第4話 魔力と角
ギシギシでボロボロで黒ずんでいた髪は艶やかな銀髪になり、くすんでいた肌も白く滑らかになっている。
何より、かっこいい。
さっきまでよく見えていなかったけど、濡れたままの髪はセンターで分けられ、顔が露わになっている。
「誰だかわかりませんでした」
「何を言っている。どこも変わっていないだろう」
いやいや。変わりすぎですよ。
「これからは毎日お風呂入りましょうね」
「面倒だがまあ、ユリの入れてくれた湯は気持ちが良かった」
濡れた髪をかき上げる魔王様は本当にさっきとは別人だ。
はじめは不審者みたいだなんて思っていたのに……。
「さっきからじろじろと見て何なんだ」
「い、いえ。なんでもありません」
いけない。あまりにも変わり過ぎて、しかもイケメンで見惚れていた。
「いい湯だった。ユリもゆっくりしてくるといい」
「はい。では入ってきます」
格好良くなった魔王様に見送られ、私もお風呂に入ることにした。
湯船の前で服を脱ぎ、足先からそっとお湯に浸かる。
「あー! 気持ちいい!」
広くて綺麗な湯殿はまるで高級旅館の大浴場みたい。しかも貸し切り!
これがあるだけでも生活の質が全然違うよね。
でも、シャンプーとかボディソープとかないよね。
せめて石鹼でもあればいいんだけど。
見回すけれど、そんな物はどこにもない。
仕方ない。お湯だけで洗おう。
私は頭からお湯を被り、手櫛で梳かしていく。
すると、髪の手触りがいつもと違うことに気付いた。
「なんか、しっとりしてない?」
髪をもむようにして洗い、頭皮も指の腹で擦りしっかり汚れを落とす。
「やっぱりなんか艶々してる気がする」
よく見ると、体もしっとり滑らかになっている。
もしかしてこのお湯、温泉だったりする?
洗浄効果もあるみたいだしすごくいい!
ゆっくりお湯に浸かり、疲れを癒す。
「なんかいろいろあり過ぎたなぁ」
正直、まだ異世界に来たという実感はあまり湧いていない。
それでも私は今ここにいるわけだし、生きていかなければいけない。
「やるしかないか」
気合いを入れて、お湯から出たところで気づいた。
タオルとか着替えとか、ない。
服は同じ物を着るとして、拭かずにびしょびしょのまま着るの?
どうしようかと考えていたら、外から魔王様の声が聞こえてくる。
「ユリ、拭くものがいるだろう。なるべく綺麗な布巾を探してきた。替えの服も。ここに置いておくから必要なら使ってくれ」
「わざわざありがとうございます」
魔王様、気が利くじゃない。
そういうことしてくれる人なんだ。
扉を少し開けると、たしかに服と布が置いてあった。
隙間からそっと拝借し、中で体を拭く。
綺麗なタオル、とは言い難いけれど贅沢は言えない。
体を拭き服を着ようと広げてみると、それは可愛らしいワンピースだった。
深い藍色のAラインのワンピース。柄はないけれど、袖が少し膨らんでいて、可愛い。
「魔王様、なんでこんな服持ってるんだろう」
着てみると、少し大きいけれど裾を引きずるほどではないし、けっこう質の良い物だとわかった。
私は広間へと戻り、玉座に座ってくつろいでいる魔王様に声をかける。
「服と布巾ありがとうございました。これ、魔王様のなんですか?」
スカートの裾をひらりと持ち上げ聞いてみる。
「俺のものなわけがないだろう。それはかつての仲間だったやつのものだ」
「仲間、がいたんですね。もうその人たちはいないのですか?」
「生き残っているのは二人だけだ。その二人もまだ封印の眠りから覚めていないが」
どれくらいの仲間がいて、二人になってしまったのかはわからないけれど、きっと魔王様もつらい思いをしてきているんだろうな。
こんな広いお城で一人過ごすのも寂しいに決まっている。
「あとのお二人はいつ目覚めるのでしょう?」
「それはわからん。もう少し魔力が回復してくれば目覚めるはずだ」
魔力の回復か。
魔王様も今はあまり魔力がない状態なんだよね。
しっかり食べて、しっかり寝て、体力も戻さないといけないな。
私も、お風呂に入ってなんだか眠くなってきた。
思えばしばらく眠ってないんだよな。
元の世界で一日働いて、この世界に来て、神官たちにひどい目に合わされて、魔王様に掴まってご飯を作ってお風呂を掃除して。
どれくらいの時間がたったんだろう。
考えれば考えるほど疲れがでてきた。
でも、寝るなら髪が乾いてから寝たいな。
さすがにドライヤーなんてものはないだろうし、自然乾燥するのを待つしかないよね。
そういえば魔王様も髪、濡れてるな。というか……滴り落ちてる。
「ちょっと失礼しますね」
私は魔王様の頭を布巾で包んでわしゃわしゃと拭く。
「何をするんだ」
「髪、びしょびしょですよ」
「別にかまわん。触るな」
「私が気になるので。あれ、これなんですか」
左右のハチ上辺りに小さなコロッとしたような出っ張りがある。
髪で隠れていて見えなかった。
何かと聞いたけれど、魔王様は答えてくれない。
「痛かったですか? これ、取った方がいいやつ――」
「角だ!」
「え、角があるんですか?!」
魔王様なんだから角があってもおかしくないか。
でも角ってこう、もっと長くて尖っていて、強そうなイメージだったけれど……。
「なんか、かわいい」
「う、うるさい! 本当はもっと立派な角だ。魔力が回復してくれば元の大きさに戻っていく」
角が小さいこと気にしてるんだ。
可愛いらしいとこもあるんだな。
魔力量で角が大きくなっていくなんて面白い。
「どんな角になるか楽しみにしてますね」
私はそのまま魔王様の髪を布巾で拭いて、手櫛で梳かす。
なんやかんや大人しく拭かれている。
細いけど、けっこう毛量がある髪だな。これじゃなかなか乾かない。
せめて扇風機みたいなものがあれば風で乾きやすくなるのに。
なんて思っていると、ヒュウと風が吹いた。
「え? なに?」
今、私の手から出たよね?
気のせいじゃないはず。さっき水も手から出たし。
もしかして私、風も出せる?
水を出したときと同じようにしっかりイメージして、手のひらから風を出す。
強すぎず、弱すぎず、ドライヤーの風のように。
温風なんかが出てくれたらいいんだけどなあ。
そう思っていると本当にちょうどいい温風が出た。
うそ。私、すごくない?!
なんて自画自賛しながら手からでる風で魔王様の髪を乾かしていく。
「ユリは風の魔法も使えるのか。見た目によらず優秀なんだな」
見た目によらずってちょっと失礼じゃない?
まあ、自分でもこんなことができるなんて驚いているんだけど。
「魔法っていろいろ使えるのが当たり前なんですか?」
「そんな簡単なものではない。元々持っている属性にもよるし、スキル習得で変わってくる。俺も生まれつき持っているのは闇の魔力だけだった」
「闇の魔力……。あでも、水を出してませんでした?」
お風呂を掃除していた時、少しだけだったけどたしかに水を出していた。
「あの魔力は死にゆく仲間から受け継いだものなんだ」
受け継ぐなんて、そんなことができるんだ。
亡くなった仲間からもらった魔力か……。
「では、仲間たちはみんな魔王様の中で生きているということなんですね」
「そんなふうに考えたことはなかったな。でも、たしかにそうかもしれない」
魔王様は穏やかな顔をして笑った。
はじめは嫌そうだったけれど、結局最後まで大人しく乾かされていた。
魔王様の髪が乾くと自分の髪を乾かす。
両手で風を出しながら手櫛で乾かしていくのはドライヤーよりも早くて便利だ。
あとは……
「あの、寝るお部屋って貸していただけるんですか?」
「そうだな……この城で一番マシな部屋を貸してやろう」
それからすぐに案内されたのは、二階にある一番奥の部屋だった。
階段も廊下も、どこもかしこも汚れがひどく、何かわからない瓦礫も散乱していて正直不安だ。
主要である広間でさえあんな状態だったのだから一番マシな部屋といっても期待はしないでおこうと思いながら扉を開ける。
「え、なにここ……」
けれどそこは想像もしていなかった、この魔王城には似つかわしくないとってもラブリーな部屋だった。




