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その勇者、魔王の家政婦につき  作者: 藤 ゆみ子


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第17話 家族

 魔王様に抱えられ、お城に戻ってきてしまった。

 まだ買い物に行けていないのに。


 魔王様は私を抱えたままお城の中をスタスタと歩いていく。


「あの、買い物に行きたいんですけど……」

「今日はだめだ。まだあの男がいるかもしれん」

「じゃあ、せめて下ろしてください」

「…………」

 

 え、無視?

 ジタバタしてみても、背中をペシペシ叩いてみても、下ろしてくれる様子はない。

 なんだか、初めてここに来たときみたいだ。


 そのまま広間に連れていかれ、固いソファーに降ろされた。

 デジャヴ!

 あの時よりは随分と優しく下ろされたけど。


「魔王様、なんか怒ってます?」

「ユリは、人間の男がいいのか?」

「はい? なんの話ですか?」


 脈絡のない質問に首をかしげるも、魔王様は真顔で私を見る。

 なんか、怖いんですけど。


 すると後ろからミレアスさんがひょこっと顔を出してきた。


「なになに? ユリ、街で男とデートしてきたの?」

「デートじゃありませんよ。少しお話をしていただけで」

「あら、男といたのは本当なんだ」


 ふ~ん、と目を細めて笑うミレアスさんの視線は魔王様に向けられている。


「なんだミレアス」

「ジル、ヤキモチやいたんでしょ」

「え? いやいやいや、まさか。ね、魔王様」

「…………」

 

 え、また無視?

 ミレアスさんは面白そうに笑っている。

 魔王様も何か言えばいいのに。

 何も言わないと肯定したことになるじゃない。


「……ユリはやっぱり人間と暮らしたいのか」


 口を開いたと思えばまた脈絡のない話。

 どうして話していただけで人間と暮らしたいということになるのだろう。

 

「前も言いましたけど、私の居場所はここだけなので。お二人との暮らし、けっこう気に入っているんですよ。まあ、魔王様が出ていけと言うなら出て行くしかないですけど」

「そんなことは言わない。好きなだけいればいい」


 目は合わせてくれないし、そっけない口調だけど、なんだか温かみを感じた。

 それから魔王様は椅子に座ると「腹が減った」と呟く。


「買い物ができなかったので大したものは作れないですけどいいですか?」

「ユリの作るものならなんでもいい」


 よくある、なんでもいいって言ったのに適当に出すとなんでもよくないあれではなく、魔王様のなんでもいいは本当になんでもいいんだよな。

 こちらとしてはありがたいんだけど、買い物は行きたかった。

 でもまあ仕方ない。


 私は厨房へと行き、残り物の野菜でポトフを作った。

 ここで魔王様に初めて作った料理。

 あの時は調味料もなくて大変だったな。


 出来上がったお鍋をワゴンに乗せて広間へ戻り、ポトフをお皿に注ぐ。

 そして、そっと魔王様に差し出した。

 

「どうぞ、召し上がりください」


 けれど魔王様はまだ食べようとはしない。

 ミレアスさんにもお皿を渡し、私もテーブルについたところで、みんなで食べ始めた。

 ちゃんと待ってくれるんだよな。


「魔王様って優しいですよね」

「俺が優しい? 何をたわけたことを」

「初めはすごく警戒されてたし怖くて私が食べられるのかと思ったけど、ご飯分けてくれたし、買い物に行きたいって言ったら連れてってくれたし、魔法も教えてくれたし。わがままも聞いてくれるし、優しいですよ」


 ミレアスさんもスープを啜りながら頷く。

 魔王様は納得いかないようだけど、心なしか嬉しそうだ。


「そうなのよ。ジルは優しいのよ。だから勇者に百回も負けるのよね」

「百回じゃない九十八回だ」

「細かいわねぇ。そのうち百回になるかもよ~」


 百回……。


 いつもの何気ない笑い話。

 けれど、私の心にずしりと重いものがのしかかるようだった。


 百回に、なる。

 それは魔王様が勇者に負けるということ。

 二人からすると毎度のこと、なのかもしれない。

 戦いに負けて、封印されて、百年後にまた目覚める。


 でも私は?

 私は二人のように魔人ではない。

 負けたあと封印されてまた目覚めるなんて都合よくいくのだろうか。

 いかない気がする。

 勇者との戦いに負ければ、きっと私は死ぬ。


 私の不安に気付いたのか、魔王様はいつもより優しい声を向けてくれる。


「ユリ、心配しなくても次は必ず勝つ。お前は俺が守ってやる」

「魔王様……」

「ジルったらいつからそんなに男前になったのよ~」


 守ってやる、なんて言われたの生まれて初めてだ。

 自分で思っていた以上に、魔王様は私のことを大事にしてくれている。

 守りたいと思えるほどに。

 ただ守られるだけではだめなんだけどね。

 でも、純粋に嬉しかった。

 

「私もお二人の仲間として認められたということでしょうか」

「ユリは、仲間とは違う」


 あ……違うんだ。

 すぐに返された答えに、スプーンを持つ手が止まる。


 それもそうか。私はただの人間。

 成り行きでここに置いてもらえるようになったけど、仲間になっただなんておこがましかった。

 なんか、恥ずかしい。


「仲間じゃないなら何だと思ってるのよ?」

「あれだ」

「あれ?」

「家………」

「ああ、家政――」

「――家族だ」


 え、家、族?


 目の前にいる魔王様を見つめる。

 とても、穏やかな表情をしている。

 

 おばあちゃんが亡くなってから、家族と呼べる人はいなかった。

 ずっと一人だった。生活するのに必死だった。

 訳もわからずこの世界に来て、魔王様と出会った。

 

 私たち、家族なんだ。

 そう思うとなんだか心の奥が温かくなった。


「ジルったら~もちろん私のことも家族だと思ってるわよね」

「お前は知らん」

「照れないでよ」

「照れてない」


 勇者との戦いのことで少し気が落ちてしまったけど、すぐにいつもの楽しい時間に戻っていく。

 それは、私のことを家族だと思ってくれる二人のおかげなんだ。


 ずっとこの生活が続いてくれたらいいな。


「……家族、だと?」


 後ろから小さく呟く声がして振り返ると、グリーンのふわふわした髪が可愛らしい少年が立っていた。

 こぶしを握りしめ、私を睨んでいる。


「あら、起きたの。おはよう」


 ミレアスさんは少年を見て、まるでいつものことのように軽い挨拶をする。

 彼が、目覚めていなかった最後の一人か。

 たしか、マルブさんって言っていたかな。


「ミレアス、そいつまさかとは思うけど」

「ええ人間よ」

「なんで魔王城に人間がいるんだよ!」


 マルブさんはひどく険しい顔をしている。

 たしかに、目が覚めて敵である人間がいたらそういう反応になるよね。

 ミレアスさんがあっさり受け入れてくれたのが特別だったんだ。


 びっくりさせてしまったけど、私は敵ではないし、マルブさんとも仲良くなりたい。


「マルブさん、ですよね? 私はユリ――」

「勝手に名前を呼ぶなー!」

「ご、ごめんなさい」


 これは、想像以上に嫌われているかもしれない……。

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