第22話 アンドレア王子の仮説
――魔王と対峙した後、王宮に戻り過去の文献をひたすら読み漁っていた。
王宮の図書室とは違う、古い記録書や歴代王の語録などが置かれている書庫に籠り、魔王討伐の記録から、教会の歴史書など様々な書物に目を通した。
部屋を囲むように並ぶ本棚に、机と椅子があるだけの簡素な部屋。
集中するには適した場所だった。
僕は、魔王という人物について何も知らない。
ただ人々を脅かす存在、その驚異を封印しなければいけない相手だとずっと思ってきた。
それが何万年も続く百年に一度の因習。
けれど、詳しいことはほとんどわからない。
教会が情報を管理し、公にしていないことが山ほどあるのだろう。
わかったのは、魔王が人里に下り、人間に危害を与えたという記録は一切ないということ。
魔王封印にもおかしい点がいくつかある。
百年ごとに目覚める魔王のために、勇者を召喚する。
ではなぜ、無敗である勇者は魔王を殺さず封印することしかしないのか。
その疑問が、ある仮説を立てた。
教会は権力維持のために魔王を殺さないのではないかということ。
神官たちは魔王がいなくなってしまっては困るのだ。
勇者を召喚する必要がなくなる。それは権力を失うことであるから。
今目を通している文献には、六百年前の魔王討伐時に同行した騎士団は魔王と対峙することはなく仲間の魔人を相手に戦ったとだけ書かれている。
その後の討伐には教会が集めた勇者パーティーのみで向かい、騎士団は同行していない。
なぜ教会は魔王を隠すようなことをしているんだ。
「アンドレア王子、そろそろお休みになってはどうですか」
顔を上げると目の前にはロバートがいた。
いつからいたんだ?
集中していて気がつかなかった。
「もう少し。これを読んでから」
「そんな様子ではどこかの刺客に暗殺されても文句は言えないですね」
たしかに王宮内とはいえ、人の気配に気づかないなんて不用心だった。
集中し過ぎていたのか、疲れているのか。
でも、どうしても知らなければいけないと思う。
見落としている真実を。
できるだけ早く。
「ロバートは先に休んでくれてかまわない」
「教会に潜入している諜報員から新たな情報が入ったのですが」
「何、それを早く言え」
椅子から立ち上がり、ロバートと向かい合う。
読んでいた文献はロバートによって閉じられ、真剣な表情を向けてくる。
「勇者召喚はラカス神官長と上位神官たちだけで行われるのでなかなか情報を入手できなかったのですが、召喚の儀は一度完全に行われていたようです」
「勇者がいないというのは嘘なのか?」
やはりはじめに王宮魔術師団で察知した召喚は間違いではなかったんだ。
ではなぜ頑なに召喚は行っていないと嘘をつくんだ?
その後何度も召喚を試みているというのはなぜだ。
「懐柔した上位神官の話によると、召喚の儀では貧相な女性が召喚されたそうです。その女性は小柄で黒髪であったと」
「小柄で黒髪だと!?」
「ええ。彼女と特徴が同じです。召喚された女性は魔力鑑定するも水晶に反応はなく、歴代の勇者はみな屈強な男性だったこともあり召喚は失敗したとみなされ、その失敗を隠滅するため女性を北の森に転移させたようです」
ユリは、異世界から召喚された勇者だったのか。
情報が掴めないのも、この世界の住人ではなかったから。
だとすれば、あの稀有な能力にも納得がいく。
彼女の力に気付かず、北の森に連れていくなど教会はどれほど愚かなんだ。
「失敗したと思った教会は本物の勇者を召喚しようと試みているというところか」
「そのようです」
勇者は一世に一人だけ。ユリが本物である以上、新たに召喚されることはないだろう。
「教会にはこのまま泳がせておく方がいい。絶対にユリの存在に気付かせてはいけない」
もし、はじめに召喚したユリが勇者だったと気が付けば力尽くでも手に入れようとする。
抵抗する彼女に何をするかわからない。
そして、彼女が今暮らしているのは魔王のところ。
決してひどい扱いを受けているわけではなさそうだった。
いやむしろ、魔王のユリに対する執着心すら見えた。
去り際に言っていた、人間の暮らしに興味はないという言葉も気になる。
魔王の心内など、どれだけの書物を読んでいたってわからない。
やはり直接聞きにいくしかないのか……。
「王子、考えるのはその辺にして今日はお休みになってください」
「ああ、そうだな。報告ありがとう」
僕はそのままロバートと書庫を出て、自室へと戻った。
随分と遅い時間になっていたことに気付き、とりあえずベッドに入る。
けれど、やはり頭は魔王と勇者のことでいっぱいでどうしても考えてしまう。
ずっと、魔王を倒すことを使命としてこれまで生きてきた。
教会の好きにさせてはいけないと、自らが先導をとり、命を懸ける覚悟で。
本当にそれでいいのか?
それと、やはりユリのことが心配だ。
突然異世界に召喚される勇者は、この世界に適応するため心身ともに手厚いケアが必要だと聞く。
そして数年かけて魔法の訓練を行い、魔王討伐へと向かう。
なのにユリはいきなり北の森に転移させられ、どれだけ怖い思いをしたのだろう。
ユリは魔王と共にどのような暮らしをしているのだろうか。
手荒なことはされていないようだったし、一人で買い物をしていたところを見ると、過度な制限もされていない。
彼女に魔法を教えたのもきっと魔王だろう。
いくら特別な魔力を持っているとはいえ、転移魔法まで習得させてしまうとは。
彼女をそばに置いているのは懐柔するためなのだろうか。
そもそも、なにが召喚に失敗だ。人を見た目で判断するほど愚かなことはない。
魔力の反応がないから勇者ではないだなんて軽率な判断すぎる。
いきなり異世界人に魔力鑑定のために魔力を込めろといってもできるわけがないだろう。
教会の者はみな馬鹿なのか。
いけない。心の中とはいえ口が悪くなった。
常に平常心でいなければ。
だがこれは長年積み重ねてきた教会の驕りの結果だ。
このままユリの存在は隠しておく。
そして、僕にはやらなければいけないことがある――
◇ ◇ ◇
「何を馬鹿なことを言っているのですか。一人で魔王城に乗り込むなど正気の沙汰じゃありません」
「わかっている。だが、こちらの誠意を見せるためにも一人で行きたいんだ」
「あなたはこの国を背負っているのですよ。何かあったらどうするのですか」
「元々、魔王討伐に命を懸けるつもりで生きてきた。何かあればそれまで」
街へ散策に行くような、いつもの軽装だけで仕度を終えた。
出発前にロバートに報告しにきたが、ひどく怒られている。
「絶対に無傷で帰ると約束していただかなければ許可できませんね」
「約束すれば、行っていいんだな」
揚げ足を取るようだが、僕の意思は固い。
ロバートもそれをわかっているはず。だから強く念を押してきている。
「北の森には魔物が多く出ると聞きますが」
「魔物討伐は何度か経験している。魔王と戦うことに比べたら魔物を倒すなど何の問題もない」
だてに訓練を積んできているわけではない。
魔王が本気で向かってくれば太刀打ちできないのだろうが、僕を殺すなら丘で会った時にそうしているはず。
「必ず無傷で戻る。これは、この国の今後のためにも必要なことなんだ」
ロバートは観念したようにため息を吐く。
そして騎士団の制服を纏い、帯剣すると僕よりも先に歩き出す。
「何人か連れて行きます。北の森の入り口で待機し、何かあればすぐに魔王城へ突撃しますので」
「ありがとう」
連絡用魔道具を持たされ、北の森へと出発した。
このブレスレット型の魔道具は通信だけでなく装着者の心拍に反応し、異常があれば連絡がいくようになっている。
そして、北の森の入り口までやってきた。
ロバートと他数人の団員とここで別れ、一人森の中へと進んで行く。
やはり、というか他の森にはない禍々しい雰囲気が漂っている。
魔王城は真っ直ぐ北に進んでいくとたどり着くそうだ。
どの時代の文献にも同じように書かれてあるので間違いないだろう。
いつ魔物と遭遇しても良いように警戒しながら足を進める。
しばらく進んだところで、右前方から一体のキメラが現れた。
思っていた以上に大きい。
だが、問題ない。
キメラから放たれる炎を交わし、唯一持ってきた短剣に魔力を纏わせると頭上に飛びあがり額を一突きする。
核を突かれたキメラはあっという間に息絶えた。
「北の森の魔物もこんなものか」
その後、何体もの魔物を倒しながら森の奥へと進んで行く。
随分と奥へ入ってきたところで、木々の隙間から古い建物が見えた。
かなり大きさのある建物だ。
あれが、魔王城か。
するとその時、鋭い刃が飛んできた。
いくつも飛んでくるそれは、強靭な魔力でできたものだった。
これは、魔物の攻撃ではない。だとするとこれは魔王!
僕は刃をかわしながら前へと出る。
やはりそこにはこちらに敵意を向ける魔王と驚いた表情のユリがいた。もう一人、子どものような魔人も。
魔王は僕への攻撃をやめない。
「待ってくれ。今ここで争うつもりはない。話をしにきたんだ」
「話をしたところでユリは渡さん」
ユリを連れ戻しにきたと思っているのか。
自分を倒しに来たとは思っていなんだな。
やはり魔王はユリが勇者だと知っているのか?
決して彼女を無理やり連れていくつもりはない。
けれど、伝えるつもりではいる。
ユリは魔王を封印するために異世界から召喚された勇者であること。
全てを知った上でどうするかは彼女が決めることで、僕にはどうすることもできないと先日話をしてわかった。
それよりも、今回は確かめなければいけない。
魔王の真意を――




