第二章 4 人には糧を、依頼者には吠え面を
四
テスラの下に戻ったときには、既に日は昇っていた。
「横取りされなかった?」
「まだ、西側の処理が終わっていないんだろうね。こっちには、誰も来てないよ」
私は、近隣の鍛冶屋の村である、フォアスミスから、大勢のドワーフを連れて戻ってきた。村とは言うが、鍛冶屋の村だけあり、小規模な砦とも言える村だ。
以前、呪い関係依頼で伝手があったのだ。
そして既に話は通してある。通してはあるのだが……。
「てめぇ、龍なら龍って言いやがれ!」
村長兼工業長であるミリアルドが怒鳴った。無骨な外見に、ボサボサの髭と白髪の髪。名前負けがひどい。
「え~、魔物は魔物じゃん」
龍って言うと、色々面倒臭そうだから、伏せておいたのだ。
「ジーラ、やっぱりこれ、二つ名持ちだったよ」
手配書をぴらぴらと振りながら、テスラが微笑んでいた。え、それ今言う? 龍っていうだけで、揉めてるのに?
「おい、組合への報告はしてんだよな?」
「しないけど?」
「お、ま。組合から追放されるぞ?」
「望むところよ。組合に興味ないし。Fランクだよ、私」
ミリアルドが頭を抱えている。
「テスラの大剣とフルプレート以外の素材はあげる。勿論、タダ」
その言葉に、連れてきたドワーフの皆が目を見開いた。
「タダ、だと?」
「そう。別に、私たちお金に困っていないし。むしろ、今回の件で、やりたいことがあるんだよね」
そのやりたいことをドワーフ達に説明すると、皆が一同に苦笑いを浮かべた。
「お、お前。相変わらず、性格悪いな」
「代わりに、容姿は良いわよ!」
はぁ、とミリアルドは溜息を吐いた。
「ま、そんな感じでお願いね」
「ああ。肉は都市へ。素材は、あんたらの依頼分以外は、おれらが貰う。で、もう一匹の骨は、粉にして、近隣の村にも配る。それでええか?」
「おっけ~」
龍の骨は、粉にして飲めば滋養強壮に効き、地面に撒けば土地が豊かになる。凄い代物なのだ。それこそ、手の平一杯で、庶民の年収ぐらい楽に吹っ飛ぶくらいの。
「肉、食べに来るなら来てね~。龍の肉なんて、貴族でも食べられないよ?」
「わ~っとるわい」
彼らは、既に解体を始めている。この量だ、この村の人数だけでは運べないので、近隣の村にも応援を頼みに行っているようだ。
龍の骨がもらえるというのならば、喜んで参加することだろう。
「ジーラ、君は先に戻って休んで居てくれ。僕一人で、肉の搬入は大丈夫だ」
「そう? 私としても、人集めが必要だから、先に戻れるなら助かるけど」
ここはテスラの好意に甘えるとしよう。
私は、一人先に、都市へと戻った。
真っ先に、酒場へと向かった。
まだ、仕込みは始まっていなかった。
少し待てば、ママが来ることだろう。
酒に手を出しながら、待っているとママが現れた。
「どうしたのさ、こんな早くに」
「ちょいとお誘いがあって。今日はお店閉めて良いから、別の場所で料理してくれない? 勿論、給料は出すよ。あと、食べ放題」
「ま~た、変なことするのかい?」
呆れ顔のママ。私は、にへへ、と笑った。
「場所は、貧民地区でやる予定なんだけど、また誘いにくるから、酒場のみんな集めて、ここに居てよ」
ママはふう、と深く息を吐き「わかったよ、まったく」と呆れながらも頷いてくれた。
簡単に言えば、龍の肉で行う炊き出しだ。
もし、龍の肉を売れば、相当な高額で取引される。それこそ高位貴族や高級飲食店が買い取ることだろう。だが、その後の税金処理、大金の受け取り、その他雑務が面倒くさい。だが、放置すれば、腐るし、龍の肉を食べた野性動物が、やばい魔物に変異する可能性もある。
だから、皆で食べちゃおうってわけ。
しかし、このままでは作り手が足りない。
私は適当に知り合いの料理屋に声を掛けた。
自分のやろうとしていることを知ると、今日の営業は無意味だと思ったのか、協力を受け入れてくれた。
あとは、孤児院かな~。
都市にある二カ所の孤児院を訪問し、本日の催しについて説明する。院長らは、二つ返事で参加を表明した。
断るメリットもないし、当然の参加だろう。
炊き出しを行うことを宣伝しておくか。
口コミで広がるように、知り合いに伝え、更に皆に伝えるようにお願いしていく。
門番にも伝えておくか。理由がわかれば、テスラが変に疑われることもないだろう。疑われたところで、犯罪性はないので、調べられても構いはしないけど。
その後、ただ飯目当ての連中の協力を得て、準備を終えた。
肉の搬送も問題なく、テスラも合流した。
その夜、貧困地区の広場はお祭り騒ぎだった。
タダ飯、それも炊き出しでは滅多に食えないお肉だ。勿論、彼らは龍の肉だとは知らない。
金のない、駆け出し組合員達も顔を出している。
酒については、酒場である我々が売っている。流石に、これをタダで提供する理由はなかった。
そして開催者ということで、挨拶をしろという流れに鳴ってしまった。
テスラが、頑張れ、と私の背中を叩いた。羽が痛いから、あんまり背中を叩くな。
酒も入っているので、緊張はしていない。
「あ~、じゃあ、みんな聞いて~」
広場の中央で大声を出す。
「この肉、実は龍のだから」
まあ、そうだろう、と皆は思ったようだ。龍の大規模討伐は昨日の今日だ。むしろ、それ以外の方が不自然だ。
「因みに、二頭分で、一つは二つ名持ちだから。大切に食べるように。以上!」
広場から、驚きの声が上がる。ざわざわ、とその声は広がっていく。
私は、そんな様子をによによと見ながら、テスラの横に戻る。
すると、カミュがこちらに近づいてきた。
「どう、楽しんでる?」
「というか、驚いてる。この肉、三回もおかわりしたけど、いくらくらいかしら?」
「わかんない。でも、鶏肉よりは高いわよ」
私の答えに、カミュは呆れた笑みを浮かべていた。
周囲を見回せば、カミュと一緒に、他の酒場の店員達も来ていた。
「でも、なんでこんなことしたのよ?」
「ふふ、慈愛の女神だから」
「そういうのいいから」
「もうじきわかるわよ」
によによ、と笑うと、カミュは私の隣に座った。
「じゃ、見せて貰おうかしら」
そう言って、私の肩に頭を乗せた。
お前は私の彼女か何かか?
「テスラ、そう言えば装備関係、どうなりそう?」
気になっていたことを訊ねる。
「良い部分をふんだんに使って造ってくれるそうだよ。今度、採寸や要望を伝えに行ってくるよ。あと申し訳ないけど、しばらくは仕事に出られそうもない」
「そりゃそうでしょ。いいわよ、準備できてからで」
そもそも、大剣が折れたのは私の所為である。ごねて良いわけがない。
下手に代理の剣を用意して、無理すれば事故が起こるかも知れない。だったら良い機会だ。休養を取るのも良いだろう。
しばらくして、二人の男達が目の前に現れた。
二人は、顔中に汗をかいており、全力で走ってきたのがわかった。
その二人は、組合長、教会騎士副団長だ。
「お、おま、この龍が二つ名持ちって、本当か?」
青い顔で、組合長。
「多分」
そう言ってカミュと杯を合わせて、酒を飲む。
こいつじゃ話にならないと思ったのか、テスラに副団長が同じ質問をした。
「特徴から、空喰いだと思います」
「ほ、他の素材は⁉」
「全てジーラに。今回の討伐、僕は何も出来ませんでしたので」
「ば、馬鹿な。どれほどの栄誉と金になると思っているのだ⁉」
「でも、本当に、僕は何も出来ていないのです。はっきり言って、ジーラが一人で狩ったようなものです。もう一匹の方ならば、手柄も主張出来るでしょうけど」
だが、そちらに興味は無いだろう。なんたって、無名の龍と二つ名持ちだ。貢献の度合いが違う。
多分、他の都市の教会に誇れる栄誉のはずだ。
そして、テスラのその言葉を聞いて、嬉しそうにしているのは、我らが組合長だ。
「ジーラ、それで素材は?」
「あげた」
「あ、あげた?」
「うん。貧乏な村に」
「な、何を考えているんだ⁉」
によによ、と私は頬を緩ませる。
「あんたら、私たちに仕事させようとして、騙したでしょ? お互い受けてないのに、受けたって」
一瞬、二人の目線が泳ぐ。
「だから、吠え面かかせてやろうって思ったのよ! はやっはっはっは。最高の酒の肴ね! 二つ名の龍の肉より、よっぽど美味いわ」
性格悪、と隣でカミュが引いている。
「と、討伐の証拠、なんかないのか⁉」
せめて、討伐はしたという栄誉だけでも欲しいのだろう。
「さぁ、明日辺り、トイレの中にみんなが生むんじゃない?」
「こ、こいつ!」
「ぎゃはははは」
お腹を抱えて笑ってやる。ひとしきり笑って満足したので「さ、お金持ちは帰った帰った。今回は、普段良い物が食べられない人限定よ」と言ってやった。
余は、既に心が満腹じゃ。
組合長達は拳を握りしめているが、最早どうしようもないと思ったのか、肩を落としてトボトボと帰っていった。
「やりすぎじゃないか?」
「これで、私たちを頼らなくなるでしょ。このままじゃ、駄目なのよ」
私が嘆息すると、テスラも「そうだね」と同意した。
「二人だけの世界に入らないでくれない?」
カミュが、不機嫌そうに私の顔を覗き込む。
まだこの宴は終わらない。だって、食べきらないと、腐るからね! 街がとんでもない臭いに包まれるからね!