異世界トリップ転生脇役主人公(貴族)
花開くカラフルな庭。どこからか聞こえてくるやさしい音楽と、頬をなでる温かな風。
両親に守られ、世界に愛され。こども時代の私達は、楽園の中にいた。
そこには男女の隔たりも身分も差別も何もなく、ただ子犬のようにじゃれあって遊ぶだけの世界があった。
「ねぇフィー。大人になったら僕とけっこんしてくれる?」
「けっこんってなぁに?」
「えっとね、僕のおよめさんになって、ずっとずっといっしょにいてほしいんだ!」
「いる!わたし、ずっとジェイクと一緒にいる!」
「ほんと?やくそくだよ、フィー。僕のおよめさんになってね。」
「うん。やくそくね、ジェイク。わたしジェイクのおよめさんになる。」
うふふふ、えへへへ、と笑いあう子ども達。
精霊たちが歌い、神々もおもわず微笑んでしまうような、そんなくすぐったい光景。
――を、みつめる私こと元佐藤弥生享年19歳、現ミル・ド・メレイオス2歳。
現在どうやら私は「異世界トリップ」などという突拍子もないものに巻き込まれているらしい。
え、いせかいとりっぷ?なにそれ、なんのことかわからない?
うん、私もそうだった。最初はなんのことかまったくわからなかった。
体の自由はきかなかったし、みるもの、きくもの、すべてが常識はずれだし。佐藤弥生の記憶―おそらく前世というものの記憶と今の記憶がごっちゃになってそれはもう大混乱だったけれど、二年もたてば大分おちつくようになりました。
私がおちてきたこの世界は剣と魔法がいきづく、いわゆる王道ファンタジーな世界らしい。
民主主義なんてものはなく、いまだ王政でここはその中心地ともいえる王が住まう町・エリス。
私はその王を支える貴族の一家・メレイオス家の次女ミルに憑依した(または転生した)というわけ。
いやぁ、乞食とか奴隷の娘じゃなくて本当によかったよ。ここの身分差別って本当にひどいんだもの。
もちろんそれから這い上がる手段はないわけじゃないんだけれど、苦労はしたくない。うん、(自分の)平穏が一番さ。
「ミル~?どうしたの、なんか面白いものでもあった?」
あ、はいはい。だいじょうぶですよ、お姉サマ。異常ナシっすよ。
・・・という思いをこめてにへらと笑う。つられてにっこり天使の笑みを見せる姉と、そんな姉にうっとりな少年の麗しい顔がみえた。
ああどうやら姉はおよめさんごっこに飽きたらしい。
私を膝の上にのせながら、ちょうちょさんだよ~?とかほえほえ笑っておられます。
そうそう、この姉というのが冒頭のげろ甘会話をしていた片割れ、フィオナ・ド・メレイオス。
私より三歳年上でちょっと天然が入っためちゃくちゃプリティな天使ちゃんだ。
金色の髪と翡翠色の目をもち、光と風の精霊の加護を受けている・・・らしい。
正直精霊の加護やら姉の天然ぶりやらにはいまだついていけないとこがあるので、こういうのは聞き流すに限る。
「フィー。僕にもミルをだかせて?」
「えぇ?ちょっとだけだよ、ジェイク。」
ミルはわたしの妹なんだからね、っと姉は可憐に笑う。
わかってるよ、と頷く少年はそっと私をだきあげ・・・・・って、いたっ!ちょ、いたい!いたいっすよ、ジェイクぼっちゃん!!
「ぼくのフィーの膝を独り占めしたね・・・?」
ボソっとつぶやきながらぎゅぅぅっと私の脇を締め上げる少年はジェイク・ド・レヴィナ・アリウス・ソリル・サザーラン。
長ったらしい名前が示すとおりたいそうなご身分をお持ちのお方でなんとこの国の王子様だ!
王様の四番目だか五番目だかの側室がつくった息子とかで王子達の中ではそれほど身分が高くないけど、我がメレイオス家ごときじゃちょっと釣り合わない。
だから結婚云々なんてものは途方もない夢だが・・・この王子様、結構黒いんだよな~
さっきの私に対する扱いもそうだが、姉ににこにこ笑ったと思えば大の大人も凍りつくような声で従者をこきつかったり、蹴飛ばしたり。
こないだなんか姉がみていないところで私を子豚呼ばわりしたんだぞ!表情が笑顔で固定されてるのがひたすら怖かった。ってか泣いた。
きっと家(王宮)では、王道ファンタジーにありがちな熾烈な後継者争いが繰り広げられていて、そのせいでこの王子様はこんなに性格がねじまがっちゃったのに違いない。
姉と一つ違いだというのにこの黒さはそうとしか考えられないとひそかに思っている。
「ふっ、う、うぇ、ねーさま、ねーさまぁぁあああ」
「あれれミル。どうしたの?なにがあったの?」
考え事をしている間も殺気をびんびん発してくる王子様に耐えられなくなってきた私は、大声で姉に助けを呼んだ。
のほほんと花畑を楽しんでいた姉は泣き出した私にも、のほほんと聞いてくる。
ちょ、マジ気づいて!この黒いヤツなんとかして!!
「もしかしたらそろそろおねむの時間なんじゃないかな?ミルは従者に任せてぼく達は、」
「大変!じゃぁそろそろ帰ろうよジェイク!」
風もつよくなってきたし、と姉は王子様の袖を引っ張る。
おぉ~絶妙な上目遣いですな。王子様も赤くなっているぜ、さすがお姉サマ!
内心姉に喝采をあびさせる私だが、もちろんボロは出さない。ぐすぐすと泣きまねを続けつつ二人をみつめる。
・・・・・悪魔王子がさりげなくこちらをにらんできた。
「ひっ」
「ん~?なかないの、ミル。よしよーし。」
お、お姉サマ、早く帰りましょう早くぅ!
いまだ腹黒王子の腕の中絶叫する小さな私の泣き声は当然だれに届くはずもなく。
今日も今日とて何事もないような顔して楽園の日々は過ぎていった。