第三章 4 カミュとデート
四
目が覚め、風呂に入り、化粧を済ませ、フィリアの姿に化ける。
フィリア用の服は、一応、一着あるのだ。残念ながら、ジーラの姿で着ると、実に浮く。垢抜けてない田舎者が、服に着られているという恥をかくことになる。
外出なら、まあ、これね。服屋に、ジーラの姿で向かう度胸は無いが、これならば、外に出ても恥ずかしくない。
部屋から出るも、朝食の匂いはしない。
従業員用の休憩室に向かう。
ここには、昼の営業から夜の営業までの間に仮眠できるように、ベッドが置かれた部屋がある。
中に入ると、カミュは気持ちよさそうに寝ていた。
「カミュ、起きなさい」
「ん~」
寝ぼけ眼で、カミュが私の顔を見た。
「う~、寝起きだから、あんま見ないで」
乙女みたいなことを言い出した。いや、乙女なんだけど。でも相手、私だし。
寝るときは、パンツ一丁らしい。
上半身を起こすと、形の良く、張りの良い胸が少し揺れる。
「下で待ってるわよ。私でも作れるもん作って、食べてるわ」
「あ~、作るってばぁ」
甘ったるい声カミュの声を背に受けながら、部屋を後にした。男受けするんだろうなぁ、等といった感想が沸いてくる。私には、ああいうのは出来ない。むしろ、そういうことが必要ない相手が良いと言うことなのだろう。
フィリアとしても、淑女然を、とは意識しているが、媚びるって言うのは出来ない。別に、嫌うとか、見下しているとかでは断じて無く、ただ適正の話だ。
料理は出来ないが、流石に焼く位は出来る。パンとソーセージを焼いて、適当に卓上の調味料で食べる。
「あ~、食べてる!」
「いや、だって寝てたし」
「作るって言ったじゃん!」
「面倒な彼女か⁉」
「か、彼女って、照れるじゃん」
何やら頬をかいているカミュ。何を照れてんだ、こいつは。
カミュは、テキパキと料理をしていく。多分、二人分作ってる。
いや、もういらんのだけど。食えるけど、それは既に朝というには遅いので、昼も事を考えて軽めにしているわけであって。
「はい、どうぞ」
どうあっても食べて欲しいらしい。仕方が無い、頂くとしよう。
昼を抜くか、遅めにすれば問題は無いだろう。
出されたのは、オムレツとベーコン、そしてパン。いかにもな朝食。だからこそ、家事馴れてるのねぇ、と思う。
食べ終わると「どうだった?」とカミュの質問。
「美味しかったわよ。これなら、彼氏出来ても大丈夫ね」
「へへ」とカミュは笑った。
「じゃ、着替えてくるわ。ちょっと待ってて」
下着姿にエプロンで調理をしていたのだ。うん、男の人には夢の姿の一つかも知れない。
いや、私もときめいたけど。主にエロ方面で!
あの獣人の尻尾が揺れている様は、ちょっといいよね。うん、世間には獣人マニアというのが居るが、ちょっと理解できる。
獣人好きな人をケモナーと呼ぶことがあるが、私はケモナーの気があるのだろうか。あるのかもしれない。などと下らないことを考えていたら、カミュが降りてきた。
いかにもな普段着。突然のお出かけだし、仕事に来るための服装なのだから、妥当なところだろう。昨日は、急遽ここに泊まっているのだ。
「って、そういえば、なんでフィリアなのよ?」
「いや、この服でジーラは浮くでしょ」
「……確かに。でも、ジーラの服買うんでしょ?」
「お店で化粧落とすわよ」
自分でも、ちょいと面倒だと思った。
とはいえ、珍しく女友達とのショッピングだ。経験が少ないので、カミュにエスコートは任せよう。
連れてこられた店は、随分女性的というか、可愛らしい外見のお店。多分、フリフリが付いた服とか売ってるお店だ。
え、絶対、私が着る系統の服じゃない!
「こ、ここ?」
「ええ、そうだけど」
「カミュって、こんな服着るの?」
「着ないけど。ただ、ジーラに似合いそうだなって、前から思ってて」
「絶対、似合わない!」
いいから、いいから、と無理矢理店内に押し込まれる。そして、行われるのはカミュが一方的に楽しむファッションショー。
キツい。自分の好みじゃない服を着せられ続けるのは、キツい。
カミュは喜んでいるけれど、ちょっと趣味ではない。
「あはは、やっぱ駄目?」
「駄目、無理」
「似合ってるけどなあ」
その二ヨニヨ顔では、信じられんのよ。
「もうちょっと、普段も使える物がいいわ」
「ふむ。確かに、普段からあたしが選んだ服を着ているというのも、なんか興奮するわね」
なんか不穏な言葉が聞こえたが、気のせいということにしておこう。モテるにゃんこのカミュちゃんは、きっとあんなこと言いませぬ。
別の店に移動。ごめんなさい、めっちゃ迷惑でしたね。
次の店は、大人しめな服が売っている店で、カミュもよく使うと言うことだった。
選んで渡された服は、センスあるな、こいつ、と思えるセレクションだった。
最初からこうしろよ、とは思ったが、付き合わせている以上、多少のからかいは我慢するけど。
一着目の、ガーリーな感じの服が、普通に気に入った。派手すぎず、それでいて落ち着いていて、なんというか調子に乗っている感がない。だからといって、手を抜いている感もなく、なんというか当たり障りが無い!
「って、思ったんでしょ」
カミュには、感想が読まれていたらしい。
「普段着にも使うなら、そうなるか。ま、いいんじゃない。あと、なんでケープ?」
「必需品なのよ」
「じゃ、なんで背中出る服着るのよ」
羽があるんだもん。言えないけど。
「ま、そこは聞かないで」
「聞いちゃ駄目なのね、なら聞かないけど。次、あたしの服の感想聞かせて」
そう言うと、店内から服を数着持ってきて、更衣室に入れ替わりで入った。
出てきたのは、まさのボーイッシュスタイル。カミュの普段着は何回か見たことがあるが、こういう物を着ているイメージはない。
「似合うけど、どした?」
先に疑問符が来る。
「あら、デートだもん。男役、してあげようかなって」
「そりゃ、どうも」
本気かどうかわからない言葉だったが、その後その服を買っていた。どうやら本気らしい。
因みに、私は買った服をそのまま着ている。
カミュは、デート当日までは着ないとのことらしい。
さて、この後はどうするか。特に考えはない。
カミュは、今晩も仕事だったか?
「この後どうする?」
「なに、用が済んだらさよならなの?」
「人聞き悪いわね。今夜も仕事でしょ、カミュ」
「別に大丈夫よ。仕事なんて、飯配って、話する程度なんだから」
雇い主を前に、そのような言い方はどうだろう。まあ、雇い主は、勝手に酒飲んで、客相手にくだ巻いてるんだけどさ。
「じゃ、もうちょい一緒に居ましょっか」
カミュは嬉しそうに頷いた。可愛いな。やっぱ、モテるだろ、こいつ。
街は、大分降臨祭色に染まりつつある。
天使様を呼び出し、街に祝福を与えて貰う日。
本当に天使が来るのだ。
実際に天使も居れば、魔神なんてのも居る。魔神は過去に人を連れ去ったなんて事件も起こしている。被害者も出ている事件だ。
「降臨祭と言えば、教会に一緒に行ったカップルは結ばれるらしいよ?」
「そうなの?」
教会苦手だし、テスラは忙しいし、行くことはないだろう。
「なおのこと、私とでいいの?」
そんなことを調べているのなら、それこそ片思いの相手と行きたかったのだろう。なんだか、申し訳がない。誘う度胸がないというのならば、それまでなのだが。
降臨祭当日も酒場やっていた。流石に、降臨祭の日に、うちの酒場に、パーティメンバーを探しに来る者は少数派だが。
一応、皆に開店の是非を確認したのだが、開店の意見の方が多かったのだ。
「ま、当日はよろしく」
「ええ、よろしくね」
ぎゅ、と私の手を、カミュが握った。だから、なんなの? 口説いてんの? 私には、効くよ?