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第二章 4 レズビアンバーでの賭け勝負


   四

 

 訓練場に移動する際、アンドリューから「何を考えているんですか!」とお説教じみたことを言われたので「次は、嘘吐いてたアンタだからね?」と微笑み返すと、黙り込んでしまった。

 シルキーも、少し呆れた様子でこちらを見つめていた。

 お偉い様達も、頭を抱えながら、こちらと共に移動する。お偉方の大移動に、城で勤務する兵士達が、困惑と好奇の視線を向けてくる。

 訓練場に着くと、模擬戦用の闘技場に登るように促された。

 ロズウェル王子と共に、石畳が敷き詰められた四角い闘技場の上へと登る。

 城中の人間、ほぼ全員が観戦しているのではないだろうか? それぐらいの人数が集まっている。

 互いに向き合うと、相手は今にも襲いかかってきそうなぐらい、憎しみを剥き出しにしていた。

 審判役に騎士団長が呼び出されていた。いざという時、止められるだけの実力者ということだろう。

 ルールについては、殺しはなし。気絶、降参で決着ということとなった。

 私は鎚を掴んで、闇術により、質量を奪い軽くする。バトンのように操作して、適した重さに調節する。

 この都市に来てから、鬱々とした気を、妬みを、恨みを鎚が取り込んでいた。既に、かなりの呪いを蓄えている。

 互いに距離を取り、開始の合図を待つ。

 ロズウェル王子は、ずっとこちらを睨み続けている。

 う~ん、煽りすぎたかも。正直、こちらとしては既に溜飲は下がっている。

 この模擬戦は、今後の遺恨をなくすための手段だ。

 私は鎚を構え、ロズウェル王子は剣を抜いた。

「開始!」

 合図が訓練場に響く。

 折角だ、アレを試してみよう。

 レヒとリンクを呼び出し、鎚を掴む腕にレヒを纏う。

 逆にリンクが肩で、四つん這いになり、口を開いて構える。

 呪怨龍を倒した際に手に入れた呪肺。その肺から作られるブレス攻撃。

 鎚から呪いを吸い上げ、自身の肺に、淀んだ空気が満ちていく感覚。指向性を持たない呪いが、ブレスという質量に変化していく感覚。

 そして、その質量は、リンクへと流れていく。

 リンクの口で物質化した呪いが収束する。

「主殿、何を考えてるの!」

 シルキーの声が、訓練場中に響く。

 思わぬシルキーの大声に、私は呆気にとられてしまう。

 ブレスを放つ直前、シルキーが両手を広げて、私とロズウェル王子の前に立ち塞がった。

「ば、馬鹿!」

 私は慌ててリンクに指示し、ブレスを上空に向けた。

 ブレスが放たれる。

 衝撃が起こす風に、私やシルキーの髪が暴れ回る。

 雲を貫き、そのエネルギーは大爆発を起こす。爆発後、真空状態が出来たのか、皆の身体が空へと引っ張られる。

 数秒後、再び身体は自由を取り戻した。

 自分で放った攻撃でありながら、私は呆然と空を見つめていた。

 雲が消滅し、空を覆う雲はぽっかりと穴が空いたようになっていた。

「主殿、説教。正座」

 模擬戦の最中だというのに、シルキーがハキハキとこちらに命じる。

「え、でも」

「正座」

 目が怖い。下手すれば、シルキーと戦ったときよりも恐ろしい。あの時は、怒りの感情は無かった。が、今回は、そういう負の感情が明確に向けられている。

「はい」

 素直に正座する。石畳の上なので痛い。

「主殿は、この鎚のこと、舐めすぎ。前から、思ってた。お店とかで、適当に壁に立てかけてるし。目を離して、置きっぱなしにしているし!」

 いや、誰も盗まないし。私以外じゃ、下手に触れるだけで、吐き気を催すくらいだし。

「この鎚の元となった亜神。その話を聞いてぞっとした」

 以前、シルキーに訊ねられて、答えたことがある。鎚の製造の経緯等を。確かに一目置いているような雰囲気はあったが……。

「都市そのものを利用し、人々を苦しめる状況の醸成。互いが互いを恨み、妬み、呪う環境。その呪力を都市単位で、何年何年もかけて、最後にその全ての命を犠牲にして創り出した、人造の神。その亜神の力の塊である結晶を加工して造った鎚。普通じゃないの、わからないの?」

 普段の眠そうな瞳が、怒りの火を宿してこちらを睨んでいる。

「加工し、あえて鎚にした主殿を、拙は天才だと思った。この異常な出力の呪いを、鎚の一撃に収束することで、周囲に影響を与えず、腐食の呪いにより、弱体化と同時に呪力の爆発をぶち込む一撃。これ以上無く、無駄が無く、周囲を気にせず使える攻撃」

 いや、そんな事は考えて造っていない。銀球を殴るのに、丁度良かっただけだ。

「それを、ブレスにしたら、こうなるの、なんでわからないの⁉」

「いや~、でも素人が、ちょいとプロの力を借りて造った、素人武器よ?」

「馬鹿、なの? 大馬鹿、なの?」

 おっと~、これは口を開かない方が良いっぽい。ちょいと、お怒りのレベルが、想像の上っぽいぞ?

「こんな呪いを振りまいたら、都市を滅ぼすほどの呪いを振りまいたら……」

 その時、シルキーの両眼から、ポロポロと小粒の涙が流れ始めた。

「シ、シルキー?」

 予想外の涙に、私は中腰になって、オロオロと助けを求めるように周囲を見回した。だが、誰も助けてなどくれない。

「きっと、神様に主殿を殺すように命令されてしまう。そんな、嫌だよぅ」

 そして、大声を上げて泣き出した。

 私は、咄嗟に天使様を抱きしめ、周囲にどこか部屋を貸すように怒鳴っていた。


 用意された部屋は、かなり豪華な部屋だった。多分、魔神の娘である自分のために用意されていた客室なのだろう。

 天蓋付きのベッドに腰掛けながら、泣き疲れて眠っている、シルキーに膝枕をしていた。

 考えてみれば、シルキーは、まだ人付き合いを始めて一年目だ。情緒も、まだまだ子供のようなものなのだ。

 自分を主と認めてくれているのだろうが、同時に監視役なのかも知れない。それとも、主である自分のよりも、上位の命令権を製造者であるミズルファ神は有しているだろうか?

 さて、これは訊ねて良いことなのだろうか?

 天使のような寝顔という表現はあるが、本当の天使様の寝顔を見つめながら、そのような事を考えていると、ノックと後に部屋のドアが開いた。

 訪問者は、アンドリューとロズウェルの両王子だ。共に、側近を連れている。

 目の前に来たが、気まずそうにそのまま黙り続けていた。

「えっと、何?」

「……軍務卿に、貴様を敵に回すと王位継承で不利になるから、謝罪しておいた方が良いと言われた。だから、一応、そこの天使の件について謝罪しに来た」

 嫌々きたのが丸わかりである。まあ、それで構わない。あんな不完全燃焼な状況じゃ、手打ちになるわけが無い。

「ま、こっちも謝罪しておきたかったし、丁度良かったわ」

「む?」

 ロズウェル王子は、一瞬眉をひそめた。

「ま、喧嘩を売ったことは謝らないわよ。ただ、あんたの父親を、煽ることに利用したことは謝るわ。父のあんな姿、見たくないのは当然だしね」

「……ああ、わかった。謝罪を受け入れる。そして、天使の件は、真剣に謝罪する。少なくとも、貴様らの間には信頼があることは、先程の件でわかったからな」

「あら、素直じゃないの。うん、少なくとも嘘つきなお兄さんよりも、私の好感度は高いわよ?」

 う、と呻いたのはアンドリュー。

「身分を隠していたことは謝罪します。なんせ、貴方は屑だ、カスだと言われていたので。仮にも、妻になるかもしれない相手を、横から観察したかったんです」

「今ので、更に私は第二王子派になったから」

「ええ、何でですか⁉」

 そんなもんは、自分で気付け。

 ロズウェル王子の側近は女性だった。王子が、それなりに剣術に長けているためか、側近の女性は術士のようだ。

 ちなみに、彼女の名前はコフィと紹介された。華奢で、眼鏡の女の子。ここに居る四人の中では、一番好みである。

「ま、一応は仲直りって事で。私は一回、宿に戻るわ」

「こちらを自由に使って頂いて構いませんよ」

 メナスは、数日前のボンクラっぽさを何処に置いてきたのか、恭しくそのように述べた。

「落ち着かないわよ。それに、いきなりみんなと別れたでしょ。流石に一度は顔を見せておかないとね」

「確かに、その通りですね。失礼しました」

「ま、用事があるなら、宿に使いを出して頂戴。余程のことが無い限り、顔ぐらいは出すわ」

 そこで、一つ疑問が生じた。

「そういえば、お金って普通に金貨、銀貨でいいのかしら?」

 基本的に、金銀銅貨は、どの国でも使える共通貨幣だ。素材その物に価値があるため、わかりやすい尺度で使えるのだ。

「そうですけど、多分、絵柄が違うと思います。出来る限り、人族の国の貨幣は使わない方が良いかと思います。魔神様の絵柄の貨幣でないと、売ってくれない店もありますからね」

 確かに、金貨、銀貨の絵柄はミズルファ神である。因みに銅貨は天使様、つまりはシルキーだったりする。

「ですが安心して下さい。絶望鯨の討伐のお礼として、この国での滞在費は、国が持つとのことです。勿論、別途報奨も用意していますので」

「わかったわ。なら、安心して飲み食い出来るわね」

 税金であることを考慮しても、国家の敵である存在を狩ったのだから、多少贅沢しても良いだろう。

 シルキーが目を覚ますのを待ち、カミュ達の居る宿に向かうことにした。


「空がね、爆発したの」

 宿に戻ると、カミュが突然、そんなことを口走ってきた。

「この国大丈夫⁉」

「安心して。まあ、事故よ。うん、事故」

 シルキーのジーッと見てくる視線が痛い。

「一応、滞在費を貰ってきたから、適当に配るわよ」

 大体五等分になるように、この国の貨幣を分配する。

「さて、これからどうするんだい?」

 テスラの問いかけに「パパは調査があるんでしょ? 私も、酒場巡りなんかしたいのよね」と伝えると、カミュが手を挙げた。

「さっき、歓楽街散歩したんだけど、行ってみたい店を見つけたのよ」

 随分積極的である。獣人は、この国でもそれなりに数を見たので、一人歩きも可能だったのだろう。

「じゃ、みんなで行きましょうか。夕飯もそこで良いわよね」

「待って、そこって、男子禁制なの」

「……え~っと、どんな店?」

「……レディースバー」

 いや、違うな。多分、もうちょい深いな、これは。

「ま、いいわよ。別に情報収集だけなら、全員一緒に居る必要も無いし」

 ただ、問題もある。人族の二人だけでは、情報収集も上手くいかない可能性がある。

 ふむ、どうしたものか。

「ああ、大丈夫だよ、ジーラちゃん。友達付き合いも大事だし。それに、俺は既に兵士の人たちと飲みに行く約束しているんだ。ジーラちゃん達も誘おうと思っていたけど、そっちはそっちで楽しんでくるといいよ」

 既に、兵士達を懐柔しているのか。たいしたものである。正直、自分の父でなければ、恐ろしいの一言だ。

「じゃ、パパとテスラは別行動ね。シルキーは」

 確認するまでも無く、こちらの手を握っている。

「いいの? 御飯は多分、パパ達の方が美味しいわよ?」

「むむむ」

 悩み出す天使様。

「折角だから、美味しい物食べてきなさい。私達の行く店、多分、食事はたいしたもの無いわよ」

 なんなら、乾き物しかでないと思う。

「じゃあ、パパさん達と、行く」

「ええ。パパ、シルキーのことよろしくね」

 私は、シルキー達と別れ、カミュの案内により、件の店へと向かった。

 歓楽街の裏路地。正直、初めて訪れた他国で来るような雰囲気ではない。この娘は、危機感も無く、こんな場所を散歩したのか……。

「カミュ、もうちょい安全に気を使いなさいよ。何かあったらどうするの?」

「じゃ、これからはジーラと一緒にしか来ないわよ」

「はいはい、じゃ、そうしてちょうだいな」

 目的の店は、三階建ての建物の地下にあるらしく、階段を下っていく。

 知る人ぞ知るを地で行く店だ。

 カミュの特技がモノ探しなのは、伊達ではないようだ。

 店のドアには女性のみ可、の張り紙。ドア以外は、石造りで無骨な灰色。一切中は見えず、入るのに躊躇する外観だ。

「なに怖がってるの?」

 こういう時は、カミュの方が度胸がある。臆すること無く、ドアを開いた。

 店内には、カウンター席のみ。カウンター内の壁には、結構な種類の酒が並んでいる。

 カウンター内には女性が二人。マスターらしき女性ともう一人はお手伝いと言った感じだろうか。

 マスターは、男装姿の麗人。

 もう一人は、眼鏡にエプロンで、どうにもこの店にはあっていない雰囲気の娘だ。

 客は五人。その視線が、一斉にこちらに集中した。

「初めてのお客さんね。いらっしゃい。ただ、ここは所謂」

「あ、大丈夫です。あたしも好きなのは女性です」

 即座にカミングアウトするカミュ。まあ、そういう店行くことあるとも言ってたもんなぁ。

「そちらは彼女かしら?」

「いえ、片恋相手です」

「あ~、まあ、私は女性でもいけるって感じです」

「ふふ、ならお仲間ね」

 すると、客の一人が「人族?」と首を傾げた。

 正確には、半分だけだが、羽を除けば、ぱっと見人族なのが、自分の見た目だ。

「人族は、駄目だったかしら?」

「あ、ごめんなさい。そうじゃないの。アタシ達、選り好みなんかしてたら、相手なんか見つからないでしょ。種族にこだわりなんかないの。でも、ほら、珍しいから、つい」

「ああ、正確には半分だけ、人族なんです。ほら」

 私は羽を広げてみせる。

「あら、初めて見るタイプの羽ね。ま、アタシは羽より胸の方が興味あるけど」

「どうか~ん」

 店内からそんな声が上がる。

「ちなみに、マスターであるワタシも当然、女性が好きだから、口説くのは構わないけど、こっちの子はノンケだから、口説いちゃ駄目よ」

 そう言って、エプロン姿の彼女を紹介してくれた。

 ノンケの人が、こういう店で働く理由があるのだろうか。まあ、誰も嫌な顔をしていないのだから、私が口を出すことではないか。

 カミュも手慣れたノリで、席について、マスターである女性と会話をしている。

 ふ~む、ここではカミュの方が、圧倒的に経験値が高そうだ。

「で、片恋相手を連れてくるとか、どういう関係なのよ?」

 興味津々とばかりに、皆がカミュに質問していく。カミュも、楽しそうに答えていく。

 私は溜息を吐き、マスターからお勧めの酒を、一杯もらった。

「ごめんなさいね。ご新規さんって少ないから、みんな嬉しいのよ。やっぱり、仲間が絶対的に少ないから」

「ああ、そうですよね。私は、まあ、どっちもいけるから、誤魔化すことも出来ますけど、女性専門じゃ、そうもいきませんよね」

 カミュも、今までの恋は、ずっと気持ちを隠してきたと言っていた。

「ひどいんですよ、この人。あたしにデートって言っておいて、別の男と出かける服を買いに行ったりとか」

 客達の非難の目が、こちらを射貫く。うん、確かにあれは悪かった。反省しているので、許して下さい。

 他にも、カミュの私に対する愚痴が続く。

「なら、こんな悪い女じゃ無く、アタシにしない?」

 年齢は二十半ばほどの魔族の女性。スタイルは良く、男性にも間違いなくもてるであろう外見だ。

「ジーラいいの~? あたしが口説かれてるわよ?」

「そうねえ、カミュはお胸が好きだものね。好みなんじゃないの、そちらの方が」

「なになに、妬いてるの?」

 嬉しそうに微笑むカミュ。ちなみに口説いている女性は、カミュの肩に手を回している。カミュは、それを拒絶していない。

 別のお客さんが「恋のきっかけとか、訊かせて貰えるかしら?」と楽しそうに、カミュとの会話に参加してきた。

「いいですよ~」と楽しそうに応じるカミュ。

「若い子の恋バナとか聞かないと、もう潤いが無くって」

 この女性は三十代後半と行ったところか。種族はドワーフなので、見た目通りとは限らないが。

「えっと、そう言えば名前を聞いていなかったわね」

「ああ、私はジーラ。あっちはカミュ」

「何か食べる? 簡単な物なら作るわよ」

「なら、お願いしていいかしら」

 店内のお客さんは、カミュの恋バナに夢中だ。多分、私が参加すると、非難される。なのでマスターとの会話に集中する。

「カミュちゃん可愛い!」

 ぎゅ、っと抱きしめられているカミュ。カミュも満更でもなさそうだ。

 というか、もしかしてカミュってモテるのだろうか?

「そっちの、ほら、片恋相手さん」

 とうとう、こっちにも参加の要請がかかった。

「はいはい、なんでしょう」

「こんな可愛い娘の、何が気に食わないの?」

「別に、気に食わないわけじゃ」

「なら、抱いてあげなさいよ! 減るもんじゃないし」

「う、うおぉ、デリカシー……」

 カミュも、流石に苦笑いを浮かべていた。

「ま、この店ではとある賭け勝負があるの。マスター、いいかしら?」

「こっちは売り上げ上がるから大歓迎」

 そういうと、奥から折りたたみのテーブルが出てきた。

「飲み比べで、負けた方が勝った方の言うことを聞くわけ。酒場らしい勝負でしょ」

 テーブルには、酒精の強そうな酒とショットグラスが並ぶ。

「そうね。で、私と貴女でやるって事よね?」

「勿論。アタシが勝ったら、一回、この娘を抱いてあげなさい!」

 すっごいこと要求してくる。この店怖い。

 カミュが「ちょっと待って!」と流石に制止する。

「みんなが協力してくれるのは嬉しいけど、そういうのは、こういう決め方するものじゃないでしょ」

「大丈夫よぉ。身体から始まる恋もあるから。女同士だし、減るもんは無いわよ」

 すると、カミュが近くの酒瓶を手に取り、それを一気に呷った。

「やるなら、自分でやる!」

 顔と目を真っ赤にし、真剣にこちらの顔を見据えている。

「ジーラ!」

「な、なによ」

「飲み比べ勝負、受けてくれる?」

「流石に、賭けの内容によるわよ」

「……デート、して」

「そんなことでいいの?」

 こくり、と小さく頷くカミュ。

「ちゃんと、プランを考えて、お化粧して、綺麗な服着て、ちゃんと、ちゃんとしたデートして」

 少し視線をずらし、俯きながら、恥ずかしそうにカミュは言う。

 周囲から、ここまでしないと、普通のデートもしてあげないって、酷くない? と非難の声が上がっている。

「それで、最後にチュー。そういうデートして」

「いいわよ。でも、私って、結構酒強いわよ?」

「知ってる。逆にあたしはそんなに強くないから、飲みすぎたら記憶飛ぶし。万が一勝てたら、片恋相手に、いきなりデートに誘われるって言う胸熱展開になるわけよ!」

 カミュが半分減らした酒瓶を奪い、私も一気に呷った。酒精の強い酒を無理矢理、胃に流し込んだ際に感じる、拒絶感。酒が毒だと認識させられる。

「オッケー。じゃ、私が勝ったら、今までの貴女の恋バナ聞かせなさいよ」

「にゃっ⁉」

 予想外の返しだったのか、素っ頓狂な声を上げた。

「ふふん、そういう話が苦手だってのは知ってるのよ。是非とも聞かせて欲しいものね」

 私は席に着く。カミュも向かいに着いた。

 応援は、皆カミュ側だ。

「カミュが先行で良いわよ」

「もし酔い潰したら好きに介抱して良いからね」

「言われなくても、普通に介抱するわよ。寝ゲロで死なれても困るしね」

「色気がない!」

 そういうと、カミュが一杯目のグラスを空にした。

 私も、続いてグラスを空にする。

 意地になったかのように、カミュが追いかける様にグラスを空にする。

 思わず苦笑いしてしまう。既に、顔が真っ赤だ。

 その後、交互に七杯を飲む。

 カミュは既にフラフラで眠そうだ。こりゃ、もう終わってしまいそうだ。

「一回、風にでも当たってくれば?」

 私の提案に「よ、余裕のつもり?」と反骨心丸出しの反応。

「まあ、まあ。カミュちゃん、付き添うから、一回風にでも当たりに行きましょう」

 酔いでぼーっとしているのか、言われるがまま、外へと連れて行かれた。

「チーちゃん、様子見てきて」

 マスターがエプロン女子にお願いする。

「油断してると、あのままホテルに連れ込まれちゃうわよ、あの子」

 怖いところね、ここ……。

「マスター、カミュの酒、水で薄めておいて。無理して、なんかあっても怖いし」

「優しいのね」

 瓶を渡すと、瓶の中身を水でかさ増しする。勝負はショットグラスの数で決まるので、瓶の中身は関係ない。

「ねえ、あんなに可愛い子なのに、何が気に食わないのよ?」

 お客の一人に詰め寄られる。

「別の相手に恋をしてるのよ。だから、そんないい加減な気持ちじゃ、付き合えないわよ。でも、口説き落とされたのなら、ちゃんと一途に思ってあげると言ってあるの」

「ふ~ん、面倒なのね。ま、ビアン同士なんて、そう簡単に見つからないから、ご執心するのも仕方ないけどね」

 すると、カミュがフラフラと戻ってきた。席に着くと、パン、と自分の顔面を両手で叩く。

「再開するわ!」

「じゃ、こっちの番だったわよね」

 私はグラスを空にする。

 カミュも間を置かずに空にした。

 再び交互に勢いよく、一気を繰り返す。

 繰り返す内、突如、カミュは机にぶっ倒れた。

「ああ、カミュちゃん、負けちゃった……」

「ん~、そうでもないわよ」

「え、あんた、もう飲めないの?」

「これだけ熱心に口説かれたら、胸が一杯でね」

 私はカミュの頬に生えた髭を引っ張る。

 嫌そうに、カミュの寝顔が引きつる。普段は、顔の髭は触らせてもらえないのだ。髭を引っ張られるのだけは、本当に嫌らしい。

「ま、頑張ったご褒美に、デートくらいは考えてあげるわよ。キスは、まあ、ほっぺぐらいならしてあげましょうかね」

「ヘタレねぇ、アンタ」

「はいはい、知ってるわよ」

「けど、久しぶりに盛り上がったわね。いっつも、集まる面子同じだからね」

「話す内容も、あんまり変わらないもんねぇ。なんか、面白い話ないの?」

 客達は、わいわいと賑やかに話を続ける。

「ごめんなさいね、うるさい人たちばっかりで」

「構わないわよ。楽しいわ」

 背後で、人族を見たという話をしているのが耳に入った。興味を持って、「何の話?」と混ざると、楽しそうに再び話し始めてくれた。

「珍しい話なんだけど、商店街で人族を見たって言うのよ」

「やっぱり、人族って珍しいのね」

 すぐに噂になるくらいなのだから。テスラ達は大丈夫だろうか?

「それもあるんだけど、一人で二十人分くらいの食料を買っていくらしいのよ」

「へえ、それは目立つわね」

「しかも、次の日は別の人が、同じように買って行くんですって。次の日は、更に別の人。三人が順番に同じようにですって。だから大量の人族が入り込んでるんじゃって噂になってるの。でも、そんな大勢が入れるような建物があれば、すぐに気付かれるでしょうし。不気味じゃない?」

「確かに不思議な話ね。入国したら、当然国が把握しているのよね? しかも、そんな大量の人数じゃ、密入国なんてのも、難しいでしょうし」

 海の隣接していない城塞都市だ。見張りの数も多い。一人二人ならまだしも、数十人単位は無理だろう。

「そういえば、そっちのチーちゃんだっけ? 貴女は、なんでここで働いているの? あ、答えづらかったら、答えなくっていいからね」

「そうですねぇ。おいは、近ぐの農村から出てきたんですよぉ、音楽で食っていぎたくてねぇ。でも、そんなに簡単じゃ無ぐっで、バイトさせて貰ってるんですよぉ」

「大変なのね。なら、一曲リクエストしても良かったり?」

 チーちゃんが、チラリとマスターを見る。

「いいわよ、折角だから弾いてきなさい」

 嬉しそうに、カウンター内から出てきた。店の隅に置かれていたケースからギターを取り出した。

「では、弾がせて貰います」

 チーちゃんがギターをかき鳴らし始めた。

 へ、え。これは、中々。

 静かな中、爆ぜるような情熱。心臓を直接殴りつけられるような、激しい音色。

 相当、じゃない?

 そして、彼女は口を開いた。

 それは、もう、酷い歌声だった。

 あ、これが原因なのね。ギターの技術に対して、歌が酷すぎるのだ。しかも、彼女のギターレベルだと、歌にも相当な技術が求められるだろう。

 一曲目が終わると、彼女は一礼した。

「ど、どうでしたけ?」

「ギターは凄いけど、歌が、ちょっとね。ギターだけにした方が、売れると思うわよ?」

「おいは、歌を作るのが好きなんですよぉ。だがら、歌が無ぐなるのはちょっと……」

 勿体ないが、こればっかりは本人のモチベーションにも関わる内容だ。下手にやめろとは言えない。

「でも、そうねぇ。実は私も国で酒場をやってるのよ。そこにステージがあるんだけど、歌い手が一人いるだけで、しかもアカペラなの。だから、楽器を弾ける人探しているんだけど、どうかしら?」

「楽器だげですか……」

 可能なら、是非ともスカウトしたい人物だ。魔族の娘、うちの酒場には居ないし。

「って、マスター、勝手なことして御免なさい」

「いや、いいのよ。元々、夢のために頑張っているわけだしね」

 ハンドベル鳴らしたら来るだろうか?

 懐から取り出したベルを、とりあえず鳴らしてみた。

「え、いきなりなに?」

 皆に白い目で見られたが、仕方が無い。逆の立場なら、私も同じ視線を送るはずだ。

 どこに居るかもわからないので、適当な時間待って来なければ、カミュのこともあるので帰るとしよう。

「正直な話、チーちゃんのギターテクは、相当なもんよ。自信持って良いと思うわ。ただ、貴女の歌は求められていないわ。プロでやるなら、そこは区切らないと駄目かも知れないわね。一応、雇う側としての意見ね」

「そうですかぁ」

 と、その時、店のドアが開いた。

「呼んだ?」

「あ、本当に来た」

 迂闊な一言。明らかに、シルキーの機嫌が二段階下がったのが、つり上がった眉からわかった。

「ち、違うの。本当に必要だから呼んだのよ」

 シルキーに、是非ともうたって欲しいとお願いする。

「うたってもいいけど、なん、で?」

「こっちの娘のギターテクが凄いから、合わせて貰いたくて」

「ふ~ん」

 つまらなさそうに返事をすると、「よろ、しく」とチーちゃんに挨拶をした。

「よ、よろしぐお願いします」

 とはいえ、いきなり歌うのは無理なので、一度チーちゃんが歌ってみせる。相も変わらず、ギターと歌の落差が酷い。

 ギターの音には、シルキーも驚いたらしく、珍しく少し楽しそうな表情を浮かべていた。多分、私にしかわからないような、かすかな変化だが。

「ど、どうでしょうか?」

「うん、覚えた。弾いて、いいよ」

 チーちゃんは、一発で覚えたという言葉に驚いたようだが、シルキーを信じて楽器を弾き始めた。

 素晴らしいギターテク。エプロン姿の女子が弾いているのが、信じられないほどの。

 そして、シルキーの歌が披露される。

 本物の天使の歌声。

 店内の皆が、全員黙り込む。チーちゃんですら、手こそ止めないが、口を唖然と開いていた。

 というか、シルキーって、こんな激しい曲調の歌もうたえるんだ。似合わないけど、隔絶した技術であることは変わらない。

 曲が終わると、皆が歓声を上げ、たった数人とは思えないほどの拍手が上がった。拍手をしていないのは、眠りこけている猫ちゃんだけだ。

「これがうちの歌姫」

 そう紹介すると「お駄賃、は?」と食べ物を要求された。呼び出した以上、なんらかのご褒美は必要か。

「明日、なんか買ってあげるから」

「今日が、いいな」

「もう、お菓子屋さんやってないわよ」

「むう」

 親子か! みたいな会話を終えると、チーちゃんがシルキーを尊敬の念が籠もった顔で見つめていた。

「歌をつぐるのは、自分がやるのです。それを歌って貰えますか⁉」

「ん~、主殿?」

「お店でのステージで、彼女の作った歌をうたって欲しいんだけど、いいかしら?」

「命令なら、是非もない」

 そう言うと、私の頭にしがみついて、ぷかぷかぷか、と浮いていた。

「チーちゃん、スカウト受けてくれるかしら? ただ、外国よ?」

「か、構わねぇです! この方に、歌ってもらえるなら!」

「仕方が無いわよね、あんな歌をうたえる相棒がみつかっちゃあ」

 マスターも、祝福の言を述べる。それ程までに、彼女らの歌と楽器は、遙か高レベル帯で釣り合っていた。

 ちなみに、魔族の国の周辺には、農村が点在しており、それぞれの村で、祈祷術により呼び出した天使が護衛をしているらしい。

 チーちゃんの出身も、その農村らしい。

 本名はチーファと言うそうだ。

「とりあえず、国を出る日取りが決まったら教えるわ。それまでは、ここで働いておいて頂戴」

「マスター、よろしいでしょうか?」

「ええ、勿論。その内、お別れ会を開かないとね」

 性格が良い子なのだろう。祝福され、別れも惜しまれている。

 多分、慣れ親しんだ者達だけでの会話もあるだろう。私は「また来るわ」と会計を済まし、カミュを抱えて、宿へと戻った。

「シルキー、あの子のギター、どうだった?」

「うん、才能、ある、ね」

 天使様のお墨付きだ。これはこの国に来た甲斐があったという物だろう。

 宿に戻って、カミュをベッドに寝かせる。

 椅子をベッド脇に置き、私はそこに座った。

「寝ない、の?」

「カミュが吐いて、窒息したら困るからね。朝まで見ておくわよ」

「拙が、見るけど?」

「今回は、私が見たいの。朝方には、ちゃんと寝るから。というか、シルキーは寝ないでいいのか。じゃあ、朝までお話ししましょっか」

 この言葉に、シルキーが目を見開いた後、こくり、と普段より少し大仰に頷いた。

「じゃ、お茶でも用意しましょうかね」

 私は、宿の一階にある、自由に使って良いティーセットを取りに向かった。

 まだまだ、今日という日は、終わらなさそうである。


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