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13:悪魔の幕間劇『海神の娘(ウンディーネ)』

昔話と、本編の外側の悪魔達の話。推理には何ら関係ありません。

『海神の娘』


 昔々、あるところに一人の男が居ました。

 その騎士はとても許されない罪を犯しました。

 海神の娘の一人に恋をされながら、彼は彼女の想いに応えなかったのです。


 何故ならそれは禁じられていました。そしてその騎士はまだ本当の恋を知らず、恋とは何かをよく知らなかったのです。

 ですから自分をよく知りもせず、外見だけでいきなり好きになりましたなどと言われても、この人はきっと私を理解してはくれないのだろうと思ってしまいました。自分が老いて醜くなったなら、この美しい娘はすぐに何処かへ行ってしまうはず。

 騎士はこれまで何度も恋をされ、そしてすぐに振られました。向こうから愛を囁いてきて、それですぐに嫌いだという女という生き物が、彼はよく分からなかったのです。自分が何かいけないことをしたのだろうか。そう思いぼーっとしていても、女は機嫌を損ねる生き物です。何をしても、何をせずとも恋は嵐のように現れ去ります。

 どうせ今回の嵐もその内過ぎるだろう。騎士はぼーっと海を眺めて歌を歌います。

 娘がそれに愛を乗せて歌ってきますが、騎士は意味のない歌を歌います。愛のあの字も無い歌です。それには海神の娘も怒り狂います。

 自分を無視してこんな手酷い振り方をした相手が、娘は次第に憎くて憎くて堪らなくなりました。海神は人と娘達の恋を禁じてはいましたが、自慢の可愛い娘が振られるというのも勘に障りました。破れた恋にさめざめと娘は泣きます。


『おお!愛しい我が娘!お前はどうしたら泣きやむのだ?』

『ええ、ええお父様!私の涙を止める術はただ一つ!私はあの男の魂が欲しいのです。』

『おお、なんと!あの男の魂と申したか?』

『ええ、お父様。私はあの騎士様の魂が欲しいのです。私を妻にし魂を授けてくれぬのなら、私はかの人の魂を壺へと閉じ込め私が滅ぶ間際まで傍に置きたいのです』

『おお!なんと健気な娘じゃ!我が子ながらまったくお前は素晴らしい娘だ!こんな女を振るとは許せん!あの男!万死に値する!冥府の神に頼んであの男を今日にでも死なせよう!そしてその魂を譲り受けよう!何、海運事故で死んだ人間の魂いくつかと交換してやれば良い。』

『まぁ!お父様お素敵!格好いい!頼もしいわ!流石私達のお父様!』


 こうして美しいその騎士は、冷たい海の底へ壺に閉じ込められ沈められました。

 何故死んだのか解らず、人々は嘆き悲しみ彼を棺に入れました。

 けれど魂が抜けた彼の身体は、不思議なことに腐らず、何年も何百年も棺桶の中で眠りました。


 哀れな騎士の魂は、何百年も海の底で歌います。何がいけなかったのだろう。


 僕が犯した罪とは何か。嗚呼、恋とは何か。

 勝手に傷ついて、勝手に人をこんな暗い場所に閉じ込めて。それが愛だというのだろうか。


 その娘はもう他の海の豪族の元へと嫁ぎ、この哀れな騎士とのことなど忘れてしまいました。名前も顔も、存在すら思い出せない彼方へ追いやられ、騎士は理解します。

 この冷たい海の底に沈められたのは、女がこの魂を求めたからではなく、復讐を望んだからなのだと。

 自分を不幸にした男を、不幸にさせたかっただけ。それが恋という物の末路か。

 そう思うと彼は悲しくて、けれど魂だけでは涙を流すことも出来ずに彼は唯歌います。


 そうして何百年。その歌声に引き寄せられた一人の娘。彼女の名前はウンディーネ。海神の娘の中で最も幼いお姫様。

 彼女はそこが罪人を奉る墓所だとも知らず、沢山の透明な壺が並べられたその場所を探検に来たのです。

 壺の中にはキラキラと、それぞれ違う色を光を放つ綺麗な物が入っています。その光はそれぞれ異なりますが、その大半は鈍い光を発する物……悲鳴のような歌を歌う物。悲鳴の玩具箱。悲しみの宝石箱。

 なんだか娘は怖くなり、引き返そうとしましたが悲鳴の渦に巻き込まれ、方向が解らなくなります。心細くてめそめそと泣きながら暗い海の底を彷徨う娘。そんな娘の耳に綺麗な歌声が届きます。


『あれは何かしら?』


 声に引き寄せられるよう、進んだ先に一つの壺。その中にはこれまで見たどんな魂よりも綺麗な青い光を放つ魂がありました。


『まぁ、綺麗……』


 こんな綺麗な魂の持ち主。こんな素敵な歌声の持ち主。顔も知らないその人に、娘は恋をしてしまいます。


『ねぇ、貴方はどうして泣いているの?』


 騎士は答えます。何故殺されたのかが解らない。この世の中はなんとも理不尽な物だなぁ。そう思うと泣かずにはいられないのだと。


『ねぇ、素敵な騎士様。貴方はどうしたら泣き止むの?』


 騎士は答えます。それは僕が消えることだと。


『ねぇ、騎士様。どうして貴方は消えたいの?』


 騎士は答えます。自分はまだちゃんと死ねていない。だからこんなに苦しいのだ。ちゃんと死ぬことが出来なければ生まれ変わることも出来ない。こんな暗い冷たい場所にいたのでは未来永劫このままだ。嫌なことも悲しいことも忘れられず、唯こんな気持ちで歌うことしか出来ないのなら、どうか誰かに殺して貰いたい。


『こうして歌っていれば、何時か冥府の王にも歌声が届くかもしれない。僕の歌で彼が哀れんでくださったのなら、その時はちゃんと僕を殺してくれるだろうから、僕はそれまで歌おうと思うんだ』

『その必要はございませんわ』

『どうしてそう思うんだい?』

『私が貴方様の魂を、地上にお返しいたします。そうすれば残りの人生を全うし、然るべき日に天寿を迎えることも出来るでしょう』


 娘は壺を胸に抱いて、深海から空を見上げて飛び上がります。そして地上へ上がり、壺を叩き割りました。

 するとその青白い魂はフラフラと遠くへ飛んでいき、やがて見えなくなりました。

 しかし海神は罪人を逃がしたウンディーネに大層怒り、海から勘当してしまいました。海に拒まれた娘の尾びれは人間のような二本の足へと変わり、何処へなりと行くがいいと冷たく娘に語りかけます。


『あの男の魂を再び海に沈めるまで、お前は海へ帰って来てはならぬ!』


 けれど歩けば歩く度、足には痛みが走ります。彼女の足は歩く度に血を流すような痛みを知るよう呪われていたのです。父から贈られたのは冷たい言葉と、その痛み。

 帰る場所を失い、行く当てもないウンディーネは海を見つめて涙を流して歌います。そんなウンディーネの肩を叩く一人の男がありました。


『初めまして、可愛らしいお嬢さん。君が僕を助けてくれた人だね』

『まぁ、その声!貴方はあの……』

『可愛らしいお嬢さん、どうして君は泣いているんだい?』

『それは貴方の姿を見ることが出来て嬉しいからですわ』

『本当に?』

『……お慕いする貴方の力になれて嬉しいはずですのに、それだけで満足のはずですのに……帰る場所を無くして一瞬でも貴方を憎く思ってしまった自分が情けなくて、醜くて……私はそれが悲しいのです』

『それならお嬢さん、この手をお取り下さい。貴方に家がないのなら居場所がないのなら、僕がそれになりましょう』


 騎士は娘を抱きかかえ、足が痛まないようにと寂れた屋敷へ招きます。


『僕が死んでいる内に屋敷から人は出払って、家も蜘蛛の巣だらけ。一人では掃除も出来ないと困っていたのです』

『まぁ!それは大変だわ!』


 戯けた騎士の言葉に、くすくすとウンディーネは笑います。


『可愛らしいお嬢さん、貴方は僕の命の恩人です。帰る場所がないというのなら、ここに何時まででもいてくださって構いません』


 こうして二人は仲良く暮らし始めました。両足の痛みも幸せを感じることで呪いの力が引いていき、二人で街を歩けるようにもなりました。娘も騎士もこれまで感じたことがないような幸せをその暮らしに見出しました。

 騎士も恋とはこういう物のことをいうのかと、その輪郭を掴みかけ始めたそんなある日、屋敷を訪ねるものがありました。

 その騎士はとある王家の血を引いていました。騎士が死んでいる内に、王家の血は途絶えかけ……生き返った騎士を王にと使いの者が現れたのです。

 ウンディーネも騎士の妹として城に招かれましたが、王になるならそれ相応の貴婦人とそう遂げなければならないと家臣達は言いました。


『嗚呼、愛しいお兄様。貴方があの人を妻へと迎えたその日には、私は再び帰る場所を失うのですね。』


 再び足の痛みが甦って来たウンディーネ。さめざめと泣きながら、夜風に吹かれて一人歌を歌います。


『嗚呼、愛しいウンディーネ。僕は君を妻に迎えたい。それが駄目だというのなら、こんな国知るものか!一緒に何処かへ逃げよう!そしてひっそりと暮らそう。』

『まぁ!私なんかでよろしいんですか?私は魂も持たない、水妖にございます。私などに関われば、貴方までお父様の逆鱗に触れてしまうかもしれません。』

『それでも僕は君を愛している。どんな呪いの前にもこの恋の魔法は解けはしない!』


 騎士の強い決意に負けて、国はとうとう二人の結婚を認め二人を祝福しました。

 とりあえずは、めでたしめでたし。


 *


 ここで終わってしまえば良かったのにと人は言うでしょう。

 けれど悪魔は違います。


 「やれやれ、長い前書きがあったものだ。それでこれは悲劇か?それとも喜劇かね?」

 「やっと盛り上がって来ましたねお兄様。それでどっちが死ぬの?それともどっちも?国は滅ぶのかしら?」

 「まったくこれだから神というものは自分勝手で困るね。我々悪魔の方が余程親切ではないか!少なくとも騙しはするが我々は嘘は吐かない……ような気がしないでもないような事もあったような気がするから」


 「右からエフィアル、アムニシア、エペンヴァ!ちょっとあんた達!このイストリア様の舞台を観るのになぁにその蛆以下の感想は!そんなもん小悪魔でも使い魔でも出せる感想よ!カタストロに至っては私の招待に応えないって時点で喧嘩売ってる!くっそぉ……手始めにその内あいつの領地から攻め滅ぼしてやるんだから!」


 物語の悪魔イストリアは観客である同僚悪魔のあんまりな感想にご立腹。

 悪夢の悪魔エフィアルティスは、戦ばかりしていた脳筋なので文学なんて物に触れたことが無く、気の利いた褒め言葉一つ出て来ないろくでもない悪魔です。イストリアはその男から寄せられる好意には当然気付いていましたが、はっきり言って顔と戦闘力しか取り柄のない男の伴侶になる気はなく溜息を吐きますが、悪夢の悪魔はそれでも楽しそうです。それはそうでしょう。


(愛しのイストリア様にご招待されたってんだもの。もう少し気の利いた土産持ってきなさいよ)


 せめて美少年美少女100ダース詰め合わせお中元セットとか。魔王たる者そこら辺の世界から美少年誘拐して来るのが代名詞であるべきだとイストリアは考えます。この中で一番魔王らしい風格のある同僚からの土産が薔薇の花束だけなんて腹の足しにもなりません。


(しょうもない男)


 ちっと舌打ちをすれば、悪夢の悪魔の隣にいる夢現の悪魔、眠りの森の魔女アムニシアが睨んできます。悪夢の悪魔の妹であるこの悪魔はとんでもないブラコンです。兄を褒めても貶しても、殺意と敵意を送ってくる、おっかない女です。ある意味、最強の座にいる兄の悪魔よりも最強です。別次元で最強を恣にしている物語の悪魔が相手でも、タイミング間違えば勝てません。殆どの場合相打ち。同じような力を持つ以上、天敵であることは違いありませんが、イストリア自身……兄のエフィアルティスなどよりはこのアムニシアの方が余程話がわかる奴なので気に入っていました。だからいかにエフィアルが無駄イケメンでも「一回くらい食ってポイ捨てすっか」とは言えません。そんなことしようものならアムニシアに殺されます。手を出した時点で大変なことになります。だからさっさとフラグ折れろーと呪いの視線をエフィアルティスに送るのですが、何を勘違いしたのかあの馬鹿男。勝手にそれをフラグとしてカウントするように「大丈夫俺は解っている」スマイルを送ってきます。死ねばいいのに。イストリアは割と本気で考えました。


 「エングリマ。あんた何泣いてるのよ。これ舌打ちする所じゃない。リア充爆発しやがれって!」

 「酷いよティモリア!人と人ならざる者の恋、素敵じゃないか!お願いイスト!ここで終わらせてあげて!物語の悪魔の君ならピリオド打ってあげられるんでしょ?シナリオ書き換えられるんでしょ?二人を幸せにさせてあげてよ!」


 視線を逸らした先で罪と罰の双子の悪魔が喧嘩をしています。兄或いは弟の罪の悪魔エングリマは悪魔の風上にも置けず、人魚と人間が幸せになったことに感動している阿呆です。一方姉或いは妹の罰の悪魔ティモリアはそんな片割れの様子に辟易しています。イストリアとしては当然この罰の悪魔の方が大好きです。


 「だが断る」

 「さっすがトリア!ねぇねぇ!この男がろくでもない方向に進もうとしたらちゃんと修正入れるんでしょうね?勿論浮気くらいさせるでしょ?」

 「モリアの頼みじゃ断れないわね。というか浮気くらい悪魔文学王道中の王道!あって当然でしょ」

 「だめぇえええ!やめてあげて!可哀想だよ!ここで終わらせようよぅ!」

 「ひっひっひ!エングリマの泣き顔のために頑張ってよトリア!300年は何も出来ないくらい懲らしめてやってちょうだい!」

 「まぁ、基本は成り行きに任せようと思うんだけどね。人間なんてもの、基本放置が一番面白いことになるから。唯……」

 「唯?」

 「人間の癖に調子に乗って、自分の欲望をもっとお綺麗な何かに昇華しようとしやがったら、私も手は抜かないわ。徹底的に追い詰めて本性曝いて晒してやる!」

 「期待してるわ」


 物語の悪魔は他人の不幸から糧を得ます。世界の一つから一人主人公を選んで、その世界ごと一冊の本に閉じこめる。その人物を軸とする物語が不幸な結末になればなるほど、悪魔の物語の評価は上がる。それを糧にイストリアは魔力を高める。他人の不幸が蜜の味とは正にこのこと。

 執筆だけでもそれなりに魔力は上がりますが、最高なのは上演会。大勢の悪魔を集めて、リアルタイムで執筆。世界を操り本の内容を映し出す。物語の悪魔が登場人物達の声を思いを声色変えて歌います。ある世界のある時代にある活動写真のようなものでしょうか?そうやって人の不幸を大勢の悪魔に鑑賞させて、多くの嘲笑が得られればより多くの魔力が得られるのです。それも位の高い悪魔であればあるほどいい。

 気難しく風変わりで悪魔らしかぬ連中もいる一筋縄ではいかない同僚達を呼んだのは、ここらで格の違いというものを見せつけるため。


(私にはあんたら馬鹿を本に閉じこめることも出来る。あんたらの人生、いや魔王生さえ私の手の中!どう料理してやろうかしら。その内これは他人事ではなくなるのよ?)


 精々、許し乞いの言葉を考えろ。全員その顔涙と苦痛に歪ませて這い蹲らせてやるとイストリアは妖しく笑い、羽ペンを手に取りました。


 「さて、それでは長らくお待たせ致しました!誰が死ぬか!何人死ぬか!皆様お好きに賭けなさいませ!バッドエンドはこの物語の悪魔が保証致します!悲鳴の演奏会の始まりですわ!無事にめでたく王子は人魚姫を裏切って、これはそこから更にページを捲った先の物語!」


 さぁ、全員血祭りに上げてやる。物語の悪魔が口を三日月型に嗤わせて、再び歌を紡ぎました。

イストリアがはっちゃけてます。

調子に乗るから封印とかされるんだ。


これは封印される以前の話みたいです。

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