痛かった。俺はシエロが好きだと言いながら、こんな風に無理矢理あいつを手に入れようとしたことがなかったか?それもつい最近に。

 まるで鏡を見るようだ。これが報いなのか?無理矢理シャロンからシエロを奪った俺への報い。


 「大丈夫。怖くないよシャロン。今度こそ僕は君を傷付けない。君を幸せにしてみせる」


 現在進行形で俺の幸せを壊し、俺を傷付けている相手が何を言うのだろう。この世に神がいるのなら、今この瞬間に俺を殺してくれないか?さぁ早く!今すぐにっ!それなら俺はその神様って奴を心の底から崇め奉る!何時か生まれ変われたら、一生その神様のために祈りを捧げてやる!だから……だから……頼むよ、神様。

 祈りを捧げるためぎゅっと目を閉じる。それをキスの合図と勘違いした男が俺へと口付ける。吐き気がするほど気持ち悪かった。これが夢なら早く醒めればいいのにと思う。

 この世に神はいない。いたとしても俺を呪う神だ。俺を救ってなんかくれないんだ。



 *


物語の悪魔

  『時にお客様。あなたは自分を愛していますか?

   けれど口先だけの言葉など信用できません。

   

   世の中には本当に自分が素晴らしいと思ってそう言っている者。そうは思えずにそれでも言ってしまっている者。

   それからそう思っているのに口では否定する者が居ります。偏に自己愛といえど、様々な人間がいます。

   それでも今日も生きている以上、どいつもこいつもある程度は自己愛の塊。


   本当に自分が嫌いならこうして今息をしていることさえ許せないはずですもの。

   それを許せてしまうなら、あなたはあなたを愛しているんでしょうね。』

   

 *


 この美しきナルキス様がその女と出会ったのは半年前、中層街にて。

 妹エコーの大きな仕事は毎回観に行ってやる。それが兄妹愛。妹を思いやる俺はその日もとても格好良かった。

 一文字で言うなら美、二文字で言うなら色男。三文字で言うなら美青年、四文字ならばイケメンと、自他共に謳われた俺には隙がない。365日24時間格好良い。それがナルキス=アルセイドという男の姿。

 しかし当日朝からエコーはカリカリしていた。生理痛薬を渡したら台本で顔を打たれた。何て妹だ。しかし傷つく俺も美しかったので俺は妹を恨まない。そんな優しい俺はやはり素晴らしかった。


 「どういうことなの!ふざけないで!」

 「そんなこと言っても仕方ないよエコーちゃん」

 「ナイアードさん、気安く私を呼ばないで下さらない?」


 同じ劇をやる歌姫シャロンにもあの妹は当たり散らしていた。聞けば当日に王子役が寝込んだらしい。うちの鬼妹が練習できつく当たった所為で頑張りすぎて体調不良になったのだ。妹のしでかしたことだ。兄の俺が尻拭いをすべきだろう。

 幸いまだ昼間はリハーサル。上演は夜からだ。

 一度リハーサルをすればナルキスならば問題ない。今回の演目はこの街ではかなり知られた王道中の王道だからだ。これまで何度か妹は、この劇の脇役に出ていた。だから大体の台詞と歌は覚えている。可愛い妹の晴れ舞台だ。失敗させるわけにはいかない。

 そう思い王子役ならこの美しい俺が呪いを発動し更に男装すれば問題ないはず。それをエコーに伝えるべく、彼女の所へ行こうとした。

 その時すれ違った一人の女が居た。歌姫シャロンに腕を引かれ恥ずかしそうに俯いて彼女は歩く。

 美しい空色の髪。海色の瞳の乙女。一瞬友人と見間違えたが、他人の空似か。彼女にはあの男にはない、豊かな胸が付いている。


(いや、しかし……聞くところに寄ればシエロも呪いを持っていたという話だな)


 家同士は選定侯同士対立していたが、昔は良く一緒に遊んだものだ。両家とも他の家に人魚を出されてしまった時のため、最悪の事態に備えるべく仲良くさせようとしたのだろう。

 四ある選定侯家は元々は一つ。その二家ずつが時に手を組み対立することも過去にはあった。敵の敵は味方。その縁でフルトブラントとアルセイドの家は敵であり味方であった。

 シエロは昔から気の弱い男だった。それでも一度喧嘩をしたことがある。喧嘩というか向こうが勝手に怒って、それ以来ナルキスを避けるようになったのだ。

 思えばあの頃から自分は王になる気がなかった。そういう名誉職は美しい自分に相応しいかもしれないが、俺という人間の枠を決められてしまうのは癪だった。言うなれば俺は王という役職に収まりきらない人間だ。それをピタリと言い表すに相応しい何かが見つかるまで俺は俺でいたいみたいなそんな感じ。要するに、王という職業に魅力を感じなかった。ただそれだけ。

 いつだか頼りなく王になる気がない跡継ぎ達を嘆いた親同士の会話だ。そこでナルキスはシエロも呪いを持っていることを知った。


 「なぁなぁシエロ、お前も呪い持ちなんだ?」

 「だ、誰から聞いたの!?」

 「一緒に変身してみよう!僕が変身したところ見せてあげるから」


 初めて仲間が見つかったみたいで嬉しかった。しかし何故かそれがシエロの怒りを買った。


 「僕は、君が解らない。どうしてそんなに嬉しそうに、呪いの話が出来るの?」

 「え?だって……」

 「僕は嫌だよ。時々自分が何か解らなくなる。あんなこと、誰にも知られたくない」

 「どうして?だってシエロ可愛いし、変身してそれで一緒にエコーの洋服盗んで遊ぼうよ!女の子ごっこ!」

 「僕は男だ!僕を馬鹿にしないでくれ!」

 「……シエロ?」


 シエロは様子がおかしかった。後から知ったことだが、あいつが何か我が儘を言う度に……それは躾の一環だろう、普通なら「よその家の子にするわよ」という台詞。それがあいつの家では「ナルキス君の所にお嫁に行かせるわよ」だったとか。

 ナルキス本人としては、見知らぬ女よりは幼なじみのシエロの方がずっと気が楽だとは思った。しかし幼少からアイデンティティの根幹に関わる、自己否定をされてきたんだろう。男としての自分を否定された。そこに何も知らないナルキスの言葉にシエロの心は抉られた。あの日から避けられるようになったのは、自分が嫌われたからなんだと思った。

 そしてそれは幼い俺自身にとってもトラウマだ。自分としては仲の良い友人だと思っていた相手に思い切り否定され嫌われた。そんな自分が明るく元気に生きて行くには、まず自分を好きになる必要があった。どんな些細なことでも自分を褒め讃え勇気づける。自分が格好いいと思える自分を心がける。自分が格好悪いと思うようなことはしない。それを続けた先、気が付いたら俺は俺が大好きになっていた。歌姫なんて何のその。明らかに俺の方が美しい。並大抵の女では何も感じなくなった。


 しかしあの女は違った。あんな女、これまですれ違っていたらまず解る。しかしこれまで見たことがない。何者だろうという疑問。そして興味。その正体を確かめたくなった俺は舞台裏まで覗きに行く。シャロンの話によると、シャロンが伝手で連れてきた助っ人歌姫とのこと。リハーサルを受けただけでその女は本番を見事にやり遂げた。俺ほどではないが良くやった。ヒロイン役の歌姫シャロンの口付けに、命落とす瞬間の演技。それが本当に素晴らしかった。本当に愛おしそうにあの女はシャロンを見ていた。一度の練習であそこまで役になりきれるその才能。これまで見た中で、最も素晴らしい歌姫だと思った。歌も演技も一級品だ。あれだけの歌姫が何故今まで埋もれていたのか。それが不思議でそれから探し回ったがその女は見つからなかった。シャロンの知り合いということなのだから、彼女は何か知っているだろう。そう思ったが教えてはくれなかった。その劇以来シャロンと親しくなったエコーに訳を尋ねても、ふて腐れた顔で追い払われるばかり。

 しかしシャロンの仕事をその歌姫は手伝うことが稀にある。そんな噂を聞いた。シャロンの仕事を追いかければまた会えるだろうか。そうは思うのだが妹の応援も行かなければならない。そんな板挟みの中半年経った。そして先日、とうとうその歌姫との再会を果たした。まさか変装しているとは思わず、あの髪色ばかり探したのが問題だったのか。

 颯爽と彼女の窮地を助けたは良いが歌姫マイナスとの攻防が終わったところで、視線をやるともう彼女は居なかった。

 また一から手がかり探しか。聞けば今日も下層街に現れたそう。あんな素晴らしい歌姫が下層街レベルだとは思えない。下層街と言えば夜の仕事を受け持つ歌姫ばかりがいる場所だ。

 あの歌姫が夜な夜な見知らぬ男に蹂躙されているかと思うと、何故かやるせない想いになる。こんな気持ちは初めてだった。その不思議な感覚の意味を確かめたい。そう思っていたところ……


 「お邪魔しました、ナルキス様」

 エコーの友達だという歌姫ドリス。何時の間に仲良くなったのか解らないが、先日一緒に仕事をした仲。何か友情が芽生えるイベントがあったのだろう。シャロンにばかり依存している妹が公有の輪を広げるのは微笑ましいことだ。ナルキスは、まぁまた遊びに来るが良いとよろしく言ってやった。しかし歌姫はまだ消える様子が無く、此方に近づいてくる。


 「あの、ナルキス様。これ……私ここに来る途中で拾ったんです」


 歌姫ドリス空手渡されたのは一枚の封筒。宛名は確かにこの俺への物。


 「どなたが落としたか解らないので、ナルキス様にお渡ししようかと思いまして」

 「そうか、わざわざありがとう」


 礼を言えばぺこりと頭を下げて歌姫は屋敷から出て行った。


 「俺宛の恋文か?」


 それにしては飾り気も色気もない封筒。

 何の気無しに開いてみれば、その文章に言葉を失う。シエロからだ。シエロから手紙を貰うなんて何年ぶり?


 「なんだなんだ、シエロめ暫く見ない内に字まで達者になったか」


 昔貰った新年の挨拶はもっと字が下手だった。見えない旧友の成長に胸が熱くなる。しかし目を走らせていけば行くほど、ナルキスは言葉を失う。

 そこに記されていたのは切々と長年の許されない恋を語る親友シエロの苦悩。そして歌姫シエラの正体と目的。


 「シエロ……なんと愚かな」


 俺の元に嫁ぎたい。しかし自分は釣り合わない。女としてみられたくない。それでも俺を愛してしまったその苦悩。親から送り付けられた歌姫シャロンと偽りの恋人生活を続けるも俺への愛を断ち切れず、いっそ最初から女として会えればと、歌姫シエラになった。それでもあの恥ずかしがり屋のシエロは自分から想いを告げることが出来ず、俺の前から姿を消した。今の友情が更に亀裂が入ってしまうことを恐れた。

 そんな想いを綴られれば、自然と愛しさが込み上がる。


 「俺がそんな細かいことを気にする男だと思ったのかシエロめ」


 この手紙が落とし物なら、認めただけであり俺に渡す気はなかったのだろう。しかしあいつの想いに気付いてしまった以上、見て見ぬ振りは酷だ。

 今度はナルキスが苦悩……苦悩を初めて一時間もしない内に、屋敷に飛び込んでくるシエロ。息を切らして、紅潮した頬。その必死さはあの手紙からも伝わっていた。

 今夜この男が何しにここへ来たのか、ナルキスは大体解ってしまった。


(腹をくくりに来たか)


 友人にそこまでさせたのだ。ここで拒むのは男としてあまりに格好悪い。それがシエロの望みなら……


 *


物語の悪魔

  『世の中には思い込みの激しい輩がおります。そういう輩とは関わり合いを持たないのが一番です。

   出会ったのが身の破滅。後は諦めることしか出来ません。


   一つアドバイスをするのなら構ったら負けです。視線を合わせて認識したと思われたら、そう言う輩は悪霊のようにまとわりつきます。

   その時は、潔く諦めましょう。そして決断しましょう。どちらを消すのかを。』


 *


 夜道を駆け抜け下層街から上層街までシエロは走った。息を切らせて駆け込んだアルセイドの屋敷。シエロを出迎えるのは紙切れを片手に携えたナルキスだ。


 「お前が我が家を訪れるとは珍しいこともあるものだ。息を切らせて来るとは……そんなにこの手紙を俺に渡されるのが怖かったのか?」

 「はぁ!?そんなことはどうでもいい!エコーは何処だ!シャロンを何処にやった!?」


 この男が意味不明なのは何時も通り。構っている暇はない。


 「妹ならば病み上がりで倒れた友人を介抱すると言っていたが……」

 「どの部屋だ!案内してくれ!」


 ナルキスは渋る。痺れを斬らしたシエロは剣を抜き払い彼を脅す。


 「早く答えろ!彼女が危ないんだ!」

 「シエロ、照れ隠しならもう少し上手くやれ」

 「は?」


 剣を持つ手に優しく触れて、知人は微笑む。案内してくれるのだろうか。


 「まぁいい、こっちに来い」

 「あ、ああ」


 案内された部屋は暗い。この部屋の何処かにカロンが居る?或いはその場所に繋がる道がある?よく見えない。灯りは何処にあるのだろう。


 「ナルキス、どこかに灯りは……」

 「シエロ……」


 ぎゅっと背後から抱き締められる。何を血迷ったのだこの男は。


 「離せ!何を突然っ……ふざけている場合か!?シャロンが」

 「そんな照れ隠しは無用だと言っているのだ」

 「お前さっきから何を訳の分からないことを……」


 ナルキスがおかしい。いつもに増して様子が変だ。

 何とか身体を引き離そうとするも思いの外強い力で抱き竦められている。


 「いい加減にしてくれ!僕はシャロンを探して居るんだ」


 怒鳴ればぱっと彼の手が離れる。けれど突然放されて身体がぐらついた。それを見逃さず、ナルキスが思い切り背を押した。


 「うわっ……!」


 突き飛ばされた先。床を覚悟した。けれど衝撃は柔らかい。寝台の上に落ちたのだろう。ほっと息を吐くのも一瞬。知人に覆い被されてシエロは絶句。


 「何してるんだ、君は」

 「お前こそ惚けるのは止せ。歌姫ドリスとか言ったか。彼女に落とした俺宛の手紙を拾われて焦ってここまで来たのだろう?」

 「は?手紙?僕はこの方10年以上お前に手紙は書いていない。暑中見舞いも年賀状も送っていないぞ」

 「照れるなシエロ。まさか俺も驚いた。いや、仕方ないことかも知れないがお前がこの美しい俺に惚れていたなどとは」

 「寝言は寝て言え。何を勘違いしているのか知らないけれど、僕は攫われたシャロンを探しに来たんだって何回言えば解るんだ?」


 駄目だこの男。話にならない。これ以上の会話は無用。時間の無駄だ。その腹に胸に頭突きを叩き込むが男は苦しむ様子もなく、身体を退けてもくれない。


 「まさか歌姫シエラがお前だったとは思わなかった」

 「……っ、それ!誰から聞いたんだ!?」

 「聞くも何もこのお前からの手紙に書いてある。女になって俺を誘惑していたとはお前も可愛いところがあるじゃないか」


 何なんだこの話の流れは。頭が痛い。誰がそんな手紙を書いたか知らないが、この馬鹿はすっかり騙されてしまっている。


 「もう何でも良いから退いてくれ。僕は忙しいんだ」

 「せっかちな。何でも良いから抱いてくれとは」

 「“だ”じゃなくて“ど”っ!何を聞き間違えたらそうなるんだ!」


 よく分からないが今の状況がとてつもなく不味いと言うことは、シエロも飲み込めて来た。今日のこの男は本当におかしい。自分にしか興味がないようなこの男が何を血迷ったのかシエロに触れようとしている。


 「鏡を見ろナルキス!僕は君じゃない!全然似ていない!」

 「しかしお前は美しい。そしてこの俺と同じ呪いを持っている。俺のこの苦しみを理解できるのはお前だけなのかもしれず、お前の痛みに共感できるのも俺だけなのかもしれない」


 無理矢理キスされて、涙が流れた。悔しくて、悲しくて、訳が分からなかった。

 目の前で女の姿になった僕を見て、知人はやはりそうかと嬉しそうに眼を細め、もう一度唇を求める。


(させるかっ!)


 男から女になったことであちこちのサイズが変わっている。押さえつけられた片手にも隙間が産まれている。だからシエロは油断している男の頬を思い切り叩いて拒む。


 「お前と一緒にするなっ……そんなことはない!僕にはカロン君が居る!」


 泣きながら思い切り睨み付ければ、我に返ったような知人がそのキーワードを口にした。


 「カロン……?」

 「あっ……」

 「何を隠している、シエロ?」

 「僕は何もっ……」


 こいつは馬鹿だ。でも愚かじゃない。だから何かに気が付いた。そのためにこうして僕から情報を引き出そうとしている?


(それなら素直に話した方が……)


 そうだ。今は一刻を争う。


 「……五日前、シャロンが死んだ。僕はシャロンを殺したその犯人を見つけるために、彼女の双子お兄さんの力を借りている。彼がカロン君だ。僕はカロン君の正体を守らなければけない。彼はドリスに誘拐されて、エコーに引き渡された」


 信じる信じないはこの男の勝手。それでも僕は真実を話した。手にしたまま離さなかった剣。それを彼の首へと突きつけて……


 「退いてくれナルキス。これ以上邪魔をするなら君を斬る」


 この一言でこれが照れ隠しではないと彼はちゃんと理解してくれただろう。代わりに彼は聞いてくる。


 「一つ聞かせてくれ。そのカロンという男はお前にとって何なんだ?」

 「大事な人だ。誰よりも、僕よりも」

 「そうか」


 ナルキスそれ以上何も言わず、身体を退けてくれた。


 「エコーの友達は防音室の方から出てきた。防音室ならこっちだ。付いて来い」

 「……うん」


 シエロが急いでいるのを配慮してか、ナルキスは駆け足だ。

 誰に焚き付けられたか知らないけれど、彼の目は本気だった。寸前で退いてくれた彼にシエロは感謝する。


(この呪いを分かち合えるのは、僕だけ……か)


 僕にはカロン君が居る。だけどこの男には……いないんだね誰も。


 「歌姫シエラ」

 「……何?」

 「次の公演は何時だ」

 「さぁ。まだ未定だ。カロン君を取り戻してから考える」

 「そうか……その時は一番良い席を用意しろ。お前のファンが花束抱えて見に行ってやる」

 「……うん、楽しみにしてる」


 自分のことしか見てこなかったこの男が、初めてあんな風に他人を求めた。

 それはきっとこの男にとって何かの分岐点だったのかもしれない。もしあそこで僕が拒まず受け入れてあげられていたなら、この男は良い方向に変われたのかもしれない。


(だけど僕には……)


 誰かを選ぶことは、何かを捨てること。切り捨てて、傷付けること。その痛みを踏み締めても、それに勝る物がそこにあるのだと信じられること。こんなのでも知り合い……友人だ。少し胸は痛むけれど、こんな痛み……あの子に会えば、あの子が無事ならすぐに忘れられる。それでも忘れてはならないことが一つある。


 「ありがとう、ナルキス」


 前を走る背中に小さく投げかければ、振り向かずに男は……不敵に笑うのだ。


 「気にするな、親友だからな。それに俺は格好いい男なんだ。格好悪い真似はしない」


 今日ばかりはシエロも、それを否定しないことにした。

嘘の歌姫。唯単に嘘って言葉打つのがあれだったので二文字で分けました。今後何か閃くかも知れないし。唯それだけ。特に意味はあるのかも知れないしないのかも知れない。


前世の恋人同士がまた結ばれるのが浪漫とか美学みたいな話が多くてうんざりした結果のアンチテーゼ。


ろくな女いない小説。

エコー覚醒回。よもや主人公の処女が野郎ヒロイン相手じゃなくて男化する女歌姫とは酷いにも程がある。

最初はナルキスさんも暴走してシエロをあんなことやらこんなことやらカロンの前でやってしまう最低最悪な予定だったけど作中で二人しかいない癒やし要員。そんな格好悪い真似は出来ん!と文句を言うので格好を付けさせフラグをへし折って行きました。あんた、漢だぜ……

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