第1話 音のない討伐
二度目にフェルミナ村へ向かう時、
俺は護衛を雇わなかった。
それは節約ではない。
判断だ。
前回、あの森を抜けた時、
恐怖を感じなかった。
危険を感じなかった。
それ自体が、
商人として一番信じてはいけない感覚だった。
だが馬は進み、
荷は積まれ、
仕事は待っている。
理由を考える前に、
街道へ出た。
森は、前回よりも静かだった。
音が減っている。
鳥の声がない。
虫の羽音がない。
風が葉を揺らす気配もない。
だが、
静寂が完成しすぎている。
本来、森の音は不規則だ。
揃うことはない。
揃っている、というのは――
何かが、整えているということだ。
道の脇に、
不自然な空間があった。
草は倒れ、
土はえぐれ、
だが血も、骨も、臭いもない。
そこだけ、
「時間が一度、削除された」ように見えた。
獣が死んだのではない。
争いが起きたのでもない。
> 存在が、消えた
その言葉が、
頭の中に浮かんだ。
俺は馬を止めなかった。
止める理由が見つからなかった。
村は、前回よりも豊かだった。
倉庫が増え、
屋根が修理され、
畑の列が揃っている。
それは“発展”だ。
数字で測れる、正しい変化。
だが、人の顔が違った。
皆、同じ速度で笑う。
同じ温度で声を出す。
不満も、焦りも、
揺れがない。
商人にとって、
これほど売りやすい空気はない。
だからこそ、
胸の奥が冷えた。
素材屋の男が言った。
「最近は助かってる」
何に、とは言わない。
俺も聞かなかった。
「討伐が、順調か?」
一拍。
男は、考えるように
視線を横に流した。
「……まあ、そうだな」
声が、確信を避けている。
「誰がやってる?」
男は即答しなかった。
それだけで十分だった。
「分からない」
そう言って、
それ以上の話をしなかった。
“知らない”ではなく、
“話さない”
その差が、
胃の奥に残った。
夜。
宿の食事は、
量が多く、
質が高く、
安い。
この三つが揃うのは、
異常だ。
肉は柔らかい。
繊維が壊れていない。
「最近、肉が多いな」
独り言のように言うと、
宿の主人は笑った。
「そうか?
いつも通りだろ」
いつも通り。
この村では、
その言葉が“蓋”の役割を果たしている。
夜半、目が覚めた。
音がない。
静か、ではない。
音という概念が、抜け落ちている。
窓から外を見る。
月明かりの下、
村の外れに影がある。
人影のようで、
そうとも言えない。
立っているのか、
置かれているのか、
判断できない。
目を逸らした瞬間、
そこには何もなかった。
――最初から、
なかったかのように。
翌朝。
村人たちは普段通りだった。
昨夜の話をする者はいない。
不安を口にする者もいない。
安心が、
村全体に行き渡っている。
それは守られているというより、
“疑う必要がない状態”だった。
出発の準備をしていると、
村長が声をかけてきた。
「また来てくれ」
笑顔だ。
疑いようのない、善意の笑顔。
俺も笑った。
商人は、
安全な場所を嫌ってはいけない。
だが――
安全が理由を失った場所は、
記憶しておかなければならない。
馬車を走らせながら、
俺は決めた。
この村には、
定期的に来る。
理由を探すためではない。
正体を暴くためでもない。
ただ、
変わらないことを確認するために。
フェルミナ村は、
今日も平穏だった。
――それが続く限り。




