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第三章 3 監禁


   三


 メルバは、魔神により、世話をするという概念を元に創り出された存在だそうだ。だからこそ、魔神の世話を甲斐甲斐しく焼いて、その行為そのものに幸福を覚えていた。

「ですが、鬱陶しくもあったのでしょう。最終的に、捨てられてしまったわけです」

「えっと、父が申し訳ありません」

 流石にやっていることが仁義に反する上、無責任が過ぎる。自分の意思で、世話をするという存在として創り出しておきながら、邪魔になったら捨てるとか、あり得ない行動だ。

「いえいえ、お恨みしてはおりません。そもそもそんなことは出来ないように創られておりますので」

 先程までの冷たい表情とは異なり、私に対しては優しい笑みを終始向けてくれている。

「ただもしも、ご許可が頂けるのでしたら……」

「私に出来ることで良ければ」

「本当ですか⁉ ならば、お嬢様のお世話をさせていただけないでしょうか。わたくしにとって、生きる上に欠かせぬ喜びは、魔神様の身の回りのお世話に他なりません。そして、魔神様のお嬢様のお世話も、当然、身の回りのお世話に含まれるのです!」

 金色の瞳が、期待に満ちあふれている。圧が凄い。敵意は無いが、期待という名の、圧が凄い。

 だが、考えてしまう。私に彼女を御する力は無い。それは先程の戦闘からも明らかだ。加えて彼女は私以外を、きっと容易く殺してしまう。

 ……危険だ。私以外にとって、とんでもないレベルで。が彼女をそのままにしておくのも、仁義に反する。魔神を父とは思ってはいない。それでも、その犠牲になった者を、見捨てるのは違うと思うのだ。

「……世話役にしてもいいけど、条件があるわ」

「如何様にも!」

 気合いが怖いよぉ。強い存在の気合いは、恐怖なのよぅ。

「貴女は肉体的にも精神的にも、皆を殺せる、わよね?」

 話しかけただけでコフィに対して向けた殺気から、精神的な殺しのボーダーはかなり低めに設定されているはずだ。

「ええ、出来ます。お嬢様以外は、何一つ、躊躇無く」

 彼女は何気なく断言した。

「それが怖い。それさえどうにかしてくれるのなら、私の側に居ても構わないのだけど」

 彼女は考えるように目線だけを虚空に向け、そして思いついたとばかりに一度、深く頷いた。

 優美な動作だった。礼節なども、一通り習得しているのだろう。

「なら、呪いを自分にかけましょう。一切の加害行為の禁止する呪いを」

 なんの迷いもなく言い切る彼女に、不安を覚える。下手をすれば、私の架した鎖が、彼女にどうしようもない不利益をもたらすかも知れないのだ。

「自衛は認めましょう。あと、私の指示によるものは可能って事でどうかしら?」

 これならば、ある程度臨機応変に対応できるだろう。

「いえ、指示の部分は止めましょう。自衛は明確かつ、自身の主観によるもので、呪いに組み込むのは容易です。指示という曖昧かつその度、違う条件は組み込むのは難しいでしょう。それこそ、呪いが解けてしまう、もしくは想像とは違う効果を発揮するかも知れません」

 淡々と、自分が不利になる事情を説明してくれる。本当に、私に対しては真摯に対応してくれているのだ。

「わかった。でも、自衛だけで大丈夫?」

「わたくしは大丈夫です。ただ。お嬢様を守れなくなるのは問題です」

「その辺は、自分でなんとかするわよ」

「そうですね。ご自身でなんとか出来るようにお鍛え致しましょう。だから、訓練の際は、加害行為を可と致します」

「いやいやいや、これでも結構強いのよ?」

「ご冗談を」

 ふふふ、と上品に笑う大天使様。

「わたくしが、どれだけの手加減をしていたかおわかりですか? 折角の呪眼をお持ちですのに、わたくしの動きも、眼で追えていなかったでは無いですか。だから、あんなに簡単に武器を奪われてしまうのですよ」

 そういえば、あれはどのようにやったのだろうか?

「鎚を奪ったやり方ですか? 簡単ですよ。お嬢様を傷つけぬように、優しく指を一本一本、柄から外して、鎚から手を離させました。単純に、それだけです」

 普段だったら、ハッタリだ、となんらかの術を疑うところだが、きっと彼女の言うことは真実だ。単純な実力差なのだ。自分では、彼女の動きを知覚することすら出来なかった。それが事実だ。

 と、その時背後から「シルキー様が目を覚ましました」とミケーナの声がした。振り返ると、少しふらつきながらも、普段通りふよふよと浮きながら、シルキーがこちらに近づいてくるところだった。

「この人、なん、なの?」

 超絶不機嫌そうに、シルキーがメルバさんを指さしている。やめなさい、礼儀がなってない。お世話役のメルバさんに怒られたらどうする。

「今後、お嬢様のお世話役を務めさせて頂きます、天使のメルバと申します。よろしくお願いしますね、センパイ」

「あ、主殿、天使は、一人で、十分、だよね⁉」

 珍しくシルキーが焦っている。天使という立場に、多少胡座をかいていたという自覚はあるのかも知れない。

「いやぁ、メルバさんの境遇を聞いちゃうと、ちょっとね~。シルキーは、ほら先輩なんだから、大きな心を持って受け入れてよ」

「お嬢様」

 そこでメルバさんの凜とした声が響く。

「わたくしの事は呼び捨てに。それが嫌でしたら、コレ、やお前、などで構いません」

「いや、でも」

「けじめと役割です」

 既にお世話役というか、教育役モードに入られているようだ。敵意は無い、ないのだが、鋭い射貫くような視線に冷や汗が出る。

「わ、わかったわ。なら、こっちもお嬢様は勘弁して欲しいかなって……」

「け・じ・めとや・く・わ・り、です!」

「……はい」

 この圧には頷くしかない。まずいぞ。この教育係は絶対に厳しいぞ。スパルタが予想される。

「ほ、本体が傷付いていなければ、拙だって……。ば、場所も、こんなところだし」

 シルキーの本体と言えば、私が海に捨ててしまった鐘のことだ。その内、サルベージしなければならないのだが、海中となると中々に難しい。

 というか、下手なことは言わない方が身のためじゃないだろうか。大天使様、舌戦も強そうだよ?

「ふむ、たしかにそれらが弱体化の要因ではあるのでしょう。しかしセンパイは、そもそもとして、火力特化、それも大火力を行使する存在として創られてしますよね? 万全の状態であっても、わたくしよりも、二回りは性能が下回ると思いますが、違いますか?」

 ぐぬぬ、とシルキーが悔しそうに顔を歪めている。

「代わりに、火力面のみならば、わたくしよりも二回りは上でしょう。そもそも護衛などの直接戦闘向きでは無く、殲滅向きなのですよ、貴女は」

 まぎれもない事実なのだろう。シルキーはしょんぼりと俯いている。

「ただ、ご安心を。わたくしは自衛以外の戦闘は出来なくなる予定ですので。今後もお嬢様の護衛はセンパイの役割になりますので」

「い、いいの?」

 心配そうにっこちらを見つめるシルキー。元々、それっぽいところはあったが、今の姿は、完全にワンコだ。

「勿論。これでも信用しているのよ」

「本当に、お願いしますよ。お嬢様の護衛として、わたくしは心配です」

 ああ、また余計なことを……。

 シルキーがイラッとした表情で、メルバを睨んでいる。

 こんなメリットの無い、私のために争わないで、は嬉しくもなんともない。むしろ、肝が冷えっぱなしだ。

 自分に仕えてくれるというのならば、仲良くしてくれた方が良いに決まっている。

 と、そこでロズウェル王子が声を掛けてきた。天使達の話が、一段落するまで待っていてくれたのだろう。

「すまないが、石化について確認してもらえないだろうか?」

「え、ああ、そうだったわね」

 ここに来た理由を失念していた。

 私はメルバに、地上での石化について説明の上、心当たりについて確認する。

「心当たり、ありますよ。こっちに来て下さい」

 メルバに促され、私達は、部屋の奥にあるもう一つの部屋へと移動を開始したところ、ディケース達が、ここで帰還用の陣を用意しておく旨を申し出た。この部屋が、丁度城の陣の直下に位置しているらしく、設置が可能とのことだった。

 急ぐ理由は疲弊したロズウェル王子の事を心配してのことだろう。

「よろしく頼む」とロズウェル王子も礼を述べていた。

 奥の部屋は、前の部屋と変わらずだだっ広い広場だったが、奥に一つ不気味な物体が存在していることが異なっていた。

「アレが多分、原因です」

 アレ、と指さしたそれは、円柱状の物体だった。そもそも、これは物体、なのだろうか?

 皮膚を剥いだ肉のような質感をしている。生物的な印象。表面には、幾つもの口があり、パクパクと魚のように開閉を繰り返している。

 正直、かなり悍ましい。

 コフィなど、ひぃ、と短い悲鳴を上げて、後ずさっている。

「これは呪いを放つ、神造の絡繰です。ただ必要な呪力量が多く、使用に至れないと、ここに捨てられました。ただ、捨てられて千年も経ったため、使用可能なだけの呪力が溜まって、起動したのでしょう」

 なんとはた迷惑な話だろうか。しかし、神の呪いを神以外が使うには、それだけの年月が必要と言うことか。

「ねぇ、メルバ、石化って治せる?」

「多分いけるかと」

 メルバが、人には不可能な発音で、柱に喋りかける。すると柱が、一瞬光を放つ。

 光に触れた瞬間、身体を内面から覗かれるような、見透かされるような不快感を覚えた。

「コレで大丈夫だと思います」

「ほ、本当か?」

「はい。一瞬、不愉快な感覚があったと思います。アレは、体内の石化の呪いを関知するためのもので、発見と同時に治療しております」

 メルバは王子に対し淡々と事象を解説する。私以外に素っ気なさすぎるのではないだろうか。見た目も相まって、凄く怖いのだ。美形な造詣も相まって、本当に怖い。

 が、王子はそんなことを気にした風も無く、嬉しそうに破顔した。

「これで母上も元に戻ったのか!」

「お母さん?」

 私は思わず、思ったことを口に出してしまった。

「ああ、言っていなかった。母も石化していたのだ。それゆえ、父も宝物庫の攻略には力を入れていた。本当にありがとう。ジーラ嬢のおかげだ」

 裏表の感謝に、思わず面食らった。悪い人ではないとは思っていたが、私に対して、ここまで素直な感謝を示すのは初めてだったからだ。

「いや、うん、本当に、だ。大天使様をどうにかできたのは、ジーラ嬢がいたからだからな。うん、本当に、本当にそうだ」

 噛みしめるように、ロズウェル王子は頷いている。

「なら、早く戻りましょう。王家で一番の功労者の貴方が、一番最後の再会って、間違っているでしょ」

「何、かまわんさ。最後なら、次の者の事を気にせず、話し込めるというものだろう?」

 精神的に参っていたのが嘘のように、軽口すら叩いている。

「しかし、兄の妻には勿体のない女性だな、貴公は」

「なによ、口説こうっての? まあんたの兄さんよりは、あんたの方がマシなのは間違いないわね」

「褒め言葉として受け取っておこう。それに、そうだな。口説いていると受け取ってもらって構わん。実際、しばらく共に居て裏表の無いジーラ嬢には憎からずな感情を抱いて居るぞ」

 いきなりどうしたというのだ、この男は。母親が助かって、感情がぶっ壊れでもしたのだろうか。

「なに、王子などやっていると、どうやっても損得で近づく女が多い。そうではないジーラ嬢は、信用できると思っただけだ。いや、逆に魔神様のご息女であるそちらが、損得で近づかれる立場か、この場合は」

 そう言って苦笑するロズウェル王子。本来は、こういった話しやすい性格なのだろう。母の件や王位継承に挟まれ、精神的に追い詰められていたのかもしれない。

「ま、とりあえず外に出ましょうよ。息が詰まるわ」

「そうだな、戻ろう」

 ディケース達が陣を準備している地点に戻ると、既に誰も居なかった。

「あれ?」

 私達は皆で顔を見合わせた。

 コフィが慌てて陣の気配を辿る。

「あ、あの、直上の陣、全てが無くなっています!」

「どういうこと?」

「……閉じ込められたって事です」

 絶望的なコフィの口調とは対称的に「お嬢様に呪力を生命力に変える方法を教えて差し上げなければですね」とメルバだけが嬉しそうなままであった。




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