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第四章 5 そうして皆を嫌いになっていく


   五


「おい、ジーラ!」

 組合長が外から組合施設に駆け込んできた。

「どうしたの?」

 その尋常ならぬ様子に、私は警戒を露わに訊ねた。

「貧困地区に、教会の連中が攻め込んだ」

「は?」

 私は、思わず眉根を顰めずにはいられなかった。

「えっと、なんでよ?」

 確かに、メッセンジャーを頼んだことはあるが、それほどの接点は無い。それこそ、組合の連中の方が、接点としては強い。

「ともかく、一度来てくれ」

「ええ」

 私が立ち上がると、落ち着け、とマリナベルが手で制した。

「今、行っても大丈夫なのかい? それこそ、狙われているのはジーラなんだろう」

「だからでしょ。残っていてくれないと、ぶっ飛ばせないじゃ無い」

 だが、組合長は「いや、襲われたのは随分前だ。教会の連中が居なくなったから、やっとこさ、こっちに情報が回ってきたんだ」と悔しそうな口調で言った。その手は震えており、組合長自身、悔しさを滲ませていた。

「ともかく、行ってくるわ」

「まて、おれも行く」

 私は組合長を伴い、貧困地区に向かった。

 貧困地区に着くと、それほどの混乱は感じられなかった。それどころか、普段通りという感じだった。

「どういうこと?」

 私が組合長に尋ねると、組合長は「ついてこい」と私の手を引いた。連れてこられた建物は、ぼろぼろではありながらも、他の建物よりは立派な見てくれをしていた。

 組合長が中に声を掛け、私を連れて中に入った。

 中には、怪我をした男達が十人ほど座っていた。

 一人は腕を布で吊り、一人は頭に包帯を巻いている。皆、どこかしら怪我をしていた。

「ごめんなさい、私の所為で」

 私はまず頭を下げた。許して貰えるとは思っていない。それでも、迷惑をかけた以上、謝罪は当然の行為だ。

「いえ、大丈夫ですよ」

 答えたのは、孤児院の院長だった。

 私が顔をあげると、ほとんどの者が、院長の発言に頷いていた。

「何があったの?」

 私が問いかけると、この場の代表として院長が話を続けた。

「教会の人間が、貧困地区に現れました。そして、ジーラさんを捕まえるように指示してきました。もし、この提案に乗らなければ、寄付をやめると」

「おい、それって」

 組合長が、私の顔に視線を向ける。

「ええ、我々も知っております。あの寄付は、ジーラさんが教会を通して、行っているものです」

「って、なんで知ってるのよ?」

 すると、皆が組合長を見た。

「なによ、組合長伝えてたの?」

「口を滑らせてな」

 以前、ミミルに語った、自分では意味が無いという理由が無意味になる。だが、きっと組合長も、気を使ったのかも知れない。

「そういうことにしておいてあげるわ」

 私が嘆息すると、院長が「本当に口を滑らせただけですよ」と付け加えた。

 私が訝しみながら、組合長の顔を覗き込むと、額に大量の汗を浮かべていた。

「……話して」

「いや、教会も王宮も金払っているから、組合もお願いしますって言われたから、あれは実質、組合所属のジーラの寄付だって、言っちゃったんだよな」

 私はこれ見よがしに嘆息し、半眼で睨み続ける。

 組合長は「すまん」と肩を落として謝罪した。

 もう、この男には秘密は話さないようにしよう。

「我々は、その事実を知っていたので、教会の指示に従わないと断りました。多分、我々にそう言いに来た者は、その事実を知らない下っ端だったのでしょう」

「それで、暴力を振るわれたって事かしら?」

「ええ。ですが、我々は貴女を恨んではいません。今まで、貴女に多大な寄付をいただいておりますから。そのご恩を返したようなものです」

 院長は、笑顔でそう言った。

 私は、院長のその目に、とある記憶が思い起こされた。

「そう、なら良かった」

 私がぎこちなく笑顔を作る。だが、多分、失敗した。

 組合長が「大丈夫か?」と心配そうに、こちらの肩を叩いた。

 いい人なんだよなぁ。色々と足りないところはあるけど。

「あ、お茶も出さずに、失礼しました」

 院長がそういうと、部屋の中で一番若い男が、私と組合長の分の茶を用意した。

「とりあえず、ごめんなさいね。寄付については、そうね。バレてるなら、私が直接すれば、問題ないと思う。組合長も、手伝ってくれるでしょ?」

「ああ、勿論だ」

「じゃ、悪いけど帰るわ。私がここに居ると教会の人間が来るかも知れないから」

 私は、この場を一刻も早く離れるべく、そう告げて立ち上がった。

「もう少し、ゆっくりしていた居て大丈夫ですよ? 我々も、貴女にお礼が言いたい」

「いいえ、結構よ」

 私が固辞すると、組合長が肩をすくめた。

「折角、茶を出して貰ったんだ。ここの人らにとっては、それが結構な負担になるってわかるだろ。流石に、一杯飲むくらいは付き合えってやれよ」

「……嫌よ」

 私はそう言った。言い切った。

「は?」

 組合長が目を丸くして、口を開いたままこちらを見つめていた。

「多分だけど、これ、何か入れてある」

「なに?」

 私は組合長の驚きの声を無視して、室内に居る男達を見つめた。

「もし、私が間違っているなら、飲んでもらえる?」

「いえ、その通りですので」

 院長は、笑顔のまま、悪びれる様子も無かった。それが逆に不気味だった。

「お、おい! どういうことだ」

 組合長が、貧困地区の者達を問いただす。だが、狼狽する組合長に対して、皆は落ち着いた様子だ。

「教会についたのか?」

「いえいえ、それはありません。だとしたら、皆が怪我なんてすることないでしょう?」

「だったら、何故⁉」

 院長は、それには答えず私を見つめた。

「先にお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

 その微塵も悪意を感じさせない様子に、私は過去の悍ましい恐怖を思い起こしていた。

「何故、気付いたのですか? 我々は、実際、教会の者達に脅されましたし、暴力も振るわれました。嘘は無かったのです。気付かれるとは、思いませんでした」

「ガキの頃、貴方たちと同じ眼をした連中を見たことがあるのよ。私を害することに、罪悪感も無く、むしろ良い事をしているというイカれた眼。それに似ていたから。ただ、確信していたわけじゃ無いわ。ただのブラフだったんだけど、馬脚をあらわしてくれたってだけよ」

 今の自分の立場なら、疑うことは許されると思ったのだ。異常な警戒も、今の状況ならば、言い訳も立つ。だから、あえて飲み物を固辞して見せた。

「……でも、いまのそっちの話だと、教会に脅されたわけじゃ無いって事よね?」

「ええ。我々は賞金を求めていただけです。教会に脅されてやったのでは、彼らが寄付を続けるだけという、我々にとっては今までと変わらない。でしょう?」

 私は肩をすくめた。怒りは無い。むしろ、教会に暴力振るわれたということに対する罪悪感が無くなり、清々しているくらいだ。

 が、組合長は、そうではないようだ。私と違い、頬を紅潮させ、拳を震わせていた。

「お前ら、こいつに今まで、助けて貰っていたのに、感謝するどころか、恩を仇で返そうって言うのか!」

 この部屋に居る皆は、組合長の怒りの理由がわからないかのように、きょとんとした表情を浮かべていた。

「我々は、不幸なのです。ですから、施しを受ける権利があります。そして、不幸なので、何をしても許されます。人は、不幸から這い上がる権利がある、違いますか?」

「何を、言っている?」

 組合長は、心底意味ががわからないとばかりに、渋面を作り、男達を睨んでいた。

「ただ、安心してください。もう何もしません。罠に掛けるのを失敗したので、我々には手立てがありませんから」

 ああ、言い忘れていた。と院長は続ける。

「これからも寄付はお願いします。我々は、このようなことを行いましたが、貧困地区のほぼ全ては無関係です。我々が憎くとも、他の者が飢えるのは、かわいそうでしょう?」

「正気か?」

 組合長の言葉には、誰も答えない。皆は、ただ私を見つめていた。

「そうね、教会を通さない方法を考えないとね」

 更に組合長が驚きの表情を浮かべ、私に呆然とした視線を向けていた。

「じゃ、帰るわよ。貴方たちも、もう用事は無いでしょう?」

「ええ。今後とも、よろしくお願いします」

 皆が、一同に頭を下げた。

 人は、落ちるところまで落ちると、こうなれるのだろうか。流石に、呆れを通り越し、軽蔑の念を覚えた。こんな場所からは、一刻も早く離れたいと、怖気を覚えていた。

 建物を出ると、組合長が申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「すまん、こんな事になるとは……」

「別に大丈夫よ。人ってのは、ああいうことが出来るって、子供の頃から、知っているもの」

 その言葉に、組合長は言葉を詰まらせていた。

 勝手に私の過去を想像し、黙り込んでしまったのだろう。

 基本的に、善人なので、勝手に罪悪感を募らせてしまうのだろう。損な性格だ。

 すると、一人の少女が歩み寄ってきた。

「お姉ちゃん、これ、どうぞ」

 笑顔で、少女が何を差し出してきた。

 少女の両手に包まれた物、それは硬質の球体だった。

 全身が粟立つ。

 それは、爆弾だった。表面にあるボタンを押すと、内部に仕込まれた液体と粉末が混ざり合い、爆発を起こすという代物。個人での所有は許されておらず、作成も罪に問われる。

 私は咄嗟に、少女の手の中の球体を蹴り上げた。組合長は、少女に覆い被さる。

 上空で、その球体は爆発した。

 私は両手で頭を衝撃から庇う。爆風で、私は尻餅をついた。

 が、怪我は無い。

「組合長?」

「だ、大丈夫だ。この子も無事だ」

 私は胸を撫で下ろし、組合長の庇った少女に歩み寄る。

 少女は、驚きのためだろう、声を出さずに涙を流していた。

「怪我はないわね。あれ、どうしたの?」

 少女は、ひっくひっくと嗚咽を上げながら、答える事も出来ずに怯えている。

 私が困ったように頭を掻いていると、組合長が少女の頭を撫でた。

「怖かったな。あとで御菓子をやろう。だから、今のボール、誰に貰ったか教えてもらえるか?」

 優しく目線を合わせて、組合長が訊ねると、少女は少し間を置いてから答える。

「知らないおじさんから、あのお姉ちゃんにあげたら、御菓子くれるって言われて」

「そうか。わかった」

 多分、院長達とは別口だろう。貧困地区には、犯罪組織というか、所謂マフィアやギャングなんてものもある。私を殺して賞金が欲しい連中なんて、山ほど居るはずだ。

「組合長、他にも、この子と同じ事頼まれている子が居ると思うの」

「だろうな。お前も危ないが、その子らもあぶねぇ」

「ええ。だから、組合員を使って、回収してもらって良い? 御菓子や御飯と交換なら、素直に渡してくれると思うわ」

「確かにな。ジーラはどうする?」

「私は飛んで帰る。さくっと、人集めて、仕事としてやっちゃって。報酬は出すわ」

「お前が悪いわけじゃねぇだろうに。そこまでするのか?」

「ええ。悪くなくても、私の所為で死んだら、気分悪いもの」

 私は深く嘆息した。

 心が凍っていく。都市に対して、嫌悪感が募っていく。見たくもない部分を、延々と見せつけられている気分だ。

「組合長、私、この街出て行くわ」

 自分でも驚くほど、低く冷たい声が出た。

「……そうか」

「あら、止めるかと思ったのに」

 組合長は、頭を掻きむしりながら「この状況で、残ってくれなんて言えるかよ」と吐き捨てるかのように言った。

「天使の件だって、この都市を守っただけなのに、なんでお前がこんな目にあうんだ。間違ってるだろ」

「さぁね。生まれたことが間違いだって言われていたから、そういうことなんじゃないの?」

 私は、もう疲れていた。数日前、この街が好きだと思った。でも、その気持ちはもう冷めていた。

 幸い、私の生まれ故郷ではないし、酒場も燃えた。酒場の仲間も、別の都市の人間だ。都市を離れることに、さしたる影響はないだろう。

「組合に預けてあるお金、現金で用意してもらえる? 半分は、残していくから、寄付なり、今回の件の補填なり、この騒ぎの報酬なり好きに使って」

「……わかった。すまん」

「組合長は何も悪くないでしょ?」

 私は、そこで言葉を切った。最早、この街のことで悩むのも馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。

 私は翼を広げる。

 少女が、はぁ~、と感嘆の声を上げた。

「ふふ、空、飛んでみる?」

「いいの?」

「ええ。御菓子くれるって、このおじさんが言ったでしょ? 御菓子の所まで連れて行くわ」

 少女は、先ほどまでの泣き顔が嘘のように、笑顔で私にしがみついた。

「組合長は歩きで良いわよね?」

「おれも飛んでみたいと言いたいところだが、流石にその子の席は奪えねぇよ」

「じゃ、組合施設で」

 私は、ばさりと翼を羽ばたかせて、空を飛んだ。


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