第一章 2 魔族の客
二
起床すると、何故か部屋の中に居たカミュがこちらの顔を覗き込んでいた。
「どうやって入ったの?」
「シルキー様に開けてもらった」
シルキーを見ると、買収の際に使われたであろう串焼きを頬張っていた。
「で、何か用?」
「用がなくっちゃ来ちゃいけないの?」
上目遣いで、潤んだ瞳。あら、かわい。でも、調子に乗るので口には出さない。
「彼女になったのなら、来ても良いわよ」
「じゃ、彼女になります」
はい、と元気よく手を挙げるカミュ。
「はい、お断り。で、本当にどうしたの?」
流石に、勝手に部屋に入るのは珍しい。
「ほい、これ」
渡されたのは、手紙。差出人はテスラ。宛名は、フィリア。
テスラは、私のかけた認識阻害の加護の所為で、私がフィリアと同一人物だと認識できずにいる。そのため、フィリアに声を掛けたい場合は、基本的に誰かに伝言なり、手紙を渡すことが多い。
それで違和感を覚えないのだから、認識阻害の加護というのは恐ろしいものだ。
封を切ると、カミュは首に抱きつき、手紙の内容を覗き込んでくる。
「あのね、覗かないでもらえる?」
「浮気っすか? 浮気っすか?」
「勝手に彼女面しないで頂戴」
いつものやりとりをしながら、手紙に目を通す。可能ならば、明日の昼にレストランに来て欲しいという内容だった。無理ならば、テスラの住む、酒場の敷地内に立てられた小屋に、手紙でも良いので連絡が欲しいとのこと。
ふむ、何の用だろう?
「つまり、今日は暇なのね?」
「まあ、そうね」
「つまり、デートが出来るってわけね?」
以前、呪怨龍を討伐した際の表彰をすっぽかし、テスラとカミュに多大な迷惑を掛けたことがあった。なんせ、表彰の主役が、無断欠席だ。めっちゃ、問いただされたらしい。
その詫びとして、一度、デートをしろと、要求されていたのだ。
「わかったわよ。約束だからね」
ぱあぁ、と顔を明るくして、着替えてくる、と部屋を飛び出したカミュ。
苦笑しながら、自分も着替えを始める。
明日の、テスラとの食事用の服も買いたいし、丁度良いだろう。
適当な外出用の服を選んで眼鏡をする。最近は、ジーラとしては羽を隠す必要が無くなったので楽になったものだ。あのケープ、地味に動きにくかったのだ。
私達の家は、酒場の二階にある部屋を、一人一部屋ずつ使っている。そんなわけで、店員同士仲良く、共同生活をさせてもらっている。
一階にある閉店中の酒場フロアに向かうと、気合いの入った服装のカミュが、鼻歌交じりに待っていた。
チューブトップに、ホットパンツ。化粧もバッチリしている。バッグも外行き用の良い物を持っていた。
まずった、ここまで気合いを入れているとは思わなかった。
ご機嫌のカミュが、こちらの気配に気付き、振り返る。途端、ご機嫌急降下。
「何、その服?」
「えっと、ほら、友達と遊びに行く服、なんだけど」
友人と遊びに行くのならば、妥当なレベルの服装だ。ライトブラウンのワンピース。腰のベルトが、寸胴に見えないように、くびれを強調している。
髪と化粧は、最低限の手入れしかしていない。
相手がデートを意識しているのならば、こちらも意識した服装にすべきだった。
「ふ~ん、そう」
半眼の視線が痛い。ここまで、楽しみにしていたとは……。流石にちょっと申し訳ない。
両手を突き出し、待って、と前置きして続ける。
「ご、誤解しないで欲しい。今日、カミュとは服屋に行きたいのです!」
「ほんとに~?」
「ほんとほんと。だから、今日は、前夜祭的な? 本番のデートは、当然後日にあるっすよ」
「なら許してあげよっかな」
女って面倒臭い。自分も女性だけど!
そんなわけで、最初に服屋へ向かう。
テスラとのデートの服は、後に選ぶとしよう。流石に、そっちを先に選ぶのは見えている地雷だ。
「それで、どんな服がいいの?」
「そうねぇ。折角のデート用なら、マニッシュなのにしようかしら。エスコートして欲しいでしょ?」
最後の一言を耳元で、囁くと「にゃ⁉」と、耳を真っ赤にして、良いリアクションをしてくれた。
店員とも相談しつつ、格好良い系の服を購入。趣味ではないが、カミュは嬉しそうだったので良しとしよう。
今度は、テスラと会うための明日用の服だ。下手に隠しても機嫌を悪くするだろうから、素直にカミュにも伝える。しっかりと伝えれば、カミュは一緒に選んでくれた。
カミュは普通にセンスが良いので、さくっと、購入する服が決まった。
「ありがとね」
お礼を言うと「いいのいいの。テスラが会っているとき、ジーラはあたしが選んだ服を着てると思うと若干溜飲が下がるから」と、なんか怖いことを言い出した。
自分の頬が引きつるのを感じていると、冗談冗談、と言うカミュの目は笑ってはいなかった。
その後、レストランに行く。カミュの好きそうなお洒落なカフェ風の店。
多少は、機嫌が直ったらしく、再び鼻歌を歌っていた。
「そういえば、なんか街の警備が少し厳しくなってない?」
「確かにそうね。私もそう感じたわ。お偉いさんでも来るのかしら。それとも、既に来てるのかも」
領主様へのお客だろうか。表彰をバックれてから、気まずくて会っていないのだ。情報も伝わってこない。
何気ない会話をしながら、メニューに目を通す。互いにシェアできるものを頼み、結局昼から酒を呑むことにした。
お互い、酒を呑みながらする仕事なので、出勤時に酒が入っていても問題は無い。
そのまま、仕事まで三時間、だらだらと呑みながら、馬鹿話をして時間を潰したのだった。
うん、私達にはお洒落なカフェは似合わない。もっと馬鹿話が出来る、安酒場の方が気楽で良い。そうわかる一幕だった。
酔ったまま二人で出勤すると、ママに「職場で呑むことがあるからって、限度があるだろうが!」と怒られてしまった。
「美味しい物、食べたん、だね」
シルキーの視線は悲しそうだった。
カミュと共に着替えを終えて、私は職場での姿に化ける。一応、背中の羽は、隠せる衣装だ。
最早、皆に知られているようなものなので、テスラの為だけの対策だ。認識阻害の影響で、ジーラ=ソフィアの証拠を無理矢理脳が無視するらしい。その所為で脳の負担が大きくなるらしく、悪影響があるそうだ。
ととと、と階段を降りると、既に満席に近い数の客が酒を呑み始めていた。
が、私は真っ先に、ジト目でこちらを睨んでいる天使様のご機嫌取りに向かう。
「主殿、美味しい物、食べて、来たんだ、ね」
「さっきも聞いたわよ。ほら、これ」
当然、対策はしている。カフェで購入した、焼き菓子を渡す。
「流石、主殿!」
現金だなぁ、と思いつつ、ほっこりする。
と、新たな団体客が現れた。皆の視線が、その客に集まり、そこで止まった。
四人組の男性。それだけならば、普通のことだ。
青い肌に、黒い羽。額には、小さな角。魔族の特徴だった。それも、それなりに高位の。
角があるのは、高位魔族の特徴だ。
この都市は、降臨都市・ホワイトフェザー。天使が降臨する都市として有名であり、教会の力が強い都市だ。魔族が信仰する神と他の種族の信仰する神は異なる。そのため、この都市には、ほぼ魔族は居ない。高位の者となれば、なおさらだ。
教会は天使であるシルキーを私に奪われた。その所為で教会の影響力が弱くなったことが、魔族の都市進出に役立っているのかも知れない。
魔族の男達は、店に入ると、困ったように周囲を見回していた。案内されるのを待っているようだ。残念ながら、この酒場にはそのような高尚なサービスは無い。
「適当な席をお使い下さい」
マリナベルが、優雅な所作で案内すると、男達は手近なテーブルに座った。そのままマリナベルは、注文方法なども簡単に説明していた。
「カミュちゃ~ん、こっちで飲もうよ」
女性だけの三人組が、カミュを自身のテーブルに呼びつけている。
「はいは~い」
嬉しそうにテーブルに向かうカミュ。カミュはレズビアンで、そういった繋がりのお客さんもいるらしい。彼女らも多分、そういった繋がりだ。
因みに、この店はキャストを指名するような店ではない。が、暗黙の了解として、酒を奢られた場合は、飲み切るまで、そのテーブルで飲んでいても良いことになっている。
カミュが、お客さん達と仲良く談笑している。私がそちらを見ていることに気付くと、嬉しそうにニヨニヨと微笑み、投げキッスをしてきた。
いらんいらん、と首を横に振ると、不服そうに、再びお客さん達との談笑へと戻った。
「ウエイトレスと、話が出来るのか?」
カミュの様子を見ていた魔族達が、マリナベルにそう訊ねる。
「一応、奢りのお酒を飲んでいる最中は。安酒だと断る店員も居ますけどね」
「ふむ。そこな店員」
魔族の中の、最も偉そうな男が、私を呼びつける。
「なんでしょう?」
ぞんざいな口調に、若干苛立ちを覚えたが、そこはフィリア姿の自分。丁寧な対応を試みる。
「酒を奢ろう。話が出来ないだろうか?」
「あら、高いですよ?」
「好きな物を頼んでもらって良い」
ふむ、なら一杯くらいは付き合ってやるとするか。
席に座ると同時、火酒の中で一番高い物を一杯注文する。
ママが呆れながら、席に酒を持ってきた。因みに、魔族達は、まだ自分の分を注文していない。キャストの自分に、真っ先に注文が届いている事態に呆れていたのだろう。
困っているようなので、お勧めの料理を何品か紹介すると、彼らは素直にそれらを注文した。意外と素直。
「え~と、一応、自己紹介はしておいた方が良いかしら。フィリアです、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」と正面に座る魔族が頷く。
……そっちは紹介しないんか!
私は、彼らの関係性などを観察する。
一番偉いのは、間違いなく私の正面に座る男だ。魔族は寿命が長いので、正確な年齢を把握しづらいが、二十から四十の間だろう。
顔は美形だが、少し気弱そうな雰囲気を感じる。
魔族特有の青白い肌。線も細く、肉体仕事が生業というわけではなさそうだ。
額の角は立派で、能力が高位魔族であることを示している。
加えて気品のようなものは感じる。魔族の社会については詳しくないが、社会的身分も上位階級なのではなかろうか。
隣に座って、甲斐甲斐しく世話する男。彼は、付き人と行った雰囲気だ。文官のようだが、先程からの動きは、洗練されている。もしかしたら、護衛の役目も受け持っているのかも知れない。
他の二人は、完全に護衛だろう。腰に剣を携えており、周囲に対し、警戒の意識を向けていた。
「え、ええとですね。こちらの方は、メナス、様です」
一瞬口籠もったことに違和感を覚えるが、お客さんが話したくないことに突っ込むなんて、無粋なことはしない。
「わたしは、メナス様のお付きのアンドリューと言います。他の二人は、リーチとコイールです」
リーチとコイールの二人は、こちらに対し頭を下げた。この二人は、常識があるようだ。
皆に酒のグラスが行き渡ったので、ここはキャストらしく「乾杯」とグラスを掲げた。
お上品に、四人も乾杯と控えめにグラスを掲げた。
そういうお店じゃないんだけどなぁ。もっと、雑に扱える客と、悪口でも言い合いながら、馬鹿話をしつつ酒を飲みたい。
「それでメナスさん達は、この街に何を? 観光かしら?」
「いや、とある者に会いに来たのだ」
もしかしてシルキーか、とも思ったが、彼らの視線はそちらに向くようなことは無かった。どうやら、シルキーが目的ではないらしい。微塵も、興味を見せていない。
この酒場は、この街でも有数の観光地となっている。なんせ、天使に会える酒場など、他には無い。
魔神の娘である私の存在も、観光地として一役買っていたりする。自分で言うのもなんだが、世界的に見ても、有数の観光名所であることだろう。
「フィリア様は、その、魔族についてどう思っておりますか?」
アンドリューが、私に対して、こんな質問をしてきた。なんともデリケートな質問だ。これは、私を魔神の娘と知ってか、それとも魔族がほとんど居ない、この都市の一住人に対してだろうか。
「特に、なんとも。ただ、この街では暮らしにくいとは思いますね。教会の権力が強いですから」
「あ、いえ。フィリア様、個人として、です」
個人として?
「特に、他の種族と変わらないというのが感想ですね」
同種族が存在しない自分としては、同族意識というものが無い。半神なんてものは、唯一無二だ。天使様と一緒である。
「ふむ」と偉そうにメナスが頷いている。
「ちなみに、貴様には、旦那は居るのか?」
あら、口説かれている? でも、唐突過ぎない?
あと言葉遣い!
ガタ、と椅子の音がして、そちらを見る。普段は気配を消しているテスラが、こちらの話に耳を傾けているようだ。
あら、妬いてるの? 妬いているのかしら?
ちょっと嬉しかったり。
と、今度は明確な気配を感じ、そちらを見ると、カミュがジト目で睨むようにこちらを見ていた。こっちは、怖い。毛が軽く逆立っている。
「居ないですけど……」
ちらりとテスラを見ると、かなりこちらの様子を気にしているようだ。
いや、悪い気はしませんなぁ。
「そうか」
そこで会話は終わってしまった。
なんなんだ、この質問は。口説いていたわけ、では無いだのろうか。ちょいと疲れる客なので、私は一気にグラスを空にした。
「では、引き続きお楽しみ下さい」
席を離れようとしたところ、「好きな物をお頼み下さい」とアンドリューが促す。どうやら、この席に釘付けにしたいらしい。
「あの、なにかご用がおありで? それでしたら、化かし合いせず、はっきり言ってもらった方が良いのですが」
もしかして、組合員としての仕事の依頼だろうか。
「そうではない。貴女について知りたかったのだ。魔族として」
「ふ~ん。でもね、ここでは私はフィリアなんです。一介のキャストなんですよ。そういう話は出来ないのです」
魔神の娘としての話は。
テスラが居ない場でならば、別に半神として話をしても良いんだけど。
「ふむ」と再びメナスが顎に手を当てた。
「折角ですし、普通に酒場として楽しんで下さい。もし、そういう話がしたいのでしたら、また別の時に」
そう言って、私はテーブルを離れる。
これが、パパの言っていた、魔族の動きの一つだろうか。明確な目的が見えない。その内、わかるのかもしれないが、酒場の仕事中には対応できない。
「ソ~フィア!」
ぎゅっと抱きついてくるカミュ。
「あんた、いきなりなに」
「嫉妬! ジェラ!」
「す、素直ね」
と、新たな客が入ってくる。既に満席な状況に、不満げな態度を隠すことなく、対応したサーナに文句を言っていた。
ありゃ、教会の人間だな。
抱きつきつつ、首筋の匂いをくんかくんかしているカミュを引き剥がしながら、そちらの様子を確認する。とうとう、首筋に舌を這わせ始めた。
「舐めるな~!」
「いいじゃん~、減るもんじゃないし!」
「減る、色々と精神的なものが減るのよ!」
サーナが謝っていると、客達が店内を見回す。魔族達を見つけると、悪態をつき始めた。
「おいおい、ここの店には魔族が居るのかよ! 天使様の店だぞ!」
いや、ちゃうわ。私の店だわ。しかも、魔神の娘のな!
「ガラ悪いのが来たわね」
言いつつ今度は胸を触り出すカミュ。流石に殴っておく。因みに現在、店内で一番質が悪いのは、この猫娘である。酔っ払って、相当面倒くさい状態になっている。お客じゃなく、店員なので追い出すわけにもいかない。
シルキーがいる為、教会の連中も結構来るのだ。以前、あれほど喧嘩を売ってやったというのに。個人の信仰は、あれだけ痛い目を見ても無くならないようだ。
教会の連中が魔族達の方へ向かおうとすると、魔族達の護衛役の二人が剣に手を掛けた。
テスラが、やれやれ、と立ち上がる。
私はテスラに、大丈夫、と手振りで伝え、教会の男達に向かっていく。
「お客さん、この酒場は名前の通り、来る者は拒まないのです。気に食わないのでしたら、お止めしませんので、お帰りを」
「ああん。俺たちは天使様の歌を聴きに来たんだ。邪魔すんな」
「立ち飲みでも構わなければ、歌は聴くことが出来ますよ。それで構いませんか?」
「おいおい、それが客に対する態度かよ!」
そう言って、私の胸ぐらを掴んだ。
はい、出禁決定。女性の胸は神聖不可侵だと知れ。
「それあたしの!」と叫んでいる発情猫は無視。
三人とも、どうぞよろしく。
こっそりと背後に移動していたキャストのマリナベル、サルベナ、サーナのの三人が、四人組の内の三人を、背後から酒瓶で頭を殴り飛ばした。
手加減していないので、皆が白目を剥いている。
「な⁉」
残り一人のリーダー格の男が振り返り、私に背を向けた。
さて、最後は私だ。
背中を向けた男の膝裏を蹴りつけ、強制的に跪かせる。良い位置に来た顔面に、マリナベル達が蹴りを放った。
鼻血がダラダラと垂れている男に「じゃ、こいつら連れて行って」と告げる。
「後頭部だから、死なないように、しっかり見ておいてね」
たまには、ここの店員に手を出すのはまずい、と言うところを見せておいた方が良い。
用心棒便りだと、キャストへのお触りぐらいなら、と馬鹿をする奴も出てくる。ここの店員さんは、暴力的なので、お触り危険と知らしめておく必要がある。
あと、私の好みで集めているのだ。そういう女の子が、嫌な目に遭うのは許せない、っていうのもある。
客達は、一方的とはいえ、乱闘騒ぎに沸き立つ。こういうのも、たまには悪くない。
割れた瓶の片付けは、戦闘不参加のカミュが担当し、さくさくっと、喧嘩の後片付けは終了する。
「ごめんなさい。気分害しましたよね」
私は魔族達に謝罪し、一杯ずつ酒を奢る。
「さっきも言いましたけど、良い思い出を。こんな後に言うのはなんですけどね」
そう笑いかけて、私は席を離れた。




