第三話 それでも商人は村に入る
エルンは知っている。
危険な村に、近づくべきではない。
匂いで分かる。
音で分かる。
帳簿のズレで分かる。
――そして、笑顔の数で分かる。
それでも。
商人は、村に入る。
理由は単純だ。
村がある限り、
必要がある限り、
商人は呼ばれる。
食料。
薬。
刃物。
布。
鍋。
針。
酒。
平穏な村ほど、よく消費する。
フェルミナ村は、特にそうだった。
最初は偶然だと思った。
「蛇がいなくなった」
「道が安全になった」
「最近、よく人が来る」
どれも、良い知らせだ。
商人にとっては、祝福だ。
だが、回数が増えると、
祝福は形を変える。
荷が、必ず売り切れる。
必要以上に。
無駄がない。
残らない。
値切られない。
焦らない。
困らない。
――商売としては、理想的だ。
理想すぎる。
エルンは、門の前で一度止まった。
フェルミナ村の入り口。
看板は新しく、花が添えられている。
誰かが手入れしている。
誰かが、毎日、ここを見ている。
「……よくできた村だ」
声に出して、確かめる。
村人は、笑顔で迎える。
「お疲れさまです」
「遠かったでしょう」
「今日は何を持ってきてくれたんですか?」
距離が近い。
親切すぎる。
初対面のはずなのに、
“いつも来る人”の扱いをされる。
エルンは思う。
――エンデ村も、そうだった。
拒まれない。
疑われない。
警戒されない。
その代わり、
逃げる理由も与えられない。
それでも、商人は入る。
なぜなら、
商人は「必要」に逆らえない。
必要とされる限り、
仕事は成立する。
成立してしまう。
村の中央。
子供が走り、
大人が笑い、
鍋から良い匂いが立つ。
不安は、どこにもない。
――いや。
不安が存在しないことが、不安だ。
エルンは荷を下ろす。
帳簿を開く。
計算をする。
数字は、正しい。
今日も、問題なく終わる。
だからこそ、
背中が冷える。
彼は知っている。
商人は、
危険な村を避けることはできる。
だが――
安全すぎる村からは、逃げられない。
理由がないからだ。
エルンは笑って言う。
「また来ます」
その言葉が、
自分への呪いだと知りながら。
村人は、笑って答える。
「ええ。お待ちしています」
その声に、未来が含まれていないことに、
気づいているのは――
エルンだけだった。




