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第一話『見える側の世界』

ーー爽やかな風が頬を撫でた。


(……あれ?)


近くで、猫の鳴き声が聞こえる。


「みゃあ!」


気を失っていたらしい俺は、その鳴き声にほんの僅かに意識を取り戻した。


「お!起きたか?兄ちゃん」


男の声だ。

誰かが、すぐ近くにいる。


ゆっくりと瞼を持ち上げると


視界に入ったのは、

ぼんやりと浮かぶ“影”だった。


キラキラと光る黒髪、しなやかな体つき、

人間に見えるけど、どこか違う。


その肩の上には、ピンクの首輪をした三毛猫が、ちょこんとのっている。

猫の黄色い瞳が鋭く光る。


「…生きてる……?」


吐く息と変わらないほどの声が、喉から漏れた。


男はフッと笑い、しゃがみ込んだ。


「…生きてるかどうかは、これからわかるぜ。」


冗談みたいに言うが、その表情は妙に優しい。


「みゃぁ…にゃにゃにゃにゃ…」


猫が男に耳打ちするように小さく鳴き出した。

男はまるで猫の話が分かるかのように、

うんうんとうなづいている。


(…この男ヤバい、早くここから逃げよう)


目玉だけをぐるりと動かして周りを見渡す。

動転していた俺はここで初めて気がついた。


「…ここ、どこだ?」


真っ青な空、生い茂る木々、葉の隙間から溢れる陽の光。


「大学じゃねぇのは確かだな。雷が落ちた瞬間に吹っ飛んで…いや、説明は後でいいか。」


男は俺を覗き込み、


「よし、意識あり。欠損なし。じゃ、とりあえず」


軽い声で言った次の瞬間、

氷で刺されたような感覚が走った。


「気づいてないみたいだから教えてやる。

兄ちゃんーー死んでるぜ」


(……は?)


体の熱が一気に引いていく。

瞳孔が揺れる。


理解が追いつく前に、男はニヤリと笑った。


「ようこそ。見える側の世界へ」


その声が、妙に耳に残った。


あの嵐の夜。

エレベーターに乗ったのが最後の記憶だ。


(俺……どうなって……?)


三毛猫がまた「みゃあ」と鳴いた。

まるで“頑張れよ”とでも言うように。


「名前は?」


その男が聞いてくる。


俺は少しだけ躊躇してから、掠れた声で答えた。


「……レイ……です…

柳生…レイ…」


男は満足そうに頷いた。


「よし、じゃあレイ。

今からお前をーーアジトへ連れて行く」


「……アジトって……なんの……?」


「お前みたいな“変わり者”が集まる場所さ。ちゃんと説明してやるよ」


男はニヤッと笑った。


「俺はナオキ。こっちの可愛いのはきんぴら」


きんぴらが得意気に2本の尻尾を揺らす。


「よろしくなっ」


そう言って、ナオキは手を差し出した。


俺は、思わず手を掴んだーー

はずだった。


スカッ。


手がすり抜けた。


「………は?」


ナオキはケラケラと笑う。


「ほらな、幽霊って言っただろ?」


その笑い声が妙に明るく、そして妙に頼もしく聞こえた。


「……幽霊」


自分の口から出た言葉が、やけに軽く聞こえた。


「まあな。でも安心しろ、成仏案件じゃねえ」


ナオキはそう言って、何事もなかったみたいに歩き出した。


なんというか、普通だ。

幽霊の実感が湧かない……


「なぁに腑抜けてんだ。置いてくぞー!」


ナオキの声で慌てて立ち上がり、

恐る恐る足を前に出す。


「……歩ける」


踏み出した瞬間、

確かに地面の感触があった。


「そりゃそうだ。歩けなきゃみんな困る」


軽い言い方だが、

俺の胸の中では、ざわざわとした不安が広がっていた。


(幽霊でも、足はあるんだな。

ていうか、大学とかどうなるんだ...?)


(母さん心配してるだろうな、なんも恩返ししてやれなかったな)


(……そういえば、今年は、あいつと夏祭り行けないのか…)


生前のことを考えながら暫く歩いていたら、気づいたら街の方に出ていた。


昼の街は、人の声が溢れていた。


なのにーー


誰1人、俺の存在に気づかない。


スクランブル交差点を渡る。


俺の身体を、人がすり抜けていく。


「なあ……」


「ん?」


「俺の身体は……どうなってる」


ナオキは少しだけ黙ってから、答えた。


「たぶん、持っていかれてる」


短い言葉だった。


「は?」


「最近増えてるんだ。

人間の身体が欲しい連中がな」


心臓が、冷たく締め上げられた。

俺は、それ以上聞く気にならなかった。


やがて、俺たちはビルの屋上に出た。


昼の風が、強く吹き抜ける。


「…ここから?」


「そうだ」


「ふにゃあ〜」


きんぴらが、

大きくあくびをする。


ナオキは、何でもないように縁に立つ。


下を見た瞬間、足がすくんだ。


「ちょ、うそだろ?」


「捕まれ」


振り返らずに、ナオキが言った。


「お前が強く思えば、触れるはずだ」


「強く……思う?」


「『落ちたくない』『離れたくない』

理由はなんでもいい」


ナオキの背中には、

風に揺れる黒い翼が広がっていた。


(……こいつ、カラス…?)


「カラスじゃなくて、鴉天狗な!」


「は!?」


昔アニメで観たことがある。

鴉天狗は神通力で人の心を読むらしい。


理解は追いつかない。


それでも、俺はーー


「……離れるな!」


そう、強く思った。


手を伸ばす。


今度は、

確かな感触があった。


「……触れた…」


「な?」


ナオキは笑った。


次の瞬間、

身体がふっと軽くなる。


地面が、

遠ざかる。


「ひいっ……!?」


「力抜くな。

思い続けろ」


昼の空が、目の前に広がる。


ビルが、道路が、人が、

少しずつ小さくなっていく。


(……飛んでる)


風の音だけが、耳を打つ。


「なあ、レイ。

おまえ、人間に戻りたいか?」


俺は、

真っ青な空を見ながら答えた。


「……戻れるなら、戻りたい」


「…りょーかい!」


ナオキが軽く答えるからか、

怖いのに、不思議と嫌じゃなかった。


「にゃあん」


きんぴらの声が、風に混じって聞こえた。


やがて辿り着いたのは、

一見すると細長い古びた雑居ビルだった。


「ここが、うちのアジトだ」


扉を開けた瞬間、きんぴらがナオキの肩から飛び降りて一足先に中へ走っていった。


――そして、俺は言葉を失った。


中は、明らかに外見と釣り合っていない。

天井は妙に高く、奥行きもやけに深い。

視線を動かしても、壁の終わりが見えなかった。


「……広くないか?」


思わず漏れた俺の声に、ナオキは肩をすくめる。


「まあな。気にすると酔うぞ」


ナオキが、入ってすぐの右側の扉を開ける。

そこにはソファ、机、パソコン。そして、テレビ。

生活感のある物が自然に並んでいた。

小さい事務所のような部屋だ。


ナオキがリモコンを投げてよこす。


「まあ、これ見とけ」


画面が点いた。


『――続いてのニュースです』


アナウンサーの声に、心臓が跳ねた。


『都内の国立大学に通う男子大学生が、

 一週間前から行方不明となっています』


画面に映し出された写真。


……俺だ。


間違いなく、俺の顔。


『警察は事件と事故の両面で捜査を――』


「……一週間?」


喉が、ひくりと鳴った。


「俺……そんなに……?」


言葉を失う俺の隣で、

ナオキは静かに言った。


「幽霊になってる間、

時間は容赦なく進む」


画面の端に、

インタビューを受ける女性の姿が一瞬映った。


見慣れた横顔。


胸が、締め付けられる。


(……俺を、待ってる)


画面が切り替わる。


俺の知らないところで、

世界は進んでいた。


――第一話、了。

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