#071 「すけべじゃないもん!」
フェイスレス・ドロップアウト書籍化決定!
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うちの農園の景気が良い、というか蓄えられている物資が潤沢であるという噂を聞きつけて助けを求めてきた連中と交渉し、酒職人と二人の助手を人質として貰い受けたその翌朝。
早速醸造設備の作成、建設や酵母の選定などを行うために三人と打ち合わせを始めたのだが、そこで早速躓くことになった。
「ボス……この設備は高度過ぎてすぐには俺達に扱えそうにない」
「どうして」
「俺達は火と石と銅でメスカルを作る。よくわからない機械と電気で作ったことはないんだ。熟成も木で作った樽を使う。このよくわからない素材で造られた樽……樽? ではどんな風味がつくか見当もつかない」
「道具が違いすぎるというわけか……」
俺が用意した酒造設備はこれでもできるだけローテクのものを選んだのだが、それでも酒職人のアレックスには高度過ぎる代物であったらしい。
「少し時間をもらう。まにゅある? というのをしっかりと読み込んでみる」
「私達も学ぶ」
「そうか……じゃあ任せよう。アナライザーも自由に使ってくれ」
「わかった」
三人に酒造関係のデータを入れた閲覧用のタブレットと酵母選定用の携帯型分析機を貸し与えて酒造小屋を後にする。何もかも最初から全て上手く行くというわけでもないな。しかしテクノロジー格差がここで足を引っ張るとは。
酒造小屋を出て高機動車両のガレージに向かうと、そこではスピカや彼女の部下のフォルミカン達が車両や装備の整備を行っていた。ここには車両の整備に使う機材だけでなく、銃やアーマーなどのメンテナンスにも使える機材が揃っているので、主にこの農場の防衛戦力や護衛戦力として働くことが多いフォルミカン達が屯していることが多い。
「浮かない顔だね、旦那」
「俺に顔は無いだろう。何を読み取っているんだ、お前達は」
スピカだけでなく他のフォルミカン達も同じような声をかけてきたので若干困惑する。
「んー、そりゃ確かに顔は見えないけど、歩き方とか肩の位置とか? 旦那は体臭も殆ど無いし、呼吸もわかりづらいからよく見ないとわからないけどね」
そう言いながら近づいてきたスピカが俺に抱きつき、頭の上で動く触角でペタペタと俺の腹や胸元の辺りに触れてくる。彼女の頭の上に生えている触角は嗅覚センサーを兼ねたコミュニケーションツールのようなものらしい。こうしてペタペタと触角で触れる行為というのは、彼女達にとって一種のコミュニケーションなのだとか。俺からしてみれば匂いを嗅がれているようで若干落ち着かないのだが。
「匂うのか?」
「んー? 旦那はあんまり。でも少しだけ高級そうな匂いがする」
「高級そう? そりゃ一体どんなのだ?」
「たまに上から降ってくるお宝の匂い?」
「ああ……」
俺の義体は上のテクノロジーでしか作れない軍でも採用されている高度なものだからな。素材も高度な軍用品――武器やアーマーに使われるような高強度の素材を使っているから、同じような匂いがするんだろう。俺自身の体臭がするような場所も無くはないが。
「……おい」
「んぇっ? え、えへへ……」
顔を埋める場所が徐々に下に降りていっているスピカの肩を掴んで止める。朝っぱらから何をやっているんだ、こいつは。
「たいちょーすけべ」
「すけべたいちょー」
「すけべじゃないもん!」
部下達にからかわれたスピカが眦を釣り上げて怒る。いや、今の行動でそれは無理がないか?
どうもスピカは臭いフェチの気があるっぽいんだよな……フォルミカンはコミュニケーションにも俺達には感知できない微量のフェロモンの類を使うらしいし、仕方がないのかもしれんが。
「すけべなスピカはまぁ横においておいて」
「旦那!」
顔を赤くしたスピカが俺の腹をぽこぽこと叩いてくる。強さがぽこぽこというかドカドカな気がするが、効いていないのでぽこぽこということにしておく。
「準備はできてるな?」
「できてるよ! もう! 昨日の連中を追えば良いんだよね?」
「ああ、気付かれないようにな。昨日のあの時間からなら夜を徹して動いていない限り、高機動車なら一時間もあれば追いつけるだろう」
「追跡は私達の得意技だから大丈夫だよ。高機動車が見つからないように気をつけるね」
「ああ、頼んだぞ」
南東の集落の連中を送り出し、アレックス達の受け容れを終えた後。俺は彼らに気付かれないようにスピカとフォルミカン達を召集し、昨晩のうちから今日の行動を指示していたのだ。
内容はうちから支援物資を受け取って集落へととんぼ返りした連中の追跡である。
支援物資を与えてあとは大人しく三ヶ月後、連中が戻ってくるのを待つなんてのは間抜けのすることだ。奴らはアレックス達を犠牲にしてまんまと物資をせしめただけなのかもしれない。或いは、南東に集落があるというのは嘘っぱちで、約束した対価を払わないつもりかもしれない。そういった事があっても対処できるように、スピカ達に後を追わせて奴らの集落の位置を確定しておくというわけだ。
「もし追跡中にあいつらが賊にでも襲われたらどうするの?」
「その場合はやむを得ん。介入しろ」
「優しいねぇ、旦那は」
「不測の事態で契約が果たされないのは困る。流石に最初から最後まで全部ケツ持ちはできんがな」
奴らの集落の警備のためにずっとスピカ達を貼り付けておくわけにもいかない。奴らが無事に集落に辿り着いた後の面倒まで見るのは非現実的だ。
「面倒だろうが、よろしく頼むぞ」
「任せてよ。良い訓練になるしね」
そう言ってスピカが片目を瞑ってウィンクしてみせる。彼女が言う訓練というのは、つまり遠征の訓練というわけだ。今のところ、この農場に襲撃を仕掛けてきた敵という敵は例外なく殲滅している。一人も残らずだ。それはそれで敵となる勢力に情報を持ち帰られないという意味では大いに結構なのだが、そのうち敵の遠征部隊を迎撃しているだけでは解決できないような事態が起きる可能性もある。要は、敵の本拠地なり前哨基地なりを潰す必要があるような事態だな。
そういった事態が起こった場合、敵の拠点を探す方法というのはいくつかあるのだが、その中の一つが敢えて敵兵を取り逃がしてその後を追跡するという手法だ。今回、南東の集落の連中を密かに追うのはその訓練でもあるというわけだ。
何せ今回は見つかったところで言い訳のしようがいくらでもある状態だからな。訓練にはうってつけである。
「追うのに夢中になって警戒を怠るんじゃないぞ」
「わかってるよ、旦那。ヘマはしないさ」
奴らを追うのに夢中になって、第三勢力から攻撃を仕掛けられるというのが今回注意すべき点だな。いくら高機動車とはいえ、成形炸薬弾といった原始的な対装甲兵器を横っ腹に撃ち込まれてしまうと撃破は免れない。そういったものは普通にこの辺りに出回っているようだから、十分に警戒する必要がある。
今回は特に一両での追跡だからな。ちゃんと武装はしているし、いざという時のための通信機も積んではいるが、警戒はいくらしすぎても良い。命は一つしかないんだからな。




