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その勇者、魔王の家政婦につき  作者: 藤 ゆみ子


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第14話 ピクニックからの戦意

「なあに、この美味しそうな匂い~」


 ちょうどパンが焼き上がった時、匂いにつられてかミレアスさんが厨房に入ってきた。


「ミレアスさんおはようございます。今日はパンを焼いてみました。野菜とローストした魔物のお肉を挟んでサンドイッチにする予定です」


 香草で焼いたお肉はもうスライスしてあるし、あとはパンに挟むだけ。


「ねえねえ、せっかくだし外で食べたくない? ピクニックとか」

「ピクニック! いいですね」

「でしょ? ジルに言いに行きましょう」


 私はサンドイッチを作りピクニックの準備をして、庭で特訓している魔王様のところへ行った。


「――俺は行かない」

「ええ~なんでよ。ずっと引きこもってたってしょうがないじゃない。たまには気分転換しましょうよ」

「必要ない。邪魔をするな」


 それだけ言い、魔王様はまた特訓を再開した。


「そんなに気を張らなくても勇者はまだ攻めてこないわよ」

「そもそも、外と言うがいったいどこで食べるんだ」

「森を散策して? とかでしょうか」

「魔物がいるのにか?」


 ああそうだ。魔王城の周りには寄ってこないけれど、少し奥に入れば魔物がいる。

 遭遇すればピクニックどころじゃなくなる。

 かといって庭で食べるのも味気ないし。


「あそこ行きましょうよ、南の森の綺麗な泉がある所! こんな辛気臭い森じゃなくて明るくて緑いっぱいのとこ!」

「辛気臭いとはなんだ。好きにしろ。俺は行かない」

「ジルがいないと行けないわよ。遠すぎだもの。転移魔法使って行きましょうよ」


 ここはヴァローレ国の領土内にある北の森。

 南の森ということは、国の領土の反対側ということだ。たしかに遠そう。


「連れて行ってはやる。だがピクニックはしない」

「もう、そんなこと言って。ジルにはサンドイッチあげないんだから」

「仕方ないな」


 サンドイッチを囮にしたらあっさり了承した。

 もう準備はできているのでそのまま南の森へ行くことに。

 私とミレアスさんは魔王様を挟むように並び、腰を引き寄せられる。


 魔王様、両手に花じゃん。

 そんなこと言ったら連れて行ってもらえなくなりそうだから口には出さないけど。

 

 すぐに魔力に包まれるのを感じ、視界が真っ暗になる。

 そしてあっという間に転移が完了していた。


「わあ、綺麗なところですね。なんというか、神秘的……」


 目の前には大きな泉があり、太陽の光を反射してキラキラと光っている。

 泉の周りには紫色のトレニアがたくさん花を咲かせていた。

 森というからもっと木々が生い茂っていると思っていたけど、ここはけっこう開けた場所だ。


 私たちは泉のほとりに腰を下ろし、さっそくサンドイッチを頬張る。


「とっても美味しいわ」

「外で食べると一段と美味しく感じますね」

 

 魔王様は相変わらず黙々と食べていた。


 心地良い風が吹き、時折小鳥のさえずりが聞こえる。

 すごく、穏やかな時間だ。

 

「いいところよね」

「ミレアスさんと魔王様は来たことがあるんですよね」

「ええ。何度も来るわけじゃないけど、無駄に長く生きてるからね。いろいろな所へ行ったわ」


 きっと私には想像もできないほどの時を二人は生きてきたんだよね。

 ただ勇者と戦って、封印されて、を繰り返していただけじゃない。

 たくさんのことを経験しているんだ。

 

「私も、この世界のたくさんの綺麗な場所に行ってみたいです」


 はじめは生きることに必死な状態で、魔王城で生活するだけが私にとってこの世界の全てだった。

 だけど今は違う。

 無愛想だけど実は可愛いとこもある魔王様がいて、明るくて優しいミレアスさんがいる。

 神官たちはムカつくけど、活気あふれる賑やかな街があって、食べ物も美味しい。


 もっと、ここでの世界を広げてみたいと思う。


「城を出たいのか」


 魔王様が真顔でじっと私を見下げる。

 そんなふうに聞こえてしまったのか。

 いろいろな所に行ってみたいとは思っているけど、お城を出たいとは思っていない。

 魔王様が私を追い出そうとしているわけではないとわかっている。

 でも、いつか出ていくものだと思われているのかな。


「私の居場所は、あのお城だけしかありません」

「そうか。ならいい」


 曖昧なやり取りだったけれど、ずっとお城にいていいってことだよね。


「ありがとうございます」

「面倒事が片付いたら連れていってやる」

「連れていく?」

「綺麗な場所、行きたいんだろう」


 面倒事って勇者との戦いのことかな。

 勇者に勝って、魔王様にとって平凡な日常が訪れたら、ずっとこうしてのんびり穏やかな時間を過ごせるんだ。それはすごく楽しみだ。


 するとミレアスさんが抱きつくように魔王様の腕を組む。


「もちろん私も連れて行ってくれるわよね」

「だめだと言っても付いてくるんだろう」

「当たり前でしょ」


 楽しい時間が流れていた。

 ずっとこんな日々が続けばいいと思うほどに。


 けれど、サンドイッチを食べ終えひと息ついていた時、魔王様とミレアスさんが突然険しい表情になった。

 さっきまであんなに楽しそうにしていたのに。


「どうか、されたのですか?」

「嫌な気を感じるわ……ものすごい数の殺気」

「え……殺気?」

「まだかなり遠くだけれど」


 一気に緊迫した空気が流れる。

 こんな穏やかな場所にいった何が迫って来ているんだろう。


 魔王様はじっと南の遠くを見つめている。

 私には森の景色しか見えていないけど、魔王様には何か見えているのだろうか。


「数万の軍隊……カルトルの国旗……」


 迫っている殺気は、軍隊ということ?


「カルトル国がヴァローレに戦を仕掛けてきているのね。せっかくの楽しい時間だったけれど私たちは帰りましょう」


 ミレアスさんは立ち上がり、サンドイッチが入っていた籠を掴む。

 

 これから、ヴァローレ国とカルトル国との戦争が始まるの?


 ヴァローレの人たちは知っているのだろうか。

 先日街へ行った時も、人々は変わらず賑やかに暮らしている様子だった。


 戦争なんかが始まれば、教会の悪事どころではないのでは?


「本当に人間は争い事が好きだな。ユリ、帰るぞ」


 なかなか立ち上がらない私に、魔王様は手を差し出してくる。

 けれど、どうしてかその手を掴むことができない。


「あの、カルトル国って強いのですか?」

「そうね。カルトルは軍事国家だから、戦闘に関してはヴァローレより上かもしれないわ」


 ここはもうヴァローレの領土。戦場はこの国ということ。

 攻め込まれていったら、この国はどうなるの?

 

 私だって、魔王様と一緒に勇者と戦うつもりでいた。

 街の人の話を聞いて、勇者を倒せば教会の力も弱くなってヴァローレの人たちにとっても良いと思った。


 でも、戦争はだめだ。

 国と国が争って、関係のない人たちが犠牲になるなんて、そんなの絶対にだめだ。


「戦を、止めることはできないのでしょうか」

「私たちが人間の戦事に関わる必要はないのよ」

「でも、関係のない多くの命が奪われるなんて、あってはいけません……」


 魔王様とミレアスさんにとっては人間同士の争い事なんて、どうでもいいことなのかもしれない。

 それこそ、今までたくさんの戦を見てきたのだろう。

 だけど、私には他人事だと思うことができない。

 街の人たちの楽しそうな顔が頭に浮かんで離れない。


 だからって、どうしようもない……。


 俯いた私に、魔王様は小さく息を吐く。


「まあ、勇者と戦う前のちょうどいい力試しになる」

「私も、無駄な争い事は嫌いよ」


 二人は軍が迫ってきているであろう方向を向いた。


「魔王様、ミレアスさん……ありがとうございます」


 私も立ち上がり、二人の隣に並ぶ。


 止めたいなんて言ったものの、三人だけでどうにかできるのだろうか。

 私なんて戦力になるかもわからないし。


「何万もの軍隊に勝てますか?」

「相手は所詮人間。問題ない」

「この森より先に隊を進めさせなければいいのよね」

 

 魔王様とミレアスさんは、なんの戸惑いもなく前を見据える。

 そんな二人の姿に、本当に大丈夫なような気がしてきた。

 

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