第六章 6 天使再臨
六
「ジーラ、流石に起きて」
ゆらゆらとカミュに身体を揺すられて、目を覚ました。
「朝?」
「違うわよ。閉店」
片付けも終わったらしく、最後に片付けるべきモノが私だったらしい。
「テスラは?」
「帰ったわよ。あたしが看病するからって言っておいた」
う~、頭が痛い。まだ、酔っている最中であるが、それでも頭痛は始まっている。
他の皆も、既に制服から私服に着替えていた。私も、先ほどジーラになった際に着替えているので、後は帰るだけだ。
ただ、水が欲しい。
「みず~」
「自分でとってきな」
ママに怒られた。まあ、今日はヤケ酒してただけだもんな。
だが、もう一回粘ってみせる。カミュ辺りは甘やかしてくれる気がする。
「カミュ~」
「嫌よ。あたし、今日のこと、怒ってるんだから」
にべもなかった。もう一回、ふしゃー! と毛を逆立てた。
「サ、サーナ」
「面白かったら、持ってきてあげる」
サーナはにやにやと、一発芸を要求してきた。
ふむ。何かないかと、懐をまさぐる。
あ、なんかが入ってる。
あ、これ、いいかも。
私は、懐から取り出したハンドベルを鳴らし「オーダー、水」と言ってみた。
もちろん、あの神器であるハンドベルである。
途端、目の前に光の輪が生じ、その輪から光の粒子が放たれた。
一気に酔いが醒め、私はその光の輪から距離を取った。
他の皆も、構えをとっている。
ただし問題は、誰も武器を用意していないことだ。
光の粒子が、人の形をとった。
そして、あの天使が目の前に現れた。
天使が、こちらを見つめた。
「呼び出した、のは、貴女?」
「え、ええ」
敵意は、感じなかった。とりあえず、刺激しないように、言葉を選ぶ。
「じゃあ、今回は主がいる、ということ、ね」
そう言って、天使は深々と頭を下げた。
「主殿、用件は?」
「用件?」
「呼び出した、のでは?」
「あ、これ? なんとなく、鳴らしちゃった、んだけど。あははは」
苦笑いを浮かべると、天使は「そう、なの?」と淡々と言った。怒りの感情は、無いようだ。
「だ、だから、帰って良いよ。ご、ごめんね」
「……無理。主殿と、この間、戦って、空っぽ」
無表情で、天使はこちらを見つめている。
戦ったことを覚えてはおられる様子。
怒っている、怒っているのか?
「え、っと、じゃあ、どうすればいいかしら?」
非は、明らかにこちらにある。
「主になられた、ので、お側において頂ければ」
「主って、ご主人様ってことかしら? でも、毎年、降臨祭で呼び出されている時と、反応が違わないかしら?」
天使は嘲笑うように嘆息した。こう言う感情は表に出すのか。
「人は、拙の主に値、しない。神の命により、この地を、見張っていただけ。大陸の様子を、確認しに、ね」
「あ、そういう事だったの。でも、私は主、なの?」
「貴女は、神。拙の上位存在。主になる、資格がある」
「でも、半分よ?」
「その半分が、かなりの上位存在」
相も変わらず感情のこもらぬ口調だ。
「一応確認。怒ってる?」
「いえ。拙は、天使。神の僕として造られている、から。あの時は、別の神の命を優先しただけの事。今は、呼び出したのが貴女。故に、貴女の命令が最優先事項。命令の上書きが、出来る」
やばいな。面倒くさいな。帰ってくれないかな。でも帰れないって言ってたな。しかも、私の所為で。
「自由にしていいよっていったら、どうする?」
「主殿に付いていきます」
「そっか~」
一緒かぁ。なら、もう面倒見るしかないかも。
皆は、警戒を解かずに、構えをとり続けている。
「とりあえず、暴れたりはしないのよね?」
「主殿の、命令が、なければ」
「おっけ。なら、名前を教えて」
そして、他の皆に、警戒を解くようにと合図を送る。
「名前は、ない。道具、だから」
「なら、名前を付けてあげれば」
緊張が解けたのか、カミュが近づいてきた。
天使は感情の籠もらない目を、カミュに向けた。
「名前、ねえ」
私は周囲を見回す。
「タマ、ポチ、シロ、どれが良い?」
「相変わらず最低ね!」
カミュに怒鳴られた。
酔ってるんだよ、頭回らないんだよ!
「ポチ、で」
天使は答えた。
「待って、待って待って。ちゃんとした名前考えるから」
私を輪に入れず、他の五人で相談を始めた。
いや、主は私らしいんだけど?
少しして、カミュが前に出る。
「決定しました。貴女の名前はシルキーです」
天使は、私に視線を向けた。
「貴女は、その名前は嫌?」
「別に。ポチでも、シルキーでもどっちでも」
「じゃ、シルキーで! 因みに由来は、シルクのような、その髪と肌からです」
確かに、天使ことシルキーの金色の髪やきめ細やかな白い肌はシルクのように滑らかだ。容姿も美しい。それこそ、造られた故に、完成された美だ。
それに天使は少年少女をイメージしたものが多いからか、女性なのだろうが、胸の凹凸などはまだ未成熟だ。
「というか、女の子よね?」
私の質問に「どちらにでも、なれる」と怖い答えが返ってきた。
「ただ、まあ、精神は、女。主殿も、同じ、でしょ?」
「え?」
「男にも、なれる、でしょ?」
「いや、なれないわよ!」
……なれるのか、もしかして?
いや、なる気ないけど。
カミュは、その言葉に、ちょっと嫌そうな顔をしている。まあ、カミュは女性しか好きにならないだろうからね。
「主殿、本当に、呼び出した理由はないの?」
「……水が飲みたくて」
正直に答える。うん、ごめん。理由と言われたら、結局はこれになってしまうんだ。
「そう」
シルキーは、空に水を生み出した。術士が使う水術とは、明らかに違う術式だった。
そして、ばしゃ、と頭から水を被せられた。
「……怒ってないって、言ったよね?」
「怒って、無いけど?」
「ほんとかなぁ?」
「ほんと」
あは、あははは……。心の中で笑うしかない。
これ以上は、逆に面倒くさいと思ったのか、サーナが水を入れたカップを、私に渡した。
「ありがと。うちの天使より、よっぽど使えるわね!」
「うおおい、余計なこと言わないでよ!」
シルキーは、困惑した表情を浮かべていた。
「そういうの、必要、だった?」
「え? ああ、うん。飲むわけ、だから」
もしかして、本当に悪意は無かったらしい。
考えてみれば、この世界の住人ではないのだ。あちらの世界での常識が、どれほどこの世界で通じるのかはわからない。
「ごめん。説明不足だったわ」
「こちらこそ、ごめん、なさい」
シルキーは頭を下げた。
私は、髪の毛をかき上げ、シルキーを見つめた。
「今日から、というか、明日からかしら。色々教えるわ。シルキー、よろしくね」
私は手を差し出す。
シルキーは、困ったように首を傾げている。
「こういう時は、こうするの」
シルキーの手をとり、握手をした。
「これは、友好の挨拶。おっけ?」
「はい、理解、した」
さて、一つ問題が生じた。風呂、ないんだよね、ここ。
皆、びしょ濡れの私を見て、苦笑いを浮かべていた。
替えの服も、ないんだよなぁ。あのエロい制服以外。
はぁ、と私は嘆息し、唯一濡れずに残っている、サーナの用意したエロ衣装に、下着なしで着替えるのだった。




