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第七章 1 天使様を連れ歩くと、皆がへこへこして楽しい


   第七章


   一


 目を覚ますと、私の脇にシルキーが立っており、私の顔を見つめていた。

「えっと、一晩中、そうしてたの?」

「やること、なかった、から」

「寝ないで良いの?」

「特に、不便は」

 そういうものなのか。

 私は、元より置かれていたベッドを使わせて貰ったが、少々埃っぽく、かび臭かった。買い換えることが。脳内会議で決定した。

 干していた服と下着は、なんとか着られるぐらいまでは乾いている。

 酒場の上で寝ているのは、今日は私だけのはずだ。

 皆、引っ越しはまだしていない。

 部屋は余っているので、シルキーにも一室与えることにしよう。

「シルキー、御飯、行きましょうか」

「拙は、食べなくても、大丈夫」

「食べられないの? それとも、必要が無いの?」

「必要が、ない」

「なら、食べましょ。折角、こっちに居るんだもの。楽しまなきゃ、損よ」

 一瞬、困惑するも、主の言葉として受け取ったのか、こくり、と頷いた。

 出かけようとした瞬間、部屋のドアがノックされた。

 私よりも先に、シルキーが反応した。

「ジーラ、あたし」

「ああ、カミュ」

「御飯買ってきたよ。あと、外出用の服、あたしのだけど一応持ってきた。胸のサイズは合わないかもだけど」

 シルキーに頷くと頷きが返ってきて、部屋のドアを開けた。

「おはよう、シルキー、様」

 シルキーは無言で頷きを返していた。

 様、か。まあ、天使様だもんなぁ、様付け、するか。

「そういう時は、おはようって返せば良いのよ」

 一応、常識的なことを教えておく。

 カミュは買ってきた食事を袋ごと私に手渡す。

 私は中身を取り出し、カミュとシルキーに渡した。

 結構、人気の店のサンドイッチだ。

「朝から気合い入れたじゃない」

「まあ、ねえ」

 ちらり、とシルキーを横目で見た。

 ああ、安物は渡せないって事。

 シルキーは、手元のサンドイッチを見つめている。

「食べ方、わからない?」

「大丈夫、わかる」

 シルキーは、サンドイッチを頬張った。

 シルキーの顔が、ぱっと明るくなった。

「因みに、ジーラの作る御飯は不味いから」

「わざわざ言わなくていいのよ」

 私も食べ始める。この店のサンドイッチは初めて食べる。並んでまで食べることはあまりしないので、有名店で食事というのは滅多にしない。

 所詮、直火焼きに塩で満足できる舌なんですよ。

 野菜メインのサンドイッチ、二日酔いを考慮してくれたのだろう。ちなみに、もう元気だったりする。次の日まで引っ張ることは、あまりないのだ。

 ただ、サンドイッチは美味しかった。確かに、売れているだけはあると感心した。

 先に食べ終わったシルキーは、少し残念そうだった。

「お昼は、外で食べましょうか。シルキー、好きに頼んでいいから」

 こくり、と彼女は頷いた。心なしか、嬉しそうだ。

「というか、服ね」

 私はシルキーを見つめて呟いた。

「羽が、ね」

 カミュも困ったように頭を抱えている。

「羽、仕舞える?」

「不可能。どうしてもというのなら、千切ります、が」

「いやいやいや! 大丈夫、大丈夫だから!」

 いつまでも隠すわけにもいかない。だったら、さっさと領主様辺りに言ってしまうのが吉かも知れない。

 それに、天使様だとなれば、良い御飯も出るはずだ。あと御菓子も。

「カミュ、来てもらって悪いんだけど」

「何、用事?」

「いや、領主様に、シルキーを紹介しないわけにはいかないかなって」

「それは、確かにそうね」

 カミュも、即座に同意する。当たり前と言えば、当たり前だ。

「主殿、それは、必要、なのか?」

「え、まあ」

「人、なの、では? 我々は、神と天使だ」

 まあ、どちらが上位かといえば、確実に後者なのだろう。だけど、まあ、馴染んで暮らしたいとなると、色々変わってくる。支配するとか、崇拝させるとか、そういう方面ならば、不必要なのだろうが。

「ま、ある程度筋を通しておくと、楽になることもあるのよ。根回しは大事なのよ、人間の世界は」

 シルキーは首を傾げているが、それもその内わかってくることだろう。

「カミュ、シルキーの服とか、部屋の準備とか任せても良いかしら?」

「わかった。任せて。あと、あたしも引っ越すから、よろしく!」

「部屋は早い者勝ちで良いけど、シルキーの部屋は、私の隣でよろしくね」

「オッケー」

 カミュは何やら楽しそうだ。コーディネートとか好きなのだろう。シルキーは、着せ替え甲斐もありそうだし。

 私は開き直って、シルキーと共に空を飛んでいくことにした。

 下から、人々が指をさしてくる。

 まあ、天使が居たら、そうもなるか。しかも、先日、都市を滅ぼそうとした存在だ。

 気にせず、領主の館へと向かう。

 直線距離なので、普段の数倍早く到着した。

 流石に、空から敷地内に入ると面倒なことになりそうなので、門の前に着陸する。

 空の警戒はしていなかったのだろう。空から現れ私たちに、門番の二人はぎょっとし、剣を抜き放ちそうになった。

「待って待って、ジーラよ。聞いてない? えっと、半分神様の。で、こっちは天使のシルキー。領主様に紹介しに来たのだけど」

 空から現れた、天使の羽を持つ少女。明らかに門番程度の判断領分を越えていたのだろう。

「お待ち下さい!」

 即座に、一人を残して、奥へと走り去っていった。

 そう待たずに、中に入るように案内された。

 執事であろう初老の男性が、私たちを案内してくれる。態度には表さないように努力しているのだろうが、それでも、半神の私と天使のシルキーが気になっているようだ。

「領主様、お連れ致しました」

「ああ、入ってくれ」

 ドアが開かれ、中に入る。明らかに、庶民の物とは一線を画す調度品の数々。はっきり言って、息苦しい。

 私の趣味とは合わないな、と一目で見切りを付けた。

 シルキーは、最初から興味がなさそうだ。

 意外なことに、室内にはミミルも居た。

 もう一人が領主様だろう。中年の男性だが、端整な顔立ちに、しっかりと鍛えられているだろう体付き。口元の髭は、貫禄でも付けるために生やしているのだろうか。個人的には、無い方が素敵だと思う。

 女性人気があるとは聞いたが、その話にも納得できる見目をしていた。

 二人は立って、待ち構えていた。

「どうぞ、お座り下さい」

 視線はシルキーを見ていた。だが、シルキーは「主殿」と、私に座るように促した。

 私は、うん、と頷いて席に着いた。

 シルキーは、私の背後に立つ。

 座っていいよ、と言おうと思ったが、天使様が座らない状況で、自分たちは座れない、と困った様子の領主様とミミルが面白く、あえて言わないことにした。

 二人の視線が、なんとかしろとばかりに、こちらに向いた。

「て、天使様も、お座り下さい」

「不要」

 シルキーはきっぱりと言い切った。

 私がにやにやとしていることに気付いたのか、ミミルが、キッとこちらを睨んだ。

「拙の主に、無礼を働く、の?」

 シルキーの気配が、剣呑なものへと変わる。

「ごめんごめん。悪乗りしすぎだったわ。シルキー、座って。多分、美味しい物、出して貰えるわ。でしょ、領主様?」

「あ、ああ。勿論だ」

 そう言って、執事に指示を出す。これは、茶菓子に期待できそうだ。

 シルキーが私の隣に座り、領主様達も椅子に座り、ほっとしたように一息吐いた。

「わたしの名前はトルク・サンティモ。この都市の領主です。市長とも呼ばれております」

 続けて、ミミルも自己紹介をしていた。

 私は興味が無いので、ぼけー、っと窓の外に視線を向けていた。

 その後の会話が続いていないので、視線を戻すと、シルキーも興味なさそうにしている。

 これじゃ、嫌な客だな。仮にもこちらから訪ねているのだ、少しはまともに応対しよう。

「シルキー、挨拶してあげて」

「シルキーと、名付けられた」

 それだけ言って、再び黙り込んだ。

 うん、人と話をする気がないんだね。早くお茶と菓子を!

「どういう経緯で?」

 最早、シルキーとの会話は成り立たないと確信したのか、私を話し相手に見据えた。

 私は、ハンドベルを手に入れた経緯を含めて説明した。

「それは、国宝指定されているだが、自分の手元に置いているのかね?」

「ええ。本当は海に捨てるつもりだったんですけど」

「主殿⁉」

「いや、捨てないから。大丈夫、大丈夫だから!」

 力一杯目を見開き、こちらを見つめているシルキーに力説する。

「それで、捨てた鐘、全部を引き上げて、もらえるん、だよ、ね?」

「……いるの?」

 無言の半眼。一切逸らされないその眼力に、私は「はい」と答えさせられてしまった。

「でもさ、あれってシルキーを呼ぶ道具、なのよね?」

「こちらの世界で、拙の力を十全に使うための、装置」

「あ~、なら居るわね。こんな事になるのなら、捨てなきゃ良かった」

「しばらくは、いい。壊れてるから。直ったらで、良い」

 勝手に直るんだ。未知のテクノロジーだ。

「えっと、天使様にお訊ねしたいのですが、よろしいですか?」

 シルキーは、私に確認の視線を向けてきた。私は頷く。

「どう、ぞ」

「何故、この都市を攻撃しようしたのですか?」

 そう言えば、確かにそうだ。酔っていたのと、突然の状況に、そんな重要なことに頭が至っていなかった。

「ああ、それは、呪怨龍が」

 と、重要な事を言い出したタイミングで、お茶と菓子が届いた。

 シルキーは、既に興味が菓子に移っていた。領主様は、話の続きをと急かしたいようだが、口に出せずにむずむずしているようだ。

 シルキーは、この屋敷に来て初めて笑顔を見せた。というか、出会ってから初めての笑顔かも知れない。

 いや、この娘可愛いな。芸術的な美形だけあり、その笑顔の破壊力は圧倒的だった。

 お茶と菓子を持ってきたメイドさんも、その笑顔に胸キュンしている様子だ。

「主殿、主殿!」

「食べても大丈夫よ」

「やった」

 突然、精神年齢がやたらと下がったようだが、見た目と年齢が一致したので、逆に微笑ましく感じた。

 領主殿は、我慢強く、シルキーが御菓子を食べ終わるのを待っていた。ミミルも同様だ。

 私も、お茶菓子を口にした。クッキーやマドレーヌ。メジャーな焼き菓子だが、明らかに高いものだとわかる。しつこくないのに、味わい深い。多分、良い材料を使っているのだろう。

 ……シルキーの舌が肥えてしまう。保護者の立場としては、少々危険を感じてしまう。

 シルキーの食事が終わると、再び領主が先ほどの質問を繰り返した。

 シルキーはきょとんとした表情を浮かべた後、キリッと表情を切り替えた。ははぁん、さてはこいつポンコツだな?

 シルキーの説明を要約するとこういうことだった。

 元々シルキーは、この大陸に封じた呪怨龍の見張りが役目だったらしい。とはいえ、四六時中では無く、年に一度呼び出された時に、確認すれば良かったそうだ。

 下位存在の人に仕えるのは、やはり天使としてはプライドに関わることらしく、あの呼び出しはあくまで、神様のお使いという認識らしい。

 そして、今年、呪怨龍の復活が確認されたらしい。呪怨龍は、存在しているだけで、大地を呪い、汚染する存在だと言うことだ。そのため、この大陸ごと、消滅させることが、神による命令だったらしい。

 ただし、その実行を邪魔したのが、私とミミルだったわけだ。

「今も、その命令は有効なのですか?」

「創造主からの命令よりも、呼び出した神である主殿が、命令の上位者。止めろと言われれば、やらない。そもそも、今は出来ない」

「それは、何故です?」

「創造主から戴いた力が、今は空っぽ。二人の邪魔の所為で」

 シルキーはわざとらしく溜息を吐き、首を横に振った。

「いや、止めなきゃ、大陸ごと消滅させたんでしょ⁉」

「でも、やらなきゃ、この大陸以外も、大変に、なる」

「その話には心当たりがあるわ。魔物の生活領域が変化してたわ。後、魔族の村で聞いた話なんだけど、奉ってた呪怨龍の爪が、おかしな反応をしてるって言ってたわ」

「主殿、拙が封印が解けた言ってる。なら、そこは疑わないで、ほしい。これでも、ずっと見張ってた」

「疑ってたわけじゃ無いわよ。ただ、その話の説得力を補強しただけよ」

 私は領主様に視線を戻した。

「ならば、対応の必要があるということですね?」

「しないと、大変なことに、なる」

「天使様に、それをお願いすることは?」

 シルキーは首を横に振った。

「無理。力が空っぽ」

「そう、ですか」

 領主様は、力なく溜息を吐いた。

 次いで私を見た。それは縋るような、媚びるような視線だった。

 私が答えるよりも前に、シルキーが答えた。

「無理だ。主殿も、精神がボロボロ。まともに戦える、状態じゃ、無い」

「見た目的には、元気そうですけど」

 ミミルが、首を傾げている。

「上位次元を見通せる目がないと、見えないけど、ボロボロ」

 私は正直に頷いた。実際問題、戦える状態ではない。ミミルとカミュの治療の後遺症が残っていた。

「……どうした、ものかな」

 領主様が頭を抱えていた。領主様としても、ここまでとは思っていなくとも、組合や王宮の依頼から、何かが起きていることは察していたのだろう。

「仕方がありませんわね。わたくしが、調査に向かいますわ」

「お願い、出来ますか?」

「ええ、調査隊を組んで頂ければ、出来る限りは致しますわ。天使様を倒してしまったのは、我々ですので」

 その言葉に、シルキーが若干、むっとした表情を作る。

「大丈夫、なの?」

「あら、これでも結構な実力者なのですわよ?」

 ミミルは、ドヤ、と胸を張った。

「主殿より、弱い、でしょ?」

「あら~、あらあら、あら?」

 今までと違って、露骨に機嫌が悪くなったミミル。不機嫌を隠そうとする様子すら無い。

 問題は、シルキーではなく、私にその不機嫌さを向けてきていることか。

「これでも、貴女の主殿との訓練は、勝ち越しているのだけど?」

「主殿?」

 嘘でしょう、とばかりにシルキーがこちらを見つめてくる。こうも、信じてくれると事実を伝えるのが辛い。

「いや、本当よ」

 まあ事情はある。そして、その事情はミミルも知っているはずだが、流石に見栄もあったのだろう。

「精霊術士に、呪術師が、負けます、か?」

 ミミルが、うぐ、と顔を歪めた。

 精霊術士は、呪術に弱い。神聖属性を持たないため、呪術に対する防御方法がないのだ。

 ただし、練習の組み手で呪うわけにもいかない。闇術のみで戦うため、私はミミルに勝てないのだ。呪術有りならば、私とミミルでは、私が上のはずだ。

「人の精霊術は、弱い。加えて、主殿の呪術は、その呪眼の所為で、その実力は神の中でも、有数の、はず」

 気になる言葉は幾つかあったが、今は気にしている場合ではない。話を先に進めよう。

「シルキー、何か助言とかある?」

「調査するなら方角は、あっち。同行は、出来ない。行っても、何も出来ない」

「わかりましたわ。ご助言、感謝致します」

 ミミルのお礼に、シルキーはうむ、と偉そうに頷いた。見た目が子供の所為で、可愛いしか無いな。

「出来れば、教会の協力が欲しいところですが、無理、ですわよねぇ」

「あ、あはははは」

 こればかりは、苦笑いするしか無い。

「調査が終わった頃には、教会の状況も変わっているはずです。討伐の際には、組合、教会、王宮で協力するように根回ししておきます」

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 そういうと、ミミルは目の前のお茶に口を付けた。

「悪いわね。本来ならば、呪いの分野は私が行くのが一番なんでしょうけど」

「仕方が無いわ。仮にも都市を救ったのだから、休んでも、バチは当たりませんわよ。いえ、神様にバチを当てる者など居ませんわね」

 そういうと意地悪く、ミミルは微笑んだ。

「あのじっさまが来てくれれば良いんだろうけど」

「そうですわね。一応、討伐の時には頼んでみましょう」

 そこでお茶会は終了した。調査隊を組むのに、これから忙しくなるとのことだ。

 部屋を後にしようとしたところで、意を決したとばかりに気合いを入れた領主様が声を出した。

「天使様、翼の羽を一枚頂けませんか?」

 天使の羽は、幸運の御守りとして、この街では扱われている。年に一度降臨祭に現れたとき、運が良ければ手に入るという代物だ。しかも、年に一枚落ちるとも限らない。だからこそ、かなりの縁起物だとされている。

「領主権限だと言われても構わない。こういう機会は積極的に利用させてもらっている」

 自分の羽の立ち位置に、シルキーは若干嫌そうな顔をしていた。

「どうしたの?」

 理由を訪ねるとシルキーは、重々しく口を開いた。

「自分の抜け毛を、幸運の御守りだからと、皆が集めていると知ったら、どう思う?」

「……キモい、わね」

「拙は、正に今、そんな、気持ち」

 この言葉に、流石に領主様も申し訳なくなったらしい。そもそも、幸運など眉唾なのだと思ったのだろう。むしろ、この不快そうな顔から、不幸にすらなりかねない。


 本当ならばテスラも交えて話をしたかったので、領主様の使用人をテスラの部屋に差し向けたのだが、ずっと留守であった。

 何をしているのだろう、と首を傾げたくなる。折角なので、テスラにシルキーを紹介するために、テスラの部屋に向かうとしよう。

 何せ合鍵があるので、いつまでも待っていられる。

 私とシルキーは、テスラの家に向かうことにした。

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