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第二章 1 魔神式祈祷術


   第二章


   一


 早朝から、領主邸に向かうための準備をする。

 流石にボサボサ頭で、街の長の家に向かうわけにもいかないだろう。

 すると、ふよふよと浮きながら、シルキーが私の頭にしがみついてきた。

「拙も、いく」

「えっと、なんで?」

「あそこは、おいしい、お菓子くれる」

 確かに領主様はこの街のマスコットであるシルキーを可愛がり、甘やかしている。そして、この天使様は味をしめてしまっている。

「わかったけど、少しは遠慮しなさいよね」

「善処、する」

 これはきっとしないやつ。

 外に出ると、風が吹いた。

 早朝の風は気持ちいい。若干の潮を吹くんだ風。まだ気温もあがりきっておらず、軽く汗ばむ程度。日光の光も、一日の開始を感じさせる。

 まだ人通りは少なく、普段は賑わう屋台通りが開店前のため物静かだ。

 普段とは違う顔を見せる街に、シルキーは少し物珍しそうな顔をしている。

 領主邸に着くと、門番が眠そうな目を擦っていた。交代まであと少しと言ったところだろうか。

「おはようございます」

「おはようございます。いらっしゃると伺っております。お入り下さい」

 案内もなく、入ることが許された。玄関から中に入ると、初老の執事がこちらに気付いた。

「ジーラ様、それに天使様も!」

「おはようございます」

 私の挨拶に、執事も笑顔で返す。

「領主、は?」

「申し訳ありません。まだ、休まれておりまして……」

 がっかりするシルキー。お菓子、もらえなかったね……。

「がっかり召されますよう。ここにたくさんのお菓子があります!」

 執事が棚からお菓子を運び出す。

「お、おお!」

「好きなだけお食べ下され。領主様も、ご許可を出されております故」

 孫か!

 みんな天使様を甘やかしすぎではないだろうか? 私が、手綱を握らなければなるまい。

 ついに使用人達は、誰が一番天使様を喜ばせられるかという勝負を始めてしまった。

 この街にずっと住んでいる人たちには、天使様はそれだけ大切な存在なんだろうけどさぁ。

 賑わう皆を放置して、客間へと向かう。

 既に魔族の四人組は目を覚まし、茶を飲んでいた。朝食は、既に済ませていたようだ。

「あら、早いのね。領主様は寝てるって伺ったけど?」

「うむ。昨日、あの後飲みすぎたようだ。共に飲んだのだが、人は弱いな」

 メナスは、ははは、と笑う。酒には強いようだ。酒場でも、結構な量を飲んでいたのを思い出す。

「それで、お返事は?」

 アンドリューが、メナスの横から懇願するような目で問いかけてきた。

「悪いけど、ノー、よ」

 メナスが何か喋ろうとしたが、先に私が言葉を続ける。多分、こいつの話を聞くと、腹立つ。

「ただ、魔族の国には興味があるの。入国は、ほぼ出来ないと聞いているけど、貴方たちとなら可能よね?」

「ええ、勿論に御座います」

「なら、観光がてら行っても良いと思って。お妃様にはならなくとも、いい国なら定住ぐらいは考えるかも知れないし」

 酒場があるので、これは方便。最悪、酒場ごと移転しても良いけど。

「それに、そっちの国に滞在している間、口説くのは自由よ。口説き落とせたら、お妃様になってあげるわ」

 まあ、減点百五十点のメナス君には難しいと思うけど。

 アンドリューが、メナスに耳打ちをする。ウムウムと頷くメナス。その後、私に視線を向けた。

「わかった、それで良い」

「同行者も何人か連れて行きたいんだけど良いかしら? 一人でってのも、寂しくってね」

 しばし考え込むアンドリュー。あちらとしても私の動向は絶対に逃したくないはずだ。ならばこそ、あちらが折れるはずだ。

「そう、ですね。こちらも四人で旅をしてきたわけです。ジーラ嬢を含め、四人まででしたら、なんとか」

「ええ、それでいいわ。ありがと」

 私のお礼に、アンドリューは少し頬を赤らめた。女性になれていないのか、それとも魔神の娘に褒められ照れたのかはわからない。

 集合時間、場所を決める。そして旅行準備をすると告げ、自宅兼酒場に戻ることにした。


 自宅に戻り、テスラの小屋を訪ねると、パパが朝食を作っている最中であった。

「おっと、ジーラちゃん、おはよう。テス、朝食抜きで良いか?」

「ジーラを優先するのは、僕もやぶさかでは無いよ。けど父さんのではなく、ノータイムで実子の朝食を渡すのはどうなんだ?」

 相変わらずの仲の良い父子だ。考えてみれば、この二人は十七年近く、共に旅をしていたのだ。

「パパのご飯久しぶり」

「といっても、テスの為に作ったから、手抜きで悪いね」

「だから、そういうこと、僕の目の前で言わないでくれよ……」

 手渡されたスープとパンを受け取る。本当に簡単な料理だ。それでも、パンは焼きたて。多分、早朝にパン屋で買ってきたのだろう。

 大丈夫、大切にされてるよ、テスラは。

 はむ、とパンを口にくわえる。パンのほんのりとした甘みが広がってく。

「は~、落ち着く」

「ところで、王子様達との話は終わったのかい?」

「ええ」

 私が二人の同行の許可を取った旨を伝えると、一緒に行く、との言葉が返ってきた。

 テスラは、ささっと朝食を口に放り込み、旅の準備を始めた。

 パパは、その様子を呆れた様子で見ていた。

「おいおい、まだ時間はあるだろう? それに、その大剣と鎧は置いていけ。仮にも観光と言っているんだぞ」

「父さんこそ、準備は良いのかよ?」

「そりゃ、俺は自分のバッグを持っていけば良いだけだからな。元から、準備できているようなもんだ」

 そう言いつつ、ゆっくりと朝食を食べ続けていた。

「ジーラちゃんこそ、大丈夫かい? 俺らと違って、女の子は準備があるだろ?」

「私だって、パパ達と何年も旅してたのよ。サクッと済むわよ。そもそも、仕事の泊まりように、荷物はまとめてあるしね」

「それでも、酒場の方達に伝えなきゃだろう? 行ってきなさい」

 すると、私が置いてきた天使様が小屋に入ってきた。ちょっと怒ってるっぽい。

「置いて、いった」

「いや、だってメッチャ食べてたし。甘やかされて喜んでたし」

「置~い~て~い~っ~た~」

 表情は、普段通り能面だが、言葉は少し強めだ。お怒りらしい。

「魔族の国、拙も、いく」

 まさかのシルキーが立候補。後一枠は確かにあるのだが、魔神信仰の国に、福因教の天使様が行くのは、如何なものか。

 パパも渋い顔をしている。

「魔族の国において、天使様の存在は変に勘ぐられてしまうかも知れません。トラブル回避のためにも、ここは」

「もんだい、ない。拙は今、主殿の、使い。つまりミズルファ様の使いでは、ない」

 むふー、と胸を張る天使様。どうやら、この理屈は、天使様の中では完璧らしい。が、どう言い繕うとも、創造主は、そのミズルファ様に変わりない。

 が、ついてきてくれれば、心強いことは間違いない。多分、シルキーは私よりも、強い。

「……わかったわ。けど、あっちの四人が駄目って言ったら諦めてよ?」

「……うい」

 そして、各自準備のため解散。ちなみにシルキーはそのまま、パパの朝食にありついていた。

 準備と言っても、バッグと鎚持ってくだけだし、実質終わってるのよねぇ。皆に、伝えるくらいかな?

 酒場のフロアに入ると、カミュに出会う。

「おはよう、カミュ」

「おはよ~、結婚して下さい!」

 いきなりプロポーズされた。

「……ごめんなさい」

「笑いの絶えない家庭を作るよ⁉」

「確かに楽しそうだけれども!」

 昨日プロポーズされたという話をまだ引きずっているようだ。

「あ、そうだ。今日から暫く留守にするけど、よろしくね」

「なんですと⁉」

「パパのお手伝いって感じ。お店の方よろしくね」

 徐々に食事のためなどに集まってきた他の従業員達にも、同じ内容を伝える。

 あまり良い顔をされなかったが、パパの手伝いというワードは中々のパワーをもっていたらしく、不承不承頷いてくれた。

 子供の頃からお世話になっているのは伝えていたからね。

 しかし、背後からの視線が気になる。

「カミュ、なんなのよ?」

「それって、何処行くの?」

「魔族の国、だけど」

「プロポーズしてきた、相手の国よね?」

「そうよ。でも、お妃様になるなんて、先ずあり得ないわよ。本当にパパの手伝い。だから安心なさいな」

 なんで、彼女に言い訳するみたいにならなきゃならんのだ。親友相手なのに。

「あたしも」

「駄目。すでに予約の枠は埋まっちゃったわ。パパとテスラ、あのシルキーね」

 ぶー、と頬を限界まで膨らませるカミュ。リスみたい、猫なのに。

「だから、お留守番よろしくね」

 ぷい、とカミュはそっぽを向いてしまう。

 苦笑しながら、私は集合場所へと向かう。まだまだ時間はあるが、早めに幾分には問題ないだろう。

 集合場所は、領主様のプライベートビーチ。あそこなら、何をするにも周囲に迷惑を掛けないで済む。

 折角なので、海辺に足をつけて涼んでいると、シルキーが、大きなバッグを持って現れた。

「え、何その荷物?」

「たくさん、お土産、買う」

「……まあ、観光だしね。そにしても、何か入ってない?」

「……食べ物、とか」

 らしいなと、思わず「はは」と声を出して笑ってしまう。

 その後、パパとテスラが現れる。

 二人は、軽装で旅に慣れているのを感じる。

 でもって、約束の時間になっても現れない王子達。

「ほんっとに、なんあの、あいつら!」

 半刻ほどの遅刻の末、魔族達は現れた。

「アンタ達ねぇ!」

「す、すみません」

 アンドリューは謝罪するが、王子とその護衛二人は素知らぬ顔だ。むしろ、当然とすら思っていそうだ。

 あんまり良い教育は受けていなさそうだ。魔神の性格が悪いんだから、それを崇拝する連中も、性格が悪くて当然か。

 でも、その血が半分流れてるのよねぇ、私も。そこで、自分もカスと呼ばれていることを思い出した。

 血は争えないということだろうか。

「そちらは、天使、でしょうか?」

「うん、天使。やっぱ駄目?」

「明らかに、面倒なことになるかと」

 アンドリューの指摘はごもっとも。

「拙、迷惑掛けない。むしろ、置いてかれても、ついてく」

「そういえば、シルキー飛べたもんね」

 どのぐらいの距離飛行可能か知らないが、船と同じぐらい可能なのかも知れない。

「で、では、一つだけお願いがあります。羽はカバーで隠して下さい。鳥の獣人用の羽カバーを、購入してきて下さい」

 確か、羽毛が落ちないように、普段から着用するカバーだ。獣人の服飾店に売っている物だ。

 シルキーが買いに行こうとしないので、パパに命じられ、テスラが走ることになった。

「それで、どうやって行くの? 船とか?」

「それは無理だね。魔族の国に行けない理由は、国周辺には、危険な海生生物が多いことが上げられる。行くなら空から、だが……」

「空を飛ぶための手段が無い」

 魔族には羽があるが、そこまでの長距離は飛べないだろう。私も飛べない。

「その手段は、余がみせてやろう」

 メナスが、腰に携えていた剣を抜き放った。剣身は、何かを切るものでは無い。華美な装飾が施されており、儀式的な使用を意図しているものだとわかる。

 メナスが言葉を紡いでいく。私にはわからない言語だった。パパの方を見ると、パパもわからないとばかりに、降参のポーズをとっていた。

 砂浜に、紫色の炎が沸き上がる。が、その炎は熱くない。炎に見えるだけで、別の何かのようだ。

 何かに似ていると思ったら、あの姿の時の、私の髪に似ているのだ。そして、炎は円の形を取っていく。

 そして、円が輝き出す。

 鳴き声と共に、巨大な翼を持つ生物が現れた。

 否、これは生物であり、生物ではない。

 姿は漆黒の山羊といったところか。だが、目はなく、口が胴体の半ばまで裂けている。

 これが、飛ぶのか?

 そもそも、これはなんの術だ?

 私はシルキー先生に視線を向ける。

「シルキー、これってなんなの?」

「これは、祈祷術」

「祈祷術って、光術のことでしょ?」

 神様に祈り、神力を借りる術だ。神秘術とも呼ばれる。

「魔神も、神。魔神に対する、祈祷術」

 すると、メナスが解説を続ける。

「魔神様の使い。それを借り受けるのが、我らの祈祷術だ。言ってみれば、これは魔神様の天使なわけだ」

 じゅるり、と黒い山羊は舌舐めずりをする。

 すると、無いはず目が、こちらを見つめたのを感じた。

 そして、山羊がこちらに顔を向けた。

 観察するかのように、顔がこちらにじっと向いている。

 私の両眼から涙が流れ、動物の姿に変化する。狸のレヒと狐のリンク。彼らは、私の呪眼が意疎通するための姿だ。すると、山羊が嬉しそうに、「おん」と鳴いた。

「知り合い?」

 すると、レヒとリンクが、こくこくと頷く。

 私の目になる前に、魔神の元で一緒になったことがあるのかもしれない。

 山羊が、嬉しそうに、私の顔を舐め始めた。

 な、生臭い。

 レヒとリンクの説明に寄れば、魔神の血を継ぐ私は、この山羊にとっては主人に次ぐ崇敬対象らしい。要は、懐かれたわけだ。

 とはいえ、全身唾液でベタベタになるのは、旅行前には避けたい。崇敬行為なのだろうが、舐めるのは遠慮してもらう。

 シルキーが、後ろから私の頭を掴んでくる。

「なに?」

「べつ、に」

 不機嫌そうな口調だったが、理由は良くわからない。別に、食べられそうになったわけでない、と告げておく。

 すると、テスラが帰ってきた。

「うわ、なんだいこれ⁉」

「これに乗っていくのだ。余の術により呼び出した、この黒山羊でな」

 黒山羊って、見た目通りだなぁ。名前、ないのだろうか?

 レヒとリンクに、この子の名前を尋ねるが、無いとの回答。

「名前、付けてあげても?」

 メナスに聞くと、眉をひそめて、不思議そうな顔をしていた。術により呼び出した道具としか思っていないのかも知れない。

 見た目こそ不気味だが、懐いてくれた相手を種族というか、見た目で呼ぶのは気が引ける。

「主殿は、命名センスが、ないの、では?」

 シルキーにポチと付けようとした事を思い出す。

 レヒとリンクも、言ってみれば右目と左目の意味だ。

 うん、これについては、反論が無い。

 というか、この子こそ、ポチとか、それこそクロでいいのでは?

 いや、ここは頑張らねば。

「べ、ベロリンで!」

 うわぁ、と皆の口から声が漏れた。

 え、結構自信作だったのに?

 が、黒山羊ことベロリンは気に入ってくれたらしく、「ぼぉ~ん」と嬉しそうに鳴いた。

「よし、これから貴方はベロリンね」

 メナスは、呆れたようにこちらを見ていたが「まあ、そう名前が付いたのならば、余もそう呼ぼう。ベロリン、これからもよろしく頼む」と、ベロリンの頭を優しく撫でた。その姿は、普段のボンクラっぽさが無く、優しさに満ちた視線を、自身の呼び出した天使に向けていた。

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