8:墜ちた歌姫
※少しエログロ注意。
※エコーさんに引き続いて、ちょっとGL注意報。
海神の娘
『歌えないことは拷問されたり生き埋めにされたりすることに似ています。
それでも愛しい貴方。
貴方のお顔が曇ること、それは歌えないことよりも私には辛く苦しいことなのです。』
*
夜は長い。リラにとっての夜は苦痛だ。
大事なご主人様が帰って来るまで、その心は休まることを知らない。
仮眠中も常に神経を張り巡らせ、万が一この小さな家に侵入者があった場合はその排除を務められるよう警戒を怠らない。
……とは言っても主である歌姫ドリュアスは三流歌姫。下層街レベルの歌姫だ。好き好んでそんな歌姫の家に盗みを働く輩も居ない。
それを理解しながら警戒を解けないのは、主から離れての不安を覚えるからだろう。
こうして横になり目を閉じていても、ざぁざぁと聞こえる雨の音。空の街は地上より雲に近い。上層街まで行けば雲海が見えるが、下層街はそうでもない。雲が近いと言うことは雨脚も強いと言うこと。ちゃんと雨水を流す設備が整っている場所なら良いが、下層街の外れにもなれば、そうでないところも多い。比較的空でも安い土地はそうなっている。水が流れてくる下層街でも特に下の方の居住区は雨に悩まされる。
この家は壁も薄い。リラの資金で家を移り住ませることや改築することは出来ない。金はあってもまずドリスが頷かない。後ろ盾や家のない歌姫は実力相応の住処を貸し与えられる。このボロ家が今のドリスには相応しいと思われているのだ。本人もそれを弁え、目に見えるその逆境に負けずに日々頑張ろうと決意を新たにする。移り住むなど以ての外、そんな金があるなら下町の支援にあてなさいとリラが怒られる。
リラ自身、下町がどうなろうと構わないので、そんなことに自身の稼いだ金を浪費するくらいなら……日々少しずつ大切なドリスのために費やしたい。食事を安くやりくりしている振りで実は自身の貯金からばれ無い程度に少しずつ横流し口から贅沢をさせてやっているのは幸いまだばれてはいない。これがばれたら他に主を甘やかす方法が無くなるので、今後ともひっそりと続けていけるように頑張りたいものだ。
嗚呼、なんて事を考えている内にまた分針が一蹴している。しかし、こんなに雨の音が五月蠅ければどちらにせよ快眠は出来ない。リラは身体を休ませることに務めることにした。
そんな頭の片隅で、ふと思う。傘を持って主を迎えに行くべきだろうか?
だが目立つ行動は立場上迷惑だ。朝方まで雨が止まないのならあの男も傘の一本や二本は寄越すだろう。
雨音に癖のように俯せになりかけた身体を起こし、リラは仰向けに体勢を入れ換えた。
すると少しだけ、雨脚も弱まった。……ような気がした。
*
かつて一人の歌姫がいた。その女の名前はメリア=オレアード。上層街の歌姫で、周りより頭一つ二つ分……いやそれ以上に抜きんでた才能があった。周りと圧倒的な差を培ったのはその才能に傲らない努力の賜。その女は身を売ることもせず、歌だけで人々に認められついには人魚に王手を掛けた。
その何もかもが、他の歌姫にとっては不愉快極まりないことなのだとその女は知らなかった。努力することも歌を愛することも何も悪いことではないはずだ。しかし悪いことをせずとも理不尽に不幸は襲う物だと若い歌姫はそれを知らなかったのだ、とても愚かなことに……これまでの彼女は幸運で幸せだったのだ。だからとても幸せな頭をしていた。
可愛い笑顔を浮かべる仲の良い歌姫。その笑顔の裏で女達が何を考えているかなど知らずに、その笑顔に浸っていた。女は可愛い物、美しい物が好きだった。無条件でそれを信じて疑わない愚かさを持ち合わせていた。その歌姫の心は男のそれに似ていた。恋に騙される男のように、悪い女に騙された。
ざぁざぁと、雨が降る。笑う男達の口は空の半月。高笑いの女の目と口は三日月のような悪意に満ちている。
押さえつけられた四肢。人気の歌姫が最後に歌った歌はなんとも醜い悲鳴だった。これまでの努力も、水の泡。努力と共に培われたプライドとも一滴、一滴となりこぼれ落ちる。そんな己が惨めで、情けなくて、女は泣いた。
二度と歌えないようにと差し向けられた悪意。もっと惨めにしてやろう。どうすればもっと惨めな姿になるか。奴らは考えている。ガチャガチャとベルトの外される音が聞こえる。女達が連れて来た男は、歌姫メリアに危険な感情を抱く類のファンだったのだろう。愛しの歌姫が苦痛に喘ぐ様が堪らない。汚れを知らない歌姫を踏みにじってやりたいという劣情の目。そんな視線に晒される。けれど振り払える力がない。それならせめて醜い物は見たくない。
だから女は、空を見上げる。とても綺麗な夜だった。次第にそれが翳って今は泣き出したようなあの空。風が招いたのはあの雨雲だけではない。招かれたのは私だと、その女は気が付いた。そして泣いているのもきっと私なのだ。声を出し、もう泣けない私の代わりに……あの雨は、あの雲は、泣いている。
伝う涙が雨なのか、違うのかも解らない。解らないほどぐしゃぐしゃになる顔。化粧は流れる。哀れな歌姫。それでもまだ美しいと呼べる部類に入るのが、その女達は気に入らなかったのだろう。
手入れをし長く伸ばした髪が引っ張られる。引き抜かれる。乱暴にナイフで切られる。勢い余って頬にまで傷が付いた。身体が仕事道具の歌姫にとってそれは致命傷に等しい。例え歌えなくなっても、まだ美しい女をもっと辱めようと、その顔にナイフを振り下ろす女。自身のナイフを突き入れようとする男。
その寸前で、庇う者がいる。ああ、助かった。安堵の息すら咽は痛む。
「っ……!」
助けてくれたはずの男達。あの醜悪な者共を追い払った男達。しかしそいつはヒーローでも王子様でもなかった。そいつは、そいつらは……どこまでも人間だった。
ああ、もう助からない。それを見て取ったのだろう。決めつけたのだろう。それなら汚れを知らない美しい歌姫を最後に女にしてやろう。女の身に生まれながら男も知らずに死に行くのはあまりに哀れだろうと決めつけて、自身の欲を肯定する男達。
嫌だと叫ぼうとも、咽からは何も出ない。血以外何も、溢れない。
またもや手足を掴まれて、ドレスが引き裂かれる。乱暴に肌を這う手が実に気持ち悪い。
もう、壊れかけて居るんだ。壊しても良いだろう。そんな遠慮の無さで、押し入る輩。本来そう使う物では無い場所まで侵しに掛かっている。苦痛は確かにある。しかし咽を切られたばかりだ。その痛みに全ての意識が行って、唯圧迫感があるだけ。それよりも奴らの手の方がずっと気持ちが悪い。
惨めだな。そう思いながら、さっさと死ねないだろうかと、ぼんやり考える。そんな無気力が気にくわなかったのか。とんでもないことを考えた奴が居た。
そう、それで終わりではない。喉の奥を突く激痛。咽を切られた女の口にそんな物を入れるだなんて狂気の沙汰だ。声にならない声で泣き叫ぶ。それがお気に召したのか何度も咽を犯される。今度こそ痛みで意識が飛んだ。その瞬間まで身体は揺すられていた。
「…………」
気が付けば誰もそこには居なかった。
薄汚い、暗い路地裏で……一人石畳に口付けていた。身体のあちこちが痛い。気持ち悪い。
けれど体温を奪う雨が、血も奴らの吐き出した物も、触れた悪意も感覚も……全て洗い流してくれるような気がした。人間とは嫌にしぶとい生き物で、こんなになってもまだ死ねないという不幸にまた涙が溢れた。
それでも助けを呼ぶ声は出せない。遅かれ早かれ私は死ぬのだ。女はそれを悟っていた。その最期の時まで苦しんで苦しみ抜いて死ぬのだ。
嗚呼、余りに己が哀れで、嘲笑さえ浮かぶ。声の無い、その馬鹿げた笑いは誰の耳にも届かない。そのはずだが……ピシャと水を打つ小さな足音。近づいてくる。
どうせろくなものではあるまい。今度は私から何を奪う者が来た?
後は何が残されている?精々魂くらいか?ならばそいつは死神か?
僅かに残された力で顔を上げれば、細くて白い足。丈の短くなった古びたドレス。
目を見開いた少女。悲鳴を上げて逃げ出すか?いや、違う。彼女は私を哀れんで……憐れんで、赤い水溜まりに膝をつく。
そして大丈夫よと言う風に、強い光を宿した目で優しく微笑んだ。
そいつは死神ではなかった。この人は女神だ。その時、奪われたのは……心臓ではなく私の心に他ならない。
嗚呼、それならやはり死神か。哀れなその女の魂はその人の手の中に握られてしまったようなものなのだから。
*
憂鬱な朝。最悪な夢見も、愛しい人の声が私を呼べば……至福の時へと変わる。歌姫ドリュアス。彼女の声はさながら魔法のようだ。
「リラ!どうだった!?」
早朝帰ってきたドリュアス様は、お疲れでしょうに帰宅早々私の元へと訪れる。パタパタと駆けてくる主はとても可愛い。ちょっと腰が痛そうな痛々しささえ可愛らしい。だがあの腐れ殿下、ドリス様の命令さえあればいつでもその首狩ってやる。私の女神を汚すとは、万死に値する。
リラは国王候補の一人に胸の中で憎悪の念を送った後、愛らしい主の手を取って、居間まで連れて行く。そこまで来て彼女に椅子を引いた後、認めた文を差し出す。
「…………」
私は言葉が話せない。だから見たこと聞いたことを文字として記しておいた。
「彼の名前は確かに“カロン”……女の名前は“シエラ”と言うのね。あんな所を歩いているということは中層街……いえ、上層街の歌姫かしら?リラ、知ってる?」
リラは首を振る。上層街の歌姫はそれなりにリラも詳しい。そこまで至った歌姫は広く名も知られている。それでもシエラなんて歌姫は聞いたことがない。
(ドリス様はあの少年を好いていらっしゃる……)
以前下町に居た頃に彼に救われたのがそのはじまり。下町をドリスが憂いるようになったきっかけだ。
しかし彼には恋人がいるようだ。二人の関係性は火を見るより明らか。少年の顔はその目は目の前の女に完全に惚れていた。女だって愛おしげに少年のその顔を見つめていた。あれは誰かが割り込むことが出来るとは思えない。
第一リラとしてもそれはそれで有り難い。これを機にあの少年のことは綺麗に諦めてくれればいいのに。何晩でも愚痴に酒盛りに付き合っても良いから。
そうは思うのだが………それはリラの私情だ。あくまでリラはドリスの道具。道具は私情を持ってはならない。常に主のためにあれ。
だからリラは再び迷う。二人が恋仲だと伝えればそれは気分を害される。どうした物かとそこは文字にも出来ず困ったことを思い出す。
「それにしてもどうして彼が空にいるのかしら?」
ドリスの疑問はもっともだ。下町の人間が空に上がるには金かコネ、それか才能と運が必要だ。女は歌姫になれば上れるが、男はそうはいかない。何処かの貴族の家の使用人にでもなった、そう考えるならなくはないが……
「彼が船頭を辞めるとは思えないわ」
リラの考えはドリスによって、ばっさりと切り捨てられる。
「それならあの女が貴族。嫌がる彼を無理矢理使用人として空へ連れて来て、恋人関係を強要している。そうに違いない、きっとそうよ!リラもそう思うでしょ?」
それは些か早計だ。しかし別段否定する理由もなく、それに代わる答えもリラにはない。曖昧に微笑し頷いた。
ええ、まぁ、たぶん。貴女がそう思うのならそうなのかも。そんなニュアンス。
「許せないわ、彼の誇りを汚すなんてそのシエラと言う女っ!殿下に頼んでその首根っこ捕まえてやるんだからっ!」
覚悟していなさいと憤る主は、珍しく強気。吹っ切れたような清々しささえリラは感じた。この所落ち込んでいたドリスがここまで元気になったのならそれは良いことだ。
(そう思いたいのだけれど)
どうにもそう思えないところがある。ドリスは元々気の弱く優しい娘だ。それがこんな強気になるとは……まるで先の公演で演じた役がまだ抜けきっていないのではないかとさえ思う。
以前のドリスならば、思い人に恋人がいたら想いを告げることもせず……そのまま身を引くような健気さがあった。身を汚しても心までは汚すまいと歌う彼女は誰よりも美しい。理想と希望を確かにその目に宿していた。
それがどうだ。ここ数日で、その色が変わってきてはいまいか?
希望が欲望、理想を現実、そんな風に塗り替えてしまった暗い瞳。シャロンという障害物が無くなったことで開けたと感じた道がシエラという女によって塞がれた。ならばそれを排除するまで。そんな手段の選ばなさが垣間見える。
(命令ならば罪は被ろう。それで貴女の誇り高い心を魂を守れるのなら)
しかし従った先にこの歌姫が、尚も自分の中で輝くだろうか?どんなに人に埋もれても眩いばかりの歌姫が、今は鈍く光っている。そんな気がしてならなかった。
歌姫の世界では血生臭い陰惨な事件が絶えない。光と陰。歌姫としての栄光の傍には必ず陰がある。無事に人魚に上り詰めた歌姫が、何人人を殺したか。そしてそれが権力にもみ消されたか。そんな事件をリラはよく知っている。
そんな汚れた歌姫に海神の怒りが静められるだろうか?愛娘とは似ても似つかぬ輩が人魚を名乗る。それが海神のより大きな怒りを買って、災害を招いた例が過去には度々ある。
それでも人を陥れることを止められないのが人間という愚かな生き物だ。
だからこそリラは、今回の事件のことなどさして気にも留めていない。気掛かりだとすれば、それが主のドリスに悪影響を及ぼさないか、その一点。
確かにドリスはその身こそ汚れているが、高尚な魂の持ち主だ。海神も男だ。男を知る娘よりは知らない娘の方が好みではあろうが、その伝説の愛娘も男を知る女だ。好みと娘との化身は別物。だからこそ条件としても歌姫シャロンは優れていた。恋人一人しか男を知らない。しかし一人であろうと十人であろうと百人であろうと結局は同じ事。魂さえ汚れなければ犯されなければ十分人魚の資格はある。
だからこそ、ドリスは懸命に歌うのだ。流石に好きでもない男に抱かれなければならない憂鬱な夜の仕事の前には、気乗りしない表情を見せるが、それでもここ数日……長年の重荷を下ろしたようにドリスはいつも以上の笑顔を見せている。おそらく今日の公演も成功したはず。これまでで一番良い演技が出来たのだろうとは、彼女の顔を見れば明らかだ。
歌姫シャロンの惨めなその亡骸は、全てに愛された歌姫も唯の人間、自分と何ら変わらない女に過ぎないとドリスは知ってしまったのだ。
「人の怨みを買わないように生きるのって大変なことなのね」
リラの淹れた茶を啜りながら、ドリスが小さく呟く。それを聞き、リラは主へと視線を向ける。
「だってそうでしょ?大勢の人間に愛されていたあのシャロンが、あんな事になった」
明日の我が身だとドリスは身震いをする。確かに。あの気に入らない男に、アクアリウスにこの歌姫は寵愛を受けている。そのバックアップは大きい。シャロンが死んだ今となっては、あの男も妾などと戯れ言を言うことはない。このドリスを正妻にと考えるはず。ならば歌姫エコーさえどうにか出来ればドリスが人魚になることも夢ではない。
しかしエコーはシャロンとは違う。選定侯の恋人ではなく、自身が選定侯家の人間だ。流石に彼女に何かあれば大きな事件になる。
怨みだけならシャロンなどよりあの歌姫の方が多くの者から買っていそうなものだが、無事なのはそこに起因するのだろう。
歌姫シャロンはフルトブラントという後ろ盾があっても、仕事で彼と離れる時間が多かった。今回の事件はその隙を付かれたものである。
「だからジリジリと人魚になるのは危険なこと。なるなら一気にならないと」
とは言っても現状として歌姫ドリスが人魚など、鼻で笑われる。誰も歯牙に掛けない。
誰もが見下す、だからこそ……ドリスは殺されるほど憎まれはしない。ドリスの安全は保証されている。人魚になるのなら一瞬で。それは確かに正論だ。
シャロンは時間を掛けすぎた。勢力を広げる前に知名度ばかりが広がった。だから他の選定侯の支配地の攻略に手間取った。彼女は才能が有り過ぎた。それが彼女の不幸。
ドリスにはそこまでの才能など無い。しかし、それこそ彼女の幸福なのだとリラは認める。
「ねぇ、リラ……リラは痛かった?」
ティーカップをテーブルへ置き、そっと此方へ近づいて……喉元に触れて来るドリス。
「…………」
私の咽には癒えない傷がある。本来私はあの日に死ぬはずだった。歌姫の世界とはそういうものだから。傷つき倒れる歌姫を目にしても、誰もそれを助け起こさない。運良く、運悪くファンに見つかっても……声を上げられぬ歌姫など蜘蛛の巣の蝶。食われ犯されるだけだ。
それは酷い裏切りだ。自分を応援し支えてくれると思った相手まで、味方などではない。別の生き物。共生など出来ず、此方を捕食する虫螻、或いは獣。戯れに蝶を咥えてその羽をもぐ猫のように、楽しげなその表情に、震え上がったものだった。
「リラは、人魚になりかけたんでしょ?……それで歌えなくさせられた」
他の歌姫、その手の物に咽を潰された。確か両腕も折られた。犯人を告げることも書き表すことも出来ないまま、野晒しの雨に打たれてそのまま死ぬはずだった。俯せのまま地に伏せてやがては増えた水かさに窒息するだろうか、そう思われた。
偶然通りかかった小さな少女。彼女が抱き起こすまでは。
「私は嫌。そんなの嫌。歌えなくなるなんて……きっと死ぬより辛いわ」
その言葉にリラは安堵する。ドリスは変わっては居ない。
同じ歌姫として、歌姫シャロンの死を哀れむ優しさがそこにある。
しかし、ドリスはシャロンが死んだことではなく、歌えなくなったことを哀れんでいる。ドリスにとって歌えることは何よりの幸せなのだと言い換えることが出来るだろう。
歌は魔法のようだと常々ドリスは言っていた。辛いときも苦しいときも歌えば幸せになれると。そう、あの日も。自分より重い女の身体を担ぎ引き摺り歩く少女は、医者への道すがらずっと歌っていた。彼女の歌に不思議な力など無い。それでもリラは傷が痛みが引いていくような気がした。
自分のためだけに歌われた歌は、上層街の歌姫の自分から見れば……まだまた稚拙で技術もない。それでも不思議な温かさ、温もりを教えてくれた。
嗚呼、歌うというのはこういうことだった。これこそが、人魚の歌だ。かつて自分が目指した物は全て砂の城。だから一度荒波に呑み込まれれば容易く崩れる。
「…………」
不安そうな彼女のために。リラは主の手を取って、優しく微笑んでみせる。
痛いのは咽ではない。歌えぬことでもない。例え物を言うことが出来たとて、リラには言えぬ言葉がある。
「…………」
「リラ……」
本当に一番私が辛いのは、ドリス様……貴女がそんな風に辛そうな顔をすることですと、しっかりと目で伝えた後……帯刀していた剣を抜く。
そしてドリスから離れ、一通り技を見せ、腕が鈍っていないことをしっかりと見せつける。
何時如何なる厄災からも貴女をお守りいたします。だから何も怖がらないでと、彼女の足下に、リラは跪く。
拾われた命。何を惜しむか。使い道はこの人のために。
切り捨てたい男はいるが、何人でもいるけれど、そんな者達がこの歌姫の支援者ならば怒りも鞘に封じよう。
そうだ。幾ら汚されても、それでもやはりこの人が私には誰より神聖で、光り輝いて見えるのだ。その光が鈍く見えるなら、その他の人間などもっと光を無くして濁って廃れて腐っているはず。
何も彼女が悪いのではない。この世界自体が腐っていった。歌姫シャロンを失うことで。
これは、そう……それだけのこと。
「…………」
「ありがとう……リラ」
かつて人魚に近づいたこの私が言うのだから間違いない。貴女は人魚に相応しい。そう微笑んでその手の甲に口付けをした。
元歌姫メリアさん。愛称リラ。
ドリュアスはニンフの一種。ドリスの苗字はドリュアスなエウリーデから来てるんでその相方はオルフェにして男にしようと思ったけど、某ゲームのキャラや某星闘士を思い出したので没。友人が真っ先に笑いそうだと思った。それか、響けお姉さぁあああんとか言われても困ると思った。
なので琴座を調べたらリラ。ん、じゃリラで。そんな感じ。
こうしてまた女比率とGL要員が増えたのでした。