#095 「ぶっ壊していいか?」「なんでさ!?」
作業場の地下区画は地上部分とは若干趣が異なってくる。設置されている工作機械はより高度だが使用用途の狭い実験的なものになり、置かれている資材もより高度なものが多くなる。作業場というよりは研究室と言った方が正確だろう。
「あ、旦那様。何か御用ですか?」
ミューゼンと連れ立って地下区画に降りると、俺達に気づいたフィアがすぐに声をかけてきた。今は作業ではなく資料の読み込みに専念していたのか、作業着ではなく普段着を着ている。
「いいや、様子を見に来ただけだが……調子はどうだ?」
「覚えることが多くて大変です! 単に機械を作るだけ、組み立てるだけならできるのですけれど、その仕組みまでしっかりと理解するとなると、どこから手を付けたら良いものか……」
「流石に仕組みから何から全部を理解しようってのは無理なんじゃないか……?」
それはつまり『上』で作られている製品の部品の一つ一つの仕組みや理論の全てを解き明かすということになるのだろうから、いくらなんでもそれは無謀なのではないかと思う。例えば様々な高度機器に使用されているエネルギーキャパシター一つ取っても、その仕組みを完全に理解するとなると様々な分野の専門知識が必要になるんだろうからな。
「だからフィアちゃんは凝り性が過ぎるってばー。今の時代ネジ一本、歯車一つからテックを作るなんてことは無いんだからさぁ」
冷凍睡眠ポッドで六百年近く寝ていた女が今の時代の技術について語るのはちょっと面白いな。まぁ、六百年前とはいえ彼女――アイは当時の先進的な技術に触っていた専門家だ。俺なんかよりも余程技術関係に詳しいのは間違いないだろうが。
「ですが、フィアは故郷のノーアトゥーンにネジ一本、歯車一つから高度な技術製品を作り出すノウハウを送らなければならないのです。基礎は疎かにできません」
「だから無理だってば。今の時代のテックには部品一つ取っても先進的な材料工学、エネルギー工学、ナノマシン工学、その他諸々の専門知識が投入されてるんだよ。その全てを把握して一人の人間がイチからレーザーガンとかエネルギーキャパシターを手作りするのなんて現実的じゃないって。ボスからも言ってやってよー」
アイが困りきった様子で俺にそう言う。うーむ、フィアの目的に関しては俺も承知しているところだが、アイの言うように技術の一から十までを余すことなく網羅し、理解するというのは流石に現実的ではないだろうと思う。とはいえ、俺も技術に関しては素人というか門外漢なので、偉そうなことは言えないのだが。
「フィア、まずは浅く広く理解する所から始めてみたらどうだ? ノーアトゥーンがどのレベルの知識を欲しているかということもあるだろう。まずは持ち帰ることが出来そうな技術のリストを作ることを目指して、最低限うちの設備を使えば製造や整備ができるというレベルの理解に留めたら良いんじゃないかと俺は思う。今は上で買ってくることしか出来ないような高度な製品をうちでも作れるようにして貰えれば俺も助かるしな」
その最たるものがエネルギーキャパシターのような高度な機械部品だ。これがうちでも作れるようになれば色々と捗る。その他には戦闘ボットや作業用ボットのコア部品なんかもそうだな。ああ、小型のエネルギージェネレーターや、レーザーガンやその他諸々の動力源に使えるエネルギーパックもそうだ。その辺りが自給できるようになるととても助かる。
「……ノーアトゥーンに技術を持ち帰るお役目も大事ですが、何より旦那様のお役に立たなければ。そうでした。フィアは旦那様の妻なのですから、何より旦那様をお助けすることを考えなければなりません。旦那様、アイさん。ありがとうございます。フィアは大事なことを見失いかけていたようです」
俺とアイの説得が功を奏したようだ。心なしか、フィアの表情が先程までよりも晴れやかなものになったように見える。見えるんだが。
「いや、そこまでこう、俺のためとかノーアトゥーンのためだとか考えなくてもだな……フィアの好きなようにやってもらうのが一番だとは思うんだが」
「極端。もっとゆるふわするべき」
「うにゃにゃにゃー!」
ミューゼンがフィアのほっぺたを触手でつついたり引っ張ったりしてほぐし始める。フィアは思い込みが激しいというか、こうと決めたらそこに一直線みたいな極端なところがあるな。ミューゼンの言う通りもうちょっとユルく生きても良いと思う。
「あ、ボスー。見て見てこれ。作ってみたんだよ」
「ん? なんだこりゃ」
アイが俺に見せてきたのはスティック状のデバイスだった。先端に近い場所にストロボのように強い光を発する素子が配置されているようだが、用途が全くわからない。
「光学系電子ドラッグの投影機。元手ほぼゼロでハイになれる便利アイテムだよ」
「ぶっ壊していいか?」
「なんでさ!?」
「お前の時代じゃどうか知らんが、今の時代そいつは医療用途以外では非合法だぞ。何百年か前にたちの悪い時限式自殺誘発光学電子ドラッグが拡散したとかでな」
確かお手軽簡単にハイになれるということで瞬く間に拡散した光学電子ドラッグに、時間差で希死念慮を強く誘発するコードが紛れ込まされていたとかそんな話だったはずだ。急激な自殺者の急増が発生して社会問題化したとかなんとか。
「えぇー……? 適切に利用すれば便利なものなのに」
「便利かも知れんが破棄するか、そっとしまっておけ。絶対に使うなよ。ドラッグ絶対駄目勢のエリーカとかコルディア教会の人達に見つかったら大変なことになるかもしれんぞ」
エリーカ達が電子ドラッグまで禁止しているかどうかはわからんが、酒はともかく煙草は駄目というスタンスなので、許されない可能性は高いと思う。少なくとも、俺は試す気にはならんな。
「うー……わかった。勿体ないけどあとで封印しとく」
しょんぼりしながらアイが危険物を自分のデスクに仕舞うのを見届ける。聞き分けが良くて結構なことだ。そう考えていると、ミューゼンの触手から解放されたフィアが俺の服の裾をちょんちょんと引っ張ってきた。
「旦那様、旦那様。旦那様はどのような技術を解析したら良いと思いますか?」
「どんな技術、か……難しいところだな。各種作業用ボットやドローンを増やせるようになれば労働力や防衛力の向上に繋がるからそっち方面の技術も良いが、より性能の高い高機動車両や戦闘用ヴィークルがあると交易なんかも捗るだろう。うちの防衛を考えるなら、メインジェネレーターをより高出力で運用できるような技術を研究してくれたら助かるな。エリーカやライラ達も何か考えがあるかもしれないぞ」
「むむ……なるほど。わかりました、ありがとうございます」
フィアが自分のタブレット端末にメモを取りながら頷く。技術開発というか解析に関してはこの調子でフィアとアイに任せておけば良さそうだな。とはいえ、光学系電子ドラッグ投影機みたいな件もあるから、定期的にチェックする必要はありそうだが。
「何か行き詰まったり、方針について悩むようなことがあったら遠慮なく相談してくれ。門外漢の俺がどこまで助けになれるかはわからんがな」
「いいえ! ありがとうございます! 旦那様のお陰で今後の方針が定まったように思います。また悩むようなことがあったら相談させていただきますね」
「今度はちゃんと使えるものを作るね」
「わかった。根を詰めすぎない程度に頑張ってくれ」
成果が上がるのがいつになるかはわからないが、こういうのは焦っても仕方がないからな。
さて、後は畑を見に行ってからコルディア教会の施設に顔でも出すか。




