第三章 1 宝物庫という名のゴミ捨て場
第三章
一
目を覚ましたカミュに「おはよう」と挨拶すると、「ギモヂワルイ」と酷い挨拶が帰ってきた。思わず、苦笑してしまう。
まあ、当然の二日酔いだ。
「ちょっと待ってなさい。おかゆでも作って貰ってくるわ」
「う~、ありがと。愛してる」
「あら、ならサービスで手作りしちゃおうかしら」
「ごめんなさい。軽口は止めるから、ちゃんとしたおかゆをお願いします」
相も変わらず、不人気な私の手料理。
私は宿屋の店主におかゆを所望。国で用意してくれた立派な宿なので、サービスも行き届いており、すぐにおかゆ、更に私とシルキーの分の朝食を用意してくれた。
私は手早く、用意されたパンとベーコンエッグ、スープを胃に収めると「寝る」と告げてベッドに入った。
そして昼前くらいだろうか。身体を揺すられて目を覚ました。まだ脳が寝足りないと、覚醒を拒否している。
「ごめん、ジーラ。あたしの為に起きてたってシルキー様から聞いていたから、起こしたくなかったんだけど……」
「ん~、なんかあったのね?」
「城からの使いの人が来てるわ。とりあえず、ジーラとシルキー様の二人に」
仕方が無いと、惜しみながらも身体をベッドから脱出させる。
「流石に身支度はしたいわね。先に戻るか、外で待っているように伝えてくれる?」
「わかったわ」
てってって、と伝言役を全うしに向かうカミュの背中を見送ってから、私は顔を洗う。
冷たい水が、無理矢理意識を明確にさせていく。
胃が重い。
食べて直ぐ寝たのが原因だろう。
鏡を見ると、目の下にはクマが出来ていた。この辺りは、眼鏡で多少は誤魔化せるだろう。
「伝えてきたよ」
カミュが勢いよく部屋に戻ってくると「髪、梳かすよ」と許可を出す前に、私の髪を梳かし始めた。
「一応、許可を得てからにしなさいよ」
「いいじゃん。駄目なの?」
「親しい仲にも礼儀あり、でしょ?」
「親しいって思ってくれてるんだ?」
機嫌良く、髪を櫛で梳いていく。元々癖のある髪の毛が、周囲に見られても恥ずかしくない程度には落ち着いていく。
「ありがと。助かったわ」
「どういたしまして。あたしは、パパさん達の人捜しを手伝ってるから」
「パパ達のこと助けてあげてね」
昨日のバーでの情報はパパ達に知らせてある。手にしていない情報だったらしく、お礼を言われた。やはり情報収集は耳ざとい女性からに限る。
「シルキー、行ける?」
「だい、じょうぶ」
相も変わらず浮いたまま、居心地の良いらしい私の頭にしがみつき、天使様はこちらの移動に随行する。
宿の外には、豪奢な馬車が待っており、道行く人々の好奇の視線を集めていた。
「お待ちしておりました、ご息女様」
好きな呼び名ではないが、使いの彼らに対してまで、逐一訂正していたはキリが無い。軽く嘆息だけして、笑顔を向ける。
「ごめんなさい、寝起きだったから待たせたわね」
「お気になさらず。お乗り下さい」
促されるまま、馬車の客室に乗り込むと、馬車は移動を開始し、城へと向かう。
空からでは無く、地上から見る街並みは中々のものだった。煉瓦造りの家々。趣があり、温かみが感じられる。
人々の魔族に対する印象は、冷たいというのが一般的だが、実際に会ってみると、親しみが感じられた。昨日のバーで会った人々も、気さくで良い人ばかりだった。
街の一角で、兵達が人をかたどった石像を移動させ、一カ所に集めていた。かなり精巧な出来で、いっそ悪趣味に感じられた。制作者の実力だけは、認めないといけないレベルだけど。
私は、あまり直視していたくないと、視線を前方の城へと移した。
城に到着すると、謁見の間では無く、会議室へと案内された。
既にそこには、王や軍務卿、王子二人に他のお偉方々が待ち構えていた、
これは一体どんな状況だろうか? 昨日の意趣返しとかだったら、この国はきっと暇なのだろう。
「おお、ジーラ様、天使様、お座り下さい」
王様に促されるままに席に着くと、すぐに紅茶とお茶請けが用意された。
「とりあえず用件を先に訊いても良いかしら? お茶を楽しめないわ」
隣の天使様は、メッチャ楽しんでるけど。
王様も苦笑いを浮かべていらっしゃる。ちょっと恥ずかしい。
「わかりました。結論から言えば、お二人の力をお借りしたいのです。お恥ずかしい話ですが、お二人は、世界的にも有数の実力者です。この国においても、お二人に敵うものなど、居ないかも知れません」
国を閉鎖している状況も技術が伸び悩む原因だろう。鯨が消えた今、それらが改善される見込みもあるだろうが。
「力を貸すかは内容次第よ。流石に後味が悪くなることには、手を貸せないわ」
「はい、順番に話をさせて頂きます」
最近、国では石化の呪いと呼ばれるものが流行っているらしい。規模や感覚はまちまちだが、市井の者が突然石化してしまうそうだ。
来る途中に見た、石像もそれの被害者達らしい。だからこそ、あの精巧さか。
その原因はこの国で宝物庫と呼ばれる城の地下にあると考えているそうだ。
「宝物庫とは、魔神様の宝が眠っている場所なのです。宝物庫があったので、この場所に建国したのが正しいのですよ」
王様が簡単に国の生い立ちを語った。
それに対し、シルキーが「違うよ」と呟く。
「違う、とは?」
「それ、宝物庫じゃ、ない。神様のゴミ捨て場。失敗作の廃棄場。世界に点在しているよ? ゴミとはいっても、人には、宝といえるかも」
わざわざ建国した一族に伝えるには、残酷な真実。人にとっては、宝だというのならば構わないじゃない。皆、悲しい顔をするのは止めよ? うちの天使様、人の心情とか、慮れないんだから。
話を元に戻す。石化の原因は、その宝物庫にあるのではないかと睨んでいるらしい。
「ま、そうでしょうね。みんなは、呪いについてどれくらいの知識があるのかしら?」
「お恥ずかしい話、ほとんどありませぬ。魔族の国において、呪術は魔神様の御力であり、触れることが許されるのは加護を受けたとされる者だけなのです」
「そうなのね。なら、呪いについて説明するけど、それはバチ当たりじゃ無いわよね?」
「はい。お願いします」
皆興味があるらしく、前のめりで、私の話を傾聴する構えだ。
「王様、明日風邪をひく可能性を訊かれたら、どう答えるかしら?」
「そうですな。十分の一以下でしょう。この気候ですし」
「ほとんどの人が、それ以下と答えるでしょうね。呪術は、その可能性を引き上げる術よ」
負の確率操作。あくまで、確率操作。
「じゃ、もし失明する可能性は? と訊かれたら、どう答える?」
「ほぼゼロ、と」
「そうね。私もそう思うし。でも、ゼロじゃない。限りなくゼロに近くてもね。つまり、可能性はあるの。明日死ぬ可能性なんかも、まあ、同じよね」
「そうですな。むしろ、失明よりも、死ぬ方が可能性は高いまであるでしょう」
「そうね。だからこそ、呪術で引き起こすことが出来るの。つまり、呪術ってのは、負の確率を増大させるってことなの。じゃあ、明日、石化する可能性は? ああ、国にで起きている、現象は抜きにしてね」
「確率はゼロでしょうな」
そう、人は石化しない。自然に石化する可能性は、ないのだ。
「ありえないことは起こせない。それが人が使う呪術の限界。それが出来るのは神様の呪いってことね。というわけで、発生源は神様の遺物が眠る宝物庫の可能性が高いってわけ」
理由は語られずとも、この国の数少ない呪術師達もそう結論づけたのだろう。宝物庫自体は、国をあげて長年調査し続けているそうだ。長年かけ、選りすぐりの部隊が幾度となく挑戦し続けたそうだ。
数日前から籠もっている部隊が、今日壊滅したそうだ。何度も挑戦し、内部を把握し、撤退のタイミングも手慣れた部隊が、である。
「そこで、お二人のお力をお借りしたい。本日も石化の被害が十八名出ており、その数も増えております。いつの日か、国全員が石化する可能性もあります。今までのように、じっくりと踏破するというわけにも、いかなくなっているのです」
すると側近の男が被害者の名前、性別、年齢を読み上げる。その中、チーファの名があった。
「主、殿」
「協力する理由、できちゃったわね」
シルキーにしては、珍しく気合いが入っているようだ。彼女の楽器の腕に、心に響くなにかががあったのだろう。
「壊滅と言っても、戻ってきた者が二名おります。身体と精神に異常が無いか確認でき次第、この場に来ることにおります」
「わかったわ。でも、それをただ待っているのも芸が無いでしょ。ここに居る人達の知っていることでいいから、宝物庫について教えてくれないかしら」
「ならばわたしが話そう」
軍務卿が立候補する。例え、私のことを好いていなくとも、宝物庫の攻略は軍の功績になるはずだ。協力しておくことに越したことはないと考えたのだろう。
「かく言うわたしも、一時期は宝物庫に入る部隊の一員でしてな。この場では、一番詳しいと自負している」
「そうなのね。伊達に軍務卿の地位にまで上り詰めていないわけね。頼もしいわ」
昨日のこともあるので、少しヨイショしておこう。
話によると、宝物庫は地下に伸びる遺跡らしい。ただし、入口からは一方通行。入った場所からは、出ることが不可能だそうだ。
シルキー曰く「ゴミ捨て場だから、出てこられたら駄目でしょう?」とのこと。言われてみれば、仰るとおりである。
ならば、どのように脱出しているかと言えば、城の一室に祈祷術用の陣を用意しており、その陣の直下に位置すれば、城の陣まで戻ることが出来るようだ。逆に、直下に陣を設置しておけば、そこへと一気に降りれるそうだ。
「宝物庫攻略の問題点は数点ある。一つ目は、魔神様の力の影響により、加護持ちですら長時間かつ回数をこなすと、精神を害する。わたしも、その影響により潜ることが許されない身体になっている」
精鋭部隊を必要としながら、回数制限のある部隊。育成が大変そうだ。
私とシルキーは大丈夫なのだろうか?
「次は帰還のための、祈祷術師の生命の確保。宝物庫の中では、祈祷術士は、魔神様の影響のせいか、祈祷術がほぼ使えなくなる。帰還用の術は使えるのだが、祈祷術師が居なければ使えない。つまり、戦闘における無力な存在を連れ歩かなければならなくなるのだ。もし、祈祷術師が死ねば、次の部隊と合流しない限り、戻ることは出来なくなる」
理屈としては魔神の天使を呼び出すのが祈祷術。魔神の影響下から呼び出すという魔術的行使を応用し、宝物庫から外界である城へ、城の陣に待機する祈祷術士に自分達を呼び出してもらうという術式を使っているらしい。
こればかりは専門外なので、そういうものなのだと納得するしかないだろう。
「次に、陣は使い捨てということだ」
例えばだが、五階、十階と進んでいき、各階に陣を設置する。そして、十五階で撤退したとすれば、次は十階から再挑戦できるということだ。が、毎回十五階から奥の位置に次の陣を設置できずに、攻略が足踏み状態らしい。
説明上、階と称したが、実際には階層の概念などなく、緩やかに地下に伸びている遺跡である。イメージとしては蟻の巣に近いかも知れない。
攻略の足止めについては、食糧の問題や人員を守るため等、様々な条件も重なっているので仕方が無いだろう。
そして、しびれを切らした国は、今回、一か八かの賭けに出そうだ。
宝物庫の攻略には四チームおり、能力が平均的になるように、振り分けているらしい。
今回、その四チーム全ての中から、上位八名を集めて、攻略に挑んだそうだ。
実際、その効果はあったそうだ。今までに無く、奥深くまで進み、そして、だからこそ壊滅した。
その奥に存在したモノにやられて。
部屋に男女の二人組が入ってきた。
「ここから先は、生き延びた彼らに訊こう」
二人組の内、男の方は屈強な体付きをしており、顔には斜めに一本の古傷が残っている。髪は灰色の短髪だ。
角も傷だらけで、戦闘経験の多さを感じさせた。
女は、小柄だが凜とした姿勢と鋭い瞳が、戦いをする者であること表している。灰色の髪も短めで、化粧っ気もない。
年齢は共に二十歳くらいだろうか。
「二人は、わたしの子供達だ」
言われてみると、男は顔付きそのものが、女は目が似ている。
「自己紹介を」
軍務卿に促されるが、二人は訝しむように私を見つめていた。
「ああ、彼女は魔神様のご息女だ。噂ぐらいは聞いているだろう?」
父親の言葉に、慌てて頭を下げる二人。
「普通にして頂戴。中身は、平民育ちの礼儀知らずよ。礼節なんて向けたところで、還ってくるものはないわよ」
こちらの言葉に、キョトンとした表情を向けてきたが、再び顔付きを鋭いものに戻した。
「私の名は」
「さっきも言ったけど、敬語は要らないわ。多分だけど、この後、一緒に潜るチームメイトになるんでしょ?」
軍務卿に視線を送ると、コクリと彼は頷いた。
「なら失礼して。オレの名はディケースという。妹はミケーナだ。よろしく頼む」
「ええ。私はジーラ。こっちはシルキー」
二人のお辞儀に、私もお辞儀を返す。
「それでは本題に戻ろう」
彼らは宝物庫で起きたことを語り始めた。多分、王達も、本格的に報告を受けるのは初めてなのだろう。皆の表情が、更に真剣なものへと変わっている。
精鋭達で固めた彼らは、予定通り順調に攻略出来ていたらしい。
なんせ、今まで苦戦していた地点を越え、今まで見たことも無かった、大広間へとたどり着けたと言うのだから。
が、そこには番人がいた。圧倒的な力を持つ、個が。
「正直、あんなものに勝てる気がしない。それが本音だ」
ディケースは、俯きながら歯がみしている。
「父には、これ以上の宝物庫探索を諦めるように進言しようと思っていたくらいだ。だが、貴女たちは、あの絶望鯨を倒したって言うじゃないか。なら希望はあると思う」
その言葉に、シルキーに視線を向けると、少し困ったような表情を浮かべていた。
「使える状況が限られる、あの技は。廃棄場では、使えない」
「でも、ジーラ、さんも凄い技を持っているって聞いたんだが、ならば」
「貴方の期待しているものが私の予想通りなら。一発限りの大技よ。ま、相手が一体だけなら、試す価値はあるかもだけど」
だが、あのブレスを屋内で撃つのは大丈夫だろうか? いや、鎚による直接攻撃という手もある。シルキーが太鼓判を押した武器なのだから、期待して良いだろう。
「それで、いつ潜るのかしら? 流石に、戻ってきて直ぐってわけにはいかないでしょ?」
「それについては、本日の夜を考えている」
軍務卿から、まさかの回答が返ってきた。
「ちょっと、子供さん大丈夫なの?」
「そんな柔な鍛え方はしていない」
「……同伴する側としては、万全な状態にしておいて欲しいんだけどね」
が、私の言葉は流された。どうやら決定事項のようだ。
「ちなみにだが、我も行くぞ」
まさかのロズウェル王子だ。軍務卿が頷いているが、王様は初耳とばかりに、目を見開いている。
「な、何を言っているのだ⁉」
「父上、我ら一族は、加護を有している。呪術には触れていないがな。それに、我は低層だが、宝物庫に入ったこともある。問題あるまい」
「し、しかしだな」
「このままでは、我は王位継承に負ける。例え、兄上が何もしていなかったとはいえ、絶望鯨を倒したのは兄上の連れてきたジーラ嬢達だ。ならば、我も功績を挙げる必要がある。もし、我が死ねば、勝手に兄上が王位継承するだけだ。わかりやすくていいだろう」
王様は「しかし」と続けようとするが、ロズウェル王子は「既に、我にはこうする以外道はないのだ。父上、ご許可を」と片膝を突き、頭を下げた。
気持ちはわかるのだろう。王様は葛藤しつつも、最終的には「わかった。だが、無理はするな」と許可を出した。
そうなると、当然、側近の彼女付いてくることになるのだろう。
「ってことは、六人で行くのかしら?」
「そうなるな。祈祷術士も、決まり通り二人居るからな」
一人死んでも、なんとかなるように、祈祷術士は二人の同伴が決められているとのことだ。撤退の一つの目安なのだろう。
「とりあえず、私、寝不足なのよ。昨日、飲み比べしたりしてさ。だから、一眠りして良いかしら?」
鉄火場の経験は初めてではない。命を賭けるからこそ、体調管理は大切だ。
「ええ、勿論で御座います。携行品などは、こちらで準備しておきますので。何か、特別入り用な物は御座いますか?」
「特にないわね。うちの天使様は、美味しい物が大事だから、焼き菓子でも持たせてあげて。私はまずい食べ物に対する耐性はあるから、なんでもいいわ」
ついでに、宿に残った者達への連絡をお願いし、昨日案内された部屋のふかふかなベッドで、一眠りさせてもらうことにした。




