第二章 3 謁見と喧嘩の売り方講座
三
都市が見えると、城塞の外へとベロリンを不時着させた。
門番に対し、至急登城する旨を告げるメナスとアンドリュー。
「ジーラ嬢、シルキー殿は我々と共に。残りの者は、あちらの者達が宿へと案内します」
するとメナス達は黄色の目立つ旗を門番より受け取り、掲げた。
二人は空へと浮き上がり、真っ直ぐに王城方向へと向かった。
話によると、ここでは建造物以上の高度の飛行は、違法行為に当たるらしい。最もわかりやすい理由としては、城等への重要施設への特攻を防ぐためだそうだ。
そのため、飛行違反者へは容赦のない攻撃が行われるらしい。
そして、それを防ぐためのものが、先刻の旗だそうだ。あの旗を掲げている者には、攻撃が行われない。勿論、あの旗は特別な資格を持つ者しか使用することが許されていない。
王城の手前で着地する。この旗を有していても、王城敷地内では、攻撃対象になるそうだ。
門兵達はメナス達の顔を見ると、敬礼し、中へ入るように促していていた。
石造りの古めかしい建物。城というよりは巨大で継ぎ足し継ぎ足しで造られた教会のように感じる。
シンボルのように飾られているマークは、骸骨のようで、どうやら魔神を模したものらしい。
自分の父親の顔が、あんな不気味だと思うと、少々うんざりする。自分もいつか、あんな顔になるのだろうか。
城内エントランスは広く、紅いカーペットが敷かれていた。
城などという施設には初めて入ったが、仰々しい雰囲気がして落ち着かない。世のお姫様希望者は、こんな場所に住みたいのだろうか?
個人的には、ベッドとテーブルが近くにあり、しこたま飲んで、そのままベッドに転がり込めるぐらいの手狭さが好みだ。
アンドリューは至急王への謁見を求めていた。
城内はかなり慌ただしい様子で落ち着かない。
「なにかあったのかしら?」
「あったんですよ。絶望鯨の件です」
一瞬で終わった且つ、自分が相手をしたわけではないので、抜け落ちていた。が、この国にとっては警戒対象であったのだ。それが一撃でやられたとなれば、新たな驚異の出現など、調査・対策が行われて当然だ。
ちなみにその調査対象になる可能性があるシルキーは私の頭にしがみついて、プカプカと浮かんでいる。
アンドリューの至急の言葉が通じたのか、そのまま謁見の間に向かうことになった。
「さあ、行きましょう」
「え、嫌だけど」
うん。行く必要ないよね?
報告業務なんて、自分には関係ないし、シルキーの実力を教える義理も無い。
なによりも、王様になんぞに会いたくない。
「何を言っておられるのです?」
「着いてきてと言われたからここまで来たけど、王様に会う義理はないもの。私、礼節も知らないし、服もこんな安物だし。王様に会うには準備不足。そんなわけで、シルキー帰りましょ」
「ほ~い」
とその場を離れようとしたところ、がっしりと腕を掴まれ、強引に謁見の間に連れ込まれた。
謁見の間にも、紅いカーペットが敷かれており、その左右に城の重鎮と思われる者達が、こちらを見つめる形で立っていた。
その最奥に玉座が鎮座しており、髭と立派な角を生やした壮年の男性が座っていた。
メナス達が片膝を突いて頭を垂れる。見よう見まねで真似る。横目で天使様を確認すると、仰向けでプカプカ浮いていた。相も変わらずフリーダムだ。
「無礼者!」
左側に立つ者達の内の一人が叫んだ。
こっそりと確認すると、勲章をジャラジャラ付けた軍服の男だった。この男は軍閥だろう。
そして、右側には法衣の男。こちらが教会側か。
「拙の主は、この人。他の者に、礼を尽くすつもりは、ない」
待ってください、シルキーさん。礼を尽くされた記憶が無いのですが?
「待たれよ軍務卿。アンドリューより、絶望鯨についての話があるそうだ。そうだろう、アンドリューよ」
「は!」
アンドリューが面を上げる。
「ご報告申し上げます。絶望鯨は殲滅致しました」
「ふむ、監視隊により、そのような報告があったが、にわかに信じられなかった。それは真実か?」
「その功績は、魔神様のご息女と、その天使様によるものです」
いや、私は何もしていない。そこでプカプカ浮いている食いしん坊の仕業だ。
私の名前を出したのは、協会側としての理由だろう。魔神の娘が活躍するのは、教会としては是非とも喧伝したいはずだ。
「素晴らしい。流石は魔神様のご息女様ですな」
法衣の男が、ゴマを擦るような視線をこちらに向けてくる。
王位継承問題に、巻き込む気満々のようだ。
「悪いけど、私はなにもしていません。ぼけ~っとした天使様一人の功績です」
だからこそ、自分の手柄でないことはきちんと伝えておく。協会側の旗印にされてはたまらない。
「これにより、大型帆船による大規模輸出入が可能になると思われます」
「素晴らしい。これでこの国も潤うな」
と、そこで王様が私に声を掛けてきた。どうやら、ずっと頭を下げていたことが気になったらしい。
無視してくれて良いのに……。
「ご息女殿、失礼致しました。お顔を上げてください。貴女様は、私に頭を下げるような立場にございませんのに」
「なら、失礼して。先に謝罪しておきますが、平民育ちですので、貴族の礼儀作法にはとんと縁がありません。テーブルマナーで皆に笑われるくらいですので。無作法がありましたら、申し訳ありません」
私は、すくりと立ち上がる。
「私のはジーラと申します、王様」
「わたしはエイル・ツバインと申します。ジーラ様が来て下さったということは、アンドリューとの婚姻を結んで頂けると言うことですかな?」
アンドリュー、と?
アンドリューに視線を向けると、顔中に汗を浮かべて、視線を逸らしていた。メナスへと視線をずらすと、同じようなリアクションだ。
まあ、影武者だった、ということか。王子様なのだから、仕方が無い事かも知れない。
「ジーラ嬢に、婚姻の件は断られました。しかし、この国への移住は考えて下さるそうです」
「いやぁ、心強い限りですな。アンドリュー王子の連れてきたご息女様が、軍でもどうしようも無かった絶望鯨を倒した。この事は、国民に広く流布致しましょう。国民の安心のために」
教会は、とことん私を王位継承に利用するつもりだ。
が、当然軍閥派も黙ってはいない。
「この話がどこまで真実か、調査しない限りわからないではありませぬか」
軍務卿の言葉に、アンドリューが反論する。
「嘘ではありませぬ。それに、消滅するほどの威力です。倒したという証拠は、監視部隊の現認しかないでしょう」
「そもそも枢機卿よ、貴公は、さも自分達の手柄のように言っておるが、ご息女様は別に教会の手の者というわけではあるまい」
軍務卿の仰るとおりである。
「ご息女殿は、教会に利用されるのを、良しとされるのか?」
「先に無作法を詫びたから、敬語は勘弁してちょうだい。むかっ腹立ってるから」
別にシルキーは気にしていないだろうが、自分の意に反して利用されるってのは、やはり面白くは無い。仮にも、貸しと言える行為ならば、なおのことだ。
その上、私という存在を、私としてではなく、魔神の娘として利用する気が満々なのが、更に腹が立つ。
「そもそも私はね、魔神の娘っていう事実自体、大っ嫌いなの。父である魔神にも会ったこともないし、母は、私を産むと同時に無くなったわ。だから、どっちも会ったことがないのよ。それで、預けられた村では、半神の化け物として迫害された。はっきり言って、あの姿は、私にとって厄種でしかない。それを礼賛されても、苛つくだけなの。わかるかしら?」
私は、枢機卿と呼ばれたじいさまを睨みつける。一瞬、鼻白んだようだが、関係ない。
「それにね、王位継承なんて言えば聞こえは良いけど、やってることは田舎の長男坊と次男坊の家督争いと変わらないのよ? それこに村の人気者を巻き込んで、長男を応援してるから、長男が家督を継ぐのに、皆さん賛成ですよね? なんて他人のふんどしで戦おうっての、情けなすぎやしないかしら? 正直、巻き込むんじゃ無いわよって話だわ」
「ですが、貴女様は魔神様の娘であることは事実なのですよね? なら、その事実を、国は見逃せぬのです。魔神様そのものが、魔族にとって文化の根幹に存在しているのですから」
「あのね、さっきも言ったけど巻き込むなって言ってんの。私はね、この国来てから、一番長く見てんのあんたらの顔なのよ? 第一王子が良いのか、第二王子のどちらが良いのかなんて知らないの。私が原因で、どっちかが王位継承して、国民が苦しんだら後味悪いったら無いわ」
「ならば、この国に滞在して下さり、国の在り方に協力して下されば良い。我々教会としては、その尊い血が流れるご息女様にご協力をして頂くのは望むところです」
しぶといな、このじいさん。どうやっても、教会の勢力を伸ばすために、私を取り込みたいらしい。偉くなる人物というのは、やはり面の皮が厚い。
「あんまり巻き込もうって言うのなら、こっちにも考えがあるからね」
「か、考えですか?」
王がこちらの不穏な言葉に反応した。
「ええ。適当な広場に行って、私は魔神の娘として正体を明かすわ。その上で、鯨を倒したのが私達だと喧伝する。そして、新たな国の樹立でも宣言しようかしら」
ざわつくお偉方。勿論、そのようなことをするつもりは無い。まず、王様になんかになったら、絶対面倒くさい。店の経営者ですら、ママに半ば任せているのだ。
そもそも、パパの頼みで来ていることを抜きにすれば、この国に来た個人的な目的は、酒場のキャストになってくれる魔族を雇い入れることだったりする。酒場のキャストは、皆、基本的に自分の好みの嬢を集めているのだ。
例外は自分から雇われに来たカミュと神様の使いとして私の元に居るシルキーの二人だけだ。
「私は観光に来ているだけなのよ。だから、巻き込まないで欲しいの。絶望鯨の件を国民へどのように伝えるかは任せるけど、私達のことは伏せておいて」
軍務卿は、ありがたいとばかりに、こちらに向かって頷いた。
「それほどの力が真実であるというのならば、軍に来るつもりは無いか?」
軍務卿の隣に立つ、若い男がこちらに訊ねてきた。
顔が王様に似ている。アンドリューとは余り似ていないが、多分第二王子だろう。もうじき話が終わりだったのに、面倒なことを言わないで欲しいものだ。
「嫌よ」
「何故だ? 貴様程の実力があれば、軍でもかなりの地位が約束されるだろう。それも魔神の娘と言えば、皆も喜んで、高い地位与えるぞ」
「そもそも、偉くなりたいならさっきも言ったとおり、国を乗っ取る方向で動くわよ。そうすりゃ、ナンバーワンよ」
何よりも、シルキーなんていう一騎当千の実力者を国に所属させるべきではない。自分も、それなりに危険な存在であることは認識している。
「主殿、飽きた。街で、美味しい物、食べたい」
子供か!
天使様が、私の頭に抱きついてきた。
まあ、話を締めるには良いタイミングだ。
「うちの欠食童子がお腹空いたっていうから、帰らせてもらうわよ」
「待て無礼者、我が話している最中なのだぞ!」
王子という立場、更に軍でも上位階級であろう第二王子様。我慢が出来ずに居丈高に叫びだした。
「我は、お主達が絶望鯨を倒したとは、とても信じられるぬ! 実を言えば、第一王子派の、策略だと考えている!」
「そんなことはない!」
珍しくアンドリューが反論した。
が、睨まれると、気圧されたかのように口籠もった。
「……ここに居る者は、皆、弱い。拙が、本気出せば、みんな、滅ぼせる、程度」
おっと、不穏なことを言い出したぞ。あれ、もしかして、ちょっとゴキゲンナナメかしら?
「シルキー?」
「あまり、主殿に、迷惑、かけないで」
「貴様は貴様でなんなのだ。最初から最後まで、その態度は! 無礼にも程があるぞ! ここには、王と王子が二人も居るのだぞ!」
みっともない口喧嘩が始まった。
「さっきも、言った。主殿は、魔神様の、娘って言われるのが、嫌い。だから、ここは、良くないところ」
……よし、本日はたくさん美味しい物を食べさせてあげよう。天使様が、とても愛おしくなり、そのように決心する。
「間抜け面の小娘が! 隠しているつもりなのだろうが、知っているぞ! 異教の神の天使でありながら、負けて、そこな魔神の娘の軍門に降った天使だと! その不忠、見下げ果てたものだとな」
私の中で、スッ、と頭が冷えたのを感じた。
シルキーが不忠? 巫山戯るな。何百年も、命令に従い続けた、この天使様が?
そして、主と認めてくれた、私の為にいつも頑張ってくれる、この天使様が?
私が嫌がっていることを感じ取り、この場を去ろうと言ってくれる、この天使様が?
「ねえ、口喧嘩が、魔族って種族の喧嘩の仕方なの?」
「なんだと⁉」
「だって、こんな小娘二人を相手に、お偉方の影に隠れて、叫ぶだけなんだもの。それぐらいなら、小さな女の子だって出来るわよ。格好いいわね、くじらさんの一匹も倒せない程度の軍隊のお偉いさんって」
「き、貴様!」
横の列から、カーペット上に移動し、私を睨みつける。
「あらあら、いいのよ、王子様。貴方のお仕事は、遠くで、世間知らずと笑われながら、駄目な指示を出すことでしょう? 前に出てきたら、弱いことも、出来が悪いこともバレるわよ?」
「主殿?」
本人はさほど気にしていないようだが、アレは駄目だ。私は、家族が馬鹿にされるのは許せない。許さない。そう決めている。
「ねえ、ねえ、王子様。喧嘩売られてるのよ? 男のくせに、買い方を知らないのかしら? お上品なことね。ああ、仕方ないわよね。温室育ちの、坊ちゃんだものね」
王子様は、顔を真っ赤にし、左手の手袋を投げつけた。
「拾え!」
足下に手袋が落ちた。
「嫌よ。そんなのは自分の召使いにでも頼みなさいよ。落とし物ぐらい、自分で拾うのよ。それとも、王子様ぐらいの世間知らずだと、そんなこともわからないのかしら」
「手袋を投げつけるのは、決闘の申し込みだ!」
「知ってるわよ、ば~か。わざわざ説明するなんて無粋極まるわね。だっさ~い」
ぷるぷると震え出す王子様。
そろそろ楽しくなってきた。
単純な相手を煽るのって、昔から大好き。
「ならば拾え!」
「嫌よ。王様、息子さんが落とし物も拾えないらしいわよ? 貴方の育て方が悪かったんだから、責任取って、拾いに来なさい」
流石に周囲の者達も、「無礼ですぞ!」と非難の声を上げた。教会側の連中ですら、だ。
私は、あえて姿を半神のものへと変化させた。
皆が息を飲んだのを感じた。
「神の血において命じる。拾え」
王が、慌てて腰を上げた。
「ち、父上。我が拾う」
父親にそんなことをさせるわけにはいかないとばかりに、慌てた様子で第二王子は手袋の元へ駆けた。
手袋を拾おうと手を伸ばしたところで、私は手袋を踏みつける。
そんなことをすれば、当然、第二王子が私を下から見上げるような、跪くような状態になる。
「決闘前から降参かしら?」
怒りと羞恥に満ちた瞳がこちらを射貫いた。
誰もがその光景を、息を飲んで見守っている。
「主殿、流石に、引く」
「そうね、ちょっとやり過ぎね」
私は、最後に手袋を横へ蹴り飛ばした。
そこで限界が来たようだ。
第二王子は剣を抜きはなった。
私は、鎚の柄でその剣を受けた。
その相貌は真っ赤に充血し、息は獣のように荒れている。
「ロズウェル!」
王の声が響く。第二王子の名前だろうか?
「貴様、貴様、貴様!」
私は後方へ跳んで、距離を取ると同時に、姿を人のものへと戻す。
「ジーラ嬢、やり過ぎです!」
アンドリューにも注意された。
まあ、確かに熱くなりすぎた。
元々喧嘩を売る性格が、家族を馬鹿にされたことで、フィーバーしてしまった。
「ま、そうね。ロズウェル王子、でいいのかしら?」
ふしゅう、ふしゅう、と荒い呼吸と共にこちらを睨み続ける王子様に続ける。
「ま、このままじゃ終われないわよね? とはいえ、決闘はなしよね、お互いの立場上」
王子殺しも、魔神の娘殺しも、どちらも後々の面倒ごとに繋がることは間違いない。
「訓練って名目で、模擬戦なら付き合うわよ。お互い、このままじゃ遺恨も残るでしょ。模擬戦でも、ボコれれば、多少の溜飲は下がるでしょ?」
目がギンギラギンだ。ありゃ、模擬戦しても多分、遺恨が残るわね。構わないけど。
「するの? しないの、どっち?」
「……わかった。模擬戦だ」
「ま、こっちもシルキーにムカつくこと言ったの許してないから。覚悟しておきなさい」
周囲のざわつきを無視し、私と第二王子は、模擬戦をすることを決めた。




