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明日香ちゃん

「ちょ、ちょっと、あ、ああ、明日香ちゃん!?」


どうすればいい? いや、その前に、何でこんなことになったのだろうか。

僕の目の前、いや、鼻先で女の子が目を瞑っている。

僕は、皆河裕。

ただいま両足骨折に加え、アキレス腱断裂という大怪我をして入院している身だ。

鼻先にいる女の子、明日香ちゃんは、

最近僕が入院している病室に移動してきた患者さん。

明日香ちゃんは、僕の腹の上に馬乗り状態になり、顔を近づけて目を瞑っている。

いわゆる、キス待ちってやつですか?


なぜ、こんなことになったのか思い返してみよう。

たしか、三十分ぐらい前。

僕は相変わらず暇をつぶすすべを持たないまま、

窓の外を見つめて薄幸の美少年を演じていた時だった。

明日香ちゃんが、オセロを片手に僕の横までやってきたのが始まりだ。


「裕お兄ちゃん、あそぼっ!」


ニパッと可愛い笑顔で言う明日香ちゃんは、

見た目だけなら健康体の女の子なのだが、どうやら聞いたところによると、

生まれつき臓器が弱いらしく、運動をすることができないらしい。

お嬢様言葉を操る婦長さんにも――


「くれぐれも、無茶をなさらないよう、皆河君が見張っておいてくださいませ」


と、見張り番の使命をおおせつかったわけなのだが、

両足が動かない僕にそんなことを言われても、

抑止力は弱い気がするのは仕方ないことだよな。

でも、逆に僕と遊ぶってことは、無茶をすることはないよね。

どうせ暇なんだし、僕は一緒に遊んであげることにした。


「いいよ。そこにイスがあるから、どうぞ」


「本当!? やったぁ!」


純真無垢とは明日香ちゃんのためにある言葉だと思う。

たかが、遊ぶのを承諾してあげただけで、

飛び跳ねて喜ぶ子など、今どきいないだろう。ん? 飛び跳ねる?


「明日香ちゃん、落ち着いて、体に障るから、ね?」


これは、油断できない。

なまじ五体満足なだけ、いつ騒ぎ出すか、わかったものではない。

婦長さんの言う通り、注意しないと明日香ちゃんの体に差し支えるな。

オセロを始めれば、少しは静かになるだろう。


「僕は、後攻でいいから」


「手加減したら、ヤだからね」


そんなことを言いながら、パチンと黒をひっくり返す。

明日香ちゃんが白で、僕が黒のようだ。

手加減しないでと言われたが、元々トランプや、将棋といったゲームは弱いので、

どうなるかわからない。

もちろん、オセロも弱い。

自慢じゃないが、一回も勝った記憶がない。

やった回数が少ないのは確かだが、一勝もしたことないのはさすがに弱い証拠だろう。

かといって、五歳ほど年下の明日香ちゃんになめられるわけにも行かないので、

ちょっとした賭けをして、気分でも盛り上げましょうか。


「普通にやっても、面白くないし。僕に勝ったら、何か好きなこと一つだけ聞いてあげる。逆に、僕が勝ったら、明日香ちゃんが僕の言うこと一つ聞いてね」


「わかったよ。じゃあ、本気で行くもん」


そこから、明日香ちゃんは集中しているのか、一言もしゃべらなくなった。

本気モードに入ったということだろう。

どうも、話しかけれる雰囲気ではないので、僕も無言でオセロをひっくり返す。

気づけば四隅の二つが取られていた。

これは、明日香ちゃん強い子なのかな。

実に誘導されている気がする。

あっ、とうとう四隅全部とられてしまった。

僕が弱すぎるのか、明日香ちゃんが強いのかわからないが、

僕の敗色濃厚なのは目に見えていた。

最後の一つを明日香ちゃんが置く。

四隅を取られてしまった僕が勝てる理由もなく、

オセロ盤の上は八割がた白で埋め尽くされている。僕の完全敗北だ。


「明日香ちゃん、強いんだね」


「裕お兄ちゃん、手加減してない? してないよね?」


「うん、してないよ。普通にやったんだけど、負けるとは思わなかったなぁ」


手を抜いたつもりは無い。

それどころか、真面目にやっていたのだから、

明日香ちゃんのほうが確実に僕より強いということだ。

小学生に負けてしまうなんて、僕って弱すぎなんだろうか。

でも、小さくガッツポーズをして喜んでいる明日香ちゃんを見ていたら

どうでもよくなった。

病気のことを気にしているのだろう、声を出さず、噛み締めるように喜んでいた。

微笑ましいが、すこしかわいそうだ。


「明日香ちゃん、こっちにおいで」


「えっ……あっ」


だから、頭をなでてやるぐらいしてあげてもいいだろう。

僕はまるで、割れ物を扱うかのように、髪を指ですいてあげた。

明日香ちゃんは気持ちよさそうに僕の胸に顔を押さえつけて、

ゴロゴロと猫のように喜んでくれた。

数分なで続けていたのだが、不意に明日香ちゃんが、

顔を上げてポケットの中から小さな袋を取り出して僕の前に突き出した。


「……食べて」


差し出された小さな袋はチョコレートのようで、

長時間ポケットに入っていたからだろう、少し柔らかくなっていた。

しかし、そんなことで文句を言うつもりなど無いので

ありがたく封を切って一口大のチョコレートを口に含む。

甘い香りと、チョコの甘みが口に広がり、はじめから半分溶けていたので、

あっさり口のなかで溶けて消えた。


「ありがと、おいしいよ」


「うん。じゃあ、裕お兄ちゃん、オセロに勝ったから約束、いい?」


「いいよ。でも、僕ができる範囲でお願いね」


両足が動かない僕にできることなどあまりないが、こればかりはどうしようもない。

明日香ちゃんの性格上、とんでもないことは言ってこないだろう。

付き合いが長いわけじゃないので一概には言えないのだが、まあ、大丈夫かな。

明日香ちゃんは、スリッパを脱いで僕のベッドに上がってきた。

心なしか顔が赤くなっているようだが、どうしたのだろう。


「大丈夫? 顔が赤いよ」


明日香ちゃんは何も言わない。

ただ無言のまま、僕のお腹の上にまたがり、

顔を近づけてきたと思ったら、鼻先五センチのあたりで止まり、

目をつむった。顔はもう、完熟トマトのように赤い。



まあ、これが、話の顛末なわけだけど、

まさか明日香ちゃんが僕にしてほしいことが、

その、キ、キスだなんて、最近の子供はませているんだなぁ。

これは、明日香ちゃんが望んだことだし、僕が遠慮する必要などまったくないし、

こんなに顔を真っ赤にしてまで起こした行動だ。

逆にしてあげないと、失礼かもしれない。

でも、いいのだろうか。たぶん明日香ちゃんはファーストキスだろう。

僕はキスぐらいならしたことがあるし、それはいいんだけど、

罰ゲームでファーストキスを失わせてしまうのは、違う気がする。

興味だけでやってしまっていいものではないと僕は思う、

前時代的発想の持ち主なのだ。

悩みに悩んでいると、いつの間にか明日香ちゃんが目を開いて、

顔をくしゃくしゃにして、今にも泣き出しそうな状態になっている。

僕は慌てた。大いに慌てるが、どうすればいいかわからない。

すると、明日香ちゃんが上目遣いで僕に言う。


「裕お兄ちゃん、いやなの?」


「いやなわけないよ。でも、初めては本当に好きな人とやろうね」


「……明日香、裕お兄ちゃんのこと、好きだもん」


それを言うと、明日香ちゃんは泣き出してしまった。

声を出して泣き叫ぶのではなく、しゃくりあげてすすり泣いてしまう。

これは、僕が気合を入れるしかないみたいだ。

明日香ちゃんに好きだと告白されたのだから、僕も答えてあげないと。

僕は明日香ちゃんの涙をぬぐってあげながら、頬に触れる。


「泣かないで、ほら、目をつむって、幸せになれる、魔法をかけてあげる」


涙は一向に止まらなかったが、目をつむってくれた。

口にキスをしてあげることはできないけど、僕が明日香ちゃんぐらいだったとき、

泣き虫だった僕に幼馴染がしてくれた魔法のおまじない。


――チュ


おでこに触れるだけのキス。

みんなが幸せになれる魔法のおまじない。

まぁ、みんなといっても、ほかの人にやってあげるつもりはないけどね。

明日香ちゃんは魔法にかかってくれたようだ。泣き止んでくれている。


「今は、これで我慢してね。続きはもうちょっとしてからね」


顔が熱い。いくら、おでことはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。

僕の顔は、見るまでもなく真っ赤になっているだろう。

明日香ちゃんも、顔を赤くしたまま、ネコのように僕の旨に顔を擦り付けて甘えてきた。

頭をなでてあげていると、いつの間にか眠ってしまったが、

明日香ちゃんのかわいい寝顔を見ているだけでも、暇な時間は全部つぶれそうだ。

結局、南さんが回診にやってきて――


「ま、まさか、ロリコン!? そ、そうかぁ、だから私に手を出さないのね!」


と、騒ぎ立てて明日香ちゃんが起きるころにはもう日は暮れていた。

南さんはずっと騒いだままだったけど、明日になれば、忘れてるだろう。

今日、南さんは僕の知る限りではミスなし。

というか、ミスが起こるような仕事を何一つしなかった。

なにやらお茶ばかり飲んでいたそうだ。

ちなみに、包帯はいまだに上手く巻けない。

これのカウントはやめた。それと、もう一つ――


「明日香ちゃんは、少しませてるけど、とてもかわいい素直な女の子っと」


体が弱いのに、行動力があるのはいったい誰に似たのだろうか。

まあ、そこを含めかわいいのだけど。

ぜひとも妹がほしいと、痛感した一日だった。


お疲れ様でした。

読んでいただいてありがとうございます。

タイトルの看護婦さん皆無の回です。


このシリーズはプロットも立てずに思いつきで進行しているので

脱線することもよくあると思いますが

お付き合いしていただけるとありがたいです。

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