第五話 説明されない討伐
フェルミナ村を出てから、
エルンは三度、同じ道を通った。
どの回も、問題はなかった。
森は静かで、道は荒れておらず、
馬車は一度も止まらない。
それが、一番おかしかった。
街道沿いには、本来なら痕跡が残る。
倒木。
引きずられた跡。
血の匂い。
骨。
魔獣が出ていた道ほど、
「何か」が残る。
だが、この森には――
何もない。
安全になった、というより、
危険が最初から存在しなかった
かのようだ。
四度目の訪問で、
エルンは確信した。
フェルミナ村では、
魔獣は「倒されて」いない。
――最初から、問題にならない。
荷を下ろしていると、
素材屋の男が声をかけてきた。
「最近は、在庫が安定してる」
その言い方が、妙だった。
「狩りがうまくいってるのか?」
そう聞くと、
男は一瞬、口を閉じた。
「……まあ、結果的には」
結果。
まただ。
「討伐は誰が?」
男は、困ったように笑った。
「説明できないんだ」
エルンは、その言葉を反芻した。
分からない、ではない。
説明できない。
そこには、理由がある。
だが、言葉にすると破綻する。
そういう種類の沈黙だ。
ギルドに立ち寄る。
掲示板には、
依頼書が整然と並んでいる。
ホーンラビット討伐。
ホーンボア間引き。
蛇型魔獣注意。
どれも、
完了済み。
早すぎる。
数が合わない。
「討伐が早いですね」
受付の女は、柔らかく笑った。
「助かっています」
それ以上、語らない。
エルンは、帳簿を見た。
肉の流通量。
皮の入荷数。
角の出荷記録。
量は、正しい。
だが――
消耗がない。
本来なら、
怪我人が出る。
道具が壊れる。
人が減る。
それが、ない。
夜。
宿で食事を取る。
出てきた肉は、
見覚えがある。
大きさ。
切り口。
脂の乗り方。
(……あの蛇だ)
南の森を塞いでいた、
巨大蛇の肉。
だが、
いつ、誰が、どう倒したのか
誰も話さない。
宿の主人に、さりげなく聞く。
「大きな魔獣だったろう?」
主人は、首を傾げた。
「そうでしたか?」
否定ではない。
肯定でもない。
興味がないのだ。
エルンは、エンデ村を思い出す。
あの村も、
死なない代わりに、
理由を持たなかった。
説明は、
恐怖を整理するためのものだ。
説明を失った恐怖は、
生活に溶け込む。
翌朝。
掲示板に、新しい依頼はなかった。
出る前に解決する。
発生する前に消える。
フェルミナ村では、
問題が「起きない」。
それは平穏ではない。
処理だ。
村を出る時、
エルンは一度、振り返った。
村は、
いつも通りだった。
笑顔があり、
生活があり、
未来を疑わない空気がある。
(……説明されない討伐)
その言葉が、
頭から離れなかった。
商人は、
危険を避ける。
だが――
説明できない安全からは、
逃げる理由がない。
エルンは、
またこの村に来るだろう。
理由を探すためではない。
ただ、
今日も説明されなかったことを、
確認するために。
フェルミナ村は、
今日も平穏だった。




