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フェルミナ村の平穏  作者: 北風


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3/7

第ニ話 行商人エルン 異様な村の記憶



エルンは、エンデ村の話をしない。


聞かれれば、話題を変える。

酒を注ぎ、荷の話をし、天候の愚痴を言う。

それでも食い下がられれば、笑って言う。


「ただの噂だ。忘れた方がいい」


――それが嘘だと、聞いた側はすぐ分かる。


彼の声だけが、少し低くなるからだ。




エンデ村は、死なない村だった。


最初に訪れたのは、今から十五年以上前だ。

山道の先にある、小さな集落。

畑があり、家があり、人がいる。


普通の村だった。


ただ一つを除いて。


墓地が、増えていなかった。




行商人は、村の変化を覚えている。


家が増えた。

畑が広がった。

子供が減り、老人が増えた。


――だが、誰も死ななかった。


疫病の年も、飢饉の年も、

隣村で人が倒れても、

エンデ村だけは、何も起きなかった。


村人は言った。


「ここでは、誰も死なないんです」


誇らしげに。

当然のことのように。




おかしいと思ったのは、三度目の訪問だ。


前回、腰を曲げていた老人が、

同じ姿勢で、同じ場所に座っていた。


同じ服。

同じ表情。

同じ言葉。


「また来ましたね、行商人さん」


声に、時間がなかった。




エルンは、帳簿を見返した。


十年前に売った鍬が、

「昨日買ったもの」になっている。


五年前に渡した薬が、

「ずっと前からあった」と言われる。


記録と、村の時間が合わない。




決定的だったのは、四度目。


宿屋の女主人が、言った。


「お父さんは、まだ元気ですよ」


そう言って、奥から現れた男は――

二十五年前、最初に訪れた時に

すでに“老人”だった。


変わっていなかった。


一日も。




エルンは、その夜、眠れなかった。


窓の外で、村人たちが話していた。

笑っていた。

穏やかだった。


そして、誰も――

未来の話をしなかった。




翌朝、エルンは村を出た。


引き止められなかった。

理由も聞かれなかった。


まるで――

「また来ると知っている」かのように。




それ以来、エルンは学んだ。


死なない村は、時間を食べる。


死がないのではない。

死ぬ“先”が、存在しない。


進まない村。

終わらない生活。

変わらない人間。


それは平穏ではない。

保存だ。




だから、エルンは語らない。


語れば、思い出す。

思い出せば、比較してしまう。


――フェルミナ村と。


あの村も、死なない。

あの村も、困らない。

あの村も、理由を語らない。


そして何より――

笑顔が多すぎる。


エルンは知っている。


本当に安全な村は、

不安を忘れない。


だから彼は言う。


「エンデ村の話は、するな」


それは忠告であり、

祈りであり、

自分自身への戒めだった。

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