第四章 1 脱出大作戦
第四章
一
「ジーラお嬢様、誰かが入ってきましたわ?」
私の髪の毛を梳きながら、メルバが独り言ちた。
「迎えか⁉」
ロズウェル王子が即座に反応したが、「さぁ、どうでしょう?」とメルバの反応はそっけない。
「でも、敵じゃないでしょ。少なくとも、私達を排除する目的なら、このまま何もしないで放置が鉄板だもの」
特に、この大天使様の事を考えるのならば、放置以外は考えられないだろう。
私とメルバ以外は、既に満身創痍だ。宝物庫の呪いを含んだ空気に、精神を酷く苛まれている。
「とりあえず、様子を見に行きましょ。コフィ、ここに降下用の陣を用意しておいて。あっちに、祈祷術使える人が居たら、皆で降りるから」
コフィは、青白い顔をしていたが、しっかりと頷いた。
「お嬢様、よろしければ、わたくしが侵入者の元までお連れしましょうか?」
「早い?」
「あっと言う間ですわ」
当然とばかりに言い切るメルバ。実際、彼女の実力ならば、その通りなのだろう。
「ならお願い」
するとシルキーが「拙も……」とふらふらした状態で立候補。
「もう限界寸前じゃない。いいから休んでなさい。ここは安全なんでしょ?」
「ここ、と言いますか、全ての天使に皆様への攻撃を行わないように言っておりますので、この場所に限らず安全ですわ」
流石のボスキャラである。
「では、失礼して」
メルバが私の身体を抱きかかえる。
「しっかりお掴まりを」
「ふにゃ⁉」
視界がめまぐるしい速さで変わっていく。風圧で、身体がメルバの身体に押しつけられる。
だが、それも数分。目的地である入口まで、本当にあっと言う間に到着した。
そこに居たのは見知った面子。テスラ親子にカミュ。アンドリューとメナス。この四人だった。
真っ先に出てきた感想は何での疑問符。しかも、服は変だし、手錠してるし。
「ちょ、誰、その女⁉」
抱きかかえられた私を見て、真っ先に口を開いたのは、私の親友。この状況にはそぐわない嫉妬の言葉に、私は脱力した。
「とりあえず、手錠を外しましょうか。メルバ、お願い」
私を降ろしたメルバが、軽々と手錠を破壊し、皆を拘束から解放する。そして、陣による降下のため、奥へと皆で進む。
この状況にいたる簡単な状況だけ説明を受けたが、詳細はロズウェル王子と合流してからということになった。
初日は一日かかって辿り着いた地点であったが、それは警戒しつつ進んだからこそ。メルバのおかげで、特に警戒すること無く進めたので、二時間程度で到着した。
そして、陣を使用して、最奥へと降下し合流。
ロズウェル王子も、兄の登場に驚いたようだが、取り乱す様子は無かった。
「じゃ、情報共有しましょ」
まず、私が閉じ込められた経緯を説明。大天使様を改めて紹介すると、皆の表情が凍ったのが面白かった。
ついで、パパが、私が居なくなってから今に至るまでを説明してくれた。
「では、ここから先はボクですね。とりあえず、ロズウェル、母上の石化は治ったよ。君のおかげだ」
「そうか。それは、本当に良かった」
胸を撫で下ろした様子で、ロズウェル王子は優しく微笑んだ。
「テスリィ殿から話を聞いて、調査を開始しました。ですが、調査を開始して間もなく、石化が解呪されまして。その騒ぎの最中、このクーデターが発生しました」
「そういえば、犯人は?」
私は、まだ首謀者すら確認していなかったことを思い出した。
「軍務卿です。ロズウェルを閉じ込めたのも、軍務卿の指示です」
「ちっ、母上が解放されたから、もう用無しってことか」
吐き捨てるようにロズウェル王子が顔を怒りに歪める。
「ああ、だからあんなに若い人を姉上って言ってたんだ。石化してたのね」
カミュが合点がいったとばかりに、ぽんと手を叩いた。どうやら、地上で軍務卿とその姉の会話を目撃したらしい。
「ってことは、二人は軍務卿の甥っ子なのね。しかし、姉の解放までクーデターを待ってたんだとしたら、随分なシスコンね」
冗談交じりでそう言うと、魔族の者達は深刻な表情を浮かべ、まるで代表のようにアンドリューが、こちらに顔を向けた。
「理由があります。そもそも、魔神様の加護というのは、同時に呪いの側面があります」
……それには心当たりがある。テスラに与えた自分の加護も、福因教では呪いと称されていた。
「軍務卿の一族には、皆、同じ加護が与えられています。それは、男女の双子が生まれる呪い」
それだけならば、きっと皆が、このような表情を浮かべるようなことはない。むしろ、産まれる前からベビー用品を用意するのが簡単になるくらいだ。
「そしてもう一つは、双子の片割れが、もう一人の双子に恋愛感情を持ってしまうというものです」
「……それはまた、その、なんというか」
それが世間一般的に背徳的だというのに、他者から施されたというのならば、悪趣味この上ない。
「シスコンと言えば、シスコンです。でも、それは恋愛感情なのです。そして、当然ですが、母上もその事実は知っている。なんとも、気まずいでしょうね」
そうか。有名な呪いならば、当然、家族は知っているのだ。弟が悪いわけではない。だからといって、受け入れることも出来ない。
「残酷というよりは、やっぱ、趣味が悪い」
私は、思わず舌打ちした。
「軍務卿は、ボク達に対して、複雑な思いを抱いていたでしょう。愛する姉の子供であると同時に、憎い姉を奪った男の子供。特に、ロズウェルは母上に似てますからね」
だから、弟の方が可愛がられていたのでしょう、とアンドリューは苦笑した。言葉の裏には、父に似た自分が嫌われていたと、言外に含んでいた。
「とりあえず、早急に動くべきね。一つ、確認だけど、石化は戻った、で良いのね?」
「はい。国中の石化した者は、元に戻ったそうです」
その調査で、クーデターの対応が遅れたわけか。
そういえば、随分カミュが静かね。
なんとはなしに、カミュの方を見ると、青い顔で辛そうにしていた。
考えてみると、彼女だけ、加護もなければ、神でも天使でも無かった。
「ちょっと、カミュ、大丈夫⁉」
「あ、ごめ。顔に、出ちゃって、た?」
「私の方こそゴメン。ここ、加護持ちじゃ無いとキツいの忘れてた」
「そう、なの? あ~、だから、きっついんだね」
どうすればいいかと考え、メルバに助けを求める。
「う~ん、そうは言われましても……。お嬢様が、守ってあげるくらいしか思い浮かびません。それこそ、大事な方なのでしたら、加護をお与えになられては?」
「与えられるのなら、与えてるわよ。与え方なんてわかんないの」
「そうなのですね。でも、わたくしも、加護の与え方はわかりません」
テスラの時には、キスで加護を与えた。というか、自分の意思とは無関係に与えてしまっていた。
とはいえ、キスは、なぁ……。
「とりあえず、抱きしめてあげる。加護が与えられるかはわからないけど、試しましょ!」
両手を広げた途端、ネズミを見つけた猫のように、私の胸元に飛び込んできた。
そして、胸に顔面を埋めて、顔をスリスリしてくる。
「ちょ、あんた、元気じゃない!」
「元気じゃないやい!」
「パパが見てるのよ、ちょっとは考えなさいよ!」
すると、カミュは動きを止めた。そして、パパの方へと顔を向けた。
「パパさん、娘さんを下さい」
「ちょお! あんた何言ってんの⁉」
「だって、もうここから出られないんでしょ⁉ だったら、別に隠す必要ないじゃない! どうせ、死ぬなら、その前に夢の一つも叶えたいって思ったって良いじゃない!」
突然のカミングアウトに、パパが困ったように頬を掻く。
「え~っと、カミュちゃんは、そのジーラちゃんが好きなのかな?」
「はい! あたしは女の子が好きです!」
めっちゃカミングアウトしてる。
「でも、ほら、それって相手の気持ちも大事だし。ジーラちゃんがどう思うかが大事でしょ。俺自身としては、見ず知らずの男に、愛娘を盗られるぐらいなら、可愛い義理の娘が増えるってのは、悪いとは思わないけどね」
「父さん、何を言ってるのさ……」
呆れたようなテスラの呟きが聞こえる。
カミュが続けて何かを言おうとしたので、顔面を掴んで、私の胸に押しつけて口を塞ぐ。
カミィの耳元で「あんた、パパは私が女の子も好きって知らないんだから。余計なこと言うんじゃないわよ」と告げる。
抵抗を止めたカミュを解放すると、ぷは、と息継ぎをした後「でも、どうせここでみんな死んじゃうんでしょ?」とふて腐れたように、カミュは唇を尖らせた。
「いや、出るための方法は考えてるわよ」
「え、うそ、マジで?」
「勿論」
私の言葉に、皆が驚いた顔をこちらに向けた。
そして、カミュだけは青い顔をしている。
まあ、皆の前でカミングアウトしちゃったしねぇ。
酒場の皆の前では、ああいう、ちょっとしんみりした状況だったから大丈夫だったのだろう。
「勝算はあるかい?」
「そうね。それなりに。軍務卿次第かな」
私は再度、アンドリューに確認する。
「石化は解けたのよね? それも全員」
「はい。石像の状態が問題ない者は。事故などにより、破損し、真っ二つになった者などは無理でしたが」
つまり、普通の状態なら問題が無いということ。
「そういえば、石化の条件ってなんなの? 王子達の母親だったり、バーのスタッフだったり。統一性がないけど。メルバ、わかるかしら?」
「一応、装置ですので、範囲、対象の年齢、性別等を選ぶことは出来ますわ。その分、呪力を食いますけど。ついでにお答えしますと、王子様方のお母様や、それ以外の人々が石化した理由は、暴発です。あの装置が呪力を溜めきってしまったので、自らが破裂しないように、吐き出した分だと思います。水風船に穴が空いて、飛び出した水が掛かった人が石化したとでも、言ったところでしょうか」
運がなかったと言うことか。しかし、私達は出ることが出来ないのに、石化の呪いだけは、外まで届くわけだ。まあ、そういう抜け道がなければ、陣による降下や、地上までの上昇も不可能なわけだけど。
「オッケー。なら、私の策は使えそうね」
ここぞとばかりに、カミュは、私の胸に顔を埋めて、スリスリしている。殴ろうかしら?
「策ってなんだい?」
テスラが、こちらの顔を覗き込んできた。
「ま、新しい王様に、楽させてあげようって言う優しい心遣いよ」
そう言って、私は皆に策を伝えた。
話を聞いた皆の顔は、半分は渋いものになったが、とりあえず、私の策でいくことになった。




