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第四章 3 酒場、燃える

 

   三


 パンツが、ねぇ!

『ちょっと、着替えるから、部屋に一度もどる』

 簡潔な内容の置き手紙がテーブルに置かれていた。

 もう一度確認する。

 パンツが、ねぇ!

 ブラもかよ!

 猫の下着泥に盗まれた。

 いや、せめて一組は残しておいてよ。着替えらんないじゃん!

「あ、もう起きたの? おはよー」

「パンツ!」

「え、なに、いきなり?」

 カミュが犯人ではないのか?

 私が、首を傾げていると。

「無くなったのなら、一緒に買いに行きましょ?」

 満面の笑顔で言い放ちやがった。

「返してくれないかしら?」

 ここは酒場の部屋なので、最低限しか用意していなかったため、全部盗るのは簡単だっただろう。

「もう、しょうがないなぁ」

 そう言って、スカート内に手を入れ始めた。

 そして、パンツを一枚、取り出した。

「はい」

 ほかほかしている。うん、人肌くらいにほかほかしている。

 でも、私のパンツだった。

「嘘でしょ⁉」

「好きな人とは、同じ物身につけたいじゃん。ペアアクセとか」

「これ、ペアじゃなくない⁉ 同じ種類の物じゃなくて、人が使った物の場合、意味合いがかなり変わってくるのよ。身の危険を感じるんだけど⁉」

「もう、大げさ~」

 というか、こいつ今ノーパンだ。スカートなのに、ノーパンって、怖くないのだろうか。

 スカートに手を掛けると、顔を真っ赤にして、私の手を押さえた。

「え、何するのよ⁉」

「もう、私にはあんたの恥ずかしいの線引きがわかんないわ」

 私は、スカートから手を離した。

「けど、本当に、パンツどうするの?」

 流石に、人の脱ぎたてのパンツ履くの嫌なんだけど。

「冗談だってば。ほら」

 そう言って、多分、洗浄済みの、昨日着用していた、上下の下着を渡された。

 朝から、大分疲れてしまった。


 今日の予定は情報収集。教会への接触は、私には出来ないし。

「カミュは、組合の様子見てきてくれる?」

「いいけど、ジーラは来ないの?」

「組合が教会側と手を組んでたら、捕まるかも知れないからね」

 嫌われ者ですし。

「わかった。戻るのは、ここで良いの?」

「ええ」

 鎚は確保しておきたい。だが、自宅は確実に張られているだろう。

 私は、化粧を施し、一応フィリアの姿に変装する。

 ジーラと同一だと知っている者も多いが、幸いな話、うちの酒場は組合員が一番多く、教会の者が一番少ない。運が良ければ、気付かれないはずだ。

 私は、自分の宿へと向かう。

 不幸中の幸いか、部屋はミミルに破壊されて、物がほとんどない。

 いや、幸いじゃ無いな、絶対。

 一応、寝るぐらいは出来るし、修繕中は外出している日中にお願いしている。

 無事な細かい物は、事情を説明し、部屋の修理中はテスラの部屋に置かせてもらっている。だが、鎚だけは、あの部屋置きっぱなしだ。

 宿に向かう途中、壮年男性の声が街中に響いた。多分、あの司祭長の声だ。

 拡声術による放送だ。行政関連で行われることが多いが、必要とあれば組合でも、教会でも行われる。

「悪魔よ、おお悪魔よ! 何故、天使様を殺したのか」

 まるでミュージカルのような、大仰な喋り方だった。

 気取っているのか、演技じみていて鼻につく喋り方だ。

「あの悪魔は、天使様を攻撃した。我々は、その仇をとらなければならない! 皆で、神罰を防ごうではないか」

 私は宿へと足を早める。

「悪魔の名は、ジーラ。普段は人の姿をしているが、あの悪魔の姿を見た者も多いのではないのだろうか。我々は、かの悪魔を滅し、天使様に対し贖罪を行おうではないか!」

 今のところ、気付かれた様子はない。あの酒場を使っていない者には気付かれないし、気付かれたとしても、それなりの仲だ。いきなり、この身を売られることはないだろう。

 教会の関係者を除いては。

 そこからは、目撃情報を求めることや、賞金についてなどの説明が行われた。

 因みに、提示された賞金額は、この間狩った二つ名持ちの風龍の十分の一だ。

 舐められているのか、冷静な分析が出来ていないのか、どっちかしらね。

 宿へと到着し、さっさと中へと入る。見張りなど気にしても意味は無い。鎚を取りに来ると決めた以上、入るしかないのだから。

 私は、女将さんに会釈し部屋へと向かう。女将さんの様子を伺ったが、困惑した表情をしている。

 下手な動きをされる前に、やることをやってしまおう。

 部屋に入ると、鍵を掛けた。さっそく鎚を拾い上げる。そして、ローブを羽織る。

 ほぼ同時、階段を駆け上がる音が建物内に響く。

 私は、扉から離れ、背中側に窓を配置されるように動く。

 乱暴に、扉のノブが回されるが、鍵が掛かっていて開かないようだ。訪問者は思い切りが良いらしく、即座に扉に対する暴力的手段が開始された。

 防犯設備はあるが、それは飽くまで、宿の者達に気付かれずに、こっそりとした侵入に対する防衛機能。前述の危険を考慮しなければ、簡単に破られる程度の扉だ。案の定すぐに扉は破壊された。

 教会支給の鎧姿の男女が五人ほど室内になだれ込んできた。

「どちら様?」

「我々は教会の者だ。悪魔め」

 こりゃ駄目だ。兜の隙間から覗く目がイってる。完全に、正義の味方だと思い込み、自分の行為に酔っている。

「一応、悪魔じゃないんだけどな。聞いちゃくれないんでしょうけど」

 相手は、剣を構えた。

 私はちらりと、背後の窓から外を観察した。

 大勢がこの部屋を見上げていた。

「抵抗しても無駄だ。宿は、既に囲まれている。逃げ道は無いぞ」

「そうなの? っていうか、私が天使様をぶっ飛ばしたの、見てたのよね?」

「勿論だ。故に、神罰が下されるのだ」

「だからさ、馬鹿なの?」

 私は窓を開放し、その身を空中に投げた。

「な⁉」

 飛べるって、忘れてるの?

 漆黒の翼を広げ、私は空に羽ばたいた。

 空から地上の様子を確認すると、慌てた様子で、馬鹿みたいに道路上に人々が現れた。

 結構な人数が隠れていたようだ。

 圧倒的に有利な状況だが、流石にここから銀球をぶちかますわけにもいかない。街に、大きな被害をもたらしてしまう。

「しゃーない、逃げるか」

 私は、空を飛んで、その場を離れる。

 背後から逃がすな、等の声が聞こえるが、それは数瞬後には遙か後方へと移っていった。

 逃げ先は、安定の貧困地区。自分のことに手一杯で、人に興味が無いことが、こんな時にはありがたい。

 まあ、捕まらないでしょうね、これ。

 飛べるのは圧倒的に有利だ。特に街中。

 路地裏から飛び出せば、障害物に関係なく離れることが出来るし、最悪、城塞から飛び出せば、追っては来れないだろう。来るにしても、相応に時間が掛かる。

 うん、捕まらないわ。

 けど、そうすると相手がどう動くか、それが怖い。

 私なら、相手から来るように仕向ける。例えば、人質。

 テスラ、無茶しないでよ?

 私は、この都市よりも、あんたが大事なんだからね。

 とりあえず、一度、友人と呼べる連中には会っておくべきね。

 けど、どうしたものかしら。宿が張られていたのなら、酒場も当然そうなっているわよね。

 仕方が無い。場所を変えるか。

 私は、簡単な手紙をしたため、貧民地区の子供におつかいを依頼し、お駄賃を渡す。勿論、成功報酬も後で渡すと伝えた。

 さて、おつかいの戻りを待つようにしよう。


 おつかいの子が戻ってくると、手に返事が持たされていた。

 内容は簡潔。

 組合はとりあえず大丈夫。酒場の面子が全員揃っているから、来て。とのこと。

 完全に信用できるのかは不安だが、酒場の面子が揃っていれば、襲われても返り討ちにして、逃げ出すことも可能だろう。

 それに問題が本当に無いのであれば、あそこほど安全な場所も無いはずだ。

 私は認識阻害の呪いをばらまきながら、組合施設へと向かった。

 組合周辺は、どちらにしろ組合のテリトリーだ。教会の人間は目立つため、こちらも気付くことは出来る。

 組合施設に着くと、奥のテーブルに皆が集まっていた。「遅くなったわね、になるのかしら?」

「ならないんじゃない?」

 サーナは、飲みかけの飲み物に刺さったストローを弄んでいる。

 私は、とりあえず売店のおっちゃんに適当な食べ物と飲み物を注文し、それを受け取るとテーブルに座った。

「とりあえず、ここは安全だと思うかな。昼間は組合員ばかりだから、君が居ると知っても襲いはしないさ」

 マリナベルは、気取りながらも、爽やかな笑顔で言う。

 相変わらず、ぱっと見は美男子にしか見えない。

 ママもサルベナも、少し周囲に対して気を張っては居るが、比較的落ち着いた様子だ。

「ま、みんなちょっかいは出されていないみたいね。良かったわ」

「あんたは?」

 ママの質問に「部屋、襲われた」と簡潔に答えた。

 皆が、がたりと立ち上がる。

「飛べるから、余裕で逃げたわよ。多分、私は捕まらないわ。だからこそ、みんなに話があるの」

 皆の視線がこちらに向く。

「申し訳ないんだけど、少しの間、隠れててくれない? 多分、相手の次の行動は、私を狙うから、私の関係者を狙うになりかねないから。捕まえられないなら、私から会いに来るように、ね」

「確かに、そうかも~」

 サルベナは危機感の無い口調で、ケーキを食べながら話に参加している。

 組合内の視線が、こちらに集まっている。

 実は、ここに居る者達は、カミュを除いて、かなりの実力者の集まりだ。

 実は、カミュ以外はB級だったりする。この都市レベルでは、B級は上澄みだ。

「勿論、その間の給料は払うわよ」

「ん~、サーナはいいけど~。楽ちんだし」

「でしょうね。カミュ、あんたはこの中じゃ、明らかに弱いんだから、誰かと一緒に居てよ」

 カミュは少し不服そうだったが、それが事実であることは認識しているらしく、文句を言ってくることはなかった。

 その時、組合の中で、数人の動揺した声があがった。

 そして、このテーブルに男が近づいてきた。

「あんたらの酒場、燃えてるぞ!」

「「「「「は?」」」」」

 皆の声が重なる。

 私が外に出ようとすると、ママに止められた。

「おびき出す罠かも知れないだろうが」

 そう言って、首を横に振った。

「サーナ、サルベナ見てきな」

「わかった」

「ええ」

 二人は、真剣な表情で答えると、即座に外へと向かった。

 カミュは、動揺し、不安そうにこちらを見ていた。

 マリナベルは、目を細め、どこか怒りの籠もった表情で、テーブルの上を見つめていた。

「ま、とりあえず報告を待ちましょう」

 私は注文していた軽食を食べ始める。二人が戻ってくるまでの間、誰も言葉を発することは無かった。

 このテーブルの皆が、緊張感を放っているので、組合施設の空気が張り詰めていた。

 しばらくして、二人が戻ってきた。

「結果、聞く?」

 サーナは、つまらなさそうに席に座る。

「その様子なら、聞くまでもないようだけど」

 ママは、ふん、と鼻から息を吐いた。

「酒場は燃えてたわね。ま~、放火だろ~ね。昨日、料理して以来、誰も火なんか使ってないし。そもそも~、使う人が、ここに全員居るわけだから」

「流石に、許せないな」

 マリナベルが、珍しく感情を露わにしている。

「うん、許せない!」

 カミュもそれに同意する。

「そう、ね。ワタシもぉ、ちょっと怒ってるわぁ」

 サルベナも、目を細めている。その瞳には、明らかな怒りの色が含まれている。

「フィリア、どうすんだい?」

 ママが、音頭をとるように、こちらに促す。

「いや、別にどうもしないわよ。みんなが無事で良かったってだけだわ。まあ、多少の私物はやられたと思うけど、命に比べれば全然良いでしょ」

 ただ、私の場合、二つの部屋がやられたので、結構な私物が無くなっている、ちょいと困ることにはなった。

「どうもしないって、泣き寝入りするって事⁉」

 カミュが、乱暴に立ち上がり、こちらを睨みつける。

「ええ、そうだけど?」

 私がこともなげに言うと、他四人も鋭い視線を向けてきた。

「アタイら、あの店が好きだったんだけど、あんたはそうでもなかったのかい?」

「いや、好きよ。だから、また、どっかの建物借りるか、買おうとは思ってるわよ。だからって、この件が終わるまでどうしようもないし」

「ねえ、それってさ、サーナ達が危ないからってこと? サーナ達が弱いってこと?」

 皆の気配が剣呑なものへと変貌する。

「そうじゃないけど……。でも、知り合いが危険なことに巻き込まれるのって、嫌じゃない。特に、今回は私の所為だしね」

「馬鹿にしているね、それは」

「ええ、そうよねぇ」

 マリナベルが言い、サルベナが同意した。

 皆、やる気満々だ。

 別に辛くないわけじゃ無い。あれでも、自分にとって、初めてテスラ以外に仲間の出来た場所だ。女友達という意味では、初めての連中との基地だ。

 だが、だからこそ、皆がいないときに放火されて良かったと思う。皆に怪我が無くて良かったと思うのだ。

 皆に落ち着くように、私は声をかける。

 鼻息荒い皆は、私を睨みつけてきた。

「でもさ~、みんな最近、荒事してないじゃん。おしり触られるの防ぐのと、酔っ払いの相手だけでしょ。もう、半引退組だよ、みんな」

 この言葉に、かっちーんと来たらしい。挑発したつもりは無かったが、結果としてしてしまった。いや、うん、これは私が悪い。聞き分けのない相手に、ちょっと言い過ぎてしまった。

「ボクは、教会の方に知り合いが多少は居る。ちょいと探りを入れるよ。テスラからの情報は、何もないんだろう?」

「まあ、そうだけど」

「ならぁ、ワタシは王宮の動きを探ろうかしらぁ」

 サルベナもやる気らしい。もう、この流れを止めることは出来ないだろう。

「サーナはどうしよっかな~。街の様子を調べるのと、放火の犯人探そっと」

「あたしも、それやるわ!」

 カミュがサーナに顔を近づけながら言う。

「いいけどさ~、足手まといにはなんないでよ~?」

「大丈夫よ、頑張るわ!」

 身軽さならば、獣人は優秀だ。逃げることならば、足を引っ張ることもないだろう。

「じゃ、ママは新しい、お店の候補探しておいてよ。みんながやる気なら、ちょっとは早く解決するでしょ」

「条件はあるのかい?」

「そうね。どうせなら、みんなの個室がある店にしよっかしら。その方が気楽でしょ。休めるし」

「サーナも賛成!」

 他の者も反対はしなかった。カミュなど、ならそこに住むとまで言い出している。

 とりあえず、二日後に、再びここに集合と言うことが決まった。


 本来ならば、適当に潜伏するべきなのだろうが、あえて街をぶらつくことにした。

 捕まる気がしないのと、潜伏すれば、人質などの手段に移行する判断が早まると思ったからだ。

 テスラ、大丈夫よね? 一応、ああ見えて、テスラの父親は教会の高位階級だ。あまり下手なことは出来ないはずだが。

 本人も、それがわかっているから、一人で行ったはずなのだ。

 街に出てすぐに、モッドに声を掛けられた。

「あんた、今は私に関わらない方が良いわよ?」

「で、でも、ジーラさんの酒場に火を付けた奴を見たっす」

「ん~、そうなの? ま、いいわ。他人の振りしてなさい」

「い、いいんですか⁉」

「いいのよ。もう、新しい店舗探しているし。一応、サーナがって、サーナわかる?」

「あの小さな店員さんですよね」

「そそ。あとカミュ。あの二人が犯人捜ししているから、もし見かけたら教えておいて。じゃね」

 必要最低限を伝え、私はその場から離れる。

 モッドとは、ほぼ繋がりはない。だが、教会勢力の勘違いにより絡まれようものならば、簡単にやられてしまうはずだ。

 組合所属して、まだ一ヶ月も経たない未熟者だ。

 ま、懐いてくれるのは、悪い気はしないけどね。だからこそ、今、潰されるのは可哀想だ。

 とりあえず、寝床だけでも確保しないと。

 同時に、教会勢力に絡まれて、喧嘩もしておこうと思う。自分に注目を集める方が良いだろう。

 だが、意外とこういう考えだと会わないもんである。屋台で食い歩きをしているが、一向に話しかけられることはない。逆に、屋台の店主達が、こちらを心配してくれていた。

 屋台の店主達は、あの時も接客が忙しく、私の変異した姿を見ていないのだろう。

 かき入れ時だっただろうしなぁ。天使を観に来た観光客が、最も多い日だ。

 日が傾き始め、流石に寝床を探し始めようと商店地区を離れようとする。

 思考がお休みモードに入ると、流石に喧嘩をする気がなくなる。

 裏路地の方へ移動し、貧困地区へと移動を始める。

 が、やる気がなくなった途端に、見つかったりするもので……。

 教会の鎧を着た三人が、誰かに絡んでいた。相手は女性ではない。

 いや、待て待て。仮にも神様の信徒が一般人に絡むだろうか?

 もしかして、私の関係者か?

 私が近づくと、絡まれている相手がモッドだと気付いた。倒れていても、でかいからすぐにわかった。

 私は、思わず頭を抱えた。

 モッドレベルの知り合いでも襲われる対象だというのならば、あまりに狙われる対象が広範囲だ。

 ともあれ、助けなければなるまい。

 闇術を詠唱する。

 発動は、ぎりぎりまで行わない。

 離れた場所から声を掛ける。

「これこれ、熊さんをいじめてはいけないよ?」

「誰だ?」

 男達はこちらに振り返る。

 既にこちらが攻撃準備を終えていることに、顔色を変え、すぐに走りだした。

「熊さん、跳べ!」

「は、はい!」

 私は闇術を発動する。

 地面が一気に凍り付く。空気中の水分の熱を、闇術により奪ったのだ。

 男達は尻餅をついた。

 ミミルは、風と水で氷を創り出したが、私はそんなことはしない。なんせ、温度を下げるのは闇術の十八番だ。

 更に、温度を奪う経緯で、水蒸気が水になり、男達の身体は濡れている。その水分も凍らせたため、男達の身体が凍てつく。

 ま、喋れる程度にはしておくけれど。ただ、身体が震え、筋肉が言うことをきかずに、普段通りの戦闘など出来ないだろう。

 というか、まともに動けないはずだ。

「お、おま、えは」

「お探しのかわい娘ちゃんですよん」

 いえい、とピースサインをしてみせた。

 動けない男達に歩み寄る。

「熊ちゃん、熊ちゃん、あんたは逃げなさいな。お礼なら、いつか蜂蜜たくさんちょうだいな」

 からかうような、悪戯な言葉を紡ぐ。知り合いと思われないように、あえて。

 モッドにも、その意図は通じたはずだ。

「こいつらが、酒場放火の犯人です」

「あ~、声かけたわね? あんた」

 私の視線にびびったのか、モッドは一瞬びくりと肩をふるわせながら返事をした。

「う、うっす」

「いいわ、後はやっとく。ありがと」

 しっし、と手で追い払うと、モッドは一度頭を下げて走り去った。

 全く、今度武器でも買ってやろう。馬鹿やりやがって、とは思うけど、悪い気はしていない。

 でもって、こいつらをどうしたものかな、と考える。

 連れ帰って、情報吐かせるか?

 多分、サーナ辺りが喜んでやりそうだ。いや、サルベナの方が喜ぶかも。

 私は、男達の正面に回り込む。

「酒場の件はど~も」

「し、証拠は、あるのか?」

「あはは、いる? あんたらが言うには、私は悪魔なんでしょう? だったら、人の裁き方のルールなんて守る必要ないじゃない?」

 その時、首筋にひやりとしたものを感じた。

 私は、視線を男達から外し、男達の肩越しにその先を見た。

 女が三人立っていた。

 全員が、教会支給の鎧を着ていた。

「あら、悪魔ってあれじゃないかしら?」

 その声に男達が反応した。

「メアリ様!」

 その名前には聞き覚えがあった。確か、この都市の教会勢力における最高階級だったはずだ。

 つまり、敵勢力最強。

 とりあええず、あっかんべーをしてみた。

「そこからじゃ、こいつらが邪魔で、なんも出来ないでしょ。ば~か、ば~か」

 そして、即座に逃げようとしたところ、メリアは腰のレイピアを抜き去った。同時、私の顔面にレイピアの突きが伸びた。そう、伸びたのだ。

 結晶武器!

 鎚の柄で、その突きを弾く。男達の頭と頭の間を狙ってきたため、弾くことが出来たが、そうでなければ、一撃をもらっていた。

 ぞっとしないわね。

 無意識に止めていた息を吐いた。

 同時、左右にメアリの取り巻き二人が迫っていた。

 ちっ。

 舌打ちしつつ、後方に跳んだ。

 回避行動をするには、男共が邪魔だった。

 飛ぶか?

 いや、駄目だ。メアリの突きが、まさにそれを待ち構えている。

 左右からの挟撃。私は出来る限り視野を広くとるようにして、左右からの攻撃に備える。

 左側からの斬撃。これはショートソードによるものだ。レイピアならば、致命傷になどならないだろうが、これでは受けないわけにはいかない。

 鎚の柄で受けるが、バランスを崩す。もう一方が、こちらに斬撃を放つ。こちらもショートソード。その一撃は、私の顔面を狙っていた。

 相手の顔は笑っていた。確実に、仕留めた、と。実際、この倒れかけの状況では、回避手段は、無かった。

 人なら、ね。

 私は羽を羽ばたき、後方に距離を取った。

 上に飛んだら狙われるだろうが、後方に飛ぶのならば、男共や彼女らが邪魔で、伸びる突きは放てまい。

「悪魔め」

 女達が口々にそう呟いた。

「小を頭に付けてくれると、ちょっと嬉しかったり?」

「タヌキ顔が、何を言うか」

「なによ、別に垂れ目だって小悪魔名乗ったっていいじゃないのよ」

 状況はあまり良くない。三対一、いや、二対一だ。あのメアリという女は、飛んで逃げることを防ぐため、きっと動かない。伸びるレイピアで、常に狙撃するために構えるはずだ。

 私は眼鏡を外す。

 さて、神様に祝福された人間に、どれだけ呪いが効くかしら?

 軽い呪いで牽制を仕掛けるが、どうやら効果は無いらしい。神様の祝福の効果だろうか。

 髪の毛でも奪えれば良いのだけど、難しいわね。う~ん、困った。

 二人の女は、練度の高い連携でこちらを攻める。

 代わる代わる放たれる斬撃は、隙を与えぬ息の合ったものだ。

 私は、その斬撃を鎚の柄で受け流し続ける。

 徐々に、女達の表情が驚きに変わっていく。

 馬鹿ね、私の訓練相手はテスラよ? あんた達より、よっぽど強いのよ。

 だが、逃げることも出来ない。

 私は、両頬に涙が垂れていることに気付いた。

 戦闘しながらも、二人が不気味そうにこちらを見つめていることに気付いた。

 突然、私と二人の前に球体が生じた。左右の呪眼、レヒとリンクの仕業だ。

 が、隙無く攻撃は行われ続ける。突然現れた球体に、攻撃を止められることもない。

 斬撃が、球体を切り裂いた。

 同時、私は闇術を使う。爆発が周囲を襲った。

 当然、私も至近距離でそれを受けることになる。

 羽も防御に回し、出来る限りダメージを減らす。

 それでも、結構な損傷だ。至近距離で、大量に殴られたようなものだ。

 それでも普段ほどの威力は無い。自分のタイミングではないため、闇術による簒奪が、結構遅れた。

 だからこそ、私は立っていた。対する二人は、片方は片膝を着き、もう一人は倒れていた。

 これは覚悟の差だ。このような罠を仕掛ける側と、突然で対処が遅れた側。差が出て当然だ。あと、翼による盾も優秀だった。

 特に、銀球を切り裂いた女の方は、剣も飛ばされ這いつくばっている。

「さて、次!」

 私は再び球体を創り出す。呪眼の二人は、既に手伝うつもりはなさそうだ。

 女達は身構える。

 爆煙の中、こちらからメアリの姿は見えない。だが、相手も同じはずだ。

 私は爆発で壊れた地面の石畳から、闇術により質量を奪う。それを上空に投げ飛ばした。。

 同時、それをレイピアが貫いた。

 爆煙により、メアリが誤認したのだ。

 私は、飛んだ。真っ直ぐ、地面スレスレを。そして女の横をすり抜ける。

 攻撃を身構えた女は、一瞬対処が遅れ、私を止めることができなかった。

 メアリは、突然自分の目の前に現れた、私に驚く。

 本人的には、空を飛んだ私を突き差したと確信していたのだろうから仕方が無い。

 私はメアリを鎚で殴り飛ばす。

 レイピアで受けられたが、ひん曲がった感触はあった。私はそのまま勢いを殺さずに、真っ直ぐ進む。

 これでレイピアによる背後からの刺殺は無くなったはずだ。少なくとも、修理を終えるまでは。

 追ってくることもないだろう。武器が壊れ、一人が倒れた今の状況ならば。

 相手がこちらをどう見ているかは知らないが、私としても結構しんどい状態だ。

 あの爆発は、自分でも結構堪えた。

 それなりに鍛えては居るが、攻撃を受けない前提の立ち回りの訓練がほとんどだ。

 多分、丈夫さについてはあの三人よりかなり弱い。だからこそ、テスラが壁役なのだ。

 あ~、きっつ。

 とりあえず、適当な高い建物の屋根の上で隠れることにした。

 

 潜伏して二時間ほど経過すると、空は帳を降ろしていた。

 寝床について考える時間だ。

 落ち着く、という意味では、一つ考えがあった。

 私は、思いつくまま、その場所へと向かった。

 向かった場所は、教会の勢力圏内。だが、組合勢力圏内とほぼ隣接する位置。

 テスラのお家です。

 鍵も持っている。行き慣れているし、もしかしたらテスラも帰ってきていて、話も出来るかも知れない。

 ただ、まあ、普通に考えれば見張りはいるはずだ。私ならば、確実に見張りを付ける。いつ、のこのこと、私が来るのか、わからないからだ。

 同時に思うのは、教会勢力圏内の建物には、多分来ないということ。だから、念のため程度の見張りのはずだ。

 建物の周囲を影から観察。入口を見張ると考えると、見張るには向かいの建物三棟の内のどれかだろう。

 全部一軒家だが、元々空き屋だったのは、その内の一つだけだ。

 ま、間違っていても問題ない方法で行こう。

 私は先ほど買ってきた夕食を持って、疑惑の一軒家のドアを叩いた。

「せんぱ~い、差し入れ持ってきました~」

 二階から降りてきているような足音が聞こえた。

「差し入れだ~?」

 男がドアを少し開けた。

 私は、差し入れと称した食べ物を壁にして、あえて顔が見えないようにした。

「ええ、どぞどぞ」

 愛想良く、出来る限り人好きしそうな声をだす。

 男が、匂いに釣られたのか、顔をドアの外に出した。ドアは外開きだ。

「はい、ど~ん!」

 ドアを蹴り、急に閉まったドアに男は首を挟まれた。

「がぁ」

 男はむせて、苦しそうに呻いている。突然の、急所への攻撃だ。そりゃこうなる。

 男は襲撃者を確認するように、私を見た。

 その目は、明らかに私を知っている目だった。

 良かった、私の勘違いで襲われた可哀想な男の人は居なかったんだね!

 いや、差し入れなんて言われて、あの反応は住人として住んでいる者の反応ではなかったので、間違いないと思ってやったんだよ? 本当だよ?

 さ、仕上げだ。

 私は、ドアに挟まれ、顔だけ出ている男の顎を蹴り上げた。

 それはもう加減なきく蹴り上げた一撃は、男の意識を刈り取った。

「やっほ~」

 暫く後、目が覚めた男に、私は笑顔で挨拶をした。

 男は目を見開き、立ち上がる。いや、立ち上がろうとして、縛り付けられた椅子のせいで倒れた。

 私は、先ほどの差し入れと称した御飯を食べながら、その姿を観察していた。

 反応も悪い。落ち着きもない。

 うん、三下。

 ま、杞憂程度のテスラの家を見晴らせているくらいだ、出来る奴が来る配置場所では無いはずだ。

 男の口には猿ぐつわもしてあるので、む~む~と唸り続けている。

「静かにしたら、椅子起こしてあげるけど?」

 そう伝えても、暫く唸り続けている。多分、私に対して罵声を上げているのではないだろうか。

 その姿を観察しながら、冷静に食事をしていた。

 こちらがあまりに日常を過ごしているので、相手も冷静になったらしい。男は静かになった。

 約束通り、男の座った椅子を、男共々起こす。

「質問、良いかしら?」

 男は、何も喋らないという決意の視線をこちらに向けてくる。

「見張りは一人? 交代とかあるのかしら?」

 睨みつける視線は鋭くなり、視線を逸らすことはない。

 まあ、いいんだけどさ。

 私は、男の髪の毛を一本抜く。

 そして男の名前を呼んだ。

「ねえ、サリクさん」

 名前を呼ばれたことに、驚き目を見開いていた。

 因みに、名前を知っている理由は、気絶中に身体を見分し、教会で使う名札を見つけていたのだ。

 ふふん、テスラから、教会の人間は名札を持ち歩いていると聞いていたからね。詐欺防止で、身分証代わりに使うらしいのだ。

 その部屋にあった紙に、男の名前を書き、髪の毛を包んだ。

「さて、これで呪えるんだけど、素直に答えるつもりはない? 答えるなら、頷いて」

 男は無反応だった。

 私は、呪いをかけるために、その紙を見つめながら燃やした。

「じゃあ、質問ね。見張りは一人?」

 サリクは無言で居たのだが、突然、怯えて悲鳴を上げた。否、上げようとして、猿ぐつわに邪魔されていた。

「呪いはね、単純。視力を奪うわ」

 私の両眼から、人の物とは思えない色の涙がこぼれ落ち、狐と狸の姿になり、サリクを威嚇した。

 サリクは、悲鳴を上げた。

 そして、髪の毛を更に抜く。

「次は、味覚でも無くそうかしら」

 サリクは首を必死に横に振っている。

「あら、答えてくれるの?」

 サリクは必死に頷く。

「見張りは一人?」

 コクコク、と頷く。

「交代はある?」

 コクコク。

「あら、視力が戻ってきたかしら? 正直に答えてくれれば、戻っていくわ」

 呪いなんて、強く呪うほど、こちらにも影響がある。そうならないようにするには、影響とその回復の振り幅を同じにする必要があるのだ。

「視力を失ってから、私が質問をしなくなったら、もう終わりだからね?」

 これで嘘はつけないはずだ。

「交代の時間は……」

 順々に数字を呟いていくと、六で頷いた。朝の六時に交代か。

 他にも色々質問を繰り返したが、特に身になる答えは無かった。

 私は、そのまま男を放置して、テスラの部屋へ向かった。

 六時には解放されるのだから、そのままで問題は無いだろう。

 テスラの部屋は無人だった。まだ帰っていないらしい。

 家主はいないが、適当に使ったところで怒られることは無いだろう。風呂の準備を行い、一日の疲れを取る。

 ほぼ襲撃がないとわかっているので、結構リラックス出来た。

 置きっぱなしにしている、自分の服や歯ブラシを使って就寝準備をする。

 二人分の洗面具が当たり前に置かれている。

 テスラ、この部屋に別人だと思っているフィリアを連れ込んだわけだ。私じゃ無かったら、振られているぞ、本当に。

 風呂が終わった後、鎚をベッドの脇に置いて就寝した。

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