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第四章 4 停戦会議


   四


 宿に戻ろうとも考えたのだが、起きたら話がしたいということで、城に残ることを求められた。

 でも、城の上半分、ないんだよ? 屋根、ないんだよ?

 だが、半ば強制的に天蓋ベッドに案内された。

 安全面に関しては、メルバのおねーさんがいるので間違いないだろう。明らかに、先程の戦闘で皆が敵に回してはならない存在だと確信したはずだ。

 その前に、服、どうしようかな……。

「買ってくる!」

 元気よく手を挙げたのはカミュ。なんだろう、センスは良いんだけど、時折、とんでもない事をしでかす娘だ。怖い。エロ衣服と買ってきそうで怖い。

「テスラかパパ、お願いできる?」

 二人は、考え込むように強く目を瞑った。

「ジーラちゃん、おっさんに女の子の服を買ってこいは、結構キツい」

「じゃあ、テスラは?」

「僕だってそうだよ。それに服のセンスはそこまで自信ないよ? 元々、お互い服については、着のみ着のままだったんだから」

 はいはい、は~いと隣で立候補し続けるカミュ。

 怖いよ~、一か八かなの、怖いよ~。

「カミュ、その服、明日の話し合いでも使うんだからね? わかってる?」

「この状況で、紐パンなんて買ってこないわよ!」

 そもそも比較対象が紐パンの時点で怖すぎる。

「コフィ、貴女にもお願いできるかしら?」

 まだ代償の影響があるのだろう。

「はい!」と威勢の良い返事が返ってきた。

 カミュは一瞬、不服そうだったが「地元の人が居た方が良いでしょ。あと、テスラも護衛してあげて」と付け加えた。

 女性と共にならば、テスラも女性モノの服を買いに行くことに抵抗はなかったらしく、わかった、と頷き返してくれた。

「じゃ、私は寝る。起こさないでね、本当に」

 流石に疲れた。

 布団に潜り込み、部屋に居る皆を気遣うことなく、私はその瞼の幕を下ろすことにした。


 あたしことカミュは、ジーラの依頼で服を買いに行くことになった。

 だが、何やらテスラの様子がおかしい。なにか、そわそわしているというか、こちらに対して、何かを意識しているように感じる。

 仮にとはいえ、夫婦の振りして共に行動した仲だ。このぐらいあからさまならば、違和感に気付く。

「テスラ、なにかある?」

「え、いや、すまない。その、君がジーラのことを好きだって言っていたから。否定するつもりはないんだが……」

 ああ、そういうことか。もう人生の終わりだと思って、カミングアウトしてしまったことを思い出した。

 少し気まずく思いながらも、今更気にしてどうする、と開き直る。

「そうよ。別に良いでしょ。ジーラが貴方のことを勝手に好きなように、あたしはジーラが好きなの。それだけでしょ」

「そう、だな。その通りだ」

 ジーラは、テスラにとっては家族のはずだ。だからこそ、少し気になるのだろう。

「面倒だから、そういう反応辞めて。あたし自身は、何も変わってないんだからね。変わったとしたら、テスラのあたしに対する見方だけだからね」

 その通りだね、と薄く微笑み、テスラは頷いた。

 隣に居るコフィと言う娘とは、ほとんど話したことがないが、テスラとばかり話していると感じも居心地も悪いはずだ。

「コフィ、さん。お勧めのお店とか有りますか?」

「あ、はい。自分の行きつけでよければ!」

「ええ、お願いします」

 コフィさんの服装は、比較的おとなしめだ。明日の会議で使うにしても、デザインについては特に問題は無いと思える。後は、その店の中で良質な物を買えば良いだろう。

 連れてこられた店は、高級な商店が建ち並ぶ、御貴族様御用達と思えるお店だった。

「うお、すご」

「そう、だな」

 一般市民のあたし達には縁の無いお店だ。

 前面硝子張りで、床も輝いており、いかにもな高級店だ。入口にも、スーツ姿の警備が立っており、自分達の場違い感が半端ではない。

 だが、臆することなくコフィは入口に近寄っていく。

「コフィ様、いらっしゃいませ」

 警備の男は恭しく頭を下げた。

 行きつけに連れてきてもらったのだから、常連なのは当然なのだが、目の前の少女が突然高貴な存在に思えてくる。

 つくづく小市民な自分である。

 あたし達は、頭を下げながら、コフィの後に続く。

「とりあえず、どういった服を?」

「そうね、ちゃんとしていれば文句は出ないと思うけど。テスラはどう思う?」

 ふむ、と呟き、店内を見回す。

「あれなんかどうだい?」

 テスラが指さしたのは、黒のシックなワンピース。

 当たり障りが無いのは間違いない。

「ジーラは、あまり目立つのが好きではないからね」

「それは、知ってるけど」

 だからこそ、わざと髪をボサボサにして、呪い防止の実益も兼ねた呪術阻止のための加工により少し曇った、野暮ったい眼鏡をかけているのだ。

「でもですよ? 明日は、皆に神様っていうところを、見せる必要があるんですよね?」

「ま~、そうね」

「なら、みんなが憧れるような服が良いんじゃないですか?」

 確かに一理ある。

「むしろ、地味すぎても駄目なのかしら?」

「そう、ですね……。個人的な意見ですけど、変に黒系で地味だと、メルバ様と被るんじゃないかなぁ、と。それは、あまり良くないと思います。メルバ様、存在感ありますから」

「確かにね。じゃあ、少しくらい豪華でもいっか」

 テスラも頷く。

「確かに、目立つのが好きじゃないとは言うけど、ジーラも女性だ。豪奢な服が嫌いというわけでもないさ」

「そうよね。じゃあ、みんなでとっておきのジーラにしてあげましょう」

 あたしの号令に皆が「おう!」と答えると、怖い顔した店員さんに、礼儀正しい言葉ではあるが、内容的には「うっるせぇ、場所考えろ」と言われてしまった。


 目を覚ますと「お目覚めですか」と間を置かずにメルバに声を掛けられた。

 私が眠りについたときと変わらぬ場所に、変わらぬ姿勢で立っていた。

「ずっとそこにいたの?」

「はい」

「姿勢崩してて良いのに」

「別に辛くもないので」

「私の寝顔覗いても良かったのに」

「それは先に言って欲しかったですね」

 真顔で返されて、私は笑ってしまった。

「冗談よ。ちょっとお腹減ったわね」

 私は、ベッドから身体を降ろす。今の自分の服装は、泊まりの使用人が使う寝間着姿だ。

 屋根のない部屋から見る空は星を覗かせていた。

 月の位置から、夜中までは行っていない様子だ。

「みんなは?」

「ちょうどお食事に」

「そう。なら、私達もいきましょ」

 こくり、と頷きメルバが私に近づき、ガウンを掛けてくれた。

「付き人がいるなんて初めてだわ」

「だとすれば、この世界そのものが不敬ですね」

「てっきりお持ちしますって言われるかと思ったけど」

「そうすると、お嬢様のお側を離れることになってしまいますから。流石に、今は一人になられるのは良くありません」

「ああ、確かにね」

 私はメルバに案内されるがまま、後をついていく。

 ふと思う。あそこから一切動いていないとすると、城の内部を知っているのだろうか?

「場所わかるの?」

「適当に歩いていれば、いつか着くかと」

「嘘でしょ⁉」

「嘘です。ちゃんと道順は聞いておりますよ」

 からかわれた。

 すれ違う兵士達が、私以上にメルバに対して、慌てて敬礼をしているが、メルバは特に気に留めずに、素通りしていく。もう少し、反応してあげても良いと思うが、メルバにとっては、路傍の石なのだろう。

 大きな扉の前で足を止める。屋根がないので、話し声と、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 中に入ると、皆が、各々の呼び方で私を呼んだ。

「おはよ。誰もキスしてくれないから、晩餐会に遅刻しちゃったわ」

「じゃ、今度からあたしがするから」と即座にカミュから反応が返ってきた。

「ごめん、質の悪い冗談でした」

 この場には、テスラ、パパ、カミュ、シルキーがいた。どうやら職員用の食堂らしい。

「何になさいますか?」

「いいわよ、自分でとってくるわ」

「駄目です。お世話を焼くのが、わたくしの唯一の趣味なんですから、奪わないで下さいな」

 駄目人間にされちゃう。でも、駄目人間になることに抵抗はないのだ。思いっきり甘えさせてもらおう。

「じゃ、お肉ならなんでもいいわ。お任せで。折角だから、メルバも食べなさいよ。あっちの天使様は、御飯大好きよ」

 メルバはシルキーに視線を送ると、一瞬呆れたような溜息を吐く。シルキーは、一瞬手を止め、む、としたように口を結んだが、再び食事を再開した。

「それで服買ってきてくれた?」

「うん、後で渡す」

 カミュが期待してて、とばかりに親指を立てた。

 メルバが、私の前に食事を並べてくれる。私はメルバに隣に座るように促すと、面食らったように固まったが「私が落ち着かないわ」というと、苦笑しながらも隣に座ってくれた。

 私に提供されたメニューは、メルバの説明によると猪肉のニンニクソースがけだということだ。

 濃いめの味付けだったが、疲れていたのか、かなり食が進んだ。ペロリと皿を空にし、パンも三つ食べてしまった。

 メルバは、食事の文化がないのだろう。私の真似をしていたが、一口食べると「あら」と呟き、そのまま、文句もなく食べ続けていた。

 その姿を見た、シルキーが勝ち誇った顔をしていたのは秘密である。

「それで明日なんだけど、メルバとシルキーは勿論なんだけど、パパとテスラも参加してもらえるかしら?」

 皆が了承してくれる中「ちょ、一人にしないで⁉」とカミュが声を荒げた。

「いや、面白くないわよ、多分」

「だからって、一人の方がキツいって!」

「う~ん、場違い感、キツいかも知れないわよ?」

「わかってるよ! なら、シルキー様ぐらい置いてってよ!」

 シルキーは、高速で首を横に振っている。

 まあ、主の運命が決まるかも知れない場に、出席しないわけにはいかないだろう。

「カミュ、わかったわ。でも、変なことしないでよ?」

「黙ってるってば、流石に」

 カミュは、信用無いなぁ、と唇を尖らせた。ちょっとかわゆい。

 その後、簡単に明日の予定を話した後、私は自分の髪に触れた。ぱっきぱっきだった。考えてみれば、海に入ったのに、洗っていない。

「お風呂行きたい」

「だろうね」

 テスラが、くすくすと笑っている。

「髪、ひどいよ?」

「言ってよぉ」

 私はこの、ぼっさぼっさのばっきばっきの髪で、城の中を歩き回っていたわけである。

 恥ずかしい……。正体がばれているからこそ、尚のことである。

「案内しましょうか、お嬢さん」

 とカミュがおどけて言うと、パパが止めた方が良いのか、どうか困ったように眉根を寄せていた。

「大丈夫よ、パパ。あの子、スケベだけど、嫌って言えば止めるから」

「そうですよ。スキンシップで止まります」

「そもそも、一緒に入るって言ってないわよ」

「え~」

 そうはいいながらも、きっと一緒に入ることになるんだろうなぁ。そんなことを考えながらも、カミュと共に風呂へと向かった。


 結局、明日に備えて、皆早々に休むことになった。

 私も疲れていたのか、風呂と食事を終えただけだが、すぐに眠ることが出来た。

 そこに失敗があった。

「お嬢様、起きて下さい」

 メルバの声に目を覚ますと、シルキーがベッドの上方でふわふわと浮いていた。

「おはよ~。もう朝なのね」

「ええ。本日は、食事を用意しております」

「拙が、持ってきた」

 テーブルの上に、三人分が用意されていた。

「ん、ありがと」

 私は上体を起こし、ん~、と伸びをする。

 そして、ベッドから降りてテーブルに向かう。

 シルキーもぷかぷかと後を追ってきて、席へと着く。

 私がメルバに視線を向けると、一瞬嘆息するも、素直に席へと着いてくれた。

 朝食は、パンとゆで卵とサラダとスープ。私としても足りないくらいだったので、シルキーは私以上に不満そうだ。

 メルバの小言が待っているためか、文句を言うことはなかったが。

 食事を早々に終え、私はカミュが用意してくれた服を確認した。

 袋の中から、ドレスを取り出す。

「……メルバ、いや、シルキーの方が良いわね。カミュを呼んできてくれる?」

 メルバだと雑に扱いそうである。

「うい」

 そして、カミュが現れるのを待った。

「呼んだ~?」

 気楽な口調で、現れる猫ちゃん。

「えっと、これ……」

 私はドレスを取り出し、カミュに見せる。

 すると、カミュは胸を張った。

「ふふん、流石でしょ。コフィさんとテスラと、みんなで厳選したのよ?」

 どうやら、カミュの暴走ではなかったらしい。だとしたら、尚のこと質が悪い。

 ドレスは、真っ赤だった。スパンコールで、テッカッテカ。背中も露出されている。これは、多分、魔族用で、羽があるためだろう。

 だが、この服は、この服は……。

「ふふん、ジーラに似合う服って考えたら、これかなって。テスラも、やっぱりフィリアと同一人物って、本能ではわかってるんでしょうね。これは似合うだろうね、って断言してたわ」

「夜のお仕事用でしょ、これ?」

 うん、と頷く。

「私、これから国の命運を決めるお堅い会議に出るのよ? 発言に信頼を感じてもらわないといけないのよ?」

 ふむ、と再度カミュは頷いた。

「ジーラ、一つ聞いて良い?」

「なによ?」

「あたしは何故、こんな選択を?」

「私の台詞じゃないかしら⁉」

 だが、既に替えの服はない。

「あ~、もう! もう! わかったわよ、コレでいけってんでしょ。なら、とことん、盛ってやろうじゃないの!」

 一緒に同封されていた化粧品も、夜のお仕事用としか思えない代物だった。なんというか、逐一ラメが入っている。

 私は最早、仕事の時と同じ覚悟で化粧を始めたのだった。


 既に、会議室には主要な面子が集まっているという連絡を受け、私もそちらへと向かった。

 背後には、二人の天使が付いてくる。

 会議室につくと、テスラとパパ、カミュが私を待っていた。

「お待たせ」

「随分、その、会議には似つかわしくない格好だね」

 パパは、呆れたように、苦笑を浮かべていた。

「それは、そっちの二人に言って頂戴」

 先程話したカミュと違い、テスラはとても気まずそうに顔を背けていた。

「ま、今更よ。それに、綺麗っちゃ綺麗でしょ?」

 言いながらニカッと笑い、私は扉を開いて、中に入る。こうなりゃ、堂々と見栄を張るしかない。

 皆の視線が集まり、同時にぎょっとした様子だ。

 わかる、わかるわ。厳かであるべき場に、明らかに夜の蝶が来たんだもの。そもそも、私と認識しているだろうか。ほぼソフィアの格好になっているのだ。

「えっと、ジーラ嬢、ですかな?」

「そうよ。知り合いに服を任せたら、こうなっちゃったの。一応、巫山戯てはないわ。そこだけは理解して頂戴」

 そういうと、皆は顔を見合わせた。そして、軍務卿が口を開こうとしたとき、かつん、とわざとらしく靴音が鳴った。

 その音の持ち主に、軍務卿が視線を向けると、威圧されたかのように、黙り込んだ。

 流石のメルバさんである。ほんっと、味方で良かった。

 円卓が中央にあり、そこには王、軍務卿、枢機卿、王子二人、そして私とメルバの席だけ用意されていた。

 それ以外の者の席は、少し離れて用意されていた。これは、軍務卿、枢機卿が連れていた者達も同様の扱いを受けているので、文句はない。

 まあ、気になるのは、軍務卿の背後の席に、どうやら福因教の人間が居ることだろうか。

 よくもまあ、同席が出来たものだ。最早、隠すつもりも、譲るつもりもないのだろう。

 皆の席に、お茶と菓子が用意された。

 これから話す内容には似付かわしくないとも思うが、こればかりは文化だと思い受け入れよう。お菓子好きの天使様もいることだし。

「それでは、御息女様、お話を」

「あ~、そうね」

 ハッタリのつもりだし、国を治める器でないことが理解している。だが、ここで全部嘘でしたは、多分、誰も納得しない。後日同じ事がきっと発生する。

 つまり、落とし所を見つけなければならない。

「軍務卿、貴方としては、どうしたいわけかしら?」

「オレの目的は魔神の排斥だ。そこは変わらない。その為に、オレは福因教と組んだ」

 一人称がオレになっているあたり、素で語るつもりなのだろう。

「裏切り者め」

 忌々しげに、枢機卿が呪詛を込めて呟く。

「そもそも、オレはかなり前に改宗している。今更、裏切り者などと言われてもな」

「そうだったの?」

 私が周囲を見回すが、皆が知らなかった首を横に振っている。

「だが、確かに軍務卿は石化していたな」

 王が合点がいったとばかりに呟いた。

「オレの呪いについては皆が知っているだろう」

 彼は加護の代償ではなく、呪いと言い切った。その一言で、彼にとっての魔神の立ち位置がわかるというものだ。

「その呪いをどうにかしたくてな。福因教の加護を得れば消せると考え、改宗させてもらった」

 彼が国を離れていたのは、もしかしてこれが理由なのだろうか。

「だが、駄目だったな。ああ、駄目だった。加護は上書きされたはずだ。それでも、一度、想った心は変えられなかった」

 彼は虚空を見上げながら、哀愁を込めて呟いた。

「だが、無駄ではなかった。妻を愛することが出来たからな。そして、子供には、この呪いを背負わせないで済むと、そう思っていた」

 ああ、それは……。

「結果はこれだ。結局、魔神が呪えば、子供達は同じ目に遭うことがわかった」

 父上、と子供二人が呟く。彼らの為に、改宗していた事実に、驚きか、それとも感謝か、なんらかの念を覚えたようだ。

「魔神の娘よ、貴様は昨日、魔神排斥に賛成と言っていたな。だがそうなれば、方法は二つだ。魔神信仰者の排除、もしくは改宗。それに貴様が協力するというのか?」

「御息女様、馬鹿なことはおやめ下さい! 貴女は、魔神様の娘なのですよ。貴女は、魔神様の娘として、この国を導いて下されば良いのです!」

 枢機卿が、声を荒げるが、今はそちらの相手はしていられない。

「軍務卿は、国民の大半を皆殺しにする覚悟があると言うことで良いのね?」

「……ああ。それが、魔神を排除することになるのならば。生きていたい者は、福因教に改宗すれば良い。今より生活は悪くなるかも知れないが、わかって、くれるはずだ」

「無理よ。加護を受けていない国民は、今の生活で、とりあえず満足しているんだもの。貴方と、国民で争いになるだけだわ。それとも何、今、誰かを連れてきたら、貴方が目の前で殺して覚悟でも見せてくれるの?」

 私は続ける。

「多分だけど、貴方の姉も、魔神信仰の信徒じゃないの? 殺せるの? それとも、誰かに任せるの? 出来るの?」

 軍務卿は、忌々しげにこちらを睨みつけながら、そのテーブルの上の握りこぶしは激しく震えている。

 だが、それは歴とした事実だ。

 軍務卿の我慢が限界に来たのか、口を開こうとした瞬間「提案があるわ」と私が制した。

「提案、だと?」

「ええ。多分、改宗より現実的で、国民殺しより、後味は良いわ」

 興味を持ったのか、言ってみろ、と話を続けるように促してくる。

「恥ずかしいし、身の程を知れって言われたら、その通りかもなんだけど!」

 保険として、防衛戦を張っておく。

 本当に恥ずかしいのだ。こんなつもり、元々はなかったし。

「わ、私を信仰させれば良いんじゃないかしら?」

「貴様、を?」

「そうよ。私なら、魔神の娘ってことで、福因教よりは、すんなり移行できるはずだわ。それに、祈祷術じゃないけど、信仰術は、まあ、頑張って開発すれば、皆も今より便利に暮らせると思うし」

「それは、可能なのか?」

「うちの大天使様が言うには」

 メルバはこくりと頷く。

「多分、一番、犠牲者が出ない方法よ。まあ、私が最悪の犠牲者みたいなもんだけどね!」

 冗談めかして言うと、軍務卿が呆気にとられた表情を浮かべた後、やれやれと呆れたような表情を浮かべた。

「確かに、その通りだな。ジーラ神、確かに、一番の提案だ。オレにはそれ以上の魔神排斥の方法を思いつかぬ」

 とりあえず、軍務卿は納得してくれた。

 うん、ここまでは予想通り。

 当然、納得できない者が出てくる。

「同士よ、これでは話が違う」

 福因教の男が口を挟む。多分、パパの師匠筋の男だったはず。名前は、フォルッゾだったかしら?

「そうだな、同士よ。だが、オレとしても、同胞を殺さずに済むのならば、それに越したことはない。それとも、我らが福因教は、魔族ならば、殺さずとも良い者を殺せというのか?」

「魔神の娘を利用し、福因教を支配しようとした危険思想の者は生きておる。そして、その方法が上手くいくとは限らぬ」

「先生!」

 パパが立ち上がり、フォルッゾ神父に呼びかける。鋭い視線が、パパに向けられる。

「貴方は出来るのですか? 娘さんと同じような年頃の魔族を、魔神を信仰しているから、殺すなんて事が……」

 パパの言葉に、フォルッゾ神父は歯がみした。

 結局、一番血が流れない方法がこれであることは、皆がわかっているのだ。

「そう、だよ、神父」

 珍しく、シルキーが言葉を挟む。

「主殿は、一応、善人。信じるに、値する、よ」

 福因教の天使様の後方支援。シルキーに言われると、逆らうことなど出来ないはずだ。不服そうだが、口を噤んで、自分の席へと戻っていった。

「たださ、私ってば、もう本当にド庶民なわけよ。政治経済なんて全然わかんないの。だから、それらは今まで通り王様達に任せたいわけ。軍については、軍務卿に。なんなら、私は飾りでいいの、飾りが良いの。勿論、明らかに間違った方向に進むのが私にでもわかれば、止めるし、口も挟むけどさ」

 権力に興味は無い。そんなもんが欲しければ、最初から神様の血を前面に出している。

「そこは、我々が支えましょう」

 王様や王子達が深々と頷く。

「ありがとう」

 酒場の件もある。この国に常駐も出来ない。

 ま~、ずっと側に居たら、神様の貴重さがなくなっちゃうからね。

 だが、一人だけ不服そうに虚ろな瞳をこちらに向けていた。

「待って、いただきたい」

「なにかしら?」

 枢機卿が、縋るような顔で、こちらに声を掛けた。

「拙僧は、納得がいきません。魔神様は、我々魔族の信仰を捧げるべく神なのです。これは伝統なのです。それを、娘の貴女が奪うなどと……」

「別に、貴方の地位を奪うつもりなんてないわ。私を神様信仰対象にしても、貴方はそのままの立場でいいわ。むしろ、国中に広めるのを、手伝って欲しいの。それだけの権力が、貴方にはあるでしょう?」

「そ、それは、確かに、そうですが」

 地位を奪われることが不安なのではないのか? ならば、何が気に食わないのだろうか?

「ふん、貴様の野心が潰えるのが気に食わないのだろう。本当ならば、ジーラ神の威光で、他国を支配しようと考えていたわけだからな。その上、信仰対象としてのジーラ神が存在するとすれば、貴様はどうあがいても、この国の教会勢力で一番にはなれない。なんせ、崇拝すべき、神が実在しているのだからな。それが気に食わないのだろう?」

「想像で勝手なことを言わないで欲しいものだ」

 枢機卿は忌々しげに呟くと、それ以降口を噤んだ。だが、その瞳の中の野心の火は、まだ消えていないように感じた。

 枢機卿は、私ではなく、その先、メルバを見つめていた。熱の籠もった目で、大天使を見つめていた。

 その後は、簡単な調整話だけして、解散になった。

 軍務卿が、私を支持した時点で、この話し合いは終わりだったのだ。まあ、枢機卿には申し訳ないが、泣いてもらうしかないだろう。

 とはいえ、地位を奪ったわけではないのだ。十分すぎるぐらいの温情ではないだろうか?

 すると、パパが私の方へと歩み寄ってきた。

 そして、「先生」とフォルッゾ神父に声を掛けた。

「なんじゃ?」

「お昼、ご一緒しましょう」

 訝しむように、フォルッゾ神父が眉をひそめ、パパと私を交互に見る。

「なんでじゃ?」

「ふふん。俺の自慢の愛娘を紹介するためですよ」

 私の肩に、ぽん、と手を置き、ドヤ顔のパパ。

 自慢できるほどの娘じゃないんですよ、残念ながら。

 なんせ、カスとクズが渾名ですから。


 邪魔が入って欲しくないからか、良い場所はないかと聞かれ、ありす達は自分達の泊まる宿の一室に集まった。

 福因教の人間が何人も降り、皆がシルキーに対し、憧憬の念がこもった視線を向けていた。

 パパの知り合いも、何人か居るらしく、今だけは敵対者としてではなく、友人のように気軽に話をしていた。

 こういう場合、私はよく酒を用意するのだが、今回はそういう雰囲気ではないようで、軽くつまめる軽食をパパが宿に頼んで用意してもらった。

「さて、それではジーラ神、お主も話があるのでしょう?」

「とりあえず、敬語は要らないわ。私自身、神様なんて実感はないんだから」

「それでも、貴女の半分が神であることは事実でしょう。それをないがしろにすることは、神に遣える者としては許されません」

 う~む、堅い。パパとかテスラとかみたいに、普通で良いのに。

「私は、福因教と敵対するつもりはないわ。魔神を恨む、貴方たちが、私を恨むというのも、わからないでもないけれど……」

「いや、それは誤解ですな。我々は、ジーラ神を恨んでなどおりません」

「そう、なの? だって、魔神の所為で、娘さんがお亡くなりになったのでしょう?」

「ええ、そうですな。でも、それは貴女も同じでしょう。母上を亡くされておられる。そういう意味では、貴女は我々と同じ立場だ。加えて、もし我々の誰かの娘が生きて、子を産んでいたとしたら、その子を恨むことなど、到底出来ませぬよ」

 私が周囲を見回すと、皆が同意を示してくれた。

「ありがとうございます」

「礼など要りませぬ。先程も言ったが、我々と貴女は同じ立場だ」

「なら、これから先は、争う必要は無いのよね」

 私の言葉に、フォルッゾ神父は困ったように眉根を寄せた。

「貴女とは、そうなるでしょう」

「……争うべき相手が居るの?」

「ええ。あの枢機卿は危険でしょう。あれは野心を抑えられる類の存在ではない。最低でも、監視の目なり、調査はした方が良いでしょうな」

 そして、それを自分がやると、この神父は言っているのだ。

 状況によっては、その場で暗殺するのではないだろうか?

 合理性だけ考えれば、その方が良いのだろうが……。いや、私の関与が疑われ、求心力に影響が出るだろう。

神父達にとっては、最優先は福因教の利益なのだから。

「もし、私に反旗を翻すようなことを考えていても、殺すのはやめてもらるかしら?」

 フォルッゾ神父は無言で目を細める。

「別に、無罪放免なんかにはしないわよ。ただ、問答無用で殺したら、私が恐怖政治しようとしてるって思われるでしょ。ある程度は、段階踏みたいのよ。死刑にするにしてもね」

「捕らえるに留めろと」

「ええ。お願い」

「俺からもお願いしますよ、先生」

 パパがヘラヘラとした顔で拝み倒している。なんとも軽薄そうだが、フォルッゾ神父は、嘆息しただけだった。

「わかりました。出来る限り、それに留めます。ただですね、約束は出来ません。多分だが、アレは切り札を持っている。伊達に、長々とこの国で、加護を得た一族をしていたわけではないはずです。それが危険だと認められれば、即座に暗殺します」

「それは仕方が無いわね。そこまでは求めないわ。自分の命を大事にして頂戴」

 一応の約束を取り付ける。だが、どこまで信用して良いのだろうか。

 私が思案顔で居たからだろうか、パパが私の隣に座った。

「安心して良いよ。先生は、誠実な人だから。そうじゃなきゃ、これだけの者が、死ぬ可能性の高いクーデターになんか、参加してくれないよ」

「うるさいわい。貴様は、儂の下から離れたじゃろうが。しかも、女が理由で!」

「子供達の前で、その話題は止めてくださいよ」

「ふん。むしろ、息子に隠しておるのか貴様は」

 いや~、と頭を掻きながら困った表情を浮かべるパパ。テスラは、呆れた様子でその光景を眺めていた。

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