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第二章 1 善行で他人を不幸にするほど楽しいことはない


  第二章


   一


 目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入った。

 ふむ。

 先ずは、服の乱れを確認。

 よし、乱れ無し!

 股にも痛み、違和感もない。

 とりあえず、貞操関係は大丈夫そうだ。

 冷静になって、なんとなく昨晩のことを思い出してきた。

 

 酔っ払って、宿へと戻ると、宿の前に男が立っていた。男は、私に気付くとゆっくりと歩み寄ってきた。

 よくよく見ると、結構いい男。種族は、人、じゃない。月明かりからでも、肌が青白いのがわかった。額にもこじんまりとした角が生えている。

 珍しい。

 この都市は、降臨都市・ホワイトフェザー。天使が降臨する都市であり、ホワイトフェザーも、天使の羽が由来だ。

 それゆえ、教会の勢力が強く、魔神を崇拝する魔族は、教会勢力に所属できず、さらに差別を受けることが多い。

 そのため、この街にはほぼ魔族は居ない。コミュニティーが貧困地区にあるのは知っているが、ならば、このような綺麗な身なりではないはずだ。

「助けて欲しい」

「え~、酔ってて無理~」

 私の答えに男は、一瞬、困ったように周囲を見回し、再び頭を下げた。

 どうやら、酔っ払いとの会話にあまり馴れていない様子だ。我ながら面倒くさいからみかたをしていることは自覚している。

「とりあえず、何をどう助けて欲しいのか言いなさいよ。じゃなきゃ、私が行くべきかわかんないわよ」

 料理手伝って欲しい、とかだったら、私が行くべきではない。

「そ、その、村の人たちが、呪われて」

 確かに、都市の周辺には、この都市に住むことをよしとしない魔族の村が集落が一つある。この都市に住むよりも、心地よく住めるのだろう。街に用があれば、普通に入ることも出来る。ただ、集落には城塞がないため、魔物関連の危険はあるのだろうが。

 しかし呪い関連、か。だが、私は……。

「呪えるけど、解呪出来ないよ、私」

「そ、それでも、貴女を連れてこいと、村長が」

 ん~、よくわかんないけど、頭働いてないなぁ。ちょっと飲み過ぎちゃったなぁ。

「じゃ、連れてって~」

「は、はぁ……」

 いざとなったら、暴れれば良いかと考え、お姫様抱っこを所望。

「貴方魔族でしょ。飛べるんじゃないの?」

 魔族は有翼人種だ。普通に飛ぶことが出来る。

「はい。飛べますが……」

「じゃ、よろ~。イヤラシいことしちゃ駄目よ~」

「し、しません!」


 で、飛行中に眠ってしまったわけだ。

 うん、実に危ない。テスラに話したら、お説教されるだろう。

 胃もたれはあるが、頭痛はない。

 なんか、酒がまだ残ってる感じがする。

 室内を見回す。木造の平屋の小屋といった様子。

 ちゃんと布団で眠らされていた。

 一応、しっかりと歓迎してくれているのだろう。

 小屋から出て周囲を見回すと、私に気付いた、昨夜の男が、こちらに近寄ってきた。

 昨晩は気にしていなかったが、思いのほか若い男だ。

 年齢は十七ほどだろうか。

 魔族特有の角が額に生えており、肌の色は青白い。

 周囲を見回すが、魔族しか見えない。ここは、魔族のみの村のようだ。

「お目覚めになられたのですね」

「あははは、昨日はみっともないとこ見せちゃったわね。それで、村長さんに会えば良いのかしら?」

「はい、ご案内致します」

 礼儀正しい。そういえば、名前も聞いていなかった。

「私はジーラ、貴方は?」

「ポルクです」

「モテそうな顔してるわね」

 ちょっとからかってみる。

「へ、ふへぇ⁉」

 おお、良いリアクションだ。まあ、テスラの顔には敵わないけどね!

 耳まで赤くしたまま、ポルクは村長の家まで案内してくれた。

 村長の家とは言われていたが、別に他の家より立派等と言うことはなかった。そもそも、村員自体、それほど多い村ではなさそうだ。

 家の数、広さからして四十人ほどの村落といったところか。

 一種族と考えれば、結構多い。

 農耕はそれなりに行われているようで、畑が多い。周辺は、森に囲まれているため、狩猟も行われているだろう。

 村の柵の外には、獣用と思われる罠が散見された。

「村長、お連れ致しました」

「おお、ご苦労じゃった」

 出てきたのは、四十代ほどの男だった。人族と比べると、魔族は成人後の老いが遅いため、見た目通りの年齢ではあるまい。

「貴女様が、あのジーラ様ですか?」

「カスと呼ばれているジーラなら、多分私だけど?」

 カスとの表現に、一瞬面食らっていたが、冗談と思ったのか、愛想笑いを浮かべてくれた。

「あのって、呪術師の、なら私よ」

「呪術師、闇術士、そして何より、呪眼のジーラ様ですか?」

「ん~、違うって言いたいくらいの、大盛りっぷりね。でも、ま、多分、私かな」

 おお、おお、と村長は両手を祈るような形に握り合わせ、こちらを見つめてくる。

 以前、この都市周辺の魔族のとりまとめ役とは顔を合わせたことがある。そこからの情報だろう。

「で、用件はなにかしら?」

「そ、その、この村では、今、呪いが蔓延していまして。それをなんとかして頂きたく」

「そっちの子には言ったけど、呪いを解くことは出来ないからね」

 村長の祈るような顔が、絶望的な表情へと変わる。青白い魔族の顔が、更に青く、土気色に。

「原因は?」

 私が問いかけると、村長が視線をある方向へ向けた。私も、視線の先を目で追った。

 破壊された小ぶりな建物が、そこにはあった。

「社です。破壊されてしまいましたが」

「壊して祟りでもあったの?」

「いえ、違います。壊したのは、呪喰い蜥蜴です」

「あ~、呪術師の天敵の?」

 こくり、と村長は頷いた。

「え、退治しろってわけじゃないわよね?」

「いえいえ。そではございません。事情を説明させて頂きます」

 そうして、村長は説明を始めた。

 この集落は、呪われたとある物質を崇めていたそうだ。

 呪怨龍という、呪いの龍の爪。

 因みに呪怨龍というのは、降臨都市の天使が倒したとも、封印したとも言われている龍である。

 呪怨龍が実在のものかは不明だが、天使が実在している以上、本当の可能性は十分にあり得た。

 それが、数日前から、悍ましい気配を放ちだしたらしい。その気に当てられて、村員の体調がおかしくなり始めたらしい。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 呪物を好んで食べる蜥蜴、呪喰い蜥蜴が、その爪の呪いに引き寄せられ、社を襲ったらしい。

 呪喰い蜥蜴を追い返そうとしたようだが、衰弱していた村員には、かなりの負担だったことだろう。それでも、追い返せたのはたいしたものだ。呪喰い蜥蜴は、結構危険な魔物のはずだ。

 呪喰い蜥蜴かぁ。あの蜥蜴は胃袋が高く売れるのだ。呪いを喰らうだけあり、胃袋は、呪いを外に出さないようにする効果があり、呪術師などには、かなり愛用されている革製品だったりする。

 しかし、呪い、ね。

 この前の四つ首獅子が思考に過る。

「この辺、四つ首獅子とか、いる?」

「いません。ここら辺は、それほど強い獣はおりませんので。居たら、都市を離れて、村なんか作りませんよ」

 ふむ、と私は頷いた。この前の四つ首獅子は、もしかして、呪怨龍の爪の気配から逃げてきたのかとも思ったのだが、周辺に居ないのならば、推測が外れたのだろう。

 でも、呪われてたんだよな、あの四つ首獅子。

「とりあえず、呪い、どうにかしましょっか」

「解呪は出来ないのでは?」

「解呪はね。対策くらいはできるわよ?」

 村長から呪いの説明を受けると、どうやら衰弱させる類の呪いをふりまいているらしい。おかげで、皆が寝込みはじめ、村の農作も狩猟作業も滞っているらしい。

 村長の顔色の悪さも、衰弱による部分もあるとのことだ。

 ポルコは、村から離れていたため、元気らしい。村に戻って、この状況だったため、私に話を持ってきたとのことだ。

「ふふん、じゃ、さっきの小屋に皆を集めなさい。順番にね」

 最初に現れたのは、若い夫婦だった。話によると、まだ結婚して一年経っていないらしい。

「呪いを解呪することは出来ないけど、強い呪いで上書きすることは出来るの」

「つ、強い呪い、ですか?」

「そそ。でも、条件付けて、発現しないようにすればいいわけ。例えば、浮気したら、股間が腐る、とか」

 夫婦が「お、おお……」と恐れおののいた。

「あら? 浮気するつもり、あったり?」

「「ないです!」」

 互いに言い訳するように反応した。まあ、実際にするつもりはないのだろう。新婚さんだし。

「じゃ、その呪いで上書きしても良い?」

「「大丈夫です!」」

 二人は力強く頷いた。

 二人の名前を確認し、さらに髪の毛をもらう。

 眼鏡を外し、髪の毛を持った手と、髪の持ち主を同じ視界に入れる。

 私が呪眼という、特殊な眼をもっていることが気付かれている。

 私の両眼から、涙が流れ出す。左目からは赤い血のような涙。右目からは闇よりも黒い涙。

 赤い涙は、狐に姿を変えた。

 黒い涙は、狸に姿を変えた。

 この二匹の名前は、狐がリンク、狸がレヒだ。

 私の瞳は、意思を持っており、その意思を代弁ために、このような形で姿を現すのだ。

 簡単な呪いだけなら、姿を現す必要は無いらしいが、まあ、さみしがり屋なのか、出られる場所では、結構姿を現すのだ。

 リンクが火を吐き、毛を燃やし、呪いが上書きされる。

 呪いは、身体の一部と名前を得ることが出来れば、呪詛返しの準備でもされていない限り、まず間違いなく、かけることができる。

「どう?」

 夫婦は、腕を回し、それから立ち上がり、その場で跳ねた。

「怠さが消えました!」

「はは、良かった。ただ、浮気しちゃ駄目だからね。二人とも、マジで股間が腐るよ?」

「はは、大丈夫です! ラブラブですから!」

 そう言って、二人は小屋を出て行った。

 三組目の夫婦で、楽しみにしていたことが起きた。

 呪いの内容は、その前の二組と同じ。

 だが、夫が顔を青くして、他の呪いは無理ですか、と言い始めた。

 奥さんの顔が目を剥いて、夫の方へと向いた。

「あら、浮気されてます?」

「え、いや、し、してません」

「じゃあ、構いませんね。奥さんも、良いで」

「はい!」

 こちらの言葉の途中で返事がきた。

「いや、待って下さい!」

 夫の慌てよう。最早、隠す気ないでしょ。

 いやぁ、呪いの内容をこうしたのは、こういった修羅場を見たくてだ。浮気する奴らが悪いし、ただ人助けするんじゃ、つまんないしね~。

 うん、だって私、カスだもん。

 そんなこんなで、三組ほどの浮気夫婦をみつけた。独身女と既婚男の組み合わせが一番笑えた。なんせ、一方は浮気ではないのだ。別れれば良いだの、荒れた荒れた。

 それを生暖かい目で見ている私。

 そんなこんなで、村の人間全ての呪いは上書きできた。 因みに、浮気していた者に対しては、今後浮気をしたら、という呪いにした。


 ポルコと村長が小屋に入ってきた。

「上書きする呪いって、浮気関係じゃなきゃ、駄目だったんですか?」

「うんうん、全然。でも、この方が私的に楽しいし。こんな娯楽がない村じゃ、楽しみなんて、抱いて抱かれてだけでしょ。絶対、やってる奴ら居ると思ったのよね」

 私の言葉に、ポルコがドン引きしている。

 こっちだって、何かしらの楽しみがなきゃ、こんなことしないよ。別に、聖人君子じゃないんだから。

「とりあえず、用件は終わりかしら?」

「え、ええ。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる村長。

「これは報酬でございます」

 村長が差し出してきたのは、魔族に伝わる秘蔵の酒だった。

「え、いいの?」

「はい。もし、また何かあった場合、お願い致します」

「そんなに畏まらないで良いってば。私のこと、どう聞いているのか知らないけど、正直、ただの人と大して変わらないんだから」

 私が苦笑してみせると、村長も少し困ったように苦笑を返してきた。

「で、どう帰れば良いの?」

 寝てたので、イマイチ帰り道がわからない。

「あ、送っていきます」

「そ、じゃあ、よろしくね」

 ポルコに再びお姫様抱っこされ、降臨都市・ホワイトフェザーに戻ることになった。

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