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第五章 やってくれたぜ、ちゃぶ台返し


   第五章


  一


 時刻は明け方。

 私はテーブルで寝こける皆を尻目に、会談の準備をする。組合長に、無理矢理飯を作らせ、その間に職員用の風呂場を借りる。

 安全を考え、組合施設でそのまま眠ったのだ。

 下着等は替えが無いが、それについては我慢だ。

 風呂から上がると、用意された食事に手を付ける。

「意外とちゃんとした物作れるのね?」

「おれに作らせるのなんて、お前ぐらいだけどな。つか、これぐらい誰でも出来るだろ」

 卵とソーセージ、更にトースト。

「私、料理は本当に駄目なのよね」

 直火で焼く。味付け無しの幼少期の生活が足を引っ張っている。これで我慢できてしまう舌がいけないのだ。ある意味、躾が行き届いたと言えなくもない。

「で、大丈夫なのか?」

 人気の無いフロアで、真剣な表情の組合長。

 教会と話し合うことになったと、昨日のうちに伝えてあった。

「さぁ。今日、結果が出るわ」

「そうか」

「組合長、いつもここに泊まってんの?」

「お前らが帰らなかったからだろ。これでも、心配してんだよ」

「そうなの? 気付かなかったわ」

 組合長は悲しそうに嘆息する。

「なんで酒場のウェイトレス達が、この都市有数の組合員で構成されてんだよって感じだ。お前らになんかあったら、組合的に損失なんだよ」

「多分、大丈夫でしょ。死ぬにしても、私一人よ」

「縁起でもねぇな」

「ご馳走様」

「珈琲は?」

「頂くわ」

 朝食を終えると、ママが目を覚まして、私の隣に座った。

「行くのかい?」

「まだ早いわよ。一回、カミュの寝顔でも覗いてくるわ。テスラにも挨拶していかなきゃだし」

「気負うんじゃないよ? 少なくとも、アタイらは恨んじゃいねぇんだからさ」

「はは、ありがと。じゃ、ちょっとお見舞い行ってくるわ」

 そういうと、ママは背中をばん、と叩いてくれた。

「いった~い」

「そんなに強くやってないだろ」

 けははは、と二人で笑った。

 病院に行くと、当然まだ閉まっていた。そりゃそうだ。早朝が過ぎる。

 病室は二回だったはずなので、空を飛んで中を覗く。

 テスラがこちらに気付き、びくり、と肩を振るわせていた。二階の窓から覗かれたら、そりゃ驚くか。しかも、でかい羽が生えた人だもん。

 窓が開いて、中に入る。

「おはよ」

「ああ、おはよう。早いね」

「テーブルで寝たから。みんなでやけ酒してたのよ」

「そうかい。友達が出来たんだね」

「親目線か!」

 そういうと、二人で笑う。落ち着いている、私は、落ち着いている。

「カミュは?」

「寝ているよ。寝かせておいてあげてくれ。君が来たことは伝えておくよ」

「必要ないわ。また来るし」

「わかった」

 私はテスラの腕に視線を移す。

「腕、大丈夫?」

「不便だけど、慣れていくしかないね。日常生活は、その内問題なくなるって、この病院の先生が言っていたよ」

 左手で、自身の右肩を叩いた。痛みの所為か、一瞬顔を歪めている。

「教会の神秘術じゃ、駄目なの?」

「神秘術は、結局、肉体の治癒力の活性化だからね。後遺症までは治らないんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 あまり術については詳しくないのだ。

「腕、このままでもまだ相棒で居てくれるかい?」

「ば~か。片腕でも、テスラより強い奴、この都市に居るっての?」

「はは、どうだろうね。あまり、誰かと争うと言うことがないからね」

 しばらく病室でとりとめのない話を続けた。

 カミュは怪我の治療で負担が掛かったのだろう。一切目を覚ますことは無かった。

「時間だね」

「ええ。行ってくるわ」

 二階から飛び出した。

 あちらさんも、人に来て貰おうと思ってなんか居ないだろう。

 招集場所は、かの天使を呼び出したステージだった。

 ステージには、既に多くの高位の神官と思われる者達が集合していた。まるで裁判のようだ。

 私は、その場の中心に着陸した。そして、鎚を肩に担いだ。

「ど~も」

 私が不遜に言い放つと、その場のほとんどの者が眉をひそめた。

「話し合いって聞いたんだけど、それにしちゃ、殺気が満ちてないかしら?」

「はは、すまないね。皆、悪魔を恐れているのだよ」

 前に出て話し出した男に、私は視線を向けた。

 服装からして、この中では一番上の立場だろうか?

 ほんと、偉い人って看板持っててくれないかな。わかんないんだよ、ほんと。

「我々は悪魔と交渉はしない」

 やっぱりだ。罠だなんてわかってた。

 でも、テスラが腕を捨ててまでとってきた話だ。

 だから、この場に来た。

 周囲にいる神官達が、言葉を紡ぎ出した。きっと詠唱だ。

 地面が輝き出す。

 その光が私を飲み込んだ。

 嫌な予感は当たる?

 やっぱり当たらなかったじゃないか。

 話し合いなんかされたら、この憤りをどこにぶつければ良い?

 私は信じていたよ。罠だってさ。

 光が収まるが、私の身体にはなんの変哲もなかった。

 神官達が驚きの表情でこちらを見つめていた。

「な、何故だ⁉ かの悪魔祓いの秘術が……」

「だからさ、言ってんじゃん。私、悪魔じゃないし」

「な、ならばなんだと言うんだ!」

「父親が、神様なんだよ」

 私は鎚を、一番偉そうな男に向けた。

 こっちが我慢した。とことん我慢した。

 だが、これは仕方が無い。私の所為ではない。

 心の中で、薄ら笑いが泊まらない。

「喧嘩を売ったのは、そっちが先だから。覚悟しろ」

 待ちに待った瞬間だ。これならば、テスラにもカミュにも言い訳が立つ。

 私は遙か上空へと飛び上がった。

 人が米粒より小さくなる距離へ。

 相手の攻撃は届かない。

 両の目から、涙が溢れ出す。

 両頬に赤と黒の涙の後がへばりつく。

「レヒ、リンク、私、超怒ってるの。だから、とことん暴れるわよ。手伝って」

 二匹は、私にだけわかる、悪い顔で頷いた。

 目の前に銀の球体が生まれる。

 力を込めて鎚を振りかぶり、渾身の力で銀球を殴りつけた。

「どっせーい!」

 弾けた球体が、教会へ向かって降り注ぐ。

 が、見えない壁が、その攻撃を防いだ。

 ヒビが生じるが、即座に修復される。

「へえ、頑張るじゃない」

 だが、一方的な攻撃を許した時点で、攻略は余裕だ。なんせ、ゆっくり考えて、色々試していけば良いのだ。

 四つ程、銀球を生み出す。それを連続で叩き飛ばす。

 連続で着弾。ヒビが生じ、連続で放った銀球がヒビに襲いかかる。ヒビ割れがひどくなり、そのまま三発目が着弾。壁が壊れる。

 四発目は、守る物の無くなった教会へと降り注いだ。

「おお~、ちょいとやりすぎたかな?」

 住宅街は避けている。多分、死人は出ていないだろう。多分だけど。

 私は地面に向かって高度を下げる。

 レイピアが、こちらに向かって伸びた。

 顔を逸らして、その一撃を避ける。

 おもわず、ひゅぅ、と口笛を吹いた。

 速度を上げて、地面に向かう。レイピアの刃が、元に戻る前に。

 こちらの意図に気付いたのか、メアリはにやり、と笑い、取り巻きのフェルミとカミアが前に出た。

 私は鎚を投げつける。

 慌てて二人が鎚を避け、メアリにその鎚が襲いかかる。

 上空、ぶん投げ、重さは戻していないので軽いが、威圧感は半端ないはずだ。

「いったいよ~?」

 メアリがそれを避けるが、その場から離れるためか、レイピアが手から離れる。

 どうも、伸ばした状態では動くことが出来ないようだ。 そりゃそうか。あんな長い状態、重くないわけがない。もし、重さを軽減できるなんらかの仕掛けがあるのならば、それが動かない事と関連させてあるのだろう。

 そのまま鎚が切り開いた道を突っ切り、メアリの顔面を蹴りつける。

 そして空中で錐揉み回転。

 う~ん、気分が良い。

 そこからゆったりと着地。

 私を鎚から遠ざけるためか、フェルミとカミアが鎚と私の間に立ち塞がる。

 メアリが、私の鎚に触れた。

「きゃっ」

 悲鳴を上げて、手を離す。

「なんて物を使っているの⁉」

「失敬ね。私の愛鎚よ?」

 鎚をこちらに渡さないとばかりに、二人がじりじりと前に出る。

 これ見よがしに詠唱を行う。

 正直、必要もないのだが、焦りを誘う。

 予定通りに、二人が襲いかかってきた。

 が、私の元に辿り着く前に、二人はつんのめるように倒れ込んだ。

「え?」

 二人は驚きの声をあげていた。

「あんたらさぁ、人を相手にでもしてるつもりだったの?」

 羽からぽたりぽたりと垂れる血を、二人の顔面に掛かるように、血払いした。

 二人の太ももからは、血が流れ出している。

 思い込み、特に前回一度手を合わせているため、このような手段は考慮していなかったのだろう。前回は大丈夫だった、と。

「あと一人、ね」

 私は、メアリを睨みつける。

 羽を大きく広げる。この時点で、メアリにとれる手段は一つ。接近して攻める、だ。

 羽の方が圧倒的にリーチが長い。そして、素手では、斬撃のような羽は防ぐことが出来ない。

 メアリは、吶喊しながら、フェルミに声を掛け、ショートソードを投げさせた。

 ショートソードを受け取り、こちらに走り寄る。

 へえ、早い。

 レイピアで一点狙いするだけじゃ無かったのね。

 だけどね、まともに戦う気なんて、ないのよね。

 私は空を舞う。

 結局、飛べるって言うのは強い。なんせ、一方的に攻撃が出来る。

 私は、空中で姿を半神のものへと変える。

 この姿が望みなんでしょ?

 私が何するまでも無く、呪眼の二人が、銀球を用意していた。

 生み出された銀球を、拳で殴り飛ばす。

 人の姿じゃなければ、このような芸当が出来る。

 一方的な攻撃。

 メアリが、フェルミが、カミアが悲鳴を上げている。

 直撃せずとも、地面に着弾した際の爆発が、飛び散った石や破片が彼女らを襲い続ける。

 倒れた三人を横目に、私は鎚を拾い上げた。

 メアリへと近寄っていく。

「くぅ」

 メアリがこちらを見た。

 そして、恐怖に目を見開いた。

「えい♡」

 私は、メアリの脚に鎚を振り下ろした。

「ぎゃああああああ」

 悲鳴が響く。その声に、他の二人は自身の身体を抱いていた。

 これで終わりじゃないんだよねぇ。

 私は、二人の髪の毛を掴み、メアリの前に転がした。

「さて、あんたらは私の友達を傷つけた。ねえ、覚えているかしら? 猫ちゃん、なんだけどさ?」

 返事はない。だが、忘れたわけはないだろう。もし、忘れたなどと言ったら、思い出させてあげなければならない。

「な、なんのことかしら?」

 メアリが震える声で言った。

「そう、忘れちゃったのね。なら、丁度良いわ。思い出させてあげる」

 私はフェルミを見た。

「罪に対する罰は、罰が越えるべきではない。ま、それが貴方たち教会の基本方針よね? 私も、そりゃそうねって、思うわ」

 言いながら、レイピアを拾い上げた。そして、そのレイピアをフェルミの前に突き立てた。

「確か、最初は太ももを刺したのよね。三人で分割して良いわ。だから、昨日したことを、全部再現させて貰うからね」

 フェルミは、理解できないとでも言うような、怯えつつも、間の抜けた表情でこちらを見上げている。

 さぁて、始めよう。

「自分自身か、ボスであるメアリ、どっちらかの太ももをレイピアで刺しなさい」

 私はそう命じる。

「もし、十秒以内にしないのなら、連帯責任で、私が三人全員の太ももを刺すわ」

 そうして、私は数を数え始めた。

 フェルミは、他の二人に助けを求めるように、視線を彷徨わせている。

「ゼロ。残念」

 私はレイピアを抜き、フェルミの太ももに突き刺した。

 悲鳴が響く。そして、メアリを見つめると、彼女は「やめて、やめてください」と懇願するように、瞳には涙を浮かべていた。

「あら、私の友達には、そうしてくれたの?」

 私はメアリの太ももを突き刺した。

 カミアは四つん這いで逃げだそうとしていた。太ももを背後から突き刺す。

 皆の悲鳴が、周囲に響く。うるさい。こんなの、何が楽しいんだ。

 私には理解できなかった。

「じゃ、次ね」

 私はカミアが背負っていた焼き印を奪い取る。

 それの焼き印部分を熱する。

「さ、自分かメアリか、選んで焼き付けしなさい。時間切れなら、三人よ」

 言葉が終わると同時、足を引きずりながら、メアリへと必死に向かい始めた。

 あらら、この娘は優秀ね。自分のためなら、他人はどうでも良いって即座に切り替えたわ。

 そして、止めてと叫ぶメアリの頬に、焼き印を押し当てた。

 絶叫が響く。いつもつるんでいると聞く三人だが、その関係は所詮友情などではなかったのだろう。

「次は、貴女の番ね。肩と耳、二人で一カ所ずつでも良いし、一人に二カ所でもいいわ」

 私はレイピアを渡す。

 メアリは、私ではなく、カミアを睨みつけた。

 太ももを引きずりながら、カミアに近づいていく。

 カミアが「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙ながらに叫んでいるが、憎しみに瞳を焦がしたメアリは止まらない。

 そして、カミアの肩を、耳を、レイピアで突き刺した。人の耳に刺したものだから、耳は半分だけがくっついている状態だ。

 あ~、痛そう。動くだけで、半分千切れた耳が揺れて痛いんじゃないだろうか。

「じゃ、最後ね。尻尾、切り落としたんでしょう?」

 三人がびくりと肩を震わせた。

「でも、貴女たち尻尾無いじゃない? だから、仲良く三人の手首とかでもいいかも。どうかしら?」

 良い提案とばかりに、笑顔で彼女らに問いかける。

 絶望的な顔が、私を見つめている。カミュも、こんな顔をしていたのだろうか。

 私は必死に奥歯をかんで、感情を隠す。

「あら、イヤなの?」

 私の言葉に、彼女らの顔に、淡い期待の色が灯った。

「なら、私の出す課題を成し遂げたのなら、見逃してあげても良いわよ」

「な、なにをすれば……?」

「貴女たちが傷つけた、獣人の娘から許しを得なさい。もし、あの娘が許さないと言ったなら、私は貴女たちの腕を頂くわ。三人共ね。もしくは、今、三人分の手首を差し出しなさい。それなら、それで見逃してあげるわ」

 絶望的な表情で、彼女らは私を見つめていた。

「許して、下さい」

「私に許す権利は無いわよ。わかっているでしょう?」

 そう残し、私は三人の横を歩いてすり抜けていく。そして、すれ違いざまに伝える。

「もし、逃げたら、全員の四肢を切り落とすから」

 ま、流石に冗談だけど。

「じゃ、仲良くね」

 私の背中では、三人がどうするかを怒鳴りながら話し合っている。

 正直、気分は晴れない。言ってみれば、カミュへの義理のようなものだ。そして、カミュが別に喜ばないことも、確信している。

 そうなってくると、一体何のためにやっているのか。それはきっと、私たちに敵対した者がどうなるかを教えるため。

 だから、この教会を徹底的に潰す。その後、この都市以外の教会と戦うことになっても。

 教会の本堂が見えてきた。

 とりあえず、先制攻撃。

 私、というか、正確には呪眼の二人が銀球を用意。闇術師には精霊術は使えない。故に、私には精霊術は使えないのだ。だが、私の便利なお目々は、精霊術が使えるのだからたいしたものである。

 私は鎚で弾き飛ばす。

 本堂にぶつかる前に霧散する。

 どうやら、本堂の上部に設置された、天使を呼ぶ鐘が、この建物を守護しているらしい。

 外からズルして勝つのは無理そうだ。

 当然、待ち構えられていることだろう。

 私は鎚を地面に水平に、両肩に背負いながら向かっていく。

 私は目薬を両目にさす。両肩に、左目の赤い涙で出来た狐のリンクと右目の黒い涙で出来た狸のレヒが乗った。 あえて、一度姿を人間のものへと戻した。

 これで準備は良し。肩の二匹は、言葉を喋る代わりに、早く行けと、楽しそうに煽ってくる。

「へいへい」

 私は、おざなりに返事をした。

 でかい年季の入った木製の両開きドア。私は、そのドアを蹴り開ける。

「ちわー、神様の復讐デリバリーで~す」

 鎧姿の騎士達が、こちらに向かって構えをとっていた。人数は十人ほど。多分、階級はこの都市におけるトップ層だろう。

 その最奥には、この都市の教会における司祭長。つまり黒幕が居た。

 私は威嚇するかのように漆黒の羽を広げた。こういうとき、黒くて良かったと思う。これが白いと、美しさが際立つばかりで、恐怖には至らないだろう。

 ばさり、ばさりと音を立てる。

 騎士達は、一瞬、身じろぎした。

 野生動物のやる行為って、やっぱり意味があるんだ。

 私は、姿を半神へと変化させる。

 この姿に、常に頬を伝う赤と黒の涙。我ながら上等なまでに化け物だ。

 変身というのは、やはり威圧感がある。特に私の姿は、恐怖を煽ることが出来る。

 皆が一歩後ずさった。

 わかるよ、不気味だよね。怖いわよね。でもね、そんな相手に喧嘩を売ったのは、お前らだからな!

「アンタ達が剣を向けているのは、半分だけど神様だからね。覚悟、出来てるんでしょうね?」

「あ、悪魔が戯れ言を!」

「だから、悪魔じゃないって言ってるでしょうに。知らないかしら? 魔神による誘拐妊娠事件。私は、その唯一、生存したガキンチョよ」

 相手側の何人かに、動揺が走ったのを見逃さなかった。

 仮にも神様を相手するのは、畏れ多いということか。 私自身は、人間として生きているつもりなんだけどね。

 けど、使える物は使う。出し惜しみなんて粋じゃないって話だ。

「あんたらの会ったことない神様が何してくれたのかは知らないわ。縋ったところで、何かをして貰ったこと、あるのかしら?」

「み、皆、耳を貸すな。悪魔の甘言だ!」

「あら、私これでも、狩った魔物の報酬を、教会にそのまま譲ってるのよ。孤児院への寄付のために。この中に、孤児の為に、私以上に慈愛を向けている人が居て?」

 私の問いかけに、動揺を示す者も居る。

 うん、良い感じ。嘘なんて吐いてないし。

「う、嘘だ!」

「そう? なら、貴方の信じる神の名の下に、再び嘘だと言ってみなさい」

 そういうと、司祭長は口籠もってしまう。

 完全に、騎士達は動揺を露わにした。

「ま、いいわ。でね、言っておきたいことがあるの。私は実際にここに居るし、呪いが得意なのは知っているでしょう?」

 私は、にやりと口角を上げる。

「つまりね、邪魔するなら、末代まで祟るぞって話!」

 そういうと、私は飛んだ。

 皆の視線を引き付けるために。

「ぐぁっ」

「な、なぜ」

 二人分の悲鳴が聞こえた。

 騎士の内三人が、隣に居た騎士を斬りつけたのだ。

 魅了の呪い。女としては、皆を魅了するのは難しいと思った。だが、神を崇拝する者ならば、目の前に存在する実在の神としてならば、心の隙をつけるのではないかと思ったのだ。

 あえて、変身したのは、そういった意味もあった。どう見ても、私の姿は人間ではない。神を信じる者を、魅了するには十分な意味のある容姿だったわけだ。

  嘘を吐いた司祭長と、孤児や浮浪者達に慈悲を見せた私。この事実が、教会という本来的には優しく、慈愛に満ちた者の心を魅了するに至ったのだろう。

 左右を見回す騎士の一人に、私は急降下し、鎚を振り降ろす。

 防御を打ち破り、肩を破壊した手応えがあった。

「さて、四対四ね」

 司祭長を含めて、こちらも相手も四人。

 真っ先に私が動く。目の前の騎士と鍔迫り合いのように打ち合う。

 が、その騎士は、「え?」と間抜けな声を出しながら、膝を着いた。

 接近し、死角から翼で太ももを切り裂いたのだ。

 そして、私は膝を突こうとする騎士の顎を蹴り上げた。

「あと、三人」

 そこからは簡単だった。

 司祭がすぐには動かなかったため、二体一の状況が二カ所だ。すぐに、無力化することになった。

 騎士達は、私の下に駆け寄り、頭を下げた。

 何か出来ることがあるかと訊ねてくる。

 自分で魅了しておいてなんだが、今後も付きまとわれたら面倒だな。どうしよう?

「あ、お願いがあるんだけど」

 私の言葉に、二人の騎士は頷いた。

「さて、司祭長様、ご機嫌いかが?」

「く……。わたしを、殺すのか?」

「え、なんで? この都市で暮らせるように、悪魔宣言を撤回してくれればいいんだけど」

 だが、司祭は、こちらを睨み続けるのみだ。

「なに、まだ悪魔だって疑ってるの?」

「神を悪魔だと見間違えたなど、教会の名誉に関わる。一度、悪魔と認定した以上、貴様は悪魔なのだ!」

 私は、呆れと共に頭をかきつつ嘆息した。

 本当は、自分の進退のためのくせに。

「ま、いいわ。なら悪魔らしく、じゃないわね。もっと原始的で、くそったれなやり方でやり返してやるわ。なんせ、学がないもんでね」

 私は、司祭長の眼前に立つ。

 リンクがジェスチャーでやってやれ! と煽ってきて、レヒがあんまりやり過ぎないように、とジェスチャーで自制を促してきた。

「な、なんだ、こいつらは⁉」

「生まれながらに一緒の家族だけど?」

 言いながら、私は司祭長の胸ぐらを掴んだ。

「な、なにを!」

 私は思いっきり顔面を殴りつけた。

「がああああ」

 男の情けない悲鳴が響き渡る。

 肩の狐と狸が、うるさいとばかりに首を横に振っている。私の想いを代弁しないで良いっての。

「か、神の罰が当たるぞ!」

「そう、楽しみだわ」

 私は司祭長を無理矢理立たせる。そして、顔面を平手打ちした。

 司祭長が再び倒れ込む。

「ひ、ひぃ」

 情けなく、四つん這いでこちらから逃げようとする司祭長。

 私は、あえて鎚を引きずり、大理石の床のかりかりかり、という音を立てて追った。

 私は、司祭長の右足に鎚を振り下ろした。

「うぎゃああああああ」

「うるさいわね。カミュに比べて、全然傷付いてないでしょ」

 そう言って、叩き潰した足を蹴り飛ばした。

「た、助けて……」

「ああん? わたしゃ、あんたの神様なの? 違うでしょ。自分の信仰する神様に頼みなさいよ」

「ミズルファ様、お助けを!」

 司祭長は両手を組み、必死に空に祈りを向けた。

 だが、何も起こらない。

「どこまで痛めつければ、あなたの神様は敬虔な信者を助けに来てくれるのかしらね?」

 私はあえて、司祭長の目の前で拳を握りしめた。

 司祭長の顔が、恐怖に歪む。

「や、やめ  」

 残りの言葉を言う前に、顔面に拳を叩き込む。

 司祭長が床に転がる。

「こ、このような蛮行、ミズルファ様が許しはしないぞ!」

「そうそう、前から思ってたのよね。これ、あんたが売った喧嘩じゃ無くて、ミズルファ様が売った喧嘩ってことでいいのよね?」

「な、なに?」

「親分の名前を語ったのよ? じゃあ、ミズルファ様が謝りに来ない限り、この喧嘩は終わらねぇって、言ってんでしょうが!」

 無事な側の足を、私は踏みつけた。

 悲鳴を上げようとする顔面を、平手打ちする。

 既に鼻から惨めに血を垂れ流し、四つん這いでこちらから逃げだそうとしている。

 だが、両足が損傷しているため、全然距離が取れないでいる。

「ほ~ら、さっさと呼び出してもらえるかしら? あんたんとこの神様に話があんのよ」

 髪の毛を掴み、司祭長の耳元で言うと、言葉になら無い悲鳴をあげるのみだ。

「だか~ら~、神様を呼び出してみろって言ってんでしょ」

 神は居る。私が生きた証明で、私の父も証明だ。

 落とし前、つけさせてやる。

「ミズルファ様、助けてください!」

 だが、なんの反応も無い。

「あんた、信仰が足りないんじゃないの?」

 髪を離すと、床に顔面がぶつかった。

「ま、出てくるまで殴るから。死んだら、殉教だって誇りなさいな」

 私は、そのまま殴り、祈らせ、殴るを繰り返した。

「ねえ、まだ?」

 流石に飽きてきた。人を殴った感触が気持ちが悪い。

 だが、私は再び手を振り上げた。

「神など居るわけないだろう!」

 司祭長が悲鳴にも似た絶叫を上げた。頭を抱えながら、こちらに対して身を震わせつつ。

「居るでしょ、神様は。私の父親が、そうだし」

「例え居たとしても、神は人など助けない! そして、人を罰しない! だから、人は欲を満たすために行動をするのだ!」

 限界が来た心の叫び。私は、哀れな物を見るように嘆息した。

「だ、そうよ?」

 私は入口に視線を移した。

 先ほど魅了した騎士二人と共に、教会のお偉いさんであろう者が一人、拘束されるかのような状態で立っていた。

「ねえ、神様を否定したけど、良いのかしら?」

 首を傾げて、口元に人差し指を当てて、おどけた様子で問いかける。

 私も教会の教義には詳しくはないのだが、それでも自身の神を否定することは許されないはずだ。

 お偉いさんは、呆然とした様子で、こちらの様子を見つめていたが、魅了された騎士二人が、私の言葉に反応し、司祭長を拘束すべく、近づいてきた。

「神を否定するのは、教義に反する。貴様を拘束する」

 その言葉に、司祭長が怯えた表情で、騎士達を見つめた。

 魅了された騎士二人の言葉だけでは信用されないかもしれないが、このお偉いさんも聞いていれば話は違うだろう。なんせ、目の上のたんこぶであろう上司が消えるのだ。多分、よろこんで証言してくれるはずだ。

 ただ、私は既に興味を失っていた。

「で、喧嘩は続けるの?」

 入口に居るお偉様に問いかけた。

 お偉様は、首を激しく横に振った。

「じゃ、手打ちの話をしましょうか」

 背後で、「抵抗するな」と魅了された騎士達の言葉が響き、私は肩をすくめながら振り返った。

 すると司祭長は、懐から黄金のハンドベルを取り出した。

「破滅するのならば、一か八かに賭けさせて貰う」

 そう言って、ハンドベルを鳴らした。

 同時、この建物の上部より、大きな鐘の音が響いた。

 神器が鳴らされたのか?

「ねえ、これって、どうなの?」

 私は、魅了された騎士達に質問する。

「あの鐘は、年に一度、降臨祭以外に鳴らすことは禁忌とされております。詳細な理由は語られておりませんが、とても危険な事、だと」

 途端、床が輝き、その光が屋根を越えて、空へと向かっていく。窓から見る空には、降臨祭の日のように、光の輪が生じている。

 同時、お偉方や周辺で転がっている騎士達が目に見えて衰弱していった。

 だが、私に魅了された二人は無事だ。

 司祭長を睨みつけると、本人も苦しそうに呻いている。

「どういうこと⁉」

「わ、わから、ぬ」

 司祭長は、それだけ呟くと、ぐったりと倒れ込む。

 今、ここで何が起こっているかはわからないが、私は外へと向かって駆け出す。

 空を見上げると、そこには天使が現れていた。

 天使の様子を観察するも、降臨祭の日のような威圧感はなく、全身に襲いかかるような圧力もない。

 が、異変は逆に地上で起きていた。

 地上に居る人々が、苦しむように、倒れ込んでいた。

 何故?

 ともかく原因は、あの天使のはずだ。

 そして、上空に身構えるアレをなんとか出来るとしたら、飛ぶことが出来る私しか居ない。

 私は空を駆け、天使に相対する。

「こんにちは、天使様」

 天使は、半分だけ残った人のような瞳で、こちらを見つめた。

 その姿はボロボロで、人の形こそ未だ保っているが、皮が剥がれて、内部が露出している。

 その内部は、大量の文字が人の形を形成しているとしか表現のしようが無いものだった。

 天使などと呼んでいたが、あれは多分、生物ではない。人の形をした、術か何かに、人のような皮を被せていただけだ。

 それが、降臨祭での、私とミミルの攻撃で損傷し、露わになっているのだ。

「異常、あり。平定の必要あり」

 再び天使は地上を見つめた。

 鐘が鳴る。

 すると、天使の身体が徐々に修復されていく。

 こいつが、人の生命を吸っている?

「ねえ、やめてくれない? みんな死んじゃうかも知れないんだけど」

 交渉を試みると、再び、こちらを見つめてくる天使。その瞳からは、感情が読み取れない。

「否。呪怨龍の復活を確認。平定の必要あり」

「でも、それってここの人たちも、一緒に、ってことでしょ?」

 降臨祭の日の行動は、明らかにそうであった。

「結果は同様。平定の為の力を、この都市の人より吸い上げるため、どちらにしろ、都市の人間が死ぬのは必定」

 鐘が再び鳴る。地上の様子は、遠目なれど、半神の姿ならば確認できた。

 人が、更に苦しそうに倒れていく。

 時間がない。そして、この天使をどうにかする必要がある。

 ミミルは居ない。私一人で、なんとかしなければならない。

 私は鎚を構えた。

「こちらに、貴女と敵対する理由はない。貴女は神様。天使である拙の上位存在」

「なら、お願い聞いてくれるかしら?」

「不可能。拙に下された命令はただ一つ。呪怨龍復活時の排除」

「じゃ、悪いんだけど、力尽くで止めるから」

 特に反応は無く、天使はこちらに向けて右手の掌を向けた。

 瞬間、光が放たれた。

 放たれた光は鋭いが、細い。かなり弱っているようだ。それでも、人一人殺すには十分すぎる威力だ。

 早いし、当たれば致命傷。

 え、なに、私って、こんな化け物よりも上位存在なの?

 その割には大したことが出来ないで居るんだけど。

 両肩のレヒとリンクが、毛を逆立てて威嚇している。滅多に無いことだ。それだけの相手と言うことだろう。

 呪眼達に銀球を創らせ、即座に殴りつける。この姿ならば、鎚を使わない方が早い。

 天使は、その攻撃を回避する。

 つまり、私の攻撃は効くと言うことだ。

 再び鐘が鳴る。その都度、天使の身体は修復されていく。

 上空の輪が、徐々に広がっていく。大地を、その輪の影が覆う。加速度的に、修復速度が上がっていく。

 まずい。あの輪が、生命を吸い上げる範囲か!

 私は、接近し、鎚で殴りつける。

 天使は今度、防御をしなかった。首が、折れる音がした。だが、瞬間的に、その首が治った。

 嘘、でしょ?

 天使は、私の左肩に、自身の右掌をあてがい、光を放った。

 肩に鋭い痛みが走る。その直後、降臨祭の日に感じた圧力を感じた。身体が地面へと向かって落ちていく。

 翼が重さにより、上手く動かない。

 飛び方なんて、まともに訓練していない。

 だから、訓練している方法で命を繋ぐことを選択する。

 地面に直撃する前に、銀球の爆発を用いて、着地の衝撃を和らげる。

 相応のダメージを受けたが、生きている。死ぬよりは余程マシだ。

 身体は既に軽くなっている。どうやら、私に一時的に重さを乗せたようだ。

 そりゃそうだ。あの天使は、流石にまだ万全ではない。

 だが、こちらも相応に傷付いた。しかも、相手は回復機能付き。

 呪いは有効か? いや、多分、身体の一部という概念が、あの存在にはない。

 レフとリンクも、ふるふると首を横に振っている。

 すると、魅了された騎士二人と、その更に先からサーナが走ってきた。

「サーナ⁉」

「なに、なんなの? 今、どうなってんの⁉ カミュをやった馬鹿女達をどうにかしてやろうとしたら、なんかとんでもないことになってるし。街中で、人が苦しそうだし。天使とあんた戦ってるし!」

「ちょ、ちょっと待って。サーナは、なんともないの?」

「え? うん。なんともないけど」

 そして、魅了された騎士にも異常は無い。

「もしかして、信仰の対象?」

「いきなり何言ってんの?」

 簡単に今の状況を説明する。相手が時間で回復することも。

「ど、どうすんの?」

 私は、騎士二人に命令を下す。騎士二人は頷く。

「サ、サーナは何すれば良い⁉」

「また私が落ちてきたら抱き止めて」

 そう言うやいなや、私は飛んだ。

 速度をつけて、そのまま突っ込もうと目論むが、天使はこちらへと優雅に降りてきた。

「あら、空で待っててくれても良いのに」

 天使は無言だ。てっきり、上位存在を待たせるわけには、とでも宣われるかと思ったのだが。

 その反応に、少し違和感を覚えた。

 私は、牽制として闇術を使用。周囲の水分の温度を奪い、天使の身体を凍らせる。

 が、即座にその氷は弾ける。

 特に効果があった様子はない。

 やはり大技で、一気に倒すしかなさそうだ。

 私は、接近を注意しながらも、半神の姿では行わない、詠唱を行う。私の詠唱は、レヒとリンクを補助するためのものだ。

 その私の前に、サーナが立った。どうやら、私を守ってくれるつもりらしい。

 天使が、掌をこちらに向けた。

 同時、サーナは、手に持っていたナイフを投擲した。

 掌から放たれた光がナイフに当たり、角度を変えて、私達とは別方向へと飛んでいく。

 私は、サーナの背後から、特大の銀球を解き放つ。

 だが、天使は回避すること無く、再び光を放った。

 私を襲う一条の光を、サーナが手鏡を投げつけて防いだ。

 これには私も驚いた。サーナの実戦は初めて見たが、相当な実力者だ。

 サーナがほっと一息吐くと同時、直撃を受け、ボロボロになった天使が、爆風の中から飛び出した。

 特に、突き出していた右腕は千切れたのか、なくなっている。

 その姿に驚きつつも、サーナが飛び掛かった。

 が、天使の姿が即座に回復し、サーナを蹴り飛ばした。私は、その動作後の隙を見逃さずに、鎚で襲いかかる。

 まずい、まずい、まずい。回復力が異常だ。街中の生命力を使って、圧倒的なタフネスを手に入れている。

 一撃で消滅させるしかない。だが、先ほどの攻撃で不可能ならば、ミミル等の援護が必要になる。

 はっきり言って、呪いが上手く効かない相手はとても苦手だ。相性が悪すぎる。

 でも、やるしかない。

 大技は、もう一つある。

 鎚の、恨みの一撃だ。

 ……でも、それにはまだ早い。

「サーナ、また守ってくれる?」

「そういうのは、テスラに頼んでくれないかな!」

 そう言いつつも、私を守るように、サーナは立った。

「今度、なんか奢るわよ!」

「あったりまえでしょ。タダじゃ絶対やんないっての!」

 それに、と彼女は続ける。

「仕事仲間が傷付くのなんて、もう見たくないっての!」

 私は、再び詠唱を行う。先ほど以上の威力は作り出せない。だが、私には、連射がある。弾を発射せずに浮かせておいて、一気に撃ち出せば良い。

 サーナが、職場とは違う、剣呑な雰囲気を醸し出す。

 相手に攻撃をさせないとばかりに、一気に距離を詰めた。

 飛べば追いかけられなどしないだろうに、天使はその場で迎え撃った。

 サーナの攻撃を抑えながらも、視線の一つは、私を見つめている。その瞳は冷静な光を帯びており、余裕を見せつけられているかのようだ。

 二つ、球体を用意した。

 本当ならば、もっと用意したいところではあったが、サーナが限界だった。

 明らかに、相手の速さについて行けなくなっている。

 私は、二つの銀球を準備し、即座に打ち放つ。

 二つのエネルギーの帯が天使に襲いかかる。威力ばかりに集中した所為か、命中精度に難が生じていた。

 半分は天使に向かったが、残り半分は天使に向かわなかった。

「ば、馬鹿! 危ないじゃない!」

 自身の付近を通過しサーナが罵声を上げた。

「ごめ!」

 呪いばかり練度が上がっており銀球を使った射撃の精度の低さに、心で舌打ちをする。

 天使は、その爆発を避けない。

 だが、不自然な行動をとった。

 外れた攻撃に、自ら飛び込んだのだ。

「「え?」」

 サーナも、同じ感想を持ったらしく、私と同じ驚きの声を漏らした。

 その時、街中に声が響いた。

「現在、天使による襲撃を受けている。皆の身体の調子が悪いのは、それが理由である。生き延びたい者は、神への信仰を止め、ジーラ様への信仰を行いなさい」

 う、胡散臭い。

 多分、魅了された騎士の言葉なのだろうが、もうちょっと方便があるだろうに!

 状況から再生の理由を察する頭があるのに、どうしてこうなった⁉

「もっと、言いようがあるでしょ⁉」

 私のぶちまけた不満に、サーナが走りだした。どうやら、騎士二人のところに向かうらしい。

 天使の再生速度は、このような言葉でも、少しだけ遅くなっていた。だが、それは微々たるものだ。

 やはり、神様に対する信仰。それが、天使の再生速度に影響していた。だが、参った。それを止める手段に失敗した。

 だが、今までの戦闘で、一つの仮説が生まれた。

 何故、天使は陸地で戦っているのか。

 何故、天使は先ほどの攻撃をわざわざ受けたのか。

 私は銀球を生み出し、即座に放った。威力は極小。ただ速さのみに焦点を置いた一撃。

 狙いは天使ではない。鐘だ。

 天使は、その一撃を受け止めた。

「やっぱり、鐘が本体だったのね」

 無言だが、天使は否定しなかった。

 天使は、両手をこちらに向け、無言で光の矢を放つ。先ほどまでの落ち着いた攻撃ではない。圧倒的な連射だ。

 私は、空を舞いながら、威力を度外視した球体を設置していく。

 時折、球体に光の矢が命中し、消滅する。闇術を使わなければ、対消滅するだけだ。

 数が減るのはキツいが、ともかく設置し続け、隙を狙って撃つしかない。

 当たったところで、倒せやしない。それは知っている。けど、サーナが何かをしてくれる。私は、それを信じるだけだ。

 けどさ、そんなに、もたないよ?

 回避を続けて、体力が無くなっていく。

 時折、攻撃が身体に擦る。

 息が荒い。心臓が、耳元で鳴っているかのような騒音を奏でている。

 命がけの緊張が、普段の何倍も体力を奪っていく。

 口端からは、見苦しくも涎が垂れている。

 苦しい。

 けど、まだだ。意地を張れ。

 テスラの腕に比べればマシでしょう?

 カミュの尻尾に比べれば、天国でしょう?

 レヒとリンクの慌てる様子が鬱陶しい。右とか左とか、互いに逆方向指示するんじゃ無い。混乱するでしょうが!

 相手の攻撃は、徐々に落ち着きを取り戻し、正確な射撃に移行していく。

 故に、動き回れば、当たらない。

 だが、脚ならぬ、羽を止めれば、即座に串刺しだ。

「みんな聞いて!」

 サーナの声が、街中に響く。

「もし、ジーラを信じてくれたのなら、『酒を呑みに来る者拒まず』が復活した時の飲み代、全額店が奢るよ~。だから、ジーラの事、信じてね~。勿論、嘘を防止するため、入店時に、嘘を吐いた場合は、酷いことになる呪いをかけま~す。以上、『酒を呑みに来る者拒まず』からの宣伝でした~」

 はは、苦しみの中、思わず笑いが零れた。

 いいね。

 久しぶりに息をつけた気がした。

 途端、身体が、軽くなった。

 え?

 もしかして、信仰が集まっている?

 力が漲ってくる。

 天使の輪の効果は、もしかしたら、輪の中の神に対する信仰を力にするものなのか?

「対象を、呪怨龍に匹敵する敵と認識。第二形態へ、移行」

 天使は不穏な事を口にすると、上空へと浮かび上がった。

 その翼を砲身のようなものへと変化させた。

 肩に二本の砲身を担ぐような形で、地上を狙う。

 力が収束されていく。

 あ、これは駄目だ。

 終わりを悟ってしまった。

 人が、どうこう出来るモノではない。

 神の、高位次元の一撃だ。

 その一撃は、都市を焼き尽くす。

 本来は、都市どころか、広大な大地を焼き尽くす一撃だったはずだ。

 私の練度では、あの威力に匹敵する術を用意することは出来ない。

 悪あがきとばかりに、設置した球体を、ありったけ殴り飛ばした。

 だが、相手に近づいただけで、その収束する力の余波にかき消された。

「は、はは。冗談でしょ?」

 全身から冷や汗が溢れ出す。

 理性が諦めろと呟く。

 ふざけるな。

 諦めは悪いんだ。

 クソみたいな環境で育った所為でね!

 でも、どうすればいい?

 何も出来なきゃ、死ぬぞ。でも、でも!

 手札が、足りない。私には、この状況を好転させる方法がない。

 必死に脳みそを回転させる。周囲を無秩序に見回す。

「レフ、リンク、なんとか出来る⁉」

 二人は、力の限り銀球を創ることなら、とリアクションを返してきた。

 それじゃ、キツい。多分、勝てない。

 二匹が頷くや否や、私の目に飛び込んできた。

 両目が、視力を失う。

 何を⁉

 咄嗟に、額の目を開いた。

 その時、視界が変化した。

 物質世界ではない、精神世界の一端を知覚できている。

 第三の目による視界。

 だが、この能力そのものには、この状況を打破する一手にはなり得ない。

 天使を見つめる。

 黒い塊。生物とは違う気配。

 否、あれは、あそこに居るように見えているだけ。

 あれは、影だ。

 本体は?

 周囲を見回すと、鐘と天使が繋がっていることがわかった。

 本体は、鐘なのだ。だから、天使は、私が地面に居るときには、地面に来たのだ。万が一にも、鐘が本体だと気付かれたら、無防備な鐘が壊されかねないから。

 先ほどの攻撃を受け止めたのもそうだ。

 つまり、鐘は壊せる。

 ならば今から天使が放つ一撃は、鐘を壊してしまうのではないのか?

 当たり前だが、否なのだろう。

 つまり、あの鐘は、今から撃たれる一撃を防ぐことが出来るのだ。

 私は、鐘に向かって飛んだ。

 多分、今は、あの鐘を壊せない。あの一撃を防ぐ防御手段を有している。

 私は、鐘を吊している接続部を破壊するために、レフとリンクに命じ、銀球を創り出す。

 天井に向けて炸裂させる。流石に天井が無くなれば、鐘も床に落ちるしかない。

 ずがん、と重い音をたてて、鐘は床に落ちた。床には、ヒビが入る。

 闇術による、簒奪。この鐘の質量を奪取する。

 これで、私の非力でも鐘を持ち上げることが出来る。

 そして、私は天使に向かって飛んだ。

「発射」

 無慈悲な天使の声が耳に届いた。

 間に合え!

 私は放たれた光の柱を、鐘の内側で受け止める。

 内側で受けたからか、放たれた光は、そこで消滅していく。

 が、鐘に当たる衝撃で、飛行する私の身体が大地に押し込まれていく。

 このまま鐘が地面に落ち、角度が変われば、きっと一帯が滅びる。

「があああああ」

 叫ぶが、そんなことで受け止められる威力ではない。根性でどうにかなる範疇は越えていた。

 このまま大地に叩き付けられると覚悟した。

「任せろ!」

 瞬間、最も頼りにする男の声がする。

 鐘を、左手で押さえ上がらない右手を下から携えていた。

 鐘に手を着いたまま、私は尻餅をつき、声の主を見つめていた。

「テスラ⁉」

 テスラの姿を確認したと同時、サーナや騎士達も鐘を必死に押さえ始めた。

 圧倒的な威力ではあるが、鐘が纏う防御術のおかげで、大人数人いれば、地面に固定することは可能だった。

 まるで鐘が、光の柱を吸収しているかのようだ。実際、そうなのかもしれない。防ぐのではなく、吸収する事で、鐘を守っているのかも知れない。

「踏ん張れぇ!」

 テスラの怒号が響く。

「わかってるぅぅぅ!」

 サーナも叫ぶ。

 騎士達も気合いの雄叫びを上げた。

 私は鐘から手を離し、一歩下がった。

「何考えてんの!」

「勝つ事よ!」

 私は闇術により、衝撃を簒奪する。

 魔力が尽きるまで、衝撃を奪い続ける。

 もし、魔力が尽きれば、衝撃による重さは二倍になる。確実に死ぬ。

 だから、必死に、堪えて。みせろ!

 血液が沸騰しそうだ。

 視力を取り戻した両眼の視界が紅い。

 レフとリンクは、こちらを心配そうに見つめていた。

「男は甲斐性、女は根性!」

 私は声を張り上げた。

 鼻から血が垂れていくのがわかる。

 両眼からも血が溢れ出す。増えた液体の分、大きくなったレフとリンクが、私の身体を支えた。

 私は、身体から力を抜き、精神のみに集中する。

「負けるかぁ!」

 私の怒声が響き渡る。

 その直後、光の柱は消滅した。

 空の天使が両腕をだらんとした姿で、こちらを見つめていた。

 こちらもかなり限界に来ている。

 最早、互いにまともに戦える状態には無い。

 だけど、意地がある。私は見栄っ張りなのだ。

 私は鎚をぶんぶんと振り回す。

「止めなさい」

 鐘という命を、こちらに握られた状態。

 天使の言葉を無視して、私は鐘に近づいていく。

「この鐘を鳴らすのは、わた~し~♪ ってね!」

 恨みを込めた、この鎚最強の一撃。

 鐘がごぉ~ん、と言う音を奏でると同時に、三つに割れ、飛び散った。

 天使は、そのまま上空で消滅した。

「あ~、勝ったわ。本当に、死ぬとこだったわ」

 その場にへたり込んでしまう。

「お疲れ様」

 テスラは笑顔で、こちらを見つめていた。

 サーナが、近づいてくると、こちらの顔を覗き込んでくる。

「何よ?」

「それ、見えてるの?」

「それ?」

 そういうと、サーナは額を指さした。

「なんか、変な映像が見えるわよ。精神的な世界」

「あと、その狐と狸は何?」

「この眼の精神体」

「意味分かんない」

 サーナは、呆れたとばかりに溜息を吐いた。

 呪眼と違う瞳。この瞳こそ、本当の私の瞳なのかも知れない。

「あ、サーナ、一個お願い」

「な~に~? 疲れてるんだけど~」

「司祭様から、ハンドベル奪っておいて。また、天使呼ばれたらたまんないし。鐘壊したから、大丈夫だと思うけど」

「そういうこと。かしこまり~」

 サーナは、教会へと走っていた。

「テスラ、腕大丈夫なの?」

「嘘吐いてもバレるだろうから素直に言うけど、悪化したね。でも、この状況で、腕なんか気にしてられないだろう?」

「まあ、そうよね。死んだら、腕も何もないしね」

 そこでふと気付く。

「なんでテスラ動けるの? 教会の信徒は、生命吸われるんじゃ?」

「ああ、それはきっと、僕が別の神様を信仰していたからだろうね。自分でも気付いていなかったけど、僕は別の神様の信仰をしていたようだよ」

「パパに怒られるよ?」

 いやマジで。邪神信仰って言われるよ?

「ま、そんなことより、これ、どうするんだい? 放っておいても、ロクな事にはならなそうだけどさ」

 壊れているとはいえ、神器だ。それも、使い方によっては、人を害する類の。

「海にでも捨ててくるわ。それなら、もう誰にも扱えないでしょ」

 ミミルぐらいの属性使いならば、海の水をどうにかしてしまうかも知れないけれど。

「持ってきたよ~」

 サーナがハンドベルを振りながら、こちらに向かってきた。

「鳴ってる鳴ってる!」

「え~、鐘なきゃ、こんなの問題ないんでしょ?」

「いや、わかんないでしょ。まあ、鳴らしてもなんにも起こらなかったから、ないんでしょうけど」

 危機感の無さに嘆息しながらも、ハンドベルを受け取った。

 私は再び、鐘の質量を奪取し、ハンドベルと共に海へと向かった。

 結局、鐘は捨てたが、ハンドベルは捨てなかった。多分、こちらまっで捨てると、ミミルに怒られると思ったのだ。仮にも国宝なのだ。ミミルに責任と共に押しつけるとしよう。


   二


「誰だ、貴様⁉」

 私は、声を上げた目の前の男の顔面を、ハイキックで蹴り飛ばす。

 夏場で、人気の無い配置だったためか、兜を被っていなかったことが幸いし、男が一撃で昏倒した。

 声を上げられたことから、周囲を確認するも、応援の気配は無い。

 既に時刻は夜中。場所は教会の敷地内の牢獄。

 教会にこんなところがあるなんて知らなかった。

 正確には、懲罰室とか言うらしいが、通称は牢獄だそうだ。

 ちなみに、これらはテスラの談である。

 正直、誰かを監禁することに、組織として馴れていないのだろう。簡単に侵入できてしまった。

 まあ、昼間の件で、それどころじゃないということもあるのだろうが。

 私は、目の前で倒れた男を軽く縛り、猿ぐつわを施す。同時に鍵を接収。

 ちゃらちゃらと音を立てながら、牢獄内部に入っていく。

 牢獄などとは言っても、窓の無い掘っ建て小屋だ。ただし、出入り口が二重扉になっており、様子を見に来た相手を、不意打ちできないようになっている。

「もう、夜中だぞ」

 中から、昼間ぼこぼこにした司祭長の声がする。

「はろー」

 私は、内側の扉を開き、笑顔で挨拶をした。

 内部は蝋燭の薄明かりのみだが、司祭長の顔が恐怖に歪んだのを認めた。

 中には、簡易ベッドと、小さな机と椅子があるだけだ。

「ま、まだ用があるというのか!」

「あら、面白いこというのね。私は、店を焼かれ、宿の部屋を駄目にされ、友人はボロボロにされ、惚れた相手は腕を駄目にした。ぱっと思いつくだけで、これだけのことをされたのよ? ねえ、自分がちょいと女の子に小突かれたぐらいで、釣り合いが取れると思っているの? 人によっちゃ、こんなのご褒美よ」

「ふ、ふざけ」

「てないわよ」

 私は、椅子を蹴り上げた。

「ねえ、ねえ、ねえ? 本当に、あんたがボコボコにされただけで、納得できると思っているの? ここで、見逃したら、次も馬鹿をやる奴が出てくる。だからね、落とし前って奴は、きっちりつけておかないとならないのよ。例え、牢獄に閉じ込められていても、助からないっていう、そんな見せしめをね」

 私は、司祭長の座っている椅子を脚でなぎ払う。司祭長は、床に倒れ込んだ。

「見せしめとは、何を……? こ、殺すのか?」

「馬鹿ね、それじゃ怖くないでしょ? 殺すだけじゃ、人としての尊厳が残っちゃうじゃない」

 私は、司祭長の顎を掴む。

「今から呪いをかけるわ。名前は、心鏡の呪い」

「な、なんだ、それは」

「焦んないでよ。説明するから」

 心鏡の呪い。

 罪悪感や自身が悪行と認めたことを行う度に進行していく呪い。進行する度に、心を映しだしたかのような姿に変貌していく。

「正直、私は大した呪いを使えないって思われていたかったんだけどね。ここまで拗れたのなら、仕方が無いわよね」

「やめ、やめてくれ……」

「貴方次第で、なんとかなるのよ、この呪いは」

 この呪いは、あくまで本人の心を映し出す。つまり、真っ当に過ごせば、化け物にはならないのだ。たとえ、化け物になりかけても、善行を積めば、人の姿に戻る可能性もある。

 ま、今後一生、悪行が出来ない事になるわけだ。

 残念ながら乱発は出来ない。このような呪いを振りまけば、それこそ私は人と暮らしてはいけなくなるだろう。正に化け物の所業だ。

 私の両眼が、視力を失う。

 レヒとリンクが眼としての機能を一時的に放棄し、呪いに傾注した証左だ。

 額の瞳を開き、相手の動きを観察する。

 相手の魂の揺らぎが確認できる。

 その魂が、レヒとリンクにより、黒く染まっていく。

 そして、その黒い染みが、全身へと行き渡る。

 再び、視力が戻った。

「終わったわ」

 司祭長は黙って、震えていた。例え、表面上は何もなくとも、内面的には悍ましい気配を感じていたはずだ。体内に広がる、身体の芯から冷えていく感覚が。

「さぁ、質問するわよ?」

 ふふ、と私は微笑みかける。

「貴方、私や私の仲間に対して行っていたことは、人として、一切間違っていないと思っているの?」

 私から視線を外し、司祭長は黙り込む。

「その行為も、後ろめたいことではないのかしら?」

 その言葉に反応したかのように、司祭長の左腕が、肥大し始めた。肉がめくれ上がったかのように、左腕が肉塊に変わっていく。

「やめ、やめてくれぇぇぇ!」

「あら、私は呪いをかけただけよ。それ以上は、なんにもしてないわ」

「と、解いてくれ!」

「無理無理。私は、呪いをかけられるけど、解けないもの」

 左半身が醜いピンク色の蠢く肉へと変貌していく。

「さっきも言ったけど、善行をすれば、元に戻れる可能性もあるわ。ま、頭が肉塊に変わったなら、それも考えられなくなるんでしょうけど。とりあえず、教会の人間に頼んで、全財産でも寄付してみたらどう?」

 私はすっくと立ち上がり、出口へと向かった。

 背後からは、ただ縋るような、助けを求める声だけが聞こえていた。


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