コインロッカーのベイビー
昔、とある商業施設でコインロッカーをつかったときのことを話そう。
その日は友人との買い物に出かけ、少し遠出をして駅チカの商業施設に足を延ばした。リニューアルしたばかりでテナントも揃っていて人でにぎわっていた。
構内にながれる流行りの曲、人の話し声、たくさんの足音をBGMに買い物を楽しんだ。夕飯をすませようかと思ったのだけれど荷物がかさばって両手がふさがっている状態だった。店の中に大量の荷物を持ち込んで迷惑にも思われたくない。どうしようかと悩んだ時友人が提案してきた。
「コインロッカー使わない?」
友人の指先が案内板を指さしていた。
矢印に従って進んでいった先は人通りの少ない古ぼけた区画だった。リニューアルされた小綺麗なエリアとは別の昔から続く場所。さっきまで聞こえていた喧騒がウソみたいに静かでここだけが別の空間のように感じた。足音の反響がやけに耳に残った。
やがて目的のコインロッカーを見つけたが、先客がいることに気が付く。
小学生ぐらいの小さな男の子だった。うすぼんやりした蛍光灯の明かりの下で彼はじっとコインロッカーを見つめているようだった。
『どうしたのだろうか?』と友人と視線を合わせる。暗証番号を忘れて困っているのかとも思ったが男の子の表情に焦ったものはない。深刻そうな雰囲気もないし、そのうち親が来るのだろうと思うことにした。ロッカーを開けるわたしたちに反応することもなく、わたしたちも彼に積極的にかかわろうとはしなかった。
「大きい方がまとめて二人分いれられてお得だよね」
友人の提案に乗っかり大きいサイズのロッカーを一つ借りた。体が身軽になり気持ちも軽くなった勢いのままレストラン街に向かった。二人で選んだ店は当たりだったらしく、食事中の会話もはずんだ。
食事をすませるといい時間になっていて、そろそろ帰ろうかといって駅に向かおうとする友人を呼び留める。コインロッカーに荷物を預けていたのをすっかり忘れているようだった。預けたまま三日過ぎれば中の荷物は持ち主不在として処分されてしまう。
「忘れてたんじゃないよ。本当に」
舌をだしておどける友人を連れてコインロッカーに向かう。最初にきたときと同じように近くに人もすくない。薄暗い中に二人分の足音が響いていた。相変わらずここだけは静かだった。そんな中で友人がつぶやく。
「ここちょっと不気味だよね……。そういえば、さっきの男の子だいじょうぶだったかな?」
少しだけ足早なってコツコツと反響する足音が大きくなる。
コインロッカーに近づくと誰かが立っていることに気が付いた。あの男の子だった。一時間は立っているはずなのにまだいたのかと驚きと何をしているのかという不気味さを感じた。男の子は相変わらずじっとコインロッカーを見つめていて、その視線の先にあるのは小さいサイズのロッカーだった。
「ねえ、キミ、大丈夫? 迷子なの?」
友人が声をかけた。だけど男の子はこちらに反応することなくじっとコインロッカーを見ているだけだ。どうしようかと友人がこちらを見てきたので、わたしは首を横に振る。帰り際に警備員にでも話しておけばいいだろう。
ロッカーの操作パネルに暗証番号を打ち込む。ピーという鍵の解除音の後にロッカーを開けて荷物を取り出そうとしたときだった。
「ねえ、なんか変な音がしない?」
友人が周囲をこわごわとあたりを見回しだす。わたしが首を横にふると友人はなおも周囲に視線をめぐらせる。
「なんだろう、赤ちゃんの声……? 泣いているみたいな……」
商業施設には親子連れの姿もあった。その声じゃないかとも思ったが周囲に人影はない。
変な冗談はやめてほしいと思いながらも無言で荷物を取り出していく。焦りのせいか扱いが乱雑になり荷物がロッカーに引っ掛かる。手に力をこめるとロッカーがガタガタと震え出す。その音で少し乱暴だったかと冷静になりかけたときだった。
「―――コインロッカーって便利ですよね。小さいものでも大きいのものでも邪魔な荷物を預けておけるんですから」
聞きなれない声。それはさっきまで黙ってじっとしていた男の子のつぶやきだった。その口調は見た目に似合わない落ち着いたものだった。戸惑いながら視線を横にむけると彼は最初にみたときと同じように一つのロッカーに視線を固定していた。
―――ガタリ
なにかが揺れる音。それはロッカーからしたものだった。今は力も入れていない。だけどロッカーが震えている。内部にいる何かが暴れているように。
―――オギャア
私にも聞こえた。赤ん坊の泣き声だった。戸惑いと恐怖の中でふりむいて友人を見た。その顔にはわたしと同じような混乱があった。
泣き声はだんだんと大きくなり、友人と私の視線は音をたどって一つの場所に向けられる。そこは男の子がじっと見ていたロッカーだった。
「うそ……赤ちゃんが入ってるの!?」
『コインロッカーベイビー』。ロッカーに捨てられた赤ん坊の話を聞いたことがあった。育てきれなくなった赤ん坊がコインロッカーに捨てられて遺体となって発見される事件。それは一昔前のできごとで、全国の駅や商業施設で起きていたらしい。
想像してしまう。コインロッカーの扉のさきにある赤ん坊の遺体を……。
なんでこんなことを考えてしまったのだろうという後悔。
本当のところはこの男の子のいたずら?
それともちゃんと警備員を呼びに行くべきか?
―――オギャアあああああぁぁ
ロッカーから聞こえる泣き声が混乱を肥大化させていく。迷っていると変化が起きた。
「え、なにこれ……? なんでっ!?」
驚く友人の前でロッカーがだんだんふくらんでいっていた。異常な光景を前に頭は正常にうごかない。
ダンッ!
ロッカーの扉が勢いよく開いた。びくりと身をすくませると、中から飛び出した何かが床に転がり大きな音を立てた。金属質の高い音に顔をしかめながら床に落ちたモノをみた。
―――それは小さなロッカーだった。
「……コインロッカーの赤ちゃん?」
おぎゃあと泣くソレを男の子が拾い上げる。そのままどこかに去っていく男の子の背中をみながらわたしたちは何もすることはできなかった。
「ねえ、今のなんだったの……?」
友人の疑問に答えることはできなかった。
あのときのことは驚きと一緒にときおり思い出すだけだ。今では一児の母となって自分とよく似た娘を育てている。忙しさの中で妙な存在のことなんて遠い記憶となっていく。
おぎゃあ。
娘の泣き声が部屋に響いた。




