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第三章 5 カミュの探偵記録2

   五


 宿に戻ると、部屋にはかなりの量の料理が並んでおり、パパさんは困ったように、その料理の山を見つめていた。

「これ、なんだい?」

 苦笑いと共に、部屋に戻ってきたあたし達にパパさんが問いかける。

「え~っと、情報料の代わりというか……」

 簡単に今日の出来事を説明した。

「へえ、それは興味深いね」

 皆で食事を突きながら、話を続ける。パパさんは、酒も用意したらしいが、それについては話が終わってからということになった。

「俺は、今日、お偉いさん達との顔つなぎなんかをしてきたんだが、テス達はかなり頑張ってくれたみたいだな」

「僕は大したことしてないよ。カミュが頑張ってくれたんだ」

「得意分野ぐらい、頑張るよ。今回、密航者だし」

 そういえば、まだジーラ達が戻っていない。

「ジーラ達、忙しいのかな?」

「ああ、彼女らは、暫く戻らない」

 パパさんから、ジーラ達が宝物庫という場所に潜った事を聞かされる。

「大丈夫なの?」

「危険だろうね。部隊が壊滅しているくらいなんだから。けど、俺たちには信じるしかない。天使様もいるし、待つとしよう」

「で、でも」

「うん、心配だよね。でもね、俺たちに出来ることはないよ。ジーラちゃんは強い。シルキー様もね。それに、無理しなければ、普通に戻って来れているんだ。きっと大丈夫さ」

 安心させようとする優しい笑みに、あたしは瞳を閉じ、一息吐いてから頷いた。

「うん、そうね。あたし達は、あたし達の出来ることをしましょ」

 とりあえず、今後の方針を決めるべく話を続ける。

「国の管理する建物っていうのなら、父さんから探ってもらうわけには、って、駄目か」

 テスラが自分の考えを自分で否定した。

「ええ、駄目ね。アパートには入れるようになるかもしれないけど、人族を密入国させた奴が居るのなら、気付かれちゃう。証拠なんかは、隠滅されるでしょうね。それに、居なくなった人族も、更に厳重に隠れると思う」

「うん、そうだね。それをやるなら、アパートに力尽くで入る方が良いくらいだ。少なくとも、アパート内に手がかりがあれば、それは手に入る。ま、目的はアパートに入ることじゃないから、そんな手は最終手段だけどね」

 さて、今後はどうやって探って行くか、だ。

「教会側は、多分、この件に関わっていないと思うんだ。多分だけど、入り込んでいるのは福因教会の人間だ。だったら、魔神崇拝の教会とは、水と油のはずだからな」

「なら父さんは、そっち方面から攻めていくわけだね。僕らは、どうしようか?」

「国が管理しているからって、直接じゃないでしょ。多分、委託でどこかが管理なりしているはずよ。普通なら。そっちを探しましょ」

 うん、とパパさんも頷く。

「俺の方でも、そういった会社がないか調べておくよ」

「結局、また噂話を仕入れることになるでしょうね。でも、アパートに入るって目的が明確になったんだから、それはありがたいんじゃない?」

「ああ、確かにね。明日もよろしくお願いするよ」

 一通り、方針を決め終わったので、パパさんは酒瓶の栓を開けた。

 あたしは、この後の外出を考えていたため、一杯だけ付き合い「また、明日」と部屋を後にした。

 向かいたかった先は、昨日のバーである。普通に、楽しむのが半分、情報を得られる期待が半分と言った感じだ。

 どっちみち、テスラ達を連れて行ける場所では無い。

 あたしは昨日と同じくバーへと向かった。

「こんばんは」

「あら、いらっしゃい」

 マスターさんが、少しだけ元気がない様子だが、微笑んで迎え入れてくれた。

「あら、昨日の。カミュちゃん、だったっけ? あら、彼女は一緒じゃないの?」

 昨日も居た、お客さんの一人。

 そう言えば、店側もマスター一人しかしない。今日は客が少ない日なのかも知れない。

「ジーラはお仕事。一人じゃ寂しいから、遊びに来たの」

「あら、大歓迎」

「そう言えば、自己紹介もなにもしてなかったわね。こっちのことは知ってるみたいだけど、カミュよ。よろしく」

「あらあら、ご丁寧に。アタシは、ラークラよ。よろしく」

 ラークラは、軽く手を挙げた後、神妙な顔付きで、こちらに向き直った。

「えっと、カミュちゃん、訊いて良いかしら?」

「……なにかしら?」

 あたしは、マスターに一杯注文しながら聞き返した。

 どうにも、あたしに気付いてから顔色が悪く、明らかになにかがあったと思えた。

「アタシ、実は城でメイドをやってるんだけど……」

「はぁ、そうなんですね」

 目の前の、金の派手な髪型で、胸元が強調された服を着た女性が、城での仕事をしている姿がイマイチ想像できない。

「今日ご息女様が、城に来たのよ。でね、その、お姿が、ね」

 あ~、そういうことか。

「そうですよ。ジーラが、所謂ご息女様よ。というか、一昨日も、城に行きませんでしたか?」

「一昨日は、休みだったから……」

「そうよね~。ラークラちゃん、一日、ここで飲んでたもんね」

 マスターが苦笑を浮かべながら、あたしに一杯目のグラスを出す。

「うああ、ご息女様に昨日ダル絡みしちゃった」

「怒ってなかったから大丈夫。そもそも、ジーラは、怒ったら、その場で喧嘩するもの」

「そ、そう? でも、ああ……」

 頭を抱えてカウンターに突っ伏しているラークラさんの様子に、あたしは助けを求めるように、マスターに視線を送った。

「ラークラちゃん、結構な信心深いお家の娘さんなの。だから、ちょっと後悔してるのね。ていうか、昨日の、あの子、噂のご息女様だったのね。驚きだわ」

「本人、その事、嫌ってるから。人の領域で住んでたので、色々あったらしくって」

 あまり、人の過去は語るべきではない。

「なにそれ!」

 ガバッ、と顔を起こすラークラさん。そして、こちらをキッ、と睨んだ。

「ご息女様、子供の頃、大変な目に遭ったの?」

「それは、本人に聞いて。あたしが語って良い内容ではないもの」

「そんな不敬は出来ないわよ~」

「特別扱いの方が嫌がるかなぁ。まあ、今度連れてくるから、その時考えて」

 あたしは、グラスを傾け、喉の焼ける感覚を愉しむ。

「次は?」

「甘いカクテルがいいかな。ダラダラ飲みたい気分」

「アタシは、強い奴! 昨日の失態を忘れられるくらい強い奴!」

 隣の美人さんが、強い酒を呷り続けている。

「明日の仕事は大丈夫?」

 思わず訊くと、「怒られるのは慣れてる」とたくましい返事が返ってきた。

 というか、城の仕事、か。ふ~む、アパートの事とか、訊ねても大丈夫だろうか?

「ここでの話って、オフレコかな?」

「勿論。というか、この業界で口軽い人って、村八分になるでしょ。仲間意識が強いから、その辺の絆は強いよ」

 マスターの言葉に、ラークラさんが力強く頷く。

「えっと、じゃあ、相談があるんだけど」

「って、アタシに?」

 あたしは、こくんと頷く。そして、一杯、奢ると約束する。

「これは、あたしじゃなくて、パパさん。つまり、ジーラの養父のお仕事に関係することなんだけど」

「聖者様の? 彼も城で見かけたわ。ダンディーなおじ様ね。人族だったけど、ご息女様を育てたってなら、別よね」

 あたしは、廃棄街区のアパートについて、ここで噂されていた人族が居たらしい事、更にそこに入りたい旨を説明した。流石に、教会の人間が密入国している事などは伏せる。

「ん~、なら、明日城に来る?」

「どういうこと?」

「一応、城の施設管理部署に、その関係の資料はあるはずよ。見ちゃえば?」

「……いや、駄目でしょ」

「いいじゃん、やっちゃえば。まあ、バレたら問題になるかもだけど」

 が、一番手っ取り早いのは確かだ。

「けど、バレるよね? そんなにお城って警備ゆるゆるなの?」

「結構緩いわよ。国の出入りの時点で、皆の把握を徹底しているし。近くに他国もないから、警備も慣れのせいで、やることはやってるけど、って感じよ。とはいえ、新しい顔には、メイド達が気付いちゃうかもだけど」

 ふ~む、と考え込むラークラさん。ひっく、とシャックリをする酔っ払いなので、変な案を出されそうだ。

「これって、教会派は絡んでいると思う?」

「ん~、廃棄街区は軍閥が管理しているから、多分、教会派は絡んでないと思う。確信は持てないけど」

「なら、一人大丈夫そうなのが、心当たりあるわ」

 うん、そこからメイドとしてねじ込んでもらう。パパさんにも、この件は話しておかなければならない。むしろ、パパさんに提案してもらう必要がある。

 ならば、一度、パパさんを交えて作戦会議をしておきたいところだ。

「マスター、あの、ここに男の日と連れてきてもいいかしら?」

「男子禁制よ、ここ」

「そうよね、ごめんなさい」

「ん~、でも、お客さんも少ないし、貸し切りでもいいか。ただし、ご息女様のサインお願いしていい?」

「確約は出来ないけど、まあ、してくれる、かな?」

 ただ、パパさんにカミングアウトはしていないはずだ。その辺がどう響くか、だ。

 とりあえず、パパさんを連れてこよう。あたしは、パパさんを連れてくることを伝え、宿に戻った。

 宿では、テスラが潰れており、パパさんはそれを楽しそうに見つめていた。

「パパさん、テスラで遊びすぎじゃ?」

「本人には言わないけど、立派に大人になってくれて嬉しいんだ。だから、ついついからかってしまう。いかんなぁ」

 本当に嬉しそうに、酒に口を付けた。

 いつもは、ジーラにばかり目を掛けているようだが、やはり実子は可愛いようだ。酔い潰れた息子に、暖かい目線を送っていた。

「パパさん、今から出れますか?」

「デートのお誘いかな? うん、俺は独身だから大丈夫だよ」

「は、ははは」

 乾いた笑みで応えると、パパさんは外出の準備を始めた。勿論、先程の言葉は本気ではないだろう。

 バーに戻ると、女性のみの看板は外され、営業中の木札も、準備中に変わっていた。

「ここかい? お洒落だけど、どこかアングラな雰囲気だね」

 実際、内容はアングラだ。

「はい」

 頷き、あたしはドアを開いて中に入る。

「お帰り」

「連れてきたわ」

 パパさんは、頭を下げ「何か注文しなきゃだな」と、麦酒を注文していた。

 ここに来る前から飲んでおり、あたしの様子から、それなりに重要話があることは察していたのだろう。

 一杯目を口にした後、パパさんはラークラさんに自己紹介をした。対してラークラさんは、メイドらしく、恭しい礼をする。本当に、信心深い人なのだろう。あたしに対する態度とは、明らかに違っていた。

「それでカミュちゃん、どんな話だい?」

「えっと、ラークラさんはお城で働いているらしいんだけど、城の施設管理課に資料があるらしいんですよ」

 となりで、本来青白い顔を、真っ赤に染めたラークラさんが頷いている。もう少しでいいからしっかりしてもらえないだろうか。不安になるじゃないの。

「それで、管理関係の資料を見れば、色々と一気に判明すると思うんです」

「かもしれないね。けど、重要なことなら、資料は残さないんじゃないかな?」

「はい。それでも、管理している会社ぐらいはわかると思います。そこから、鍵を得られれば、中に入れます。少なくとも、全く前進しないなんて事は無いかと」

 そうだね、とパパさんは頷き「それで、俺は何をすれば良いのかな?」と、少しおどけた表情でこちらに訊ねた。

「アンドリュー王子に、あたしをメイドということでねじ込んで欲しいんです。そうすれば、少しは城内で動けますし、あたしは顔も割れてません。それに、アンドリュー王子付きとなれば、多少の自由もききますので」

「わかった。話をつけよう」

 ただ、パパさんの顔は晴れない。

「問題、ありますか?」

「ああ、王子はこの件について何も知らないからね。どう説明しようかな、と。まあ、なんとかするよ。それこそ、城の中を見たいって言ってるから面倒見てくれ、だけでもなんとかなるだろう。申し訳ない話だが、アンドリュー王子は、そのあまり人を疑わないからな」

「だから、王子と側近は入れ替わっていたんですかね?」

「それもあるんじゃないかな。基本的には、影武者だと思うけどね」

 パパさんは、つまらなさそうに麦酒に口を付けた。

「なにかあるんですか?」

「ん、ああ、そうだね。今回の件、知り合いが関わっているかも知れないんだ。だからこそ、俺が出張ってるんだけどさ」

 相手に対し、思い入れがあるのか、困ったように嘆息するパパさん。

「確信じゃないから、これ以上は語らない。だけど、確信が持てたら、みんなに伝えるよ。巻き込んだ責任としてね」

 そういうと、「帰りはキッチリ守るから、カミュちゃん、好きなだけ飲んでいいよ。滅多に飲めない種類のお酒があるから、色々飲もうと思うから」と安心させるためか、優しげに微笑んだ。

「ありがとうございます」と微笑み返し、あたしは少しブレーキを外して飲むことにした。


 次の日、パパさんと一緒に登城し、アンドリュー王子の部屋まで移動する。

 城という施設に初めて入ったが、コレは中々威圧感がある。正直、憧れがなかったとは言わないが、実物を見ると、暮らしたいとは思わない。

 アンドリュー王子と顔を合わせ、改めてお辞儀をする。

 考えてみれば、ほとんどまともに話していないのだ。あちらかしれば、ただの密航者だったはずだ。

「空の上以来ですね。えっと、メイドとして働きたいと?」

「ええ、まあ」

 曖昧な笑顔で返すしか無く、微妙な空気が流れる。

 どこまで話して良いのだろうか。パパさんに、助けを求める視線を送る。

「アンドリュー王子、もしかしたら、この国に福因教会の手の者が入り込んでいる可能性があります」

 あ、話すんだ。

「そうなん、ですか⁉」

「あくまで、可能性です。他者には話さないようにして下さい。もし、城に内通者が居れば、尻尾を掴めなくなります」

「わかりました。その手がかりを得るためのメイドということですか?」

「ええ。俺は少々、目立つ立場みたいなので」

 そう苦笑するパパさんに対し、アンドリュー王子は真剣な顔だ。

「……もし国に入ったのならば、普通ならば記録が残ります。それがないと言うことは、やはり城、というよりも、出入国の管理を扱う軍閥派に、内通者がいると言うことですか」

「ええ。ですから、王子に話を持ってきたのです」

 合点がいったとばかりに、数度王子は頷く。

「話は通しておきます。一応、僕付きのメイドということにしておきますので、よろしくお願いします」

「はい、お願いします」

 あたしは、深々と頭を下げる。

 王子が、外で待つ侍女に声を掛け、あたしをメイドの服に着替えさせるように指示していた。

 あたしは、侍女に連れて行かれ、メイド服に着替えた。

 黒色に白いエプロン。可愛らしい服だ。

 う~む、ジーラに見てもらいたい。

 だが、侍女に話を聞く限り、ジーラはまだ戻っていないようだ。

 あたしは、侍女に連れられ、アンドリュー王子の元に戻る。既にパパさんは居なかった。

「それで、君は何をするんですか?」

「とりあえず、廃棄街区における建物の管理部署を調べたいんですけど」

「ふ~む。あそこは、文官もからみが多いですが、メインは軍部です。廃棄街区からは、軍人を採用することが多いので」

 学がないからこそ、肉体仕事をするものが多いのだろう。王子の説明によると、有望な人間を早期にスカウトし、廃棄街区内の国管理の物件を、無料で貸し出し、採用年齢になるまで囲う事があるそうだ。

「そういう事をするので、建物管理こそはその部署がやっていますが、入居者については、軍の管理になっているはずです」

「はず、ですか?」

「ええ。教会派のボクは、軍関連にあまり近寄れないので。実際のところまでは、確認できていないんですよ」

 残念。だが、結局は自分の目で確かめるべきだ。あたしは、王子に一礼し、管理部書へと向かった。

 新入りメイドということで、視線を集めるかと思ったが、そんなことはなかった。流石に百人を越える使用人がいれば、互いが全員の顔を覚えては居ないのだろう。

 城の中を観察するように歩きながら、説明を受けた道順を進んでいく。

 吹き抜けの大広間の先にある個室。そこが、廃棄街区の管理部署だ。

「何かご用ですか?」

 眼鏡姿の文官とパンツルックの女性の二人が資料をまとめながら、入室してきたこちらに声を掛けてきた。

「えっと、新入りなので見学に……」

 とっさに答えると「ここに?」と訝しむような視線が向けられた。

「一応、どこに何があるかだけ、把握してくるように指示を受けまして。夕方からは、本格的にお仕事開始ですけど」

「随分、緩いですね。どちらの部署に所属しているので?」

「アンドリュー王子付きです」

「王子の?」

「あ、ははは。コネですよ、コネ」

 愛想笑いを浮かべていると、若干の訝しむような視線を向けられたが、下手に王子の関連者に踏み込むことは嫌なのだろう。それ以上の質問は無かった。

「自由に見て良いけど、資料は元の場所に」

「ありがとうございます」

 キョロキョロと資料の入った本棚を見回し、必要そうな資料に目処を付ける。

 あたしがアパートの資料を見つけ、手に取ろうとしたところ「おもしろくないわよ、そんなの」と背後から声を掛けられた。

「ただの興味本位です。どんな事が書いてあるのかなって」

 言いながら資料を引っ張り出し、パラパラとめくる。

 あたしには一瞬で内容を記憶できるような天才的な頭脳はない。メモを取るのは、流石に目立つだろう。なので、気になった部分だけを、頭の中に叩き込む。

 ちなみにだが、予備の鍵についてはこの部署と、それ以外の類似部署を統括する上司が管理しているらしい。つまり、あたしが持ち出すのは、実質不可能ということだ。使われていない鍵が掛けられたボックスに、予備の鍵についての説明が書かれていた。

 必要な内容を整理かつメモに落としておきたいため、部屋の二人にお礼を言って、その場を離れる。

 人気の無い場所を探して歩いていたら、城の裏庭へと出てしまった。

 土が少しぬかるんでおり、何人かの足跡が残っていた。あたし達が国に着く前に、雨でも降っていたのかも知れない。

 城壁には扉が有り、ここから外に出ることも可能なようだ。見張りがおらず、錆びた鍵が付いていることから、使われては居ないようだが。

 あたしは、周囲に人が居ないことを確認した後、先程の情報を整理する。

 先ず、アパートの借主は、全員が元軍人であった。少なくとも、記録上は現在そうなっている。名前までは覚えられなかったが、引退した元軍人であることは覚えている。

 やはり軍が絡んでいる。

 さて、問題は鍵の件だ。最悪、ドアや窓を壊しての侵入も考えていたのだが、資料によると鍵以外による侵入行為は、祈祷術による防衛のための天使が呼び出されることになっているらしい。

 危なかった。冷や汗が、背筋を伝う。アパートに行った初日、よく何もしなかった、あたし!

 ああいう場所ゆえの防犯か。それとも見られたくない物があるゆえか。どちらにしろ、鍵の入手、もしくは、祈祷術を無効化する術を用意しなければならなくなったわけである。

 目標ははっきりした。今すぐ何かが出来るわけではないので、適当に城の中を見て回ることにした。なんらかの手がかりが手に入るかも知れない。

 先ずは最も近くにあった兵士の宿舎と訓練場を覗くことにした。

「お~、見ない顔だな」

 魔族の兵隊さんが、こちらに声を掛けてきた。

「城には、メイドが大勢居るのに覚えているの?」

「流石に魔族以外は珍しいからな。何か用かい?」

 ふむ、言われてみればそうか。城の中で、今のところ魔族以外には、ほとんど会っていない。

 あたしは王子の指示で、城の内部構造を覚えるために、歩き回っていると説明した。

「ほ~。しかし兵隊に興味あんのかい? なら案内してやるけど」

「え、いいの? ありがとう」

 接客用のスマイルで応える。酒場では、それなりに人気者のカミュちゃんなのである。

 訓練場では、皆が果敢に、木製の武器で打ち合いを行っている。

 う~む、男臭い。はっきり言って、苦手である。女の子の、甘い匂いが好きだ。まあ、ジーラの部屋は、若干薬品臭いけど。

「お~、なに女連れてんだよ?」

 男が一人、あたしを案内している兵隊さんに絡んできた。

「訓練に興味あるっていうんでな。つーか、ブーツ履けよ。臭ってんぞ」

「失礼失礼。まったく、もっといいブーツを支給して欲しいもんだぜ」

 男がブツブツと不平を漏らしている。

「自分で買ったら駄目なの?」

「駄目なんだよ。支給品以外の使用は禁止って決まってんだ。つ~か、その辺りは文官もメイドも一緒だろ?」

「え、そうなの? とりあえず、支給品を着ているけど、知らなかった。聞いておいて良かった。ありがと」

 制服なので同じ服だとは、勝手に思っていたが、靴なども同一を強制されているとまでは、考えが至らなかった。

 そこでふと、違和感を覚えた。それが何かわからない。それでも、何かが引っかかった。

 考えが纏まる前に、男が不平を漏らし続ける。

「多分癒着さ。この制服を作っているところと、お偉いさんが繋がってんだろうさ」

「そうだとしても、俺たち下っ端からしたらどうしようもないだろ。むしろ、ただでもらえる分マシだろ」

「確かにな。貧乏な廃棄街区出身者には、仕事道具がタダってのはありがてぇよな」

 そう言いつつも、ブーツを見る目は不服そうである。

 その後、訓練場内の、見学可能な場所を見せてもらい、お礼を言って、その場を離れた。

 何人かに飲みに誘われたが、丁重に辞退させてもらった。ごめんなさい、女の子が好きなので、変に希望を与えるのはちょっと、ね。

 城内をひとしきり見て回ると、既に夕刻になっていたので、流石にゆっくりしすぎたか、とアンドリュー王子の部屋に戻る。

「随分、自由に見ていたようですね」

「えへへへ。一応、お城は女の子の夢なので」

「いえ、責めているわけではないんですよ。それで、この後は、どうしますか?」

「一度、宿に戻って、手にした情報をパパさんに伝えられたらと」

「わかりました。本日は、ボクの指示で帰ったことにしておきます」

 王子に一礼し、私服へ着替えに、更衣室に移動。さくっと着替えて、城を出る。家族が居る者は、結構このタイミングで帰るようだ。着替えているメイドも、結構な数が居た。

 さて、お腹が減った。帰る前に、どこかで食べていくのも有りである。

 そこでふと、昨日の喫茶店が思い浮かんだ。

 普通に美味しかったし、居心地も良かった。折角知ることの出来た良店だ。あの店で、早めの夕食をとることにしよう。

 仕事終わりの時間だが、道は空いており、すんなりと喫茶店に到着。

「いらっしゃいって、あら、昨日に引き続き、来てくれたのね。旦那さんは?」

「今日は一人なんです」

 店内を見回すと、ゼルさんが居り、視線が重なった。

 こくり、と会釈し、相席をお願いしてみる。突然の提案に、呆気にとられた表情を浮かべたが、すぐに警戒の色を強めた。

「そんなに怖い顔しないで下さいよ。昨日、件のアパートを見てきたので、その報告しようと思って」

 理由がわかって、少しだが険がとれた表情へと変わる。

「あ、その前に注文注文」

 あたしは壁にテーブルのメニューと、壁に貼られたメニューを見回したが、結局日替わりを注文した。

「それであの後、本当にアパートに行ったのか?」

「はい。でも誰も住んでいないみたいでしたけど」

 室内に気配は無かった。

 あたしは目の前の男の様子を観察する。

 目はキョロキョロと、少し怯えた様子だ。何かを知っているのだろうか?

 それとも昨日言っていたように、人族の侵入を国が支援しているらしいという、自身の予想に怯えているだけなのだろうか?

 少なくとも、この件において、敵対的な立場では無いと思えた。

 あたしは懐からペンを取り出し、テーブルに備え付けられたナプキンに、今日得た覚えている分のアパート入居者の情報を書いて渡す。

 可能性は少ないと思えるが、店内に敵対者が居たら面倒だと思い、口で説明するのは控えた。

 怯えから来る察しの良さか、こちらの意図を汲んで、彼は口を開かず、ただナプキンの情報に目を走らせていた。

 あたしは、目の前に提供された食事を食べ始める。

 昨日と同じ鳥料理だったが、ソースがかなり濃厚な味付けで、満足感強めだ。

 うん、美味しい。ここはとても良い店だと、再認識。

「あんたはこの件について、本格的に調査している。そう思って良いか?」

「ええ」

 珈琲を口にしながら、あたしは頷き返す。

「……場所を変えて話をしたい。オレの家に来れるか?」

 流石に、見知って直ぐの男の家に一人で上がり込むほど、あたしの乙女として危機感を欠如させてはいない。

「勿論、旦那を連れてきて構わねぇよ・それなら安心だろ」

 ふむ、それなら……。いや、あえて信頼していると思ってもらうために、一人で行くのも手かも知れない。この様子なら、下手なことはしてこないだろう。

「いえ、信頼する」

「そう、か? ありがとよ。じゃ、ここの飯は奢ってやる」

 二人分の会計を終えたゼルさんの後を追う。彼の家は、商店街の裏路地に位置しており、喫茶店の比較的近くのボロアパートだった。

「汚くて悪いが……」

「いえ、まあ、我慢するから大丈夫」

 あたしの返しに苦笑いしつつ、彼は部屋のドアを開けた。

 汚いと言っていたが、別にそんなことは無かった。というよりも、者があまり無いのだ。生活感こそあって、ゴミが袋に詰められていたりはしているのだが、その辺りに放置しているわけでもない。

「コイツを渡したかった」

 そういうと、ゼルさんは鍵を一つ、こちらに放った。

「これ、もしかして?」

「そう、アパートの鍵だ。オレは元々、家族であのアパートに住んでいたんだよ。これは、その時、勝手に作った合鍵だ。だから、回収されずに、オレの手元に残ってたんだ。別に、使う気も無かったから忘れてたんだが、この前のことがあって思い出してな」

 思わぬ収穫だ。

「でも、鍵が換えられてたりは?」

「大丈夫だと思うぞ。祈祷術を施した施錠設備だ。下手にいじれないって、住んでいたときに言われた覚えがある」

 だとすれば、これは完全にノーマークで動けるわけだ。

「ちなみに、部屋は一番右だ」

「わかったわ。一応、何かわかったら教える」

「頼む。オレは怖いんだよ。兄貴が、入国管理の部署に居るって言ったろ。問い詰めたときの兄貴、、明らかにオレを見る目が、おかしかった。多分だが、兄貴は関わっているんだと思う」

 あそこまで恐れている理由がこれでわかった。

「入国管理って、軍の管轄なのかしら?」

「ああ。国の防波堤だ。軍事力が必要な場所だからな」

 そう言うと、ゼルさんは部屋にあった酒を飲み始めた。

「兄貴は、何かを知っている。なのに、オレには何も言わない。絶対に、碌でもないことが行われているんだ。オレにはわかる。兄貴は、出世のためなら、何でもする男だからな」

「兄弟仲が悪いのね。とりあえず、この鍵は借りてく」「というか、やるよ。そんな厄種、持って行ってくれ」

 そういうと、ゼルさんは本格的に居住まいを直して、飲酒を始めてしまった。

 あたしは嘆息し、部屋を出る。

 うん、でもこれは予想外の朗報だ。

 早く帰って、テスラとパパさんに報告しなければならない。

 あたしは、鍵を懐に仕舞い込み、小走りで宿へと向かう。

 まだ、日は沈みきっておらず、帰りに不安を感じる時間では無かった。

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