第四章 5 話し合い前日
五
その後は、適当に話をして、解散することになった。彼らは現在、城の上空で、ミケーナが祈祷術で呼び出した天使の上で生活しているらしい。
すごいなぁ、天使って便利。確かに、あの鯨も背中で暮らすことも可能な大きさだった。
そして翌日、私は起床と同時、城へと向かった。城からの迎えが来たのだ。
流石に、昨日の話し合いだけで終わるとは思っていなかったので、どちらにしろ城へと向かうつもりだったわけだが。
外へ出ると、馬車を囲うように、人々で溢れかえっていた。
「え、なに⁉」
「御息女様を一目見ようと考えた市民ですよ!」
「あ~、そうなのね」
適当に、皆に微笑みかけながら、私は馬車へと乗り込む。神様というのは、どうにも息苦しい。
当然のように、二人の天使も後に続いて乗り込む。御者も、それを当然のように受け入れている。
御者が、取り囲む者達に退くように大声を出しながら、馬車が進み出した。
城に着くと、私は真っ直ぐ王様の下へと向かった。
王の私室にノックして中に入る。
「おお、ジーラ神」
「王様、おはようございます」
「ええ、おはようございます」
簡単な挨拶を終え、私達は向かい合うように、テーブルを挟んで座る。テーブルの上には、簡単な菓子が置かれていた。
「シルキー、食べて良いわよ」
「う、うん」
ちらちらとメルバの様子を伺いながら、菓子に手を伸ばすシルキー。メルバは、少しだけ眉根を釣り上げたが、特に何も言わなかった。
「それで、呼び出したからには用があるんでしょう?」
「ええ、そうなのです。一応、皆から様々な提案をする席を設けて欲しい、と」
「ええ、いいわ。当然の意見だもの」
この国に来て、数日の者が国を治めるなんてことが、そもそもおかしな話であり、その上、種族や文化が違うとなれば尚のことだ。
「それでいつが良いのかしら?」
「明日で構わないそうです。派閥で意見を集め、明日、それを伝えたいと」
「おっけー」
王様と時間など調整し、呼び出された用件は済んでしまった。
一応、枢機卿の様子を伺いたいという目的もあるのだが、アンドリューならば何かわかるだろうか?
王の私室を出ると、腕を組んだロズウェル王子がこちらに気付いて、近寄ってきた。どうやら、私を待っていたらしい。
「あら、何か用?」
「いや、一応、挨拶ぐらいしておこうと思ってな」
隣には、気まずそうなコフィが居る。
「もう代償の呪いは解けたかしら?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「あれは私の方がやらかしたのよ。むしろごめんなさいね」
いえいえ、と激しく首を横に振るコフィ。だが、あれは明らかにこちらに非がある。
「明日の話は聞いているかしら?」
「ああ、一応、な。だが、軍務卿の考えは、既に我とは別れている。我としては、市井の為に、結晶を採取する部隊さえ維持してもらえれば、それでいい」
「それは、勿論今のままにするつもりよ。みんなの生活がままなくなっちゃうし」
「貴公の方は、相談はないのか?」
どうやら、ド庶民の私の心配をして来てくれたらしい。良い奴ではないか。
「正直、まだ何がわからないかもわからないのよね。だから、困ったときには相談に乗ってもらうわ」
「そうか。なら、その時は遠慮無く言え」
ありがと、と告げ、二人と別れる。
アンドリューの部屋へと向かおうと廊下を進んでいると、すれ違う者、皆が挨拶をしてくる。
笑顔で返すが、憧れの視線が痛い。
ごめんよ、私はそんなに大したものではないの。渾名がカスやクズと呼ばれる人種なの。
ふと気がつくと、私の服の裾に折りたたまれた紙が押し込まれていた。
これ、多分、内緒話ってこと、よね?
気付かない振りをして私は移動する。
どこで見ようかしら、と考えていると、軍務卿の執務室の前を通りかかった。
あ、ここでいいじゃん。
私はノックをし、返事を待たずに中に入った。
「たのもー!」
返事をしようとしたのか、半ば口を開き掛けていた軍務卿と視線が交わる。
軍務卿は、私を確認した後、目を細め「礼儀は守っていただきたい」とこちらを非難した。
「ごめんなさい。ちょっと、人目がないところに行きたくて」
多分だが、この紙を仕込んだのは、福因教の誰かだそうだ。私が変に反応しないように、レヒとリンクが敢えて、私に視認させなかったらしい。
ほんと、便利なお目々である。
福因教からもたらされた情報ならば、相手が軍務卿ならば、知られたとしても比較的問題はないだろう。
軍務卿をそのままに、私は紙を開く。
内容はとても簡素だ。
アンドリュー王子と枢機卿が接触。明日、魔神崇拝の必要性を説くと同時、必要があれば反乱の準備。
この内容はアンドリュー王子からのリーク、とのことだ。
はあ、と私は嘆息した。
「どうした?」
「これ」
私は軍務卿に紙を渡す。紙に視線を走らせた軍務卿は「ほう」と呟き、私に「それでどうするのだ?」と問いかけてきた。
「……現時点で文句付けたらどうなると思う?」
「オレならば、言いがかりだ、とごねるだろうな」
「私でもそうするわね。ちょっと証拠が弱すぎる。アンドリューが嘘を言ってるとは思わないけど」
つまりは、尻尾を掴むまで動けないということだ。
「結局は明日ね」
「ああ。だが、気をつけろ。枢機卿は長らく権力を持ち続けた家系だ。なんらかの切り札があるという噂もある」
私は、肩をすくめてから、背後に立っているメルバに軽く視線を送った。
「ああ、そうだな。結局、大天使殿がいれば、大概は心配はいらぬか」
そう言って、軍務卿も肩をすくめた。
「ああ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ、不躾に。貴公はいつも不躾だが」
「魔族の第三国に伝手ってある?」
「第一にも第三にもあるにはあるが、何故だ?」
「知り合いが居てね。一応、私の状況を知らせておきたいなぁって」
多分、風の噂で聞いたら驚くことだろう。
「それは、貴族か? それとも庶民か?」
「……どっちかっていうと貴族」
「ならば止めておけ」
「えっと、理由を訊いても?」
「第三国は、何年も前からだが、王位継承のため、兄妹達で骨肉の争いをしているのは知っているか?」
私はコクリと頷く。
「当然派閥もあり、貴族はほぼ全てそのどこかに所属している」
それも知っている。彼女は、そういった争いが嫌で、一度国から逃げたのだ。そして、私と出会った。
テスラが教会からの仕事で、どうしても半年別行動しなければならないときがあったのだ。その半年間、魔族の彼女と共に行動したのだ。
「今、魔神の娘である貴公が接触すれば、その派閥に要らぬ疑いが掛かる。まあ、プラスに働く可能性もあるが、下手すれば、出る杭として皆に打たれかねない」
それに、と軍務卿は続ける。
「この国においても、今、他国と接触すれば、要らぬ勘ぐりをされる。それこそ、他国の人間を要職に置き、自分達を排除しようとしているのかもしれない、等とな」
「わかったわ。もう少し、落ち着いたら、その時は、改めてお願い」
「ああ、わかった。その時には、貴公は既にオレの主だ。自由に命じれば良い」
意外と素直な軍務卿。随分、丸くなったものだ。魔神排除の方法が、明確かつ虐殺などという非人道的な道でなくなったため、肩の荷が下りたのかも知れない。
私は、また明日、と挨拶を残し、部屋を後にした。
さて、枢機卿は一体どんな手で来るのかしら?
面倒な話だが、仕方が無い。今の地位が脅かされているお偉いさんの抵抗だ。無い方がおかしいのだ。
「お嬢様、この後はどうなさいます?」
「そうねぇ。折角だから、テスラと都市回り、とか言いたいところだけど、大人しくしていた方が良いわよね」
「あら、わたくしがおりますから、安全は保証致しますわ」
デートに保護者同伴は落ち着きません。
ただ、まあ、確かに安全は確保されている。
「折角だし、三人で食事でも行きましょうか。ここんところ、ちょっと頑張ったし」
「いい、の?」
「ええ。明日からもうひと頑張りだろうし、ちょっと息抜きと行きましょう。メルバもいいでしょ?」
「ええ。お嬢様の決定でしたら従いますわ」
その日、私達は開き直って、市井の人々の注目の的になりながら、都市の観光とグルメを堪能したのだった。




