第六章 4 外堀を埋めないで!?
四
「うん、いいんじゃない」
私は、内覧してすぐに気に入った。
外観的には三階建てのシンプルな建物。
一階は元々飲食店の店舗だったらしく、居抜きですぐにでも使えそうだ。今の酒場より広いが、元より手狭になりつつあったところだ。都合が良い。
ステージもあり、ちょっとした劇なり、歌謡なんかも出来そうだ。
二階と三階は、三室ずつの居住スペースとなっている。
「だろう?」
ママはドヤ顔で笑った。他の皆も、文句はないらしい。
「文句を付けるなら、外からだけじゃ無く、内側からも、部屋へ出入りしたいわね」
本来は、店舗と住居は無関係だったのだろう。完全に切り離した造りになっている。しかし、我々は休憩室としても使う。ならば、店舗から向かえる方が都合が良い。
不動産屋に改装が可能かを確認する。
「勿論、可能でございます」
色よい返事が返ってきた。
「よし、じゃあ、買うわ」
「え?」
不動産屋は、ぽかん、と口を開いた。
「一括で払うわ。それから、改装の職人の手配も任せても良いかしら?」
「え、ええ。それは勿論で御座います」
「ちゃんとした職人を頼むわよ。そうしてくれれば、知り合いにも、貴方を紹介するし、私も贔屓にするわ。逆に、ひどい職人を紹介するようなら、うちの酒場で、きちんと宣伝させて貰うから」
私はにやりと笑いながら伝える。
そう伝えると、不動産屋は、ごくりと唾を飲み込んだ。
おっと、殺気が漏れたかな?
とりあえず、提示された金額分の証文を手渡す。組合に持っていけば、組合に預けてある金を引き出せるはずだ。
改装については、職人と会って直接話をすることになった。とりあえず、明後日に会うことになった。
私だけが会おうと思ったが、皆、要望があるらしく、全員で会うことになった。
「ねえねえ、今晩から酒場やっちゃわない?」
サーナが、勢いよく手を上げて提案する。
私は、苦笑いを浮かべながら、皆の顔を見回す。
すると、意外なことに、皆は乗り気の様子だ。
「確かに、いいんじゃないかね」
ママが、うんうん、と頷く。
「ほら、奢りなんだろ? なら、突発でやっちまうのは悪くない」
「けど、制服もなければ、テーブルもないのよ?」
あるのは、備え付けの調理場だけだ。
「制服は~、既に買ってあるんだな~、これが」
サーナが、じゃ~ん、寂しい胸を張った。因みに、物は持ってきていないようで、もしやるのならば、いきなり本番で、どんな制服か確認することになりそうだ。
「いいんじゃないかしらぁ。奢りなら、メニューだって、こっちの勝手でいいんでしょう? お酒も適当に、数だけ用意すれば良いだけだしぃ」
サルベナも同意している。
最後にマリナベルの様子を伺うと「なら、テーブルは、ボクとサーナでなんとかしよう。立食で構わないだろう? それなら、椅子はいらないし、なんとかなるだろう」とわくわくした調子で言った。
「さ、後はオーナーのゴーサイン待ちだよ」
ママが、挑発的にこちらを見つめた。
「わかったわよ。じゃ、やりましょっか。それで、私は何すれば良い?」
「ジーラは、あたしとデートだよ!」
カミュが、私の腕にしがみつく。
「そうはいかないでしょ。突貫で、店開くんだから」
「いんや、構わんよ」
他の三人も頷いている。
「カミュから話は聞いてるよ。すごく大変だったんだろう? 詳しくは教えてくれなかったけど、号泣しながら、語ってたよ」
マリナベルは、やれやれ、と肩を竦めて言った。
「言わないでよ、そんなこと!」
カミュが顔を真っ赤にしてマリナベルに怒鳴った。
「というわけだから、昼間くらいゆっくりデートしてきていいよん。というか、してきて。サーナも、カミュのこと治してくれて、感謝してるんだから」
こうも、外堀が埋まっているならば、行かないわけにはいかなそうだ。
「ところで、カミュ」
「なに?」
「服が全部、燃やされて、これしかないけど構わない?」
うっわ、と嫌そうな顔をされたが、仕方が無いじゃないか。借りていた宿の部屋は爆発した、酒場は燃やされたのだ。
「ちなみにだけどぉ、市場とか、出店通り行くなら気をつけてねぇ。ちょ~っと、ジーラには面白いことになってるからぁ」
サルベナの言葉に、他の皆は意地の悪い笑みを浮かべていた。内容は、教えてくれる気はなさそうだった。
街に出ると、確かに面白い、否、面白くないことになっていた。
行きつけの串焼き屋は、魔神様御用達とか銘打って、私の好物である肉串を売っている。やめろ、一番安い鳥の串焼きを、好物として売るんじゃない。嘘でも、一番高い奴にしてちょうだいな。
「魔神様って、誰のことかしら?」
私が、眉をつり上げながら問いかけると、店主は、一瞬ぎょっとする。しかし、すぐに笑みを作って「魔神様!」と声を掛けてきた。
「や~め~ろ!」
というか、なんだこの状況。助けを求めるように、カミュを見つめると「あたしも、よくわかんないよ。だって、ずっと一緒に居たじゃん」と困ったように答えた。
確かに、その通りだ。
「あんだけ悪魔だって言われてたのに、どうしてこうなってんの?」
私は、情報料代わりに、見栄張って一番高い牛の串焼きを二人分買う。
貧乏性の私は、味より値段なのだ。一応、月のお小遣いを決めて生活しているのだ。
「なんで本人が知らないんだよ。王宮が、ジーラの事、神様だって認めたんじゃねぇかよ。おっと、こんな言葉遣いじゃ、まずいか?」
「言葉遣いは良いんだけど、勝手に名前使って商売すんじゃ無いわよ。そっちの方が、罰当たりよ」
ばつが悪そうに、店主は頭を掻いている。
「名前使うと売れるの?」
「実は、結構売れてる。やっぱり、実在の神様ってのは、験担ぎに良いみたいでな」
「……神と言っても、権能は呪いよ、私」
店主は、し~、と指を口に当てる。呪いの神様御用達じゃ、誰も買わなくなるだろう。
「一日一本、奢り。名前の使用料よ。どう?」
「そんなんで良いのか?」
「牛串でね」
「普段買わねぇじゃねぇか!」
「奢りなら、高いのいくわよ」
にやりと笑いかけたが、店主は、やれやれと首を振り、それから了解、と頷いた。
皆の視線が痛い。興味津々とばかりに、こちらを見ている。理由がわかると、余計に視線が気になる。
カミュはと言えば、尻尾を私の腕に搦めて、手には
串を持っている。
「尻尾、触られるの嫌がってなかった?」
「ジーラなら平気。切られた尻尾治してくれたし、言ってみれば半分はジーラのものだしね」
満面の笑顔が返ってきた。
「痛みとか、大丈夫?」
「うん、全然平気。切り落とされてたなんて、信じられないくらい」
ならば良かった。私は、ほっと胸を撫で下ろした。
そのまま、組合に向かう。しばらく、金の動きがあるため、不審がられないように、話を通しておこうと思ってのことだ。
途端、カミュが私の身体にしがみついてきた。
なによ? と問いかけようとして、その理由に気付いた。視界内に、教会の人間を認めたのだ。
まだ、教会の人間が怖いのだろう。
私は、カミュの肩を抱いて、自分の方へと寄せた。
「何があっても守るから、安心しなさい」
反応がないので、カミュの顔を覗くと、うっとりとした顔でこちらを見つめていた。
「プロポーズ、頂きました」
「してない」
「勿論、オッケーです」
「自分だけで契約を先に進めるの止めてくれない⁉」
カミュは更にぎゅっとしがみついてきたが、それを受け入れ、その場を移動した。
組合施設の前に着くと、子供達が施設内に入っていく。それこそ、この施設には不釣り合いな、六歳ほどの子供だ。
入り際に、「魔神焼き買ってこうぜ」という、聞き捨てならない言葉を残していった。
施設に入ると、奥の売店でクリーム入りの焼き菓子を売っていた。のぼりには、魔神焼きと書かれている。
「うぉい!」
私は、罪のない子供達が購入し終わるのを待ってから、おっちゃんに声を掛ける。
「うぉう、ジーラ⁉」
「誰に断って、人の姿焼き売ってんのよ!」
「う、売れてるぞ?」
そんなことは聞いとらんわ。
魔神焼きを良く見ると、翼の生えた、デフォルトされたタヌキ顔の人の形をしたお菓子だ。
……魔神の時は、タヌキ顔じゃないもん。
「で、誰の許可を得てんのよ?」
同じ質問を繰り返す。
う、とおっちゃんは言葉に詰まる。
まあ、売れているのだろう。話をしている最中も、それなりに買いに来る客がいる。
不幸中の幸いは、私が魔神様だと買い物客が気付かないことだ。
「も、もう金型も作っちまったんだぞ。今更、やるなってのは、殺生な話だぜ」
まあ、確かにそうだ。
「なら、一つ提案があるわ」
「お、おう。あんまり無茶は言うなよ」
「孤児を雇って、施設の外でやらせてやりなさいよ。孤児なんて、今後、組合員になる子が多いんだし、出入り出来て、顔つなぎできれば、今後に役立つでしょ」
施設の外ならば、今よりも皆買いやすくなるだろうし、子供が商売をしていても、組合が近ければ、悪い大人に絡まれることも無いだろう。
「ふ~む、確かになぁ。ちょいと支部長に相談してみるわ。孤児の役に立つのは、おれとしても望むところだしな」
にはは、とおっちゃんは笑った。
そのまま組合長に会おうと、カウンターの受付嬢に話しかける。
残念ながら、今、受付にいるのはキシリーのみだった。
にべもない態度を取られるかと思ったのだが、魔神様効果は大したもので、ぺこぺこと、今までの事を謝罪され、奥へと通された。
「組合長、どうも」
「おお、神様!」
最早、苦笑いしか出てこない。他のリアクションはないものだろうか。
「別に、いらないわよ。バチなんか当てないし、逆に祈ったところで、ご利益も無いわよ」
「今まで通りに扱えば良いって事か?」
「そうよ。そもそも、何も変わってないんだし」
そう言いつつ、勝手にソファに座る。カミュは、おどおどとした様子で、私にならう。
「で、何か用か?」
「爆弾騒ぎ、どうなったの?」
「ああ、あれならちゃんと回収したぞ。特に、死傷者が出たって話も無い。みんな爆弾よりも、菓子の方が良かったって事だな」
私は、ほっと胸を撫で下ろした。
次いで、酒場の件でお金に動きがあること、更に酒場を今晩、臨時で開店することを伝えた。
「というわけで、適当に宣伝しておいて。組合長も、来たら奢るわよ」
「そりゃ、楽しみだ」
用件を伝え終えたので、施設の出口へと向かう。
その時、モッドを見かけた。
「あら、モッドじゃない」
「あ、ジーラさ、ま」
「様は要らねぇ」
そう言って睨みつけると「す、すみません」と謝罪が返ってきた。
「今日、新しい酒場で、奢りの飲み会やるから、来れたら来なさい」
「え、絶対行くっす!」
「あはは、じゃ、楽しみしてるわ。因みに、酒は安酒だけだから、良い物飲みたきゃ、自前で買ってきなさいよ」
そうやって盛り上がっていると、カミュの尻尾が、私の腕を引く。
顔を見れば、不機嫌そうに、頬を膨らませていた。
「悪い、連れが居てね」
そういうと、モッドが少々頬を赤らめていた。
「あの、こういうの、良くないと思うっす」
こういうのって、どういうのだ? 待たせていることだろうか?
まあ、確かに、連れを待たせるのは良くない。
私はモッドに別れを告げ、カミュと共に外へと出た。
そして、カミュの尻尾に引かれ、連れてこられたのは、大衆浴場だった。
「嘘よね?」
「え、デートと言ったら、ここでしょ?」
目を逸らしながら、カミュが言った。
なら、目を見て言え。
「今、私がドン引きしていることに気付いてるかしら?」
「うん、でも、それでも!」
すんごい気合い。
「え、なに、そんなに私の裸見たいの?」
「見たいけど~、それ以上に、半神の状態の裸に興味が」
「あ~、そりゃ興味あるわよね」
こくこく、と頷くカミュ。
最早、羽を隠す必要は無いので、人前で裸になっても問題は無いのだが。
「じゃ、頑張って口説きなさい。褥を共にすることがあれば、その時は見せてあげるわよ」
ぶ~、と口を尖らせているが、その額を人差し指でぴん、と弾く。
「痛った!」
「ほら、お茶でもいくわよ」
そう言って、茶屋へと向かう。甘い物は、私もカミュも好きだ。二人で行くなら、こう言う場所に限る。テスラを誘っても付き合ってくれるが、テスラは別に言うほど甘い物好きではない。やはり、多少は気兼ねしてしまうのだ。
それなりに人気の茶屋。店員が全員獣人という、多少人を選ぶお店だ。獣人がやる飲食店は苦手という人も居るので、美味い割には並んでいない。
どうにも、毛入るんじゃないかと疑う人が居るらしいのだ。多少、人族よりも体毛が多いので、そう思うのも仕方が無いのかも知れないが。
私たちは向かい合う形のボックス席に座ったのだが、何故か隣に座るカミュ。
「流石に、引っ付きすぎじゃないかしら?」
「口説けっていったのは、ジーラじゃない」
そうかもしれないけど!
尻尾を私の腰に巻き付けており、なんとも距離が近い。
「まあ、いいわ。とりあえず、決まった?」
「うん、オッケー」
私は店員を呼ぶ。女性の獣人さんだ。ウサギさんだろう、耳がわかりやすい。
席まで来た店員は、ぎょっとし、頬を赤らめていた。
私が首を傾げていると、店員は咳払いをしてから、「もうしわけありません、お客様」と注意するときの前置きを始めた。
え、なにかした?
「公の場で、そういうことは如何かと」
「そういう、こと?」
私が首を傾げていると、獣人の女性は「あ、人族ですものね」と合点がいったように頷いた。
「その、尻尾、何ですけど」
「尻尾?」
私は呟きながら、カミュの尻尾をつまみ上げる。
「それって、おしりの一部なんです」
「……おしり」
「つまりですね、お客さんは、飲食店でおしりをなで回している、痴女カップルみたいな感じでして」
私は、横目でカミュを睨みつける。
「知ってた?」
「知ってた」
モッドの様子がおかしかったのはそういうことか!
そりゃ、そうなるわ。知り合いが、目の前で友達なり、彼女なりの尻なで回してたら、あんな目で見るわ!
私はカミュの尻尾を払いのけ、向かい側の席に座り直す。
「噂になっちゃったかもよ?」
「そ~ね」
私は嘆息しながら頷いた。どうやら、カミュとしては本気で口説きにかかっているらしい。
ま、好かれる分には嫌ではない。ただ、もう少し公序良俗には気をつけてもらいたいものだ。
しばらくして、注文した料理が届いた。お茶に、ケーキ類。私が頼んだのは、チョコケーキ。対してカミュはフルーツタルトを頼んでいた。
折角なので半分ずつに分けて食べる。
うん、美味しい。甘味は良いなぁ。
チョコの甘みと、若干の苦みに私は、思わず笑みをこぼしてしまう。続いてフルーツタルト。こちらも、鮮度の高いフルーツの酸味と甘みが混ざり合い、なんとも言えない幸福感をもたらしてくれる。
「次はこれとこれ」
私は、追加注文をする。
カミュは、少し頬を引きつらせていた。
「太るよ? あたし、太ったジーラ見たくないんだけど」
「あら、大丈夫よ。私、太らないから」
「あら、凄い自信」
「いや、体質。余分に摂取したエネルギーは、肉じゃ無くて、魔力になるのよ。多分、神様って精神体だから、そういう風に出来てるんでしょうね」
この言葉に、カミュは信じられないと一瞬目を見開き、その後憎しみの籠もった目を向けてきた。
「それ、全世界の女子を敵に回す体質よ」
「知ってるわ。羨ましいでしょ」
私は、あえて挑発的に笑って見せた。マリナベルとも同じやりとりをした。この話題は、女性には覿面だなぁ、と思わずにはいられない。
「超羨ましい!」
カミュは、心底羨ましそうに声を漏らした。
私は、ぱくぱくとケーキを食べ続ける。
「無限に食べられるの?」
「あくまで、消化したエネルギーの余剰分。胃の大きさは、みんなと一緒よ」
暫く談笑し、そろそろ酒場に行こうかという話になり、二人で酒場へと向かった。




