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短編&コネタ  作者: 河南
6/7

元勇者少女は弟を愛している上

 嘘のような本当の話をしよう。

ある日突然異世界に召喚された少女は、未曾有の危機に陥った王国を救うため、何度も何度も死にかけながらも民のために死力を尽くし、ばったばったと魔物共をきりたおしては、ついには悪い魔王を浄化させましたとさ。



――そんな、出来の悪いファンタジーみたいな、私の話。


でも、このファンタジーには続きがある。めでたしめでたしで終わらない。

魔王よりタチの悪い内輪の貴族なんて沢山いるし、魔物共は攻めてこなくなっただけで存在するし、そもそも魔王や魔族なんてのは、魔物とは無関係で、実は人種の違いの一つだ。ようは私がしたのは戦争だ。いや、虐殺かもしれない。それでも私はこれでいいと思ってる。

魔王を倒した。戦争に勝った。何千何万という屍を礎にして、私はまだ生きてる。だから、最初に約束した望みを叶えてもらう。それぐらい、いいでしょ?



「リーシャ、僕のリーシャ。本当に行ってしまうのか?」

「…うん。」

大きな目を精一杯見開いて、涙をこらえる少年に私は頷いた。

最初に"こちらの世界"へやって来た時に見た部屋は、あの時と何も変わっていなかった。光は青白い光のみで、薄気味悪く、でもどこか厳かだ。床には魔法円陣が精密に描かれ、儀式めいた杖を持つ一人の女――神官長が、こちらを見て淡くほほ笑む。


「さぁさ、陛下。その辺にしときませんと、神子様がお困りですよ?」

「そうだぜ~?坊。王様になっても泣き虫でいるつもりかぁ?」


神官長とその隣の壁によりかかっていた男――今や帝国第一軍騎士団長にまで上り詰めたた私の師匠がにやにやと笑いながらこちらに近寄ってきた。


「な、泣いてなんかない!僕…じゃない、余は王だぞ!無礼な男めっ」

「へいへい、わかりましたよ、陛下」


大きく武骨な手がぐしゃぐしゃと少年の頭を撫でまわす。そして――少しためらった後、私の頭もぐしゃぐしゃにした。


「ったく、晴々とした顔しやがって。ここにきた時は『死にたい』だとかなんとかぐじぐじしてた甘ったれのくせになぁ」

「ふふっ、今でも思い出せますわ。あの頃の神子様ったら毎日兎のように赤い目をしてらして!」


くすくすにやにや可笑しそうに二人とも笑いだす。

師匠にからかわれて不満気だった彼までが「確かにリーシャは泣き虫だった!」などと言い出すものだから、たまらず叫びたくなってしまった。


「もうやめてよ皆。昔のことはいいでしょ?」

「おーおーいうようになったなぁ、神子さんよぅ?」

「本当に。立派になられて・・・」


どこかずれた神官長と師匠がうんうんと頷く。こころなしか二人ともどこか遠い目をしているようだ。昔のことを思い出しているのだろうか。そんなに変ったかな、私…?


“ここ”に呼び出されたのはもう三年も前の事だ。

最初はひたすら苦しくて、つらくて、前の世界もこの世界もどちらも嫌で。

でも次第に“ここ”も前の世界も、変わらないんだと、同じような『人間』がいて、同じように考えて、動いて、笑ったり泣いたり、人を陥れたりするんだと気づいた。

そして私が前の世界に残してきたものが、かけがえのないもので、他の人にはちっぽけでも大事なものだったんだと気付いた。


だから、私は。


「帰るよ、元の世界に。」

「リーシャ……」


彼が私の名を呼び、ぎゅっと薄い唇をかみしめた。呼び返しはしない。もう迷わない。

これからこの小さな王様がどうなっても、私はもう助けることはできないから。

だから代わりに笑う。神子の名に恥じぬよう、彼らの未来に祝福を捧げよう。


「ありがとう、師匠、神官長、『国王陛下』。そして伝えて下さい。神子リーシャ・イワミはグランドールの平和と栄光をいつまでも願っていると。私達が勝ち取った平穏をなくさないでほしいと」


この場にいる皆の顔をみながら語りかける。

師匠はにやにやと笑いながら。

神官長は少し涙ぐみながら。

そして彼は寂しさにふるえる少年の顔を消した。


次に目が合った時、彼は分厚い“王”の仮面をかぶって艶然と微笑んだ。


「よかろう、必ずや民にその言葉を未来永劫語り継がせようぞ。神子・リーシャよ。そなたにはどんなに礼を尽くそうとも、言い足りぬ。グランドールのためによくぞここまで働いてくれた。リーシャ・イワミ――向こうの世界でも、そなたに女神の加護があらんことを」


儀礼的な大げさな物言いの後、彼はおもむろに懐から何か差し出した。



嘘のような本当の話をしよう。

ある日突然異世界に召喚された臆病な少女は、陰謀うずまく王国で、九死に一生の活躍を繰り返しながらも、愚かで他力本願な民の声に手を差し伸べ、ばったばったと魔物共をきりたおしては、ついには悪い魔王を浄化させ、本物の神子様になりましたとさ。



じゃぁその後の神子様は、というと?


普通は民に笑顔と歓声で迎えられ、お城にもどって、国王陛下か有力貴族といつまでもいつまでも幸せに――なんていきたいところだけど。そんな未来も悪くないと思ったけれど。

たくさんの屍をふみこえて、生き残った仲間のよびとめる声もふりきって、血と泥にまみれながらも帰ってきた。この平穏で甘ったれのくそったれた世界に。


なぜか、と聞かれると答えはひとつしかない。


ながいながい旅を経験して、気付いたから。私の一番大事なものは、一番大切にしたいのは家族だって。

そしてそれは金だけ寄こす父親でも、男遊びの激しいヒステリー母でもなく。


かわいいかわいい私の双子の弟。岩見幹人だ。




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