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第二話『境界管理局』

ソファに座ってから、どれくらい時間が経っただろう。


テレビはとっくに消えていて、部屋には微妙な沈黙が流れている。


頭の中でぐるぐると、不安が反響する。


「……そんな落ち込むなって!」


隣に座っていたナオキが、気まずそうに視線を逸らしながら言う。


「まあ…いきなりあれは、ちょっとショッキングだよな……」


返事ができなかった。


何を言えばいいのか、分からなかった。


自分が死んでいることも、

一週間も経っていることも、

身体がどこかにあることも、

まだ、現実として飲み込めていない。


そんな俺たちの前に、


「はいはい、空気重たーい」


と、間延びした声が割り込んだ。


振り向くと、

入り口に女子高生くらいの少女が、お盆に湯気の立つ湯呑みを乗せて立っていた。


ショートボブの明るい茶髪。

オーバーサイズのTシャツ。


そして、

猫耳、2本の尻尾、ピンクの首輪。


「ほら、レイ。お茶」


俺は怪訝な顔で、

猫耳コスプレ少女からお茶を受け取り、

彼女の、俺を見つめる黄色い瞳で確信した。


「…もしかして、きんぴら…さん?」


「きんぴらでいいわよ!落とさないでね」


きんぴらはそう言うとテキパキと、

机に湯呑みとカステラを配置していった。


ちんぷんかんぷんな俺の隣で、

ナオキが話し出した。


「こいつ、猫又なんだよ。

まあ……色々あってな」


そう言って、ナオキはカステラをムシャムシャと食べだした。


(ふーん、猫又か)


俺は、もう滅多なことでは驚かなくなっていた。

それがいいことなのかどうかは、分からないけど。


きんぴらが4人分の湯呑みとカステラを配置し終え、

俺とナオキの、机を挟んだ向かいのソファに座った。


「…もう1人来るのか?」


俺がそう尋ねた、

その瞬間ーー


「いやあ、待たせてごめんね〜」


明るくて、場違いなほど柔らかい声がした。


気づけば、

いつの間にか、

優しそうな男が目の前に座っていた。

サラリーマン風のメガネの男だ。


いつ入ってきたのか分からない。

扉の音も、足音も、何も。


それだけで、この男が人間じゃないと理解するには十分だった。


「さて」

と、男は湯呑みを置いた。


「柳生レイくん、かな?」


男の柔らかい笑顔とは対照的に、空気が張り詰めていたのを感じた。


「…はい」


「ある程度はナオキから聞いたかな?」


「まあ、自分が幽霊で、

身体はどこかにあるってことくらい…」


「あれ?」


男はナオキに目配せをした。


ナオキはギクっとした顔をして肩をすくめて、

こう言った。


「そ、組織のことは、まだ説明してないっす…

サーセン…」


男は湯呑みを両手で包み込むように持ち、

ふう、と息を吹いた。


「まあ、順番に話そうか」


その声は柔らかい。

けれど、不思議と逆らう気にはならなかった。


「ここはね」

男はゆっくりと言葉を選ぶように続ける。


「“境界管理局”って言うんだ」

「あの世とこの世の境を壊さないために、

行き場をなくした者が身を寄せる場所だよ」


「幽霊、妖、神様のなりそこない……」

「君みたいな、ちょっと特殊な例も含めて、ね」


男は俺をまっすぐ見た。


眉間を顰める俺の隣で、

ナオキが頭をかきながら、口を挟む。


「要するに、迷子センターみたいなもんだ」

「暴れられても困るし、ほっといても危ねぇし」


続けてきんぴらが口を挟む。


「だから、ここで一時保護」

「落ち着いたら、行き先を決めるの」


俺は思わず聞いた。


「……行き先って?」


男は、少しだけ目を細める。


「元の世界に戻るか」

「こちら側で役割を持つか」

「――あるいは、完全に消えるか」


その言葉が、静かに胸に落ちた。


「秩序を守る、なんて言うと堅苦しいけどね」


彼はそう前置きして、柔らかく笑う。


「誰かの世界を壊さないために」

「誰かを、独りにしないための場所だよ」


俺は、無意識のうちに自分の手を握りしめていた。


(じゃあ、俺は……)

(どこに行くんだ……?)


男が両手で湯呑みのお茶を飲み、

ふぅ、と一息ついて、俺をジロジロと見始めた。


「身体が失われているのに、ここまで意識がはっきりしているのは、正直面白いねぇ!」


「面白い、って……」


思わず口を挟むと、男はふふっと笑った。


「安心して。解剖したりはしないよ」


そう言いながら、湯呑みを置く。


「さて、レイくん。

君はどうしたい?」


男は笑顔で聞いてきたが、目の奥は真面目だった。


俺は、震える手を握りしめ、

唾を飲んでから話した。


「何がなんだか、よくわかってないけど…」

「…全部

…取り戻したいです」


男は小さく笑って、

ぱっと立ち上がった。


「はいはい、改めまして」


まるで会議の司会でも始めるみたいに、

軽く手を叩く。


その動きに合わせて、

空気が不思議と整列する。


ナオキが自然と背筋を伸ばす。

きんぴらが横にピンと耳を倒す。


俺だけが、

何が起きているのか分からず置いていかれていた。


男は笑う。

本当に、人の良さそうな笑顔で。


「自己紹介が遅れちゃったね」

「僕はーー

ぬらりひょん」


理解するのに数秒かかった。

さっきからずっと、非現実的すぎる。


「…ぬらりひょんって、

本当にいるんですね……」


胸の奥が、ぞわりとした。


怖い、とは違う。

嫌悪感でもない。


(……逆らえない)


直感がそう告げていた。


「一応ね、ここの責任者をしてる」

「肩書きは“境界管理局・局長”ってやつ」


冗談みたいな言い方なのに、

誰も笑わない。


ぬらりひょんは、手を差し出しながら言った。


「レイくん。

僕達と一緒に、体を取り戻そう」

「保証はしないし…」


爽やかな笑顔で言う。


「まあ、取り戻せなかったら、

成仏案件だけど笑」


(笑えない冗談を言うな!)


成仏。

消える。

誰にも気づかれないまま、

世界からいなくなる。


脳裏に浮かんだのは、

ニュース画面の向こう側で、

必死に俺を探していた、あの横顔だった。


大学も、

家族も、

あいつとの約束も。


全部、

“途中”のままだ。


ーーこんなところで、終われるか。


俺にはもう、

退路は残っていない。


息を吸って、

ぬらりひょんを見る。


その笑顔の奥に、

試すような視線を感じた。


俺は、震えを噛み殺して言った。


「死んでもーー

成仏なんか、しませんから」


声は、思ったより低く出た。


俺は一歩踏み出し、

強い思いで、

ぬらりひょんの手を掴んだ。


触れた瞬間、

ひやりとした感触が、掌に残る。


それでも、離さなかった。


「俺は、戻ります」

「自分の体に」

「自分の場所に」


「いいねぇ」


ぬらりひょんは、楽しそうに笑っていた。


この瞬間、もう引き返せないと理解する。

それでも、

後悔はなかった。


俺が覚悟を決めた瞬間、


――ぴんぽーん。


場違いなほど明るいチャイムの音が聞こえた。


ーー第二話、了。

レイが「死んでもーー

成仏なんか、しませんから」

と言った時、ナオキときんぴらは2人とも

(もう死んでね?)

と思っていました。

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