表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/53

第八章 3 根性比べ


   三


 はは、参るわね。

 私、ジーラは自分自身に対して皮肉気に微笑んだ。

 一対一で、勝ち目が無かったのに、二匹目って何よ。

 最早笑うしかないと思ったのだ。

「えっと、知り合い?」

 戦っていた呪怨龍の方へと声を掛けた。

「ああ。我のつがいだ」

「そ。羨ましい。私は最近、惚れた男に振られたばかりよ」

 そういうと、呪怨龍は、ほんの少しだが、噴き出したようだ。

「そうか、それは、ご愁傷様だ」

「そりゃどうも」

 同情されちまったよ。

 私は、背後の呪怨龍に振り返った。背後の呪怨龍は、不意打ちはしないだろうと、そう思った。する理由もない。なにせ、圧倒的な有利な状況だ。

「安心していいわよ、つがいは無事よ。というか、わざわざ来なくっても、あんたらの勝ちだってわかってんでしょ?」

「なに、絶望と憎しみが、我々の好物でな」

「あ、そ」

 私は二匹の性格を分析する。この状況、生き残る方法を必死に考える。

 多分、先に戦っていたのが雌、後からきたのが雄のようだ。

 さて、なんらかの交渉が有効な相手だろうか?

 ちらり、と下を見る。どのくらい逃げられただろうか。

「ああ、貴様の連れの天使達ならば、あの辺りに居るぞ。一人、鎧の奴を呪った。間もなく死ぬはずだ」

 すぅ、と頭が冷えた。

 時間がない。間もなく死ぬと言うことは、まだ死んでいないと言うことだ。

 短時間で倒すというのは不可能だ。

「ねえ、見逃してくれない?」

「理由が無いな」

 私は、武器の鎚を突き出した。

「これは、都市一つ分、人々を憎しみ合わせ、その憎しみをもって創り出した亜神の結晶で創り出した鎚よ」

「確かに、よくそんなモノを触っていられるな。流石は、俺達の創造主の娘よ」

 シルキーからでも聞いたのだろうか。私は、視線を逸らさず、交渉を続けた。

「こいつの一撃を喰らえば、多分だけど、タダじゃ済まないわ」

「確かにな。だが、それでも一発だ。俺たちは、二匹だぞ?」

「ええ。でも、つがいが居なくなったら、悲しいでしょ? 例え、低確率でも石橋を渡ろうってつもりはないかしら?」

「今逃がしたら、貴様らは我らを殺しに来るだろう? 逃がす理由が無いな」

「絶対に、もう手を出さないと約束するけど? 正直、私は身内さえ守れればそれでいい。それさえ見逃してくれれば、私はもう姿を現さないわ。うん、一応、私と貴方達って兄妹なんだし、どうかしら?」

 へらへらと余裕な調子で伝えるが、内心はバクバクだ。相手の出方次第で、一切合切がおじゃんだ。

「そう、か。確かに、我々は兄妹だ。つがいよ、どうする?」

「こちらに聞くのか? 答えなど出ているだろう。天使が居る以上、その排除は絶対だ」

 雄の呪怨龍は、にやりと口端を釣り上げた。

 背後から雌の呪怨龍の性格が悪い、という内容の呟きが聞こえた。

「だ、そうだ。天使をそちらで排除すれば、交渉することも可能だろう」

 仲間を殺すという負の感情。呪いの燃料としては中々上等だ。

 私は、苛立たしげな内心とは反対に、顔には笑顔を貼り付ける。交渉には笑顔が必須だ。特に、弱い側ならば。

「おにいちゃ~ん、許して~」

 そういうと、皆が笑った。

 が、すぐに空気が凍り付いた。

「悪いが、今、一番危険なのは、その鎚を持つ貴様のようだ」

 呪怨龍の二匹から、こちらを殺すという、明確な意識が感じられた。

 あちらからすれば、こんな小さな鎚で、急所を狙えるとは思っていないのだろう。そりゃそうだ。こっちですら、そう思っているのだから。

「お互い呪いに自信があるってのに、暴力で決めるなんて無粋じゃないかしら?」

「貴様を呪いだけで殺すのは時間が掛かりそうだからな。最後は呪いで殺してやるから、安心するが良い」

「わぁ、やっさしい」

 私は鎚を構えた。正直、悪あがきに過ぎない。

 背後から気配がし、私は咄嗟に身を翻しながらも、上空へと位置を移動させた。

 雌の呪怨龍の前脚が、私の居た場所を切り裂いた。

 回避こそ成功したが、風圧で身体が錐揉みする。

 視界の端に、もう一匹が近づくのが見えた。

 必死に身体の制御を取り戻し、回避行動をとる。

 再び風圧に、身体が空中で回転する。

 たった二回の回避で、身体が鉛のように重い。異常なまでに体力が奪われている。一撃で死ぬというプレッシャーは、想像以上に心理的に負担を強いてくるようだ。 額には、大量の汗が浮かび、汗が眼に入る前にさっと拭おうとして、眼鏡に邪魔される。

「邪魔!」

 私は眼鏡を捨てた。

 多分、二匹は羽虫で遊んでいるようなつもりなのだろう。抵抗できない羽虫を弄ぶ。無邪気な子供ならまだしも、邪気を持ってやるのは如何なものかね!

 殺すなら、さっさと殺せや!

 一瞬、頭に血が上った。その所為で、反応が遅れた。

 背後から迫る脚による一撃。

 躱せ!

 リンクが、逃げるべき方向を指示する。

 羽をはばたかせて、位置の位相をずらす。

 が、擦った。左肘に。

 あ、壊れた。

 顔が歪むほどの痛み。

 骨をやった。血も大量に流れている。

 羽の振動で、脳が殴られているかのような痛みが奔る。

 だが、いつも思う。肉体の痛みは耐えられる。やっぱり、精神的なモノに比べれば、まだマシだ。村ぐるみのイジメの方が、よっぽどキツい。

 私は、鎚に闇術をかけ、更に鎚を軽くする。

 鎚を持ったままの右手で、懐からハンドベルを取り出した。

「居るならで良いわ! カミュのことは、任せたから!」

 シルキーに対してそう怒鳴って、ハンドベルを大地へと放った。

 最早ダメ元だ。倒せなくても良い。残った右手で、最後っ屁の一撃をぶちかますだけだ。

 先ほどよりも、空気が張り詰めた。

「ああ、駄目ね。ついつい、殺気が漏れ出ちゃったわ」

 私は鎚を片手で振り回す。

 二匹の視線が、鎚に貼り付けになっているのに気付く。やはり、これによる一撃は、多少なりとも希望があるようだ。

 だが、前脚の攻撃には、風圧だけで弄ばれる。人のサイズの自分にまともに接近できるとは思えない。

 あ、駄目だな、出血も酷い。時間をかけてもいられない。

 さぁ、どちらかだけでも地獄へのお供にしてやろうじゃないのよ!

 心で強気に思いながらも、相手に辿り着く未来が見えない。結局、単純に大きいってのは強いのだ。

 右手に力が入った。

 レヒが、液体状になって、私の右手を覆っていく。鎚の呪いの力を起動させる。

 ずん、と鎚の悍ましい呪いの気配が腕を伝ってくるような気がする。

「主殿!」

 突然の意識外の人物の声に、思わず声の方を見つめた。

「シルキー、なんで⁉」

「捨てる、な!」

 ハンドベルを掲げながら、シルキーが珍しい不機嫌な表情でこちらに向かってきた。

 私はシルキーとの距離を詰めるため、呪怨龍達の下方へと移動した。

「なんで来るのよ。カミュを任せたって言ったでしょ!」

「テスラ殿、は良い、の?」

「まだ助かるの?」

 諦めていた私の問いに、シルキーは深く頷く。

「主殿のほうが、強い!」

 言葉は省かれていたが、私の呪いの方が上回っているということか。

 だけど、手立てがないのだ。

「シルキー、手段は⁉」

「……拙には、ない。主殿の、鎚、だけ」

「結局、何も変わんないんじゃないの!」

 だが、それでもシルキーに対して、二匹の呪怨龍が警戒を示していた。仮にも、呪怨龍に対抗するために創り出された兵器だということだろう。

「もう一度、言う。テスラ殿は、生きてる。そして、鎚だけが、手段」

 シルキーが、チラリ、と視線を上に向けた。

「わかった、わよ!」

 私は、雌の呪怨龍へと特攻した。雌の呪怨龍は、呆れるような気配を見せたが、すぐにその前脚と口でこちらを待ち構えた。

 絶対に届かない。

 私の鎚では。

 私一人じゃ勝てない。

 私とシルキーじゃ勝てない。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 怒声が空に響いた。

 がぎん、と金属同士がぶつかる音がした。

 雌の呪怨龍の首が、こちらに向かって晒される形で、こちらに向かって落下してくる。

「ジーラ、いけぇぇぇ!」

「ナイス、相棒!」

 上空からテスラが降ってきた。そして、大剣を雌の呪怨龍の首元に叩き付けたのだ。

 私は、晒された逆鱗に、鎚の一撃をぶち込んだ。

 速さは関係ない。

 当たれば、積もった恨みや憎しみが威力へと変換されて、接触した位置に炸裂する。

 ぐしゃり、と甲殻類でも潰したかのような感触がした。

 私は力なく落下を始めた呪怨龍の身体の下から離脱し、その地面に落ちる様を見つめる。

 テスラは力尽きたのか、大剣を落とし、その身は自然落下を始めていた。

 私は、慌ててその身体を掴み、大地へと降下していく。

 テスラは、大剣の飛行機能で、呪怨龍の上空へと移動していたのだ。そして、その勢いのまま、首を切りつけたのだ。

 ただ恐ろしいのは、あの大剣の重さ、速度をもってして、首を斬り落とせないどころか、ほぼ傷付いていない、その鱗や肉体だろう。

 大地にテスラを降ろす。テスラは、即座に落とした大剣を拾い上げた。

「いけるの?」

 テスラの鎧は血にまみれており、客観的に見て、戦える状態にあるとは思えない。

「行くしかないだろう?」

 私は、カミュのことを思い出し、周囲を見回すと、辛そうに座り込んでいるカミュを見つけた。

「すごい。一匹、倒したんだ」

 青白い顔で、カミュが力なく微笑んだ。

「ええ。脇と足、どっちが良い?」

「発情が良い」

「そうなの?」

 私は、思わず苦笑してしまった。この娘は、どんな時でも変わらないなぁ。

 呪怨龍は、ゆっくりと、こちらへと降下を始めていた。

 シルキーは、既に私の側へと降り立っていた。

「主殿、次の手段は、ある、の?」

「マジで手詰まり。ま、私を置いて逃げなさいな。恨まれてるのは、多分私だし」

 咄嗟に一匹倒してしまったが、ここから先、本当に手札がない。切り札は、既に切ってしまったのだ。

「……なら、一緒に、抗う」

「駄目よ。シルキーは最後の希望。主と思ってるなら、最後の命令を聞きなさい」

 シルキーは、不承不承という表情で、こちらを見つめ返してきた。

「いつになっても良いわ。あれを、倒して頂戴。その後は、自由にして」

「酷い、命令。主殿を、見捨てないと、出来ない」

「そうよ」

 そう言いながら、私はハンドベルをカミュに持たせた。その流れで、髪の毛を抜き、カミュに対して呪いをかけた。

「ここで、馬鹿やるほど、常識知らずじゃ無いわよね?」

「わ、わかってる。でも、でも!」

「そうね。私は死ぬわ。だから、シルキーと敵討ち、お願いね」

 カミュは、口をへの字に結ぶが、何も言わなかった。それ以上、自分には何も言う資格がないとわかっているのだろう。

「シルキーも、頼んだわよ」

 シルキーは、何も言わなかった。

「じゃ、テスラ」

「なんだい?」

「一緒に死んで」

「喜んで」

 私はテスラと共に、降下する呪怨龍を待ち構えた。

 呪怨龍は、ゆっくりと着地すると、私達を無視して、死んだつがいのもとへと向かった

 そして、龍の咆哮が響いた。

 全身が震える。生物としての格の違いを思い知らされる。

 否、そんなのは、思い過ごしだ。

 思い出せ、私の半分は神なんだぞ。この龍を創り出した神だ。

「そう、か。これが、憎しみか……」

 呪怨龍が、そう呟くと、紅い涙がその頬を伝った。

「創造主よ、俺を、このように創ったのか! 俺か、つがいが、殺されることで、完成する存在として!」

 呪怨龍は、つがいの死体に噛みついた。否、逆鱗の付近にあったであろう結晶を取り込んだのだ。

 呪怨龍の気配が、更に濃く、どす黒いものへと変貌していく。

 見た目は変わらない。ただ、その気配は、先ほどのモノとは最早別物だ。

 自分の死が、確定したのを確信した。

「テスラ、私さ、あんたのこと好きなんだけど」

「死ぬ寸前だからって、雑に告白するなぁ」

「駄目かしら? 万が一、生き残ったらでいいから」

「悪いね。適当な返事をするのは、逆に不義理だと思うから」

「そっか。ま、いいわ。どうせ、死ぬんだし」

 シルキーは、この状態の呪怨龍にも万全なら勝てるのかしら?

 ふと、そんなことを思った。

 呪怨龍が、こちらへと振り返った。

 テスラが速攻とばかりに、弱点である逆鱗めがけて、大剣を叩き付けた。

 だが、呪怨龍は防ごうともしなかった。

 弱点に、多分、今の二人において最強の打撃を打ち込んだ。その結果が、防御すら必要が無いという結果だった。

 ああ、希望すらないんだ。

 私は、死ぬのが惚れた男とだから、少しはマシだな、なんてロマンチックな事を考えていた。既に、戦闘に思考の割合を割くのは止めていた。

「呪怨龍としての完成については、礼は言わぬ。感謝もせず。ただ、初めての完成した俺の力を見せてやろう」

「ええ、ご自由に。ただ、まあ、そうね」

 私は、これ見よがしに、嫌味に笑って見せた。

「呪いぐらい、残しましょうかね」

「なに?」

 呪いという単語に、呪怨龍が反応した。

「勝つのは貴方よ。うん、それは間違いない。だって、勝ち目ないもの。でもね、呪術師としては、私の方が上だった。それも確信してるわ」

 呪怨龍は、無言で次の言葉を促していた。

「だって、テスラは貴方の呪いで死ななかった。私の呪いが防いだのよ。ま、なんとなく、呪術師としては、こっちの方が上だとは思っていたけどね」

「言うではないか」

「だから、呪いで無く、暴力でしか殺せなかった相手が居たと、残りの生涯、心にしこりとして残し続けなさい」

 呪怨龍の瞳が、先ほど以上の憎しみの光を宿した。

 釣れた。ま、負け犬の遠吠えでしかない。これから先の言葉は。正直みっともないとさえ思う。

 でも、カスである私には、きっとこんな死に様がふさわしい。

「あんた、幸せを知らないでしょ? 呪いの根源である恨みってのは、幸せを知って、そこからの落差で生まれるエネルギーよ。あんたみたいな、理屈も無く、ただ恨むだけなんてのは、大した恨みじゃないって事よ」

 私は、子供の頃、パパやテスラと一緒に居て幸せだった。村に預けられたときも、最初は皆優しかったのだ。

 半神の姿を見られた途端、信頼していた者が、皆敵へと成り代わった。その落差が、恐怖であり、恨みであり、憎しみだった。

「まあ、負け惜しみに過ぎないけどね。でも、貴方の心に、しこりのように、呪いのように留まるでしょ? お兄ちゃん」

「ああ、その通りだな、妹よ」

 呪怨龍は、その事を認めた。

「だが、呪眼を奪い、俺もその領域へと行かせて貰おう」

 レヒとリンクが、毛を逆立てて、呪怨龍を威嚇する。

「ありがとね、二人とも」

 私は二匹の頭を撫でた。

 抵抗する気は無かった。それを相手もわかっていたのだろう。

 ゆっくりと、前脚を持ち上げていた。

 このまま、踏み潰されるのだ。

 仮にも、妹的な立場の私に、少しだけでも慈悲を見せてくれたのかも知れない。

 私は、その脚を見つめた。

 自分を裁く、ギロチンたる、その脚を。

 爪が、

 欠けて、

 いた。

「テスラ、一発、耐えて!」

「了解!」

 振り落とされた前脚を、テスラが受け止めた。私はテスラを信じ、その場で行動を開始した。

 ガチン!

 重低音と、衝撃が響いた。

 テスラが耐えられなければ、私はテスラと共に死ぬ。

 そんなこと、知ったことか。

 私は懐から、とあるモノを取り出した。

 魔族の村で手に入れた、呪怨龍の爪を。

 シルキー、これ、あんたがやったんだよね。

 流石だよ、よくあの頑丈な呪怨龍の身体の一部、削ったもんよ。

 数百年という年月が、その爪を劣化させている。私の一撃で、砕ける程度には。

 片手で鎚を振り回しながら、地面に投げ捨てた爪に、鎚を叩き付ける。

「双呪!」

 経年劣化していた爪は、鎚により砕けた。

 魂単位で違和感を覚えたのだろう、呪怨龍が後方へ引いた。

「何をした?」

「私の独自の技術で、双呪ってのがあるの。ま、そんな大したもんじゃないのよ? 相手の肉体の一部を破壊するのが、発動条件。それによって、互いの呪いが確実に効くようになるの。代わりに相手にかけた呪いが、自分にもかかるようになる。人を呪えば穴二つってね」

 私は、自らの腕を垂れる血を使って、自らの身に衰弱の呪いをかけた。

「こういう、ことか」

「ええ、そうよ。良かったじゃ無い、私に呪いで勝てば、さっきの言葉は忘れられるわよ?」

 私は、にやりと笑った。

 こっから先は根性勝負だ。死ぬ系統の呪いかければ、互いに死ぬ。つまり、衰弱させ、その中でトドメを刺さなければならないのだ。

 ま、踏み潰されれば終わりだけどね。

 その防御はテスラに任せる。

 腹部に違和感を感じた。

 口から血が溢れだした。

 鼻からも血が漏れ出す。

 何をされた?

 私が呪怨龍に視線を向けると、呪怨龍の様子に変化は無い。

 だが、呪いで殺すと決めたようだ。踏みつける方が簡単なのに、あえてそうはしなかった。

 はっは、先ほどの言葉、本当に呪いになったんだな。呪いの化身として造られたのだ。呪いについて負けるなど、本能が許さないのだろう。

 内臓を傷つける類の呪いだろうか? まあ、仕組みはどうでも良い。双呪の下では、防ぐ手段はないのだ。

 私は、とある術を使用する。

 一度、私は咽せた。そして、口の中の血を、唾と共に吐き出す。

「勝ったら、結晶もらって道具にするけど、構わないわよね? あんただって、私の目ん玉もってくんでしょ? ま、呪眼自身は嫌がってるけど」

 レヒとリンクが、こくこくと頷いている。

「死体ならば好きにしろ。だが、その矮躯では、先に出血で死ぬぞ」

 再び、腹部に違和感。先ほど以上の血を吐いた。

 なんだ、これ?

 相手は、血を吐いてはいない。

「これか? これはな、この霧を生み出す呪いだ。自らの血を呪いにより、霧化して吐き出すのだ。ま、貴様にはその能力が無いので血を吐き出すだけなのだろうな」

「ああ、そう。でも、貴方も血を失っているのは変わらないのね」

 私は、膝を着いた。

「貧血か? 矮小な身では厳しいな」

「そうね。ただ、呪いにしてはセンスがないわね」

 私は馬鹿にするように、鼻で笑って見せた。

 私は、懐からナイフを取り出した。

 あ~、くっそ。根性決めろ!

 腹部に突き立てた。

 痛み分けの呪い。相手に治癒手段があると、自分だけが傷付くので、あまり使用はしない。が、あの丈夫な肉体を持つ呪怨龍だ。治癒については、そう詳しくないだろう。

 勘だけど!

 呪怨龍が呻く。あの丈夫な肉体だ。痛み自体、まともに感じることは無かったのだろう。

 更に、私は即死しない様に、太ももを斬りつけた。

 私の膝が折れ、同時に、呪怨龍の身体もくずおれた。

「その出血、先に死ぬぞ?」

「びびってんの?」

 自分でも、貧血気味なのはわかる。

 視界が、軽く暗転し始めている。

 逆鱗の部分は喉だ。

 ここを刺したら、私は死ぬだろうか?

 即死ではあるまい。

 呪怨龍が、こちらを睨みつける。だが、脚の傷でこちらを止めることが出来ないようだ。

 私は、首にナイフを突き立てた。

 ひゅーひゅー、と息が出来なくなる。傷口から、息が逃げていく。

 そして出血。私は、その場に倒れ込んだ。

 だが、同時に地面が揺れる。

 呪怨龍の、苦しげに蠢く声が耳に届いた。

 逆鱗への斬撃。十二分な威力だ。

 私は、地面に伏したまま、耳を澄ませていた。

 呪怨龍も苦しそうに呻いている。

 私は、呪怨龍の様子を確認するために、ゆっくりと顔を上げた。

 このまま、耐えれば、死んでくれるか?

 私は、出来る限り、気配を消したまま、様子を確認する。

 私は、以前、カミュとテスラに施した、闇術による治癒を敢行した。

 これで、私の身体だけが、一方的に治癒された。 

 寝たふりを続けるが、突如、テスラの悲鳴にも似た声が響いた。

「ジーラ!」

 私が思わず目を開くと、呪怨龍がこちらの頭を噛み砕こうとしていた。

 私は咄嗟に身を翻した。

 死んだと思い、呪眼を取り込もうとでもしたのだろうか。

「貴様、何故、そんなにも動ける⁉」

 気付かれたか。全く、楽をさせてくれない。

「治癒、か?」

 この後に生じる幻痛の呪いを知らない呪怨龍は、ただ全快している様子の私に対し、危機感を覚えた様子だ。

「……貴様を呪いで殺すのは、難しそうだ」

「あらあら、白旗上げちゃうの?」

 私の挑発に対し、呪怨龍の黒い瞳が怪しく輝く。

 呪怨龍が、前脚を上げる。

 私は、先ほど傷つけた足と、逆の腿を斬りつけた。

 両足が傷付いた呪怨龍は、踏ん張りが効かなくなり、その場に倒れ込んだ。

 私の太ももから、多量の血が流れ出している。

 私は足を止血した。

 闇術の治癒には、一つ欠点がある。一度使用したのならば、その呪いが発動するまで、同じ対象に治癒を施せない。

 つまり、私はもう治癒術は使えない。

 私は次いで、左肩を刺す。

 呪怨龍は、これで動くことが出来ないだろう。それどころか、その出血量は龍としても、見過ごせないほどの量だ。

「……貴様の勝ちだ」

「あら、案外諦めが早いのね」

「だが、このままでは、死なぬ。せめて、呪いを撒き散らし、世界を呪って死ぬとしよう」

 呪怨龍が、なにか儀式めいた詠唱を開始した。

 周囲に流れ出した呪怨龍の血が輝き出す。

 同時に、私の血も。

 双呪の影響で、自分の身体にも、その儀式の影響が起き始めていた。

 第三の目を開く。

「これ、まずい!」

 死ぬ際に、自分の身体を呪いの爆弾として、周囲に呪いをまき散らす呪いのようだ。

 呪怨龍の体内の呪いも大概だが、私自身も大概なのだ。

 私と呪怨龍は、呪いの化身のようなものだ。その身体を呪いの爆弾として爆発させれば、どのような地獄が発生するのか、想像も出来ない。

 呪怨龍は、負けを認めた。だからこそ、もう止まらない。

 まもなく、この呪いは完成する。

 テスラが呪怨龍に襲いかかった。だが、テスラの攻撃は、呪怨龍の身体に傷を付けることは無い。

 時間がない。

「貴様も、世界も、一緒に滅べ!」

 瞬間、私は最も得意な、呪いを発動していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ