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第四章 2 友達に語る


    二


 月明かりの中、私は城塞を越えて、貧困地区に降り立つ。裏路地ならば、そうそう目に付くことも無い。

 そのまま、本通りへと移動。

 この地区特有の獣臭が鼻孔に届く。

 ゴミ捨て場で無い場所に、ゴミの山が出来ている。これも貧民地区特有の光景だ。

 これって、誰が片付けるんだろう?

 現状にそぐわない疑問だと、自分で自分を鼻で笑い、貧民地区にある孤児院へと向かった。

 孤児達の夜は早い。既に、孤児院は静けさに包まれていた。

 私が、こっそりと孤児院の両開きのドアを開く。

 慎重に開いたつもりだったが、ぎぎぎ、と重厚な音が響く。

「どちら様ですかな?」

「私、ジーラで~す」

 一応、元孤児なので、孤児院に対して個人的な支援も行っている。名前ぐらいは覚えて貰えているはずだ。

「おお、ジーラさん」

「テスラ、来てます?」

「お手紙を預かっております」

 そう言うと、机の引き出しから、一通の手紙を取り出し、私に渡してきた。

「椅子をお借りしても?」

「ええ、どうぞ」

 手紙の内容は、要約する必要も無いほど簡潔なものだった。

 現在、教会は私のことを探しているらしい。名目は、天使を殺した悪魔として。

 テスラは、それについて誤解を解きに行くと書かれている。

 無茶しないでよ、テスラ。

 最悪、私はテスラと共に別の都市に行けば良いだけなのだ。

 テスラに重篤な何かがあることに比べれば、都市を捨てることなど、なんてことはない。自分の中の一番は決まっている。

 とりあえず、テスラの指示は、身を隠しておいて欲しい、とのことだ。とはいえ、一度、カミュには謝っておいた方が良いだろう。心配もしているはずだ。

 加えて、悪魔の知り合いとして、なんらかの危険も迫っているかも知れない。

 不幸中の幸いとして、男装していたのが良い方に働いてくれているとありがたいが。

 会に行くのならば酒場だが、一応、見張られている可能性はある。変装ぐらいしていくか。

「院長さん、なんか捨てる服ありません? なんというか、浮浪者っぽい奴」

「う~ん、ここの服は、ボロではあっても、ちゃんと洗濯してますから。むしろ、街のゴミ捨て場にあるんじゃありません?」

 流石にゴミ漁りは、とも思ったが、背には変えられない。私は、院長にお礼を言って、先ほどのゴミ山へと戻った。


 酒場に入ると、皆のお喋りが一斉に止まった。

 小声で、くせぇ、や最悪、などの声が聞こえる。

 うん、わかる。飲食店に入って良い臭いではない。

 私自身、自分の着ている服の臭いで涙目だ。

 早く、鼻が麻痺して欲しい。

 最近、胃液まみれだったり、浮浪者の服だったり、酷い目に遭いすぎじゃ無い?

 ボロで顔を隠しているので、こちらの顔は確認できないはずだ。

 自分の店なのに、店員達がこちらに向ける表情は、心底嫌そうだ。まあ、接客業とはいえ、相手を選ぶ権利はある。私が、もしこの客から苦情を受けたとしても、店員達を守るだろう。

 酒場の店員には、獣人が二人居る。その二人は、壁際にまで移動し、出来る限り、こちらから見えないように涙目で鼻を摘まんでいる。

 溜息を吐き、ママが代表して、私のついたテーブルに寄ってきた。

「悪いねえ。この臭いは、流石に困るんだわ。出てってもらえないかい?」

「一杯、一杯だけ飲ませてくれれば、出て行く」

「あんた、女かい?」

「一杯、一杯だけ」

 テーブルに、銅貨を並べる。支払い能力はあるとのアピールだ。

 ママは溜息を吐き「じゃあ、一杯を飲んだら、さっさと出てって」と言って、麦酒をテーブルに置いた。

 いや、注文してない。私、蒸留酒しか飲めない。

 多分、ママとしては、麦酒なら一気して終わり、とでも思ったのだろう。でも、うん、飲めない。

 麦酒に口を付けるが、私は思わず柳眉を寄せた。

 まっず。

 ちびちび、ちびちび、我慢して飲む。

 徐々に、臭いにやられた客達が帰っていく。

 二十分もすれば、店内は空っぽになった。

 ママは、嘆息と共に頭を抱えていた。

「あんたの所為で、みんな帰っちまったよ」

「ごめんごめん」

 私はボロを脱ぐ。

「じゃ、店、閉めちゃってよ」

 そう言うと、皆が驚きの声を上げた。

 ママだけは冷静に、真っ先にクローズの看板を掲げた。

「気付いてた?」

「流石に、あの距離で声を聞けばね」

 じゃあ、なんで飲めない麦酒を出すのかねぇ?

 するとカミュが「ジーラ!」と声を出すも、臭いためか寄ってこない。いや、わかるけど。

「とりあえず、色々、話しておくことがあるんだけど、先に風呂入ってくるわ」

 皆が頷く。

 ボロは、店の外にある生ゴミ用のゴミ箱に捨ててもらった。めっちゃイヤそうだったけど、外に出て、私の姿を見られたら、変装してきた意味なくなるし。

 

 風呂から出ると、職員用の休憩室に皆で移動した。

 そのテーブルには、食べ物と酒が用意されている。

 獣人二人が警戒するような顔をしていたが、私の身体からする臭いが改善されたのか、ホッとした表情へと変わった。

「それで、カミュから何か聞いている?」

「いいえ」

 皆が首を振った。

「あたしが、そんなにお喋りだと思ったの?」

 心外だ、とばかりにカミュは渋面を作る。

「ごめんごめん、そう言う意味じゃ無いわよ。ただ、説明をどこからすれば良いかの確認」

 正直、話して良いことなのかは迷う。ただ、教会とのゴタゴタに巻き込まれる可能性があるのならば、事情を説明しておいた方が良いだろう。

 皆の顔を見回す。偶然だが、今日は皆が出勤する日だった。降臨祭で混むからか、皆が私用よりも、店を選んでくれたのだ。いや、でも、店を開きたい、って言ったのは、みんなだから、私は悪くないよね?

 あ、私は出勤にしてなかったわ。そもそも、私の出勤って気分だし。

 改めて、皆の顔を一人一人確認する。

 ママ。名前はミシェール。骨太のドワーフのおっかさん。一番最初に、私がお店に雇った人。おっかさんとは言うが、年齢は二十代後半だ。ドワーフの年齢、見た目では良くわからん。

 二人目は獣人の店員サルベナ。羊の獣人。ふわふわのくせっ毛で、優しそうなお姉さん。スタイルも良し。怒ると怖いし、腕っ節も中々。術士協会在籍。私の二つ上のお姉さん。

 三人目は人族のサーナ。一人称はサーナのぶりっこ娘。ボブカットの背の低い、吊り目の生意気な女の子。これまた腕っ節が強い。年齢は、カミュの一つ上の十九歳。

 四人目はマリナベル。男装のエルフさん。背も高く、スレンダー。格好良い系のお姉様。これまた喧嘩が強い。サルベナと仲の良い、幼なじみ。

 最後がカミュだ。この酒場に来たのは最後の、新参だ。

 因みに、皆、組合員だ。この都市以外で仕事をした際に、性格と腕っ節の良さから勧誘した者達である。

 各勢力の者を集める酒場だ。喧嘩を止められる腕っ節が必須だったのだ。

 あと、見た目で選びました。ええ、可愛い子がいる職場が良かったです。

 唯一、カミュだけが、自分から働きたいと言ってきた。男性人気が出そうだったし、一応、組合員だということで、雇ったが、他の四人に比べると、かなり実力は落ちる。

 ま、他の四人が強いので、一人ぐらい看板娘がいても良いという判断だ。

 ふう、と昔を軽く思い出し、息を吐いた。

 そして、まずは天使降臨の際に起こったことを説明した。何人かはあの場に居たらしい。あの場に居なくとも、あの状況だ。天使に対して、極太火柱のようなものが立ち上がったのは、皆が目撃していた。

「あの姿、なんなの?」

 カミュが、少し怯えつつも質問してきた。

 うん、普通は、怖いよね。テスラがおかしいんだ。

「一応、一回みんなに見せておこうかな」

 私は、あの姿へと身体を変貌させる。

 皆の反応は様々だったが、間違いなくその内に困惑が潜んでいた。

「じゃあ、私の生い立ちから話していこうかしらね。じゃ、まず質問なんだけど、魔神による妊娠誘拐事件って覚えてる?」

「あ~、あったね。確か、百人が消えたと思ったら、戻ってきたら妊娠してたってやつ。しかも、みんな、産むことも無く死んだんだろう?」

「うん、ママの言ってるそれね」

 サーナとカミュはちょっと覚えていないようだ。そりゃそうだ。多分、産まれる前の話だ。

「私は、その時に生まれた子供よ」

「「え⁉」」

 反応したのは二人。サーナとカミュだ。他の三人は、話の流れから勘付いたのだろう。

「これで終わりでもいいんだけど、巻き込んじゃうかも知れないお詫びに、一通り話しておくわ」


 母親は、魔神から解放されたと同時、妊娠していたらしい。私は、それについては良く知らない。

 ただ、当ての無い母親とテスラ父子は、偶然出会ったらしい。

 事情を聞いたテスラの父ことパパは、母の旅に同行し、援助してくれていたらしい。

 そして、旅が厳しくなると、とある都市に腰を落ち着け、私の出生の際には、私をすくい上げる役を担ったとのことだ。

 その際に、母は亡くなったらしい。一度も会ったことはないので、悲しくはないのだが、自分の所為でなくなったと思うと、申し訳なさは募る。

 その後、私はテスラの父子と共に旅をした。

 だが、四歳になったとき立ち寄った村で、私は高熱を出した。やはり、この歳の娘に旅は過酷だったのだ、とその街の孤児院に預けられた。

 当然、嫌だと泣いた。あまりに泣いたからだろう、パパは、十歳になったら旅に付いてこられるだろうから迎えに来ると約束した。

 だから、私はその約束を希望に、孤児院での生活を受け入れた。

 最初は、問題は無かった。幸せだったとさえ言えた。だが、村で暮らし始めて、一年経ったとき、身体に変化が現れた。

 瞳が、黒目と紅い瞳孔に変化したのだ。

 運悪く、教会の影響が強い村だった。

 私は悪魔だと言われ、迫害を受けた。

 恐ろしいもので、悪魔である私には、なにをしても許されるらしい。それどころか、善行だと言われていた。

 街で、見かけられただけで殴られた。石をぶつけられた。

 髪を無理矢理切られたこともある。

 唯一の救いは、人の形をした生き物を、殺す勇気は無かったことだ。

 食事は、ほとんど貰えなかった。

 村の側には森があり、私はそこで狩りを行った。ウサギやネズミ程度だが、それを捕まえ、捌いた。そして、その肉を火で焼くだけの料理。私の料理が下手なのは、多分、これが理由。味付けの概念がなく、するにしても後から調味料で味付けする程度なのだ。

 森に居れば、殴られることは無かった。だけど、森には危険な動物も居る。寝るためには孤児院に戻らなければならなかった。戻るまでに殴られ、戻ってからも殴られた。

 それでも人は慣れる。慣れるのだ。私は、その生活に慣れていた。多分、十歳になれば、パパが迎えに来てくれると、テスラが来てくれるという希望を持っていたから。

 でも、希望よりも先に、絶望は来るものだ。

 私の身体は、九歳にしては大人びていた。大人びて、しまった。

 これはきっと、自分の身体に流れる半分の血の所為だった。

 私の身体は、人に対して魅了する呪いを放つようになってしまったらしい。

 あの村でそんなことになればどうなるのか?

 そりゃ、犯しに来る。犯しても、罰せられず、それどころか善行と扱われるのだ。

 実際、私は襲われた。

 だけど、私の呪いは、魅了以外にも発現していた。

 瞳で呪えるようになっていた。正確には、生まれたときから出来たのだろう。

 ただ、初めて私が、本気で相手を呪おうとしたのが、この時だったのだ。

 呪眼が、レヒとリンクが覚醒した。

 私は、私を襲いに来た相手を不能にしてやった。そして、この村に居たら、皆に犯され続けると確信し、十歳まで待たずに、その村から逃げ出したのだ。

 私は、自分の身を守るために、風呂に入らず、垢だらけの姿をするようにしていた。それでも、この身体は人を魅了するらしかった。

 だから、基本的に人とは関わらないようにした。時折、必要があって別の街の貧困地区を訊ねることもあった。


 その際には、認識阻害の呪いを常時使うようになっていた。自分が、抱くに値しない女だと思われるように。

 そして私は十歳になったら迎えに来るという希望は信じていた。それだけを拠り所ろにしていた。

 浮浪者、というよりは、野生児のような生活を続けていた。

 あの村に向かう道を、見張りながら。

 そして、再び出会ったのだ。テスラとパパに。

 事情を知ったパパは、憤慨した。あんなに怒り狂ったパパを見たのは、あの一度きりだ。

 どうやらパパは、教会でも結構高位の立場らしく、あの村に対して、処罰を行ったらしい。私は詳細は知らないけど。

 そこからは、テスラとパパ、この二人と一緒に旅をした。幸せな時間だった。

 ただ、テスラは十七歳になったら、独り立ちすると常々言っていた。それが私は嫌だった。私は既に、テスラに恋をしていた。

 テスラが独り立ちする日、私は連れて行ってと頼んだ。でも、テスラには無理と断られた。

 理由を聞けば、テスラ自身、魅了の影響を受けているらしかった。それを、パパと一緒に居るので、影響が軽減しているとのことだった。だから、二人で一緒に居ると、何をしてしまうかわからない、と。

 その時、提案したのだ。なら、私を女として見れない呪いを掛けるのはどうか、と。

 テスラは、それならば、と頷いた。テスラも、私と一緒に居たいとは、思ってくれていたらしい。

 今思えば、テスラは、私の中の神様に憧れていたのかも知れない。

 そして、呪いを掛けた。

 そして、一緒に旅が始まった。


「と、まあ、こんな感じよ」

「だ、大丈夫なの?」

 カミュが心配そうに、声を掛けてきた。

「なにが?」

 言いながら、自分の頬を涙が流れ続けていた事に気付いた。

 その涙は、赤と黒。人が流す涙では、ない。

「あ~、もう気にしてないつもりだったけど、やっぱりキツいみたいね」

 自分の意思とは関係なく、涙の量は増えていく。

 考えてみれば、過去のことで一度も泣いたことは無かった。

 レヒとリンクが、私の肩に立ち、涙を舐めようとしている。だが、自分たちも涙で出来ているので、一向に涙は消えない。

 突然、ママが、私の肩を抱いた。

「一回、とことん泣いときな。その方が、心はぶっ壊れない」

 私は、ママの顔を見つめた。優しく微笑んでいた。

 その言葉をきっかけに、私の瞳は涙を止める努力を放棄した。


「あ~、ごめ。みっともないとこ見せた」

 私は謝るが、皆の反応は「え、うん」とか歯切れが悪い。こちらがばつが悪いのはわかるが、皆がそういう態度を取るのはどういう理由だ?

 私が、困惑していると、意を決したようにカミュが手を上げた。

「今日は、解散!」

 私以外の皆が頷いた。

「え、私が泣いただけじゃん! これからのことも、一応話さないと」

「無理!」

 カミュが激しく首を横に振った。

「あんた、今、あたし達の状態をわかってない! その魅了っての、あんたの涙の所為でかかってるの! 今、みんな発情してんの!」

 皆が頬を染めながら、頷いた。

「下手なことしたくないから、帰る」

 ママは、こちらの返事を待つこと無く出口に向かう。他の者達も同様だ。

 彼氏の元にでも向かうのだろうか。確か、皆未婚だったはずだ。もしかしたら風俗かも知れない。

 だが、がしり、と私はカミュの腕を掴んだ。

「今日は、ちょっと一人になるのキツい!」

「無理、無理だから! あたし、ビアンなのよ⁉」

 いきなりの発言に、頭が真っ白になる。

 カミュも、しまったとばかりに、自分の口元に手を当てて、私から顔を逸らした。

 私以外も驚いて、足を止めて振り返っている。

「え、そうなの?」

 サーナが興味津々とばかりに、こちらに戻ってきた。

「だろうね」

 マリナベルは、うんうんと頷いている。

「気付いてたの?」

「ま、そういう視線には敏感だから」

 マリアベルの発言に、カミュは顔を赤くしている。マリアベルを、そういう視線で見たことがあったのかもしれない。

「でも、本命は別だろう?」

「もしや、サーナだったり⁉」

 サーナが自分を指さしていると、カミュは鼻で笑った。

「好みじゃ無いわ、クソガキは」

 そう言い切った。喧嘩になるような言い方は止めなさい。

「じゃあ、サルベナさん?」

 思わず私が聞くと「なんで、あたしの片恋相手を知りたがるのよ、みんなして⁉」と大声で抗議した。

 マリナベルは、くくく、と笑った。

「君がビアンと名乗った時点で、すぐに気付かれるよ」

 カミュもそれを自覚しているのか、うう、と俯くが、数秒後「じゃあ、発表します! ただ、みんな引かないって約束! いいわね!」とヤケクソ気味に言った。

「ジーラよ!」

 瞳には、今にも零れそうなほど涙が溜まっている。ありったけの勇気を振り絞ったのだろう。

 私も、この前告白したばかりだからわかるよ。

「でも、私、テスラが好きだから。めんご」

「軽い⁉ 振られる辛さを知っているでしょ⁉」

「いや~、でも~」

 私は、目を泳がせる。

 サルベナが、ほわほわした口調で「そもそも、ジーラ、男の人が好きなんでしょう~?」と唇に人差し指を当てて、首を傾げる。エロい。

「ジーラはバイよ」

 カミュが断言した。この発言には、マリナベルも驚いている。

「え、何か気付かれる要素あった?」

 私は思わず訊いてしまった。

「女性にも魅了かけられるなら、そういうものなのかなって」

 カマかけだったか。うむ、やられた。

「まあ、だから別に不快とかはないわよ? カミュ、安心して」

 確かに私は、どっちもいけます。そして、それは自分の中の神様の所為なのも間違いないだろう。

「じゃ、いいじゃない。二人でヨロシクしてなよ。ボクらは、お相手を求めるなり、自分でなんとかするなりしなくちゃいけないんだ」

 マリナベルがそう言うと、皆は店を出て行く。

 え、待って。この状況で、二人にしないで。

 カミュは、泣きそうな顔で、こちらを見つめていた。

 う、う~む、どうしたものか。

 正直、一人はキツい。今日は、本気で一人で居るのがキツい。昔の話は、結構、心に負担があったらしい。

 だが、身体を許すのは、流石に……。

「胸」

 突然、カミュがそんな単語を口にした。

「な、なにが?」

「胸で我慢する。だから、胸を触らせて」

 顔を真っ赤にしながら、見上げるようにカミュが言う。

「そ、それぐらいなら」

 戯れの範囲だ。それぐらいなら許容できる。

「ふ、服の上からね」

「嫌! 服の下。脱げとは言わない。でも、人肌は感じたいわ」

 目が譲らないと言っている。というか血走っている。

 魔神の姿でありながら、押されている。

「あと、あたしも、その姿、怖くないから。ただ、あの時は驚いただけ、だから」

 ポロ、と頬を涙が伝った。

「あたしだって、テスラみたいに、綺麗だって、思ってるから」

「いや、無理しないでいいわよ。別に、気にしていないし」

「嘘じゃ無いもん!」

「わかったわ。ありがと」

 真意はわからないが、その気持ちが嬉しいと思った。


 もうバレたからだろうか、カミュはとことん情熱的だった。

 惚れた相手ではなくとも、友達としてしか思っていない。それでも、後ろから抱きしめられて、胸を揉まれながら、好きと連呼され続ければ、こちらも身体が反応をしてしまう。

 とはいえ、流石に「痛い」と口から言葉が漏れた。

「あ、ごめんんさい」

 カミュは、冷水をぶっかけれたかのように、落ち着きを取り戻した。

「いや、私が良いって言ったから、怒っては無いわよ。ただ、まあ、その、ね?」

「うん、ちょっと興奮しすぎた」

 私は、胸の下着を直し、その後上着を正す。お互い汗だくだ。

「……ちょっとだけ、部屋出ててくれないかな?」

 視線を逸らし、カミュがそんなことをお願いしてくる。

「……何する気?」

「ナニするのよ」

 だろうけども! ここは私の部屋なんだが⁉

「多分、満足すれば、元に戻れるから!」

「今更だものね。ただ、ベッドの上はやめろ! 濡れたら寝れなくなる」

「ジーラにつ、包まれてる感じがして、良いんだけど……」

 私が冷たい視線を送ると、「は~い」と不承不承頷いた。

「一個、ワガママ言っても?」

 上目遣いで、媚びてきた。

「なによ?」

「パンツ貸して」

「そこの箪笥の中の勝手に使ってよ」

 というか、私も下着を替えよう。うん、理由は言えないけど!

「いや、今、履いてる奴のこと、言ったんだけど」

「何する気⁉ 流石に引くわよ!」

「何すると思う?」

「そりゃ、臭い、嗅ぐとか?」

 やめてくれ。本当にやめてくれ。

「ふふ、そのまま綺麗な考えのジーラで居てね」

 その聖母のような笑顔が、この状況ではぞっとした。 ちなみに、パンツはあげた。くれないと、不完全燃焼で、夜に襲うかもと脅されたからだ。

 私は、自分のパンツの使われ道を考えながら、まだ食事の残った休憩室に向かった。

 休憩室で軽く酒を飲んでいると、カミュが入ってきた。どうやら風呂上がりのようだ。

 あと、顔色が悪い。

 なんというか、自己嫌悪が半端ない感じだ。

 いや、まあ、そうなるだろうさ! 発情して、ありのままを晒しすぎたのだろう。

「あ、部屋空いたのよね? 私もお風呂入ってくるわ」

 さっき入ったばかりだが、カミュに汗をかかされたため、少々気持ちが悪い。

「待って、今雌の臭いがするから! してるから!」

「……今更照れてるの?」

「照れてるわよ! 正直、あの時の自分を殴りに行きたいくらいよ! ねえ、引いてる引いてるわよね⁉」

「正直に言って良いの?」

「ほらぁ! 引いてる!」

 いや、そりゃ、ねえ?

「でも、ありがとね」

「どれに関して?」

「色々。今日、一緒に居てくれることも。好きって言ってくれたことも。あの姿を、綺麗って言ってくれたことも。色々よ」

「べ~つに~。惚れた弱みっすよ、おね~さん」

「綺麗な、が抜けてるわよ」

 はは、と笑いグラスを合わせる。

「あと、ごめんね。一緒に買った服、駄目にしちゃった」

「いいよ、そんなの。そもそも、あそこで行かなきゃ、みんな死んでたじゃん。それで、服や靴に文句言っていたら、あたしがおかしい人だってば」

 その言葉に、苦笑いと共に一瞬口ごもると「もぉ! さっきのことは、忘れて! お願いだから。いや、うそ。折角、好きって言ったんだから、ちゃんと覚えておいて」と百面相が披露された。

 その後は、今までと同じ友達のように過ごした。

 

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