#081 「いきなりご挨拶だな。殺すぞ」
「拍子抜けだったね、旦那」
「運良くセキュリティロックダウン状態じゃなかったからな。しかし経年劣化で駄目になってるものもそこそこあるな」
「ろっぴゃくなんじゅうねんまえのものだからしかたないね!」
フィアが小型ジェネレーターを持ってくるまでの間、俺達はシェルター内の経路を確保しつつ、簡易照明を設置したりそこらのコンテナ類を漁ったりと忙しくしていた。
シェルター内の気密が保たれていたお陰か、空気が若干淀んでいたり埃っぽかったりするものの、内部の保存状態は比較的悪くはなかった。単純な経年劣化でいくつか駄目になっているものはあるが、サルベージできた品は多い。
ちなみに、ミネラが六百何十年前と言っているのは、サルベージ品に印刷されている製造年月日からわかったことだ。このシェルターが造られた正確な日付はわからないが、まぁ六百年以上前なのは確定だし、数十年レベルは誤差だろう。
「食べられるのかな? これ」
「経験上、パッケージや缶が膨らんで歪んでなきゃいける。ただ、味の方は保証できん」
スピカがコンテナから取り出したレーションを手に首を傾げていたので、俺の経験上のアドバイスをしておく。パッケージが無事なら食って腹を壊すことはないと思うが、本来の味が損なわれている可能性は否めない。単純な味のビスケットやクラッカーみたいな乾きモノなら問題ないんだが、複雑な味のウェットなものは覚悟が必要だ。
「いりょうひん、つかえるかなー?」
ミネラもまた医療品が詰まったバッグの埃を手で払いながら不安げに顔を顰めている。
「可能であれば使いたくはないが、性質上、こういったシェルターに備えられているものは想定を大きく超えて放置された場合でも効能を維持できるように作られているものが多いと思う。信頼性は一段落ちるが、使えないことはないはずだ。サルベージ品として売り払うのが良いかもな」
この星のシェルターについて俺は素人だが、一般的に耐爆シェルターや地下避難施設に備えられている医療品というものはそういう風に作られているものが多いはずだ。物資の新陳代謝が激しい前線や普通の医療施設ならともかく、こういったシェルターに備蓄される物資に求められる性能は長期保存性だからな。
「そっかー、ならおかねになるかもねー」
「旦那が使ったプラズマグレネードの元は取れるかな」
『ボスー、フィアちゃんがきたよー』
シェルターで物資を漁っていると、退路を確保していたフォルミカンから連絡が来たので、入口の穴に戻ることにする。
「旦那様、お望みのジェネレーターを持ってきました」
「ありがとう。苦労をかけたな、フィア。とりあえず中に入ってすぐのところに設置してしまおう。奥に入れると運び出すのが面倒だからな」
「はい、旦那様。動力ケーブルは長めに用意してきましたので」
「流石だな。早速作業を始めよう」
フィアが持ってきてくれた鹵獲品の小型ジェネレーターをシェルターに入ってすぐの宿舎に設置し、冷凍睡眠ポッドルームまでケーブルを伸ばしてくるように指示を出しておく。その間に俺は冷凍睡眠ポッドルームに先行し、動力回路の調整を行っておくことにした。シェルター全体に動力を供給するにはジェネレーターの出力が足りないし、そもそも施設全体に動力を供給する必要もないからな。道中の照明と、中身が無事な冷凍睡眠ポッドにだけ動力を供給できれば問題ないのだ。下手に動力を行き渡らせて俺が把握していないセキュリティを作動させても困るし。
「あー、こんなもんか……」
慣れない作業を終え、脳に疲労を感じる。こういうのは技術屋の領分であって、本来前に出て暴れるだけの俺がやるような仕事じゃない。いずれこういう作業をフィアに全て任せることができれば良いんだが、今はまだ無理だろうな。
などということを考えていると、反物質コアの出力が勝手に上がる。顔を思い出せないアイツが「私がやってあげてもいいよ」とでも言っているんだろうが、あいつの領分は技術よりもオカルト寄りだと思う。
実際のところ、この反物質コアが本当に反物質コアなのかどうかも解ってないんだよな。俺が世話になってたドワーフのおっさん曰く「多分そうなんだろうが、確信が持てん。もっと何か別の原理でエネルギーを生み出しているような気がするが、よくわからん」ということだからな。
実は地獄か何かと繋がってて、永遠に燃え続ける地獄の炎を動力にしてますとか言われても俺は驚かんぞ。二つ名にまでなっている俺の不死性の源は明らかにコレだし。
「旦那様、動力ケーブルを伸ばしてきました」
「おう、ありがとうな。こっちも準備は完了だ。そこの壁のソケットに動力ケーブルを接続してくれ」
「はい、旦那様」
動力ケーブルの規格は事前に確認してアダプターを持ってきてもらったので、特に問題なく接続することができた。流石に六百年も経つと形状が違うんだよな。まぁ、星間国家によって微妙に違ったりということが昔はよくあったらしい。今は大体共通規格なんだがな。
「うん? よく見ると中身が無事なポッドだけ仕様が違うな。独自のサブジェネレーターを搭載しているのか。中身が無事だったのはこの特別仕様のお陰だな」
「どうして一つだけ仕様が違うのでしょうか?」
「さて。中身が特別だから仕様が特別なのか、他の理由があるのか……こいつだけ用心深い性格をしていて、自分のポッドに改造を施していたのかもしれんな」
こいつが余程暇人で、用心深く、冷凍睡眠ポッドを改造するだけの技術を持っていたなら可能性はある。少なくとも、こいつのポッドだけ他のポッドに無い改造が為されているのは確かだ。俺は技術屋じゃないから詳しくはわからんが、正規のアップグレードではないように見える。
「なるほど……すぐに起こすのですか?」
「そうだな。動力を繋げば安全に起こせるようになるから、とっとと起こすべきだな。冷凍睡眠ポッドがぶっ壊れて中身が駄目になるかわからんし」
そうなったらちょっと寝覚めが悪いし、エリーカに怒られそうだからな。俺としては多少寝覚めが悪くても、見なかったことにして始末した方が面倒がなくて良いと思うんだが。
「動力供給開始……冷凍睡眠ポッドの機能が通常モードに回復。収容者のバイタルチェック開始」
「おぉ……」
薄暗い冷凍睡眠ポッドルームの中で、コンソール画面の光に顔を照らされたフィアが目を輝かせる。どうやら俺がやっているパーソナルリンクを使った操作を見てワクワクしているらしい。俺のやり方だとコンソールの操作用インターフェースを一切触らずに操作できるからな。
「バイタルはなんとか安定してるな。起こすぞ」
「はい。どんな人なんでしょうね?」
「さてな。鼻持ちならない性格のクソ野郎じゃなければ良いが」
「そうですね」
フィアが苦笑いを浮かべる。少なくとも、この施設に眠っている以上、中身が『上』の人間であることは確定だ。こんな立派なシェルターに避難できたということは、当時入植していた人間の中でもかなり裕福な立場であった可能性が高い。つまり、お高く止まった連中である可能性が高いってわけだ。
「そろそろだな」
「こんなに早く起こせるものなんですね。もっと時間がかかるかと」
「安全手順を幾つか省略したからな。何時間も待ってられん」
「えっ……? それって大丈夫――」
フィアが声を上げようとした瞬間、冷凍ポッドから空気の抜けるような音が鳴り響き、その分厚い蓋が開き始めた。円筒形の『棺』から白い煙が漏れ出し、蓋がどんどん開いていく。
「ひゅぅ――……げほっ! げほっ!」
全開になった冷凍睡眠ポッドからか細い呼吸音と、それからすぐに咳が聞こえてきた。もうもうと白い煙が烟る冷凍睡眠ポッドの縁にあまり血色の良くない痩せた手がかけられ、中身が身を起こす。
「けほっ、ここはd――……おぇぇぇーーーーーーッ!」
身を起こした人物は俺達を見て何か言葉を発しようとした次の瞬間、盛大に吐いた。それはもう見事に吐いた。何かよくわからない緑色の液体を吐き出した。噴射である。俺が咄嗟にフィアを抱いて避けなければ、二人とも吐瀉物塗れになっていたことだろう。
「いきなりご挨拶だな。殺すぞ」
「おえぇっ! ま、まっで、ごろざ……おげぇぇぇっ!」
冷凍睡眠ポッドから身を乗り出して緑色の怪しげな液体を吐き出し続けながら『女』が命乞いをしている。あまり気位が高そうな奴には見えんな。
「はぁ……はぁ……おもったよりキツ……おぇぇ……」
びちゃびちゃと吐瀉物の上に吐瀉物が落ちる。こいつのあだ名は妖怪緑ゲロ女だな。今決めた。
「はぁ……い、いきてる……か、かけにかった……ざまみろ……おぇっ……い、いまいつ? なんねん?」
目からは涙。鼻と口からは緑色の吐瀉物で大変なことになっている顔のまま、冷凍睡眠ポッドから上半身だけ身を乗り出した女は俺を見上げながらそう聞いてきた。




