第一話 終章
終章
一
私は、入り江でぼけ~っと釣り糸を垂らしていた。
面倒ごとに巻き込まれたくないので、人が少ない場所で落ち着くことにしたのだ。
肩の腿の傷は治っていないが、我慢すれば日常生活には影響は無い。
横で焚き火をし、釣った側から、魚を焼いて食べていた。
隣ではシルキーが、じ~っと魚が焼けるのを待っている。
「主殿の料理って、雑、だよね?」
「そ~よ。塩振って、食べられれば良いのよ」
もう焼けた? もう焼けた? と子供のようにうるさいシルキーに、私はまだよ、と答えを返す。
私の料理を御馳走すると約束したので、今、正にその約束を行っていた。
すると、背後に気配を感じて、背中越しに振り向くと二人の人影を確認した。
「ジーラ、ここに居ましたのね」
「みんなうるさいからね。落ち着きたかったのよ」
街では呪怨龍討伐の関係で、私とシルキーの事を祀り上げており、かなり面倒くさい。そのため、飛んで来るか、もしくは船がなければ来られない入り江に避難していたのだ、
やって来たのはミミルともう一人、じっさまこと天の称号を持つ教会最強の術士・ジャック・コングだった。
じっさまは、齢七十過ぎの人族なのだが、筋肉隆々で、見た目だけなら五十歳程度に見える。
肌は浅黒く、漁師とかの方が似合いそうな男だ。年相応の白髪ではあるが、髪はまだ十分にあり、容姿も比較的整っている。
「じっさまも、呼ばれて大変だったわね」
時折心の中ではジジイと呼ぶこともあるが、基本的にはじっさまだ。目上の人には敬意を持たなきゃね!
「おうさ。まあ、呪怨龍の討伐ってなれば仕方がねぇさ。つっても、到着したら終わってるってんだから、ただの休暇になっちまったがなあ」
がははは、と快活に笑う。
「ミミルからイヤらしい視線を感じないってことは、解呪出来たのね」
「おう、出来たぞ」
ミミルの睨むような視線がこちらに向いている。
「いや、怒んないでよ。仕方なかったじゃん、あの状況」
「何も言ってないではありませんこと?」
だけど視線が怒ってるじゃん。
「他の奴らも、全部解呪しといたぞ」
「さっすが、加護持ちのじっさまだ」
「一カ所に集めたせいで、すっげえ臭かったけどな」
ミズルファ神の加護を与えられた、枢機卿の立場のお偉いさんなのだ。
ということは、カミュの発情の呪いも解けたわけだ。
「これで、主殿も、落ち着ける、な」
シルキーが同情するように、私に語りかけてきた。
これで、貞操の安全が確保できることだろう。
「天使様ですか、これはご挨拶が遅れました」
じっさまは、シルキーに恭しく礼をした。
「ん」
シルキーの反応は素っ気ない。まあ、元々愛想の良い方ではない。
「ほんと、大変だった……」
呪いの所為で発情しっぱなしのカミュは、「ジーラがかけたんだから、責任取ってよね!」と毎日のようにからんで来たのだ。
交渉の末、使用済みの下着を毎日渡すと言うことで納得して貰った。
頼むから、どのように使用したのかを悟らせないことと、ちゃんと洗濯して返すようにとは厳命しておいたが。「そういえば、頼んでおいたテスラの呪いは、解けた?」
「いんや、無理だった」
じっさまは、申し訳なさそうに首を振った。
「じっさまに解けなきゃ、誰にも無理じゃん」
「そうなっちまうんだよなあ。教会には、わしより解呪出来る奴おらんし」
「術士協会にも居ませんわね。というか、それがジャックさんですし」
私は、どうしたものかと嘆息する。
「皆、何を、言ってる、の?」
シルキーが、会話に割り込み、首を傾げていた。
「何って、テスラの呪いだけど」
「あれ、呪いじゃ、ない、でしょ?」
ふえ?
三人が顔を見合わせる。
「あれ、主殿の、加護。主殿が、与えたん、でしょ?」
そんな記憶は御座いませんが?
「加護と呪いは、愛か、憎しみかの、違い。呪おうと思っても、相手を想ってかけたから、加護になったの、かも?」
どんな状況でかけたのかを思い出す。
ああ、うん。確かに、憎める状況では、なかったかなぁ。
「そういえば、どんな状況でしたの?」
話すの恥ずかしいな、と一瞬思ったが、ここに居るのは人の数倍生きているババアと死に損ないのジジイと無感情な天使だけだ。恥ずかしがるのも馬鹿馬鹿しい。
「貴女、今すごく失礼なことを考えていらっしゃいませんでしたか?」
私は素直に頷く。
「内容は言わないけど」
確実にミミルはイラッとした表情になったが、何も言ってくることは無かった。
私は、呪いをかけた状況を説明した。
あの時は、テスラに年頃の女の子とは二人きりで旅など出来ない、と言われ、自分を異性としては見ることが出来なくなる呪いをかけたのだ。
が、その時にとあるやりとりがあった。
テスラに、気があると言われていたことだ。そう、テスラに、そう言われていたのだ。だが、それでも、否、だからこそ一緒には行けない、と。
私も、テスラに気が合った。でも、それ以上に、また置いて行かれるのがイヤだった。
パパと二人でも、きっと楽しかっただろう。それでも、パパは教会の要人であり、教会と関われば、迫害を受ける可能性があったためだ。
だから、異性として見ることが出来ない呪いをかけるからと、お互いに納得して、呪いをかけたのだ。
でも、その前に、最後の思い出として口づけをした。だからこそ、気持ちが昂ぶり、呪いが加護へと変貌してしまったのだろう。
甘酸っぱい思い出を語ったのに、ジジイとババアと無感情は、へ~、とつまらなさそうな反応を返してきた。
知ってたけどね!
「枯れてるわね!」
「まあ、実際、枯れかけてるぞ」
じっさまは、真顔でそう返してくる。それはそれで反応に困る。
「シルキー。こういう状況だったんだけど、どうすればいいのかしら?」
「その時以上の、感情の高ぶりが必要、だと思う」
「って、どうすれば?」
再びキスしたとしても、きっとあの時の状況以上にはならない。最初で最後の思い出としてしたキスと、加護を上書きしようなどと言う打算的なものでは比べものにはならないだろう。
「抱かれしかないのでは?」
「抱かれるしかないじゃろ」
シルキーも、二人の言に頷いている。
「その関係になれるのなら、悩んじゃいないのよ」
「でも、確か酒場のウエイトレスに変装した姿で付き合ってると仰っておられたでしょう?」
「そこから抱かれる関係になったとして、寝た後に、実は私だったって気付かれるの⁉ 気まずすぎるでしょ!」
「でも、それ以外に方法があって?」
「ないのよねぇ!」
つまり、私はフィリアとして、そういった関係にならなければならないわけなのだ。
凄く悲しい。でも、他に方法は無いのだ。
それまでの間、負け犬ジーラとして生きていくしかないのだろう。
「ああ、そんなことよりですわ」
「ん?」
「明日の表彰式、前みたいにバックレるんじゃありませんわよ」
明日の表彰とは、領主様が国王の代理として、私達を表彰するのだ。かなりの祭典となるらしく、既に街中では、この祭りに向けて騒がしくなっている。
「バックレないわよ。前は、私だけだったでしょ。でも、今回は、私とシルキー、テスラにカミュでしょ。身内に迷惑なんて掛ける気ないわよ」
「ならいいのですけど」
その目は、信じ切れないとばかりに、こちらを半眼で睨み続けていた。
「因みに、ミミルもじっさまの事も身内だと思ってるわよ。今は。だから、本当に信じて」
本音で語る。テスラやカミュが相手だったら、このようには言えなかっただろう。
年の離れた二人が相手だったからこそ、言えただろう本音だ。
この言葉には、流石の二人も少し照れくさかったようで、困惑するように微笑んでいた。
「じゃ、明日は頼みましたわよ」
「おう。お前さん、美人なんだから、ちゃんと身なりを決めて来い。楽しみにしてるからのう」
さっさと行け、とばかりに私は気怠げに頷く。
「じゃ、シルキー、明日はよろしくね」
「うん」
そうして再び、私は釣りにふけることとした。
目を覚ますと、窓際で小鳥が二匹、仲良く見つめ合いながらさえずりあっていた。
天気も良い。高く登った太陽が大地を照らしており、表彰されるには、これ以上にない日だろう。
きっと会場は満員のはずだ。何せ、私はともかくとして、天使のシルキーが都市を救ってくれたというのだ。降臨都市などと呼ばれる、この都市における最高の日のはずだ。
ふふ、と私は思わず笑いをもらしていた。
「やっべぇ、寝過ごした」
思わず頭を抱えた。
え、嘘。マジで?
もう間に合わないじゃん。
なんで、誰も起こしてくれないのさ。
いや、みんなも参加するんだから、会場に行ってるわよね。酒場の皆も、私とカミュの晴れ姿を見るって、張り切ってたしね。
だから、誰も居ないのよね。
いやいやいやいや、ならなおさら起こしてよ! 起こしてから行ってよ!
「主殿、起きた、の?」
シルキーが、普段着のまま、部屋の椅子に座っていた。
「ええ、起きたわ」
私は平静を装ってみせる。
「大丈夫? 間に合う?」
シルキーは首を傾げていた。
私は、自分を好いてくれている天使ちゃんに見栄を張ることとした。
「シルキー、私は人間にチャンスをあげていたのよ」
「どういう、こと?」
「私達は、神と天使よ? なのに、表彰するって、何様って思わないかしら?」
「確かに、そう、かも」
「でしょう? だからね、感謝の意を伝えに、あちらから来るならば、と心を入れ替えるのを待っていたの。そう、今の今まで、時間がギリギリになるまでね。まったく、我ながら甘い話よね」
私は、自分の甘さを皮肉るように嗤った。
「でも、人たちは、私の慈悲に気付くことは無かったわ。とても悲しいことだけどね」
私はベッドから立ち上がり、服を着替え始めた。
「行く、の?」
「行かないわ。別の所に顔を出してくる」
じゃないと、ミミルがマジギレで来るからね! 間もなくね!
「シルキー、貴女はどうする? もし行くのなら、任せるけど」
「主殿が行かないなら、行か、ない。ここで、本を、読んでる」
「ええ。わかったわ」
それだけ言うと、私は慌てて外へと飛び出した。
急げや急げ!
とりあえず昼間からやってる酒場にでも行って、時間を潰そう。昼間から飲んでるような駄目な奴は、きっと今日の表彰式の主役が誰かなんて知らないはずだ。
思いつく三件の酒場の内、最も自宅から遠い酒場を選ぶ。
理由は、少しでもミミルから見つかるのを遅くするためだ。
酒場に入ると、昼から飲むような駄目そうな人間が多数顔を真っ赤にして、安そうな酒とつまみをテーブルに並べていた。
うん、これだよ、これ。私の望んでいる世界だ。
私は酒場に入って、最初に皆に一杯酒を奢るように店主に注文する。
そして、適当な男共しか居ないテーブルに、相席する。
「おおい、なんだい嬢ちゃん⁉」
「はっはっは、予定サボって飲みに来たんだけど、一人じゃ寂しいから、話し相手になって頂戴よ」
「奢ってくれるんだろ、ならいいぜ」
私は、店内の客全員に奢りの酒が行き渡るのを見届けてから、「乾杯!」と叫んだ。
皆がそれに習って、グラスを掲げて「乾杯!」と叫んだ。
そうそう、こういうノリが好き。誰が好きで、お偉いさんから堅苦しい空気の中、賞状とかいう紙っぺらもらわにゃならんのだ。
「話し相手って言うけど、俺たちゃ、あんたの事知らないし、何はなしゃ良いのかね?」
「ちょっと、相談事があって」
「おうおう、なんだいなんだい。可愛いお嬢ちゃんが、俺らのような酔っ払いにしたい相談事ってのはよ?」
「……王様からの表彰、寝坊したから、バックレたんだけど、どうしたらいいかな?」
店内の空気が凍った。
「因みに、私の考えは、ここに居る奴らと飲んでたからと言い訳して、自分の罪を人数で薄めようと思ってるわ!」
「ふっざけんな! 巻き込むな、このカス!」
「奢りで飲んだでしょ。つまり、一緒に飲んでるのよ、私達は!」
「だったら払うわ! いくらだ?」
店主に問いかけると、店主が見せた瓶を見て、皆の顔が青くなる。
この店で一番高い酒を皆に奢ったのだ。一杯で、下手な家庭の、一月分の生活費ぐらいにはなるだろう。
店に入って直ぐ、この酒を見つけて、飲みたいと思ったのだ。
正直、こんな場末の酒場に置いてあるような酒では無かった。だからこそ、滅多に注文が入らず、未だに残っていたのだろう。
「ふふん、私が帰る前に帰った奴には奢らないからね。店主、つまみを大量に!」
店主も、帰って欲しそうだが、同時に上客だとも判断したのだろう。苦笑いと共に、厨房に戻っていった。
お通夜みたいな空気の皆に、私は言った。
「も~、どうせ昼間っから飲んでるんだし、あんたらもろくでなしでしょ。ろくでなし同士、仲良く飲みましょうよ」
「王様の表彰を寝坊するほど碌でなしじゃねぇよ⁉」
皆は開き直ったように、馬鹿騒ぎを始めた。どうせ巻き込まれたのならば、楽しんだ方がマシだと思い直したのだろう。
こんな馬鹿騒ぎが大好きだ。
とりあえず、私は今日一日、この恐怖からお酒に逃げるのだ!




