第21話 突然の訪問者
「私と、マルブさんが似ているんですか?」
「僕も、ジル様に助けてもらった。一族が殲滅して途方に暮れている僕を、魔王様が拾ってくれたんだ」
数百年前、マルブさんの故郷で人間による魔人狩りがあったそうだ。
何の罪もない魔人が、魔人というだけで命を奪われていった。
両親はマルブさんを守るために命を落とし、仲間たちもみんな火の海にのまれていた。
そして人間が退陣してすぐに現れたのが魔王様だった。
あっという間に火を鎮め、何も言わずに亡くなった魔人たちを弔っていった。
その後、一人途方に暮れるマルブさんに「遅くなってすまなかった。行くところがないならついてこい」と言ったそうだ。
「なんだか、魔王様らしいですね」
言葉が足りないことも含めて。
「ジル様の力になりたいんだ。それなのに、迷惑ばかりかけてる。いつか、お前はいらないって言われるかもしれない」
「いらないなんて絶対に言わないですよ。魔王様はわかりにくいですけど、マルブさんのことを大事に思ってますから」
厳しくしたり、見守ったり、まるで不器用な父親みたいに。
「僕、強くなりたい。ジル様の力になって、今度こそ勇者に勝つんだ」
「いいですね! 頑張りましょう!」
私たちは本当に似ている。
絶望的な状況から魔王様に拾われたところも、魔王様に勇者に勝って欲しいという思いも。
「ジル様と一緒に特訓してくる!」
「私も、片付けが終わったら行きます!」
特訓なんて普段はしていないけど、私も少しは戦えるようになりたいと思った。
今の暮らしを守るためにできることはしないと。
以前魔王様に人を殺めたことはあるかと聞かれた。
魔法はイメージ。本当に相手を殺す覚悟がないと魔力に綻びがでると。
今は漠然と勇者を倒したいと考えているけれど、実際に召喚されてきた同じ人間を前にして殺せるかと聞かれたらわからない。
「殺さずに倒すことってできるのかな……」
なんて甘いことを考えてるからいけないんだよね。
どういう戦いになるのかはわからないけど、私はここのみんなと戦うって決めたんだ。
厨房の片付けを終え、私も庭へと向かった。
マルブさんは魔王様の横で小枝や石を飛ばしていた。
飛んだ石は木の幹を貫通するほどの威力がある。
そういえば、先日厨房で怒らせたとき、お鍋とかおたまを飛ばされた。こういうのが得意なんだな。
直撃していたらきっと大怪我をしていた。避けきれて良かった。
「マルブ、それを俺に向けて飛ばせ。本気でな」
「わかりました!」
魔王様は少し距離を取り、マルブさんは魔王様めがけてそこら中に落ちている物を飛ばす。
けれど、魔王様にはひとつも当たらず、素早い動きで距離を詰めてくると、マルブさんの額をコツンと叩いた。
「飛ばすことよりも、相手の動きに注意しろ」
「わかりました! もう一度お願いします」
本格的な特訓だ。
私もまざって大丈夫かな。
声をかけようとしたその時、魔王様の動きがピタリと止まった。
森の奥の方へ視線を向けると、魔力の刃を勢いよく飛ばす。
するとガサガサと音がして、一人の男性が現れた。
あの人、街でよく会う人だ!
やたら絡んできて変な人だと思っていたけど、本当は正義感の強い良い人。
でも、なんでこんなところに?
もしかして魔王様を倒しにきた?
丘で対面したときは首を取ってやるとか言ってたもんね。
人間にとっては魔王は敵なんだからあり得る。
でもそれにしては軽装だし、一人で来るなんて無謀すぎる。
なにより、表情からは全く敵意を感じない。
けれど魔王様は構わず攻撃を続ける。
決して本気で殺そうとしているわけではないということは見てわかる。
ただ、追い返そうとしている感じだ。
「待ってくれ。今ここで争うつもりはない。話をしにきたんだ」
彼は怯むことなく、唯一持っている短剣で魔王様の攻撃をかわしている。
魔王様が本気でないのもあるけど、あの人もすごく強い。
だって、魔物がうじゃうじゃいる森を突破してここまで来たくらいだし。
「話をしたところでユリは渡さん」
魔王様は絶え間なく攻撃を放ちながら追い返そうとする。
「私を渡さない?! 絶対にそんな話ではないでしょう」
「それもあるが、無理に連れていくようなことはしない。話とは別にあるんだ」
それもあるんだ。
「ユリは渡さん。帰れ」
魔王様は攻撃をやめない。
話も通じていない。
「ちょっと落ち着いてくださいよ。相手は戦う気がないんですから」
私の声は聞こえているはずなのに無視されている。
「いいから話を聞きなさいよー!」
ここに来て、こんなに声を荒げたのは初めてだ。
けれどそのかいあってか魔王様は攻撃の手を止めた。
「とりあえず、座って話をしましょう」
私たち三人は広間へと移動した。
マルブさんは気にしているようだったけれど、一人庭に残って特訓を続けることになった。
私はお茶を用意して、テーブルに着く。
先に座っていた魔王様はじっと黙ったままだし、向かいに座る彼は張り詰めた様子で口を開くタイミングを掴めずにいるようだ。
ここは私が切り出した方がいいのかな。
「ところで、お名前をお聞きしてもいいですか? 私たち何度も話をしたのにあなたの名前を聞くのを忘れていました」
「僕は、アンドレア・ヴァローレ」
「アンドレア?! ヴァローレ?! ってことは……」
「王子だろう」
「魔王様、気付いてたんですか?」
「襟の紋章が王家のものだからな」
よく見ると、たしかに襟の端に小さい紋章が刺繡されている。
魔王様、こんなところまでよく見てるな。
紋章なんて全然気にしていなかった。
というか、まだこの国の紋章覚えていないんだけど。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「言おうとしたこともあった。けど、王子だと言ってユリを警戒させたくなかったんだ」
そりゃ、王子だって言われたらあんな風に話をすることはなかっただろう。
でも私、知らないからってすごく失礼なことばっかり言ってきたよね。
変な人だと思ったとか言っちゃったし。
今さら悔やんでも仕方ない。怒ってないみたいだしいいか。
「王子様が、こんなところに一人で来て大丈夫なのですか?」
「森の外で何人か待機している。ここへは一人来た。戦うつもりはないというこを示すために」
「魔物と遭遇しませんでした?」
「何体か遭遇したが、倒してきた」
一人で魔物を倒しながらここまで来るなんてすごい。
やっぱり、かなりの実力がある人なんだ。
この国を守りたいって言っていたのも口だけではなさそう。
「それで、話というのは?」
「魔王に、聞きたいことがあって来たんだ」
「ユリは渡さんぞ」
「魔王様、それはもういいですから」
いったい何回言うんだ。
呆れてため息が出るけれど、アンドレア王子は魔王様を真っ直ぐに見る。
決して臆することはなく、けれども敵意は見せず、ただ対等に話をしようとしている。
「以前言っていた、人間の暮らしなどに興味はないという言葉の意味について聞きたいんだ」
「そのままの意味だが」
魔王様の言葉は本当にそのままの意味だ。
人間たちと仲良くしようとも思っていないし、危害を加えたり侵略しようとも思っていない。
しばらく一緒に暮らしていて、そのことがよくわかる。
アンドレア王子は魔王様が人間にとってどういう存在か知りたいのだろうか。
「あの日、丘で会った後、僕は魔王についてできる限りのことを調べたんだ。勇者についても――」




