#096 「私は仕事ができる女」
「グレン」
「うん?」
地下研究室を出た所でミューゼンに名前を呼ばれ、服をちょんちょんと引っ張られたので彼女の顔を見返すと、いつも通りの無表情が顔の無い俺を見上げてきていた。
「私、コルディア教会の人」
そう言ってミューゼンが自分の指と触手で自分を指差す。触手で指差すというのも変かも知れんが。なんかアレだな、コミックとかで見る集中線みたいになってるな、それな。
「そうだな……ああ、見つかったら大変なことになるってやつか? ミューゼンは大丈夫だろう。あんまりそういうの気にしてなさそうだし」
「そうだけど、ナチュラルにコルディア教会の人扱いされてないのはなんかイヤ。修道服だって着てるのに」
そう言ってミューゼンが自分の修道服のスカート部分を持ち上げながら頬を膨らませる。そんなこと言ったってお前、俺と同じか下手するとそれ以上に暴力の行使に躊躇が無いし、ドラッグだとかに関しても抵抗感無さげじゃないか……という言葉は飲み込んで、無言で彼女のヴェール越しに頭を撫でておく。
「すまん、配慮が足りなかったな」
「何か誤魔化されているような気がする」
「気のせいだ。次は畑に行くぞ」
意外と鋭いミューゼンにそう言ってスタスタと畑に向かって歩き出した。これは逃げているのではない。次の目的地に向けて前進しているんだ。いいな?
☆★☆
「グレンさーん!」
ピシピシと俺の背中や尻を触手で叩いてくるミューゼンを連れて畑に行くと、エリーカが笑顔で手を振ってきたので素直に彼女の元へと歩を進める。
「エリーカ、畑の様子はどうだ?」
「収穫の終わった内側の畑を外側に移す作業は殆ど終わりました。今は外の畑を広げているところですけど、ペースは順調ですね」
エリーカがそう言ってタブレット型の端末を俺に手渡してきたので、内容を確認する。当初、第一防壁の内側に作られていた最初の畑は収穫を終えた順に第一防壁の外に場所を移し、宿舎やその他の施設を建てるための土地として利用することに決めていたのだが、その作業は概ね完了していた。
今は新しく建設中の第二防壁との間に設けられた広い土地を均し、広大な農地を作っているところだ。何せ住人の数がどんどん増えているからな。狩猟や採取によって手に入れられる食料の量にも限界があるから、畑を広げないことにはこの先食っていけない。飢えるのは辛いからな。先手先手を心がけて食料の増産に励まなければ。
「あっちのスペースはアレか」
「はい、畜産用の土地ですね。まずはデカトリを飼育するらしいです」
「デカトリ? どういう家畜なんだ?」
天然物の肉を初めて食ったのもこの星に降りてきてからの俺には畜産や家畜の知識が全く無い。上では糞尿や生活時に発生するガスの問題とかでいわゆる普通の家畜を飼育するようなコロニーは殆ど存在しないからな。上で食われる食肉と言えば遺伝子操作を始めとした生体工学によって生み出され、培養された肉の塊だとか、化学的に合成された人造肉が主流なのだ。
「結構大きい、これくらいの大きさの鳥さんですね。鳥ですけど飛んだりはしませんし、足も遅くて脱走とかもしない、おとなしい子達ですよ」
そう言いながらエリーカが手で大体の大きさを示す。エリーカの上半身くらいの大きさ、か? 結構でかいな。
「確かタウリシアンのキャラバンが近く持ってきてくれるって話だったよな」
「はい、数日中には。もう畜舎も完成してますから、到着次第お世話できます!」
「私もお世話する」
エリーカとミューゼンがやる気である。コルディア教会でもデカトリとやらは飼育していたらしい。世話が簡単なので、子供の仕事になることも多く、コルディア教会のシスターは大体デカトリの世話ができるんだとか。そしてコルディア教会の儀式というかお祭りでもよく食べられるとかなんとか。コルディア教会と縁の深い家畜なんだな。
「そういえば、トゥランから来た連中はどうだ?」
「しっかり働いてくれていますよ。最初は農作業用のボットさん達に面食らっていましたけど、すぐに慣れたみたいです。昼夜問わず畑の世話をしたり、新しい畑を耕したりしてくれるボットさん達を見てうちにもこういうのがあれば……って嘆いたりもしてましたけど」
「農業って重労働だもんなぁ……」
うちは畑を作ったり、種を蒔いたり、病害虫の駆除や予防を行ったり、雑草や害獣を排除したりといった作業を農作業ボットやドローン達が昼夜を問わずフルタイムで行い続けている。その影響で人間が手ずからしなければならない作業は非常に少ない。尤も、農地を広げるに従って農作業ボットのカバー効率は落ちるので、今までほど完璧にとはいかない。なので、高度な人工知能を搭載している農業統括機は農作業ボットやドローンだけでなく、人間にも作業を割り振って効率性を維持している。俺にはよくわからんが、農作業用の機械群がやるよりも人間がやった方が効率の良い仕事というのもあるらしい。
「農作業用のボットやドローンが不足しているってことになったら相談してくれ。まだ増産は可能だし、汎用の作業用ボットを農作業用のボットに換装することも可能だからな」
「わかりました。統括機さんと相談して、必要そうだったら相談させて頂きますね」
エリーカが微笑みながらそう言う。うん、俺の嫁さんは可愛いな。しかしどうも戦闘ボットやら農業統括機やらに人格性というか、まるで人間や生き物に接するような態度なのが微妙にズレを感じるが……今も軽戦闘ボットのポチを傍に置いてるしな。
「俺はこの後教会施設に顔を出してくる。怪我人の様子を確認しておかないとな」
「私もついていく。エリーカは仕事頑張って」
「ミューゼンもちゃんと仕事しなきゃ駄目よ?」
「今日のノルマは終わらせた。私は仕事ができる女」
ミューゼンが妙なポーズを取ってキメ顔をして見せる。実際、ミューゼンは物理的に手が多いからか仕事が早いんだよな。こう見えて頭も要領も良いので、どんな仕事を任せても仕事が早いし正確だ。たまに力加減を間違えてものを壊すことがあるのが欠点だが、それ以外は大体どんな仕事でもこなせるマルチプレイヤーだったりする。
「むむ、私も負けていられないですね」
「日々精進」
エリーカが奮起しているが、ミューゼンに仕事の早さで追いつくのは至難の業だと思うし、そもそも任せている仕事の質が全然違うから、張り合うのはちょっと難しいんじゃねぇかな。
☆★☆
その後も道すがら他の仕事の様子も確認しつつ、コルディア教会の施設へと辿り着いた。畑の移設に伴って土地が空いたので、教会施設の横に頑丈な救護所を増設する計画があったのだが、トゥランの連中を迎え入れるにあたってその計画を前倒しして仮設の救護所が作られていた。作業用ボットを全機投入して急ピッチで作ったものだ。怪我人が快復したら改めて手を入れて頑丈に作り直す予定だが、現状でも十分に救護所としての役割は果たすことができるようになっている。
「お見舞いですか? ミューゼンも?」
救護所に入ると、俺達に気づいたシスティアが声をかけてきた。彼女は助祭としてハマル司祭に師事している医者の卵のようなものだ。コルディア教会では一定以上の医療知識と実務経験を経ることによって司祭と呼ばれる組織内での階級を得ることができるらしい。俺はその辺りの事情はよくわからないが、コルディア教会の司祭といえば、この辺りでは医者の代名詞なのだとか。
「そのようなものだな。様子はどうだ?」
「歩けるようになるにはもう少しかかると思います。あちこちの骨を念入りに折られてましたからね」
「よく生きてたよな」
「タフ」
救護所のベッドで寝ているのは二名。どちらもかなりガタイの良い男の兄弟で、二人ともトゥランで漁師兼戦闘員として働いていたらしい。話によると他の連中を庇って最後まで抵抗し、見せしめとしてボコボコに殴られていたのだとか。
二人とも全身の打撲と骨折で酷い状態だったのだが、内臓系にはダメージが殆ど無かった。トゥランから最初に送り出された中では最も重症だった二人だな。
「設備の方は問題なく使えているか?」
「はい、便利過ぎてどうしたものかと思っているくらいです。上ではこんな医療機器を使うのが普通なんですね」
「これでも最低限って感じだ。もう少し充実させたいな。流石に高性能医療ポッドまで用意するとは言わんが……あれ滅茶苦茶高いんだよな。買うのは勿論、使うのも」
あんな医療機器をポンポン使えるのは星間企業勤めの金持ち連中とか、余程カネを稼いでいる船持ちの傭兵とかくらいだ。俺みたいな白兵戦専門の傭兵だとそんな医療処置を受けるよりも、安い上に生身よりも性能が良い義体化の方がお得感あるんだよな。まぁ、義体化は義体化で維持コストが嵩むから、良いことばかりでもないんだが。
「そうなんですね。このメディカルスキャナーだけでも物凄く便利なのですけれど」
「それが有るか無いかで処置の難易度が激変するよな。メディカルスキャナーが無い状態で医療行為を実行できるハマル司祭やシスティアは凄いと思うぞ」
「このような高度な医療機器をいつでもどこでも使えたら色々と楽なんですけど、私達はそうもいきませんから」
システィアが苦笑いを浮かべる横でミューゼンがメディカルスキャナーを起動して寝込んでいる男達をスキャンしている。うーん、本当にあちこちボキボキだな。上だったらこんなにバキバキになってると、どうせだから特殊合金製の骨格に置換する? みたいな話になるんだがな。骨が折れにくく滅茶苦茶頑丈になるし、見た目にも殆ど影響しないから白兵戦専門の傭兵は結構やってるんだよな、骨格置換。下手すると骨折が治るよりも速く退院できるし。
「おん?」
「どうしました?」
「偵察ドローンが何か拾ったな。友好表示……ああ、サム達のキャラバンか」
既に何度かうちの農場に商売に来ているキャラバンは一応友好勢力として自動識別されるようになっている。それでも一応警戒はするけどな。サム達なら大丈夫だとは思うが。
「食料キャラバン?」
「だな。出迎えに行こう」
「お任せしますね。私は彼らからあまり目を離せないので」
「ああ、わかった。ここは任せたぞ」
「はい」
頷くシスティアに見送られて俺とミューゼンはサム達のキャラバンを迎え入れるべく建設中の第二防壁へと向かうのだった。




