第四章 8 交渉のテーブルは
八
私は、マリナベルと共にだらだらと組合施設でお茶をしていた。考えてみれば、マリナベルと二人きりなど滅多にない状況だ。
先ほどの貧困地区の話をすると、彼女はあからさまに軽蔑の言葉を口にして、怒りを露わにしていた。
先ほどの少女は、私の奢りと言うことで、売店の御菓子や御飯を好き放題に食べている。
最早、先ほどのような泣きそうな顔などでなく、満面の笑みだ。
組合長も戻ってきて、貧困地区からの爆弾回収の仕事を、皆に依頼していた。
私が行くのは当然危険だったり、更なる混乱を生みかねないので、行くべきではないし、行くつもりもない。
というわけで、暇だった。
「暇ね」
「そうだね。恋の相談でも乗ろうか?」
「今じゃなくない?」
私は、追加で甘い物を注文し、テーブルに乗せる。
「あんまり食べると太るよ?」
「大丈夫。私、体質で太らないの」
「みんなそう言うんだよ。でもって、太って後悔するんだ」
マリナベルがそう言って嘆息した。経験があるのだろうか?
「いや、ほんとなのよ。過剰なカロリーがね、神様の姿になった時の魔力に変換されるの。だから、体型は、最高の状態を維持してくれるのよ」
そう言って、私は菓子を頬張る。
ただ、胃の容量は普通なので、食べられる量は人と大して変わらない。あくまで、消化後の余剰エネルギーの話だ。
「それ、ちょっと腹立つね」
マリナベルの目が細まる。
「うらやましかろ?」
によによと笑いつつ、これ見よがしに菓子を食べる。
そうこうしていると、物件探しに行っていた二人が帰ってきた。
「どうだった?」
「ん~、結構いいのあったわぁ。アパートメントの一階が酒場として使える物件があって、そこが良いと思うわぁ。あそこなら、引っ越して、暮らせそうだしぃ」
「家賃はとる予定かね?」
ママの質問に、私は首を横に振った。
「ごめん、色々あって、この都市離れようかなって思って」
皆が黙るが、誰も反対とは言わなかった。
「えっと、何か言ってよ」
「いや、当然だね。あんたが離れるって言うなら、アタイは着いていくよ。というか、皆同じ意見さ」
残りの二人も頷いた。
「ま、この都市にとりわけこだわりがあるわけじゃないからね」
「ええ。また、別の都市で酒場やりましょうよぉ。今度はぁ、魚より、お肉が美味しいとこが良いかもぉ」
意外と乗り気だ。いや、気を使ってくれているのだろう。
テスラは多分問題ないだろう。普段から、私を優先してくれる。
「みんな!」
大声が響き、乱暴に施設の入口扉が開いた。
「サーナ⁉」
サーナは血まみれだった。
「ちょっと、大丈夫⁉」
「カミュがやられた。凄い酷い状況!」
私は立ち上がり「何処?」と訊ねた。
サーナは頷き、施設の外に出る。他の皆も、サーナに続いて走った。
案内されたのは闇医者の病院らしい。ママも知っているらしく、情報を秘匿したい場合など、その筋には有名な病院らしい。
個室の前で、サーナからここに至るまでの事情の説明を受けた。
サーナは、自分の所為だ、と悔し涙を流していた。
「違うわよ。誰かというなら、私の所為。さっさと、どっかに行っちゃえば良かったの」
「そんなこない! ジーラは、街を救ったんじゃん!」
「でもね、世間なんてこんなものなのよ」
子供の頃から知っている。だから、心の底から信じられる者以外、近くに寄せないようにするのが良いのだ。良かったのだ。それなら、いつでも住処など捨てられるのだから。
根を張りすぎたのだ、私は。
「ねえ、ジーラ……」
「なに?」
「カミュと付き合ってくれない?」
私は、いきなりのお願いに、このような状況でありながら、きょとんとしてしまった。
「カミュ、顔が酷いことになった。だから、お願い。お願いを聞いてくれたら、サーナが何でも言うこと聞くから」
涙を両目に溜め、縋るように私の服の袖を掴んできた。
「さっきも言ったでしょ、私の所為なのよ。だから、あなたは気にしないで良いわ」
「でも!」
そんなサーナを制するように、マリナベルが「ともかく、部屋に入ろうか」と促さした。
部屋の引き戸を開いた。
中に入ると、ベッドに眠る者がいた。カミュと断言できないのは、顔面には痛々しい包帯が巻かれており、露出しているのは目の部分だけだったからだ。
医者のじいさまが、こちらに気付いて頭を下げた。
私たちも、頭を下げ返す。
「命に別状はありません。基本的には外傷ですので」
それだけ言うと、じいさまは出て行った。
その後すぐに、看護師の女性が、人数分の椅子を持ってきてくれた。
私たちは椅子に座り、無言でカミュが目覚めるのを待った。ほとんど、誰も口を開くことは無かった。
二時間ほどで、カミュが目覚めた。
「あ……」
「「カミュ!」」
皆の声が重なる。
「みん、な?」
上体を起こそうとするカミュを制し、皆がベッドの側に駆け寄る。
「大丈夫?」
「生きてる、の?」
私が答えるより先に、サーナが大声で泣きながら、謝罪を始める。
自分が見ていたこと、自分がやらなければこんなことにならなかったであろう事、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返した。
「サーナの所為じゃない、よ」
力なくカミュが返した。
私は、深く息を吐いた。
友人が傷つけられた。友人が泣かされた。
どちらも私の所為だ。
なにより、あいつらはやりすぎた。
ばさり、と羽を広げ、窓に向かう。
「待って!」
カミュが声を出し、咽せた。首を絞められた後遺症だろうか。
「なに、するの?」
「落とし前、つけてくるのよ」
「要らない、そんなの」
「カミュ、あんた、肩と耳に穴開けられたのよ? 尻尾、切り落とされたのよ? 顔に、一生残る痕、付けられたのよ⁉」
元をたどれば、悪いのは私のくせに、思わず怒鳴っていた。
「なら、行くのはあたしの為って事で、いいのね?」
私は答えない。カミュのためと言えば、同時にカミュの所為になる。
「もしそうなら、止めて」
「なんでよ?」
「あたしは、ジーラに、この街に居て欲しい。だから、テスラが頑張ってるんでしょ? なら、待とうよ。それで、解決してみんなで酒場やろうよ」
私以外の四人も、特にサーナは納得していない風だった。それに、カミュはまだ知らないが、私はこの都市を離れようと思っている。
「サーナは行くよ。あの三人は、許さない」
血走った目で、憎悪の籠もった言の葉。その言葉は、自分を呪うかのようで、自分に枷をはめるかのようで。
「そうだね。仲間がやられて黙っているほど、ボクらは薄情じゃない。そうだろう?」
「そぉねぇ。流石に、これは怒っちゃう、わよねぇ?」
その時、病室の引き戸が開かれた。皆が、即座に戦闘態勢へと移行する。
が、そこに居たのはテスラだった。
「テス、ラ?」
私が間の抜けた反応をすると、テスラはこちらに近づいてきた。鎧姿ではなく、顔を晒している。
「どうしたの?」
室内の皆が毒気が抜かれた様子だ。
「司祭長様が、君の話を聞いてくれることになった」
「そう、なの?」
「ああ!」
嬉しそうに、テスラが語る。微笑むテスラの顔は、昨日の傷は治癒されていた。これは単純に、テスラの身体能力だ。この男の回復力はすごいのだ。
けど、けれど……。
「テスラ、悪いんだけど、今回はカミュの考えで動くわ」
私の言葉に、テスラはベッド上の人物に視線を移した。
色々と事情が変わってきた。私はこの都市を離れようと思っていた。だが、カミュはここに残って欲しいという。そして、テスラがそのチャンスを持ってきた。
私は、この都市に名残惜しさなどはない。だが、カミュが残って欲しいと言っている。私の所為で傷付いた、この少女が。
「カミュ、なのかい?」
力なく、カミュは返事をした。
テスラはカミュに歩み寄り、少しでも良くなるようにと神秘術を使用した。
左手だけを突き出し、カミュの身体を癒やし始める。
「ねえ、なに、それ?」
私は、思わず訊いていた。その、おかしな状況に。
テスラは、真面目な男だ。少なくとも、大怪我をした相手に、片手で治癒などはしない。例え、効果が同じであったとしてさえ、相手のことを思い遣り、両手で行うはずだ。
だが、今のテスラは片手で治癒をした。
「参ったね。気付かれるのは司祭長様との会談が終わってからにしたかったんだけどな」
テスラの表情は、困ったような力ないものだった。
「もう一度訊くけど、なに、それ?」
「右腕の健を切った。それが司祭長様と僕が会う条件だったからね。僕が両手を使えると、危ないんだとさ」
そういうとテスラはだらんと垂れた右手を見つめた。 私は両手で自分の顔面を叩いた。
怒りを落ち着けろ。私の意見などどうでもいい。想いなんてどうでも良い。今は、カミュの意見を優先しろ。
「カミュ、あんたはどうして欲しい? さっきも言ったけど、今回はあんたの意見に従う」
「いいじゃん、話してきなよ。それで、誤解を解いてきて。そしたら、また街に遊びに行こうよ。こんな顔になっちゃったけど、いいでしょ?」
努めて明るく話しているようだ。それが却って痛々しく感じる。
「私は、この街を離れるのもありだと思ってるの。ここに居る、みんなで」
「駄目だよ。同じ事になるかも知れないよ。でも、今、誤解が解ければ、ここにずっと居れる。ジーラが、自分を偽らずに、安心して住むことが出来る。でしょ?」
カミュが無理に微笑もうとして、頬の傷が痛むのか、顔を歪めた。
「……わかった。テスラもそれでいいわね?」
テスラも頷く。
それから、司祭長との会談の詳細を聞いた。
サーナは、ずっとこちらを睨みつけていた。
「テスラ、貴方はカミュを守っていて。万が一、襲われると怖いから。私の所為でこうなったの。だったら、私と相棒のテスラの責任、そうでしょ?」
「一人で大丈夫かい?」
「片腕のあんたが付いてくるよりはマシ」
「そう、か。片手で戦えるように、鍛え直さないとだな」
「ええ。そうね」
私は振り返らずに、部屋を出る。
サーナが何かを言う前に、私はここは病院だから、場所を変えると言うと、皆が頷いた。
場所は再び組合施設だ。
奥の客間を貸してもらっている。
「ジーラ、あんた!」
サーナの怒声に対し、私はそれ以上の怒声を上げた。
「キレてんの、アンタだけだと思ってんの?」
私も思わず言葉が荒くなる。この場で、喧嘩を始めても良いくらいに。
「けど、傷付いたのはカミュとテスラよ。それで、二人の意思は、私が司祭長と話し合うこと。それを放棄して、復讐することって、誰のため?」
「そんなの、そんなのわかってる! わかってる!」
「でしょ。悪いけど、私だって腸煮えたぐってんのよ」
サルベナが、人数分の瓶酒を持ってきた。
「今日はやけ酒の気分でしょお?」
誰もお礼すら言わずに、かっぱらうように奪って、一気に飲み干した。
サルベナは肩をすくめて、少しご立腹だ。
「けど、一人で行く気かい?」
「それが条件だからね。そうするわよ」
「罠かも知れないよ?」
「嫌な予感は当たるってやつ?」
私の言葉にママが皮肉気に笑う。
「ああ。そうだよ。よく言うだろう?」
「多分、当たらないわよ」
「凄い自信だね」
「ええ、これは確信だから」
そう、これは半ば確信だった。




