第四話 よくできた村
フェルミナ村に入った瞬間、
エルンは「売れる」と思った。
道が整っている。
門が新しい。
畑の畝がまっすぐで、雑草が少ない。
家々の壁は修繕され、屋根も揃っている。
――金が回っている村だ。
行商人の嗅覚が、そう告げていた。
村人たちは、すぐに集まってきた。
「お疲れさまです」
「今日は何を?」
「薬草はありますか?」
「塩を多めに」
声が途切れない。
笑顔が多い。
距離が近い。
初めて来た村なのに、
“いつもの行商人”の扱いをされている。
エルンは、気づかれないように深く息を吸った。
(……歓迎が早すぎる)
荷は、順調に減っていく。
布も、鍋も、刃物も。
値切りはない。
無理な注文もない。
必要なものを、必要なだけ。
理想的だ。
あまりに。
不思議なのは――誰も急がないことだった。
買い物の途中で立ち話をし、
子供が走り、
笑い声が重なる。
“困っている気配”がない。
それなのに、
消費だけは確実に行われる。
エルンは、帳簿を確認した。
売った数。
受け取った銀貨。
計算は、合っている。
……合いすぎている。
誤差がない。
端数が出ない。
いつも、きっちり。
(こんな村、今まであったか……?)
ふと、気づく。
誰も、森の話をしない。
道の話もしない。
危険の話が、出てこない。
代わりに聞こえるのは、
「最近は助かってます」
「安心して暮らせます」
「ありがたいことです」
理由は語られない。
エルンは、酒場の前で足を止めた。
大きな鍋から、良い匂いが立っている。
肉の匂いだ。
量も多い。
「今日はご馳走ですね」
そう声をかけると、
店の男は笑った。
「ええ。材料が手に入ったので」
それ以上は、言わない。
エルンは、背中が冷えるのを感じた。
この村は――
結果だけがある。
原因が、ない。
魔獣が減った理由も。
道が安全な理由も。
食料が増えた理由も。
誰も説明しない。
誰も疑問に思わない。
それでも、村は回っている。
笑顔で。
平穏に。
問題なく。
エルンは思い出す。
――エンデ村も、最初はそうだった。
帰り際、誰かが言った。
「また来てください」
エルンは、条件反射で頷きかけて――
一瞬、止まった。
“次”を想定している。
この村は、
未来を当然のように受け入れている。
エルンは、笑顔を作った。
「……ええ。また」
その瞬間、
村人たちが、同時に安心したように笑った。
理由もなく。
示し合わせたように。
エルンは、馬を進めながら思った。
(――よくできた村だ)
そして、
よくできすぎている。
フェルミナ村は、
今日も平穏だった。




